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沖縄合宿日記 その1

M.O

 ついにわく星公式合宿史上、最長の期間&距離(多分)の沖縄合宿10日分が始まった。今回のメンバーは小学生の子が半分を占める11人(内スタッフ含む)、なおかつ長期合宿はまだ2,3回目という子もいる。「ホームシックで誰か泣き出さないといいけど…」と一抹の不安を持って、前日荷造りしていたのは内緒である。

初日 4月12日(金) 京都〜那覇〜船
 皆は京都駅に朝6時半に集合だけど、私は途中から合流した。京都駅から関西国際空港まで実に2時間強(遠すぎ!)。空港に着いたときはもうすでに疲れていた(むしろ眠かった)。そこで友紀ちゃん合流、遅れてこさオヤジも合流。こさオヤジは一緒に来るはずだったんだけど、悠樹を待っていたから(でも悠樹はすれ違いで一緒に電車に乗っていた)遅れたらしい。こさオヤジはさっさと荷物を預けにいったが、コンロのガスが荷物検査に引っ掛かり、やむなく関空に置いて行く。「ちゃんと預かっててね!」とこさオヤジは念を押していた。のっけからオヤジ波乱万丈。
 そしてやっとわく星合宿初!の飛行機。人生初の飛行機に集平と友ちゃんはドキドキ。飛行機慣れしている英ちゃんが得意満面に色々アドバイスをしていた。飛行機内で思い思いにすごすわく星メンバー。飛行機で飲み物を貰えるのだが、友ちゃんが遠慮して貰わなかった横で、ストロー付きでジュースを頼む花ちゃん。あと通なことを言うのがメキシカンハットをかぶった悠樹(そのため呼び名はメキシカン)。
 「やっぱり飛行機乗ったらコンソメだよね」ヤツ曰く飛行機で貰えるスープはそれぞれのオリジナルらしい。
 2時間後、やっとこさ沖縄到着。さぞや暑かろうと思ったら、ちょっと暑いくらい。早速牧志へ移動し、そこでコインロッカーに荷物を預けてお昼ご飯を食べる。食べ終わったら本日のメイン、平和通りを練り歩き!「1マイルの奇跡」と呼ばれる平和通りは実に長く、沖縄名物てんこもり。何よりも沖縄独特の雰囲気とパワーに圧倒。呉服屋ばかり集まった所ではえいさ〜の衣装、極彩色のゆかた等、目に鮮やかで見ているだけでも楽しい。だけどあんまり興味ないお兄さん方はさっさと先に行ってしまった。
 次に豚肉屋と魚屋の集まった牧志市場。これはお兄さん達も大喜び、メキシカンゆうきも試食に大喜び。沖縄では食べる魚も極彩色。赤青黄色で本当に食べれるの?と思ったが、美味いもんは美味いだろう。刺身にしたらさぞや綺麗だろうとは思うけど。
 平和通りで3時間くらい見て周り、ちょっと速い夕食を食べる。そーめんチャンプルー(炒め)、ゴーヤーチャンプルーなど名物料理に舌鼓を打ちつつ、あっと言う間に平らげる。
 しっかりご飯も食べ終わり、あとは石垣島行きのフェリーに乗るだけだが、ここで意見が二つに分かれた。
 「バスに乗ったほうがええで〜、バスで20分かかるらしいし」の敬子さん。
 「いやいやもったいない、案外近いから歩いていこう」のこさオヤジ。
 地図を見てもすぐそこのように見える(このときに気づくべきだった)。こりゃあ、敬子さんは大げさに言ってるんだろうなと思ったわく星メンバーは、それなら歩こうか、と敬子さんを除いて全員が歩くことに。敬子さんはバスで先に行って、フェリーの手続きを済ませとく、ということになった。
 大通りを歩いていったら人が多く、でっかい荷物を持っている私たちはあちこちにぶつかりまくる。まさに歩く迷惑。
 そして歩くこと40分弱、ついに那覇港に到着〜!!何かをやりとおした感動に包まれ、疲れたねぇ、と爽やかな汗を拭きつつホッと一息をつく。
 だが。妙に寂れた港に、着いた瞬間に気づくべきだった。フェリーが来るわりに人が少なく、受付も半分閉まっている。嫌〜な予感がひしひしと押し迫る中、受付嬢に聞いてみると…。「ああ、そのフェリーなら那覇新港ですよ。ここは那覇旧港です。」
 なんてこった!沖縄風に言うとあぎじゃびよー!!もうタクシーに乗らないと間に合わない!すぐに表にいたタクシーを捕まえて、急いで新港まで飛ばしてもらう。新港には敬子さんの姿があり、「急いで!」と叫んだ。賑やかに船に乗り込み、なんとか間に合った。後で敬子さんに聞いたら、もう5分遅かったら船に乗れなかったらしい。
 「今回ばかりは敬子さんが正しかったね」と新たな教訓を残し、一路、船は石垣島へ。

2日目 4月13日(土) 船〜石垣島〜黒島
 朝、昨日とは打って変ってのんびりと起きて、甲板で牧志で買ったパン、みかん、サーターアンダギーを食べる。お世辞にも見た目のよいと言えないみかんに「脳みそみたいや」と集平。でも味は濃厚で美味しい。でも食べる前に言うなよ。
 明るくなって外の風景が見えるようになると、海が凄く青いということに気づく。本州の海とは全然違う。やっと沖縄に来た、という実感がわき始めた。
 10時過ぎ石垣島に到着。安里勇さんが出迎えてくれた。実に渋くてダンディなおじ様。なんと安里さんに船で黒島まで乗せてもらえるという!敬子さん、どんな手を使ったんだ…。
 石垣島で買物をすませ(敬子さんの独壇場で、店の人にこんなに買うの?と驚かれた。でもおまけしてもらった。ありがたい)、安里さんの船に乗って黒島へ!
 ゆらゆらと揺れが心地よい…と思ったら突然大波が来て、揺りかごからジェットコースターになり、全員大はしゃぎ!徐々に黒島に近づいてくると、海の色が変わり次第に中が見えてくる。ぽつりぽつりとサンゴが見えて皆の注目が集まると、安里さんが気を利かせてサンゴ礁が集まっている所で船を止めてくれた。海の上なのに、クリアにサンゴ礁が見える。これは直に見ないと感動は伝わらないだろうな、と思う。それくらい驚いた。
 いよいよ黒島到着。安里さんにお礼を言って分かれ、今回お世話になる八重山海中公園研究所の島さんに会う。だけどトラックで来ると言っていたけど車で来ている。聞いてみると、「ああ、トラックの後ろに乗るくらいのでっかい亀が急に来たので、車で来ました」と朗らかに答えが帰ってきた。…そんな亀想像出来ないんすけど。
 車で海中公園研究所までの道を行くと、まず目に飛び込んでくる牛。牛・丑・うし。その数凄く多く、友紀ちゃん曰く、この島は人口の10倍の牛が居るという。次に石垣に囲まれた家が見えてきて、どこかほっとする雰囲気が漂い(おばあちゃんちを思い出した)のんびりしている。その突き当たりの曲がり角に御嶽(ウタキと読む。神々が下って来る、といわれる神聖な場所)があって、その中で祈祷をする女性が居た。ここは想像していた沖縄の姿が広がっていた。
 研究所に着くと、もっさーと大小様々な亀がお出迎え。トラックの上からもデカ亀がお出迎え(80kgはあるらしい)。そして会議室を借りて、そこに荷物を置いて、食事当番を決めて(じゃんけん)、お昼ご飯を食べる。こさオヤジ、敬子さん、メキシカンゆうき、英ちゃんのぐうチームが作る沖縄そば。く、悔しいけど美味い。
 その後、もうやる気満々なわく星メンバーは、早速海に行くことに。この時、デジカメを持っていったのが悲劇の始まりだった。安全なプール(潮が引いているときに出来る大きな水溜り。でも深い所は5m以上ある)の海へ泳ぎにいく。先頭に入るのはこさオヤジと敬子さん。二人とも子どもよりもやる気満々で海に入っていく。釣りを始めるメキシカンとたけちゃん、初めて釣りをするメキシカンに、たけちゃんは丁寧(?)に教えていた。潜って魚を探すのが潤ちゃん。岩も水の深さも気にせずに、色んな所へ探しに行く。
 暫く泳いでいると誰かが「潮が満ちてきた」と言い出した。その瞬間、敬子さんは何かに気づいて走った。「荷物はどうなってるん!?」そう、迂闊な所に荷物を置いたので、物が水浸しに!当然デジカメも!…そしてそのデジカメは合宿中に使われることはなかった。あぎじゃびよー!
 体も冷え、ぼちぼち研究所に戻り、すっかり会議室に腰を落ち着けて、暫くすると、デカ亀とちび亀2匹を海に帰すので、見に行くことに。わっせわっせと亀を連れて行く。ちび亀なら大人1人で抱えられるが、デカ亀になると大の大人3人でやっとこさ引っ張って(引っ張られて?)いける図体で、砂浜を掻き分けて進み、す〜いと海へ入っていった。こうして亀3匹は無事海へ帰っていった。
 夕食準備の時間になり、当番以外の人は研究所にあったマンガにはまる。わざわざ合宿中に読むなよ…(でも人のこと言えない)。夕食は友紀ちゃん、潤ちゃん、集平、友ちゃんのぱぁチームが作ったパエリア、ゴーヤーとキュウリのサラダ、切干大根。でっかい鍋で作ったパエリアはとても美味しそう。だが、見た目だけでは料理は語れぬ、お味の方は?…くそう、美味いぞ。ぺろりとご飯を平らげ、またもやマンガにはまる面々。あっというまにその夜はふけていった。
 おまけ・敬子さんとこさオヤジは研究所の人と酒盛りをして、夜遅くに帰ってきたと思ったら、すぐに高イビキをかいて眠ってしまったとさ。これだからオトナは…。

3日目 4月14日(日) ずっと黒島
 今までの移動の疲れのせいか、のんびりと起きる。再びぱぁチームの作る朝ごはんを食べ、島さんに今日のスケジュールを聞くと、家族でもずく採りに行くらしい。こいつは食料ゲッチュの大チャンス!お供します、島さん!と鼻息荒く意気込み、目指せ、もずく天国!!と期待満点で全員用意を始めたのだった。(家族団らんにお邪魔じゃないですか?と聞いたら、快く承諾してくれた島さん一家に感謝)…だがその時は、まさかこれが地獄の始まりとはお釈迦様も気づかなかっただろう。
 たけちゃん、花ちゃん、私のちょきチームが作ったお昼ごはん、野菜チャンプルー的なのを食べ、補給完了!全員(11人)軽トラの後ろに乗り込み、もずくがもっさ〜と有る遠浅の北の海岸(名前忘れた)へ一気にGO!
 さて、ところで私は遠浅っていっても、せいぜい5分歩いたらもう海があるんだろう、と思っていたのだけど、それがまさか、――潮引いたら海が2km先に行っちゃってるとは思いもよりませんでした。地平線のあたりに海が見える、くらいにしかなくて、残っているのは潮溜まり。初めて遠浅の意味を実体験しました。
 さあ、遠浅海岸にも来たし、早速もずく採りだ!と張り切ってとる面々…かと思いきや珍しい遠浅の生き物に夢中になって遊ぶ。メキシカン、たけちゃん、潤ちゃんは釣り道具を持ってタコと魚を釣りに行った(昨日釣れなかったのでかなり張り切ってる)。だけど、敬子さんと友紀ちゃんは違った。躊躇い無く潮溜まりへ入り、ガッシガッシとその辺に落ちているようにしか見えない(一応生えてるけど)もずくを採りまくる。…この人たちはやっぱ凄い、と感心しつつ、潮溜まりにもあまり入らない私は、ちびちびともずくを採っていた。
 なんだかんだ言いながらも、皆でバケツにもずくを入れていったら半分弱は採れ、上等上等、と満足してたら、もずく採りに燃えていた敬子さん&友紀ちゃん登場。デーンとバケツ一杯にもずくを採ってきた様は、圧巻の一言。だけどそれだけじゃなく、島さんもバケツ一杯にモズクや海藻類を採ってきて、計バケツ2杯半のもずく+α。これだけあると、毎食もずく食べなきゃね、とちょっと笑顔が引きつりながらも帰路についた。
 研究所に戻ってから、このままだともずくに余計なものまで付いてきて調理しにくいから、近くの海へもずくを洗いに行く。潤ちゃんたけちゃんも実は収穫が無かったので(海釣りは勝手が違うらしい)リベンジも兼ねて再度釣りを始める。だけど又もや収穫なし。それで夜釣りをしよう、と言う事になり、夜に港に行くことに。
 太陽も傾き(沖縄は日が長い。4月中頃なのに沈むのは7時前くらい)、晩御飯。今回はぐぅチームが作った。カレー、ゴーヤーのつけもの、当然もずく(そーめん風)。島さんも一緒にご飯を食べ、賑やかな食事が更に賑やかになる。そのあと食後の休憩をして、夜釣り&星を見に、皆で軽トラに乗って港へ。夜始めて外に出たけど、人口の光がほとんど無くて、凄く暗い。こりゃ、星がよく見えるわ、と空を仰ぎ見て期待を膨らませた。
 港に着いて、すぐに釣りを始める潤ちゃん、たけちゃん、メキシカン。しない人はのんびりと星を見ていた。でも生憎の薄曇りで所々しか星は見えなかった。う〜ん、残念。と思ったが、なんと海には夜光虫がいて、空の星は少なかったが、海に星がたくさんあった。とても奇麗だった。1時間弱、港で過ごした後、釣り部隊に成果を聞くと、「まぐろ大量、もーばんばん釣りまくり!」と言ったが、私の目には手ぶらにしか見えなかった…。また明日リベンジだね…。
 軽トラで無事、何事もなく研究所に着いて、その夜はすぐにふけていった。
 皆はマンガにはまっていた。マンガって怖い。

4日目 4月15日(月) とにかく黒島
 朝、ご飯が出来るまでごろごろしていた。意外とリゾート気分。朝ごはんは再びぐぅチーム。もずくはもずく味噌汁。かなり評判が良い。でも昨日のもずくですでに飽き飽きしている人もいて、かなり顔が引きつりながら食べていた。すでに向こう5年分は食べてると思う。ご飯を食べ終わったら、掃除を始める。お世話になっているのだから、物置と化している部屋をキレイにしよう、という話なのです(実はこれ、敬子さんのある企みが…)。
 午前中いっぱい使っての大掃除をして、ヘトヘトになってお昼ごはんを食べる。やきそば、よもぎぶた炊き込み御飯、トマト。このとき、英ちゃんと友ちゃんは苦手なトマトを皆に「本当、美味いよ」という勧めを受け、パクリ!と食べたが、直後にすごい顔になった。う〜ん、二人ともよく頑張った。ご褒美にトマトあげたくなったよ。
 2時過ぎ、シュノーケルをしに、海へ行く。釣り部隊は再びリベンジのため、今度は釣り道具+銛を持っていく。はたして…?
 シュノーケルは、島さんにやり方を教わる。レンズに唾をつけて(くもり止め)、顔にマスク(ゴーグルの鼻まであるやつ)をつける。最後に足ひれ(フィン)をつける。さあ、これで魚気分を満喫!夢の世界へレッツゴウ!
 まずは浅い所でシュノーケルに慣れる。島さんが丁寧に泳ぎ方、着地の仕方などを教えてくれ、皆すぐにコツをつかむ。
 黒島の海水をたっぷりと頂きながら(お腹いっぱい)、深いところへ行くと、…どうやら私は異世界に来てしまったらしく、色とりどりの魚がサンゴの影からちょろちょろと挨拶をしにくる。赤・青・緑・白・黒、ちょっと神様、こんなに色んな色があっていいの!?と訪ねたくなった。あ〜、我が人生最高の日。
 ぐるっと海を一回りして、陸にあがる。そこには潮たまりが残されていて、とても温かい。「温泉だぁ〜!」と大喜びしてじっくりと浸かる。こうなると海に入る気はしなくなり、再び海へ行くものは少なかった。潤ちゃんと私は、銛を持って魚を狩りに行ったが、目の前に魚はいるのになかなか狩れない。かなり夢中になって狩っていたら、こさオヤジが妙にすっきりした顔で迎えにきた。「いや〜、ちょっとじょわ〜っとね」…おい。とにかく、潮も満ちてきたのでとっとと帰ることに。戻るとなると、かなり遠かった。そんなに行った気がしなかったんだけどな。そしてこさオヤジはなぜか遠回りをして戻ったが、私たちは気にせず真直ぐ行ったら、どうやらオヤジの"じょわ〜"とした所を通ってしまったらしい。あぎじゃびよー!!
 研究所に戻り、晩御飯を作り始める。もずくかき揚げとサラダ。結構うまい。もずく料理の中でも一番美味いかも。もずくを嫌がってた奴らも喜んで食べる。後で敬子さんがもずくチャンプルーを作っていたが、敬子さんはオススメ出来ないと言っていました。もずく料理って難しい…。
 ウノとかをやって、テンションも上がりながら、その夜は賑やかに過ぎていった。 そういや敬子さん、物置片付けて、シュノーケリング代を安くしてもらう作戦は上手くいったの?

5日目 4月16日(火) 黒島(OT黒島〜石垣島)
 朝、半分は寝ている中、友ちゃんと散歩をしに行って砂場でおみやげに砂を拾う。朝ごはんを作り始め、よもぎサーターアンダギーともずく味噌汁。うーん、ミスマッチ。でも連続もずく料理、めざせギネスブックが密かな野望なため、軽くもずく地獄を見せる。もずぐジャムも作ろうかと考えたが、自ら却下した。さすがに嫌だし。
 午前中、敬子さん、友紀ちゃん、友ちゃんと近所ある「イリムティヤ」という民宿をやっている、極楽おじいクニオさん(万年20歳)の所へ遊びにいく。とにかくここの見た目が凄まじい。ぱっと見、そもそも人が住んでいるの?と聞きたくなる(3年前に台風で入り口が壊れたらしい。直る日は来るのだろうか)。玄関口に島バナナ(バナナより小さい)が吊るしてあって、気のいいおじいはあっさりくれた。これがメチャウマ。これならもずく並に食べたいよ。更におじいは魚もくれる。エエおじいや。ありがとう。
 この宿に泊まっていた、茶道いえもと(家元ではない)宮坂さんと一期一会の縁でお茶をご一緒する。ちゃんとしたお茶で、とても美味しい。ちらりと触れただけでも、お茶の世界は厳しいこと、何よりも奥が深いことが垣間見られた。
 お昼ごはんは、貰った魚で煮魚、もずく味噌汁、ごはん、トマト。たくさんあったのに舌鼓をうって食べてたらすぐに無くなった。もずくもこの調子で食べてくれると良いのだけど。
 ご飯を食べてから、海へ泳ぎに行く。近くの海じゃなくて、歩いて15分くらいの所。なんせ黒島は海に囲まれているから、泳ぐ場所には事欠かない。だが、私はOT参加のため、見送る立場に。今度は泳げる所だろうと期待も露わに皆さん泳ぎに行った。釣り部隊は鼻息荒く再度のリベンジ。今度は島さんにエサとかを聞いたせいか、なんと9匹の魚をゲッチュ!3匹はメキシカンが釣って、ヤツの鼻は高々。ついにやったね!
 さてOT=オプショナルツアー。参加者の敬子さん、友紀ちゃんと私は別行動で、安里勇さんの島唄を聴きに石垣島へ。泊まる所も確保し、安里勇さんのいる「あさどーや」(民謡酒場)へ下見をしに行くと…。なんと今日は夜9時から11時まで貸切状態だという!あぎじゃびよー!でもそれなら9時前はどーですか!?と無理矢理約束をつけて、その時は引き下がった。(でも安里さん、その時間は準備してるんじゃ…?)
 8時半、おしゃれをする敬子さん、カメラを用意する友紀ちゃんと私の3人娘(一人違う)で喜び勇んで「あさどーや」へ行くと!
 「あ、すみません、貸切が早まっちゃったんです。11時以降に来てもらえます?」あぎじゃびよー!!遅くなるならともかく、早まんないで!!見事に勇みきった足は空振り、またあとで来ようね、とちょっとがっかりしながら宿に戻った。
 11時以降、再び「あさどーや」の前に立つ。またダメだったら3人娘のパワーを見せてやる!と勢いよくドアを開けると、店員さんの「やっぱり来た」という視線。そして、店の奥から安里さんが出てくる。――やっと会えた!!前に会ったときとは雰囲気が変わり、渋い浴衣姿。安里さんは渋くてとてもカッコよかった。安里さんの唄に合わせてノリノリで踊る友紀ちゃんと敬子さん。民謡酒場の夜は異常なまでに賑やかに過ぎていった。
 あー、オトナの世界に入ってしまった…。 (つづく)

沖縄合宿日記 その2

前回までのあらすじ
 あの貧乏わく星が、なんと沖縄へ合宿に!?(ありがとう、AN○・超割!)
 笑いあり、涙ありの沖縄・黒島での充実生活を過ごして、一部は別れて、沖縄・石垣島に行ったとさ。

6日目 4月17日(水) 石垣島
 朝、鳥もとっくに目覚めるころに起きる。女3人旅だから気を使わなくていいや〜(普段は使ってたの?というツッコミはなしよ)、と気楽に用意を始める。
 泊まっていた「旅の宿」を出て、でっかい荷物はコインロッカーに預けて、三人別行動をする。敬子さんはフェリーの下調べに、友紀ちゃんはみんさ〜とかのお店へ行って、私はおみやげ屋さんで買物をしてました。
 12時に合流するため、コンビニで待ち合わせをしたんだけど…。私が10分過ぎたあたりで行ったら、まだ誰もいなかった。2人とも沖縄に染まってる…。
 近くのお店(名前忘れた)でご飯を食べる。友紀ちゃんと敬子さんは「そば定食」、私は「てびち(豚足)そば」を食べました。ちゃんと自腹で食べたわよ(確か)。
 美味いごはんを食べて(また食べたい)、午後はちょっと遠い所へ行こう、ということになりまして、「八重山民族展覧なんとか」(名前途中で忘れた)に行きました。
 バスに乗ってどんぶらこ。八重山なんとかに着いて、500円払って中に入る。さぞや良いところだろうと思いつつ、リスザルが居るらしいので、リスザル園へ。中には…、きゃー!リスザルよ〜!カワイイわ!愛くるしいわ!うちの猿どもも見習ってほしいわ!(でもスリザル居るらしい)と、一人(実は)で興奮していると、どっからともなく敬子さんの声が…。「もうすぐバス来るし、帰ってこーい」…なんだって!まだ入ってから20分くらいしかたってないぞ!500円分楽しんでないぞ!あぎじゃびよ〜!
 そうこう言いながらもバスに乗って港へ。――1つイイですか?バス停さ、真っ白だったんすけど。時刻もなんもないの。駅名書いてあって、それだけ。そーゆーもんなんすか?
 港近くにある、グランドホテルのロビーで一休み。6時過ぎ、港で後からくる本隊をお出迎え。1日ぶりのみんな。お互い何をしていたのか聞きあう。ヤツらは昨夜、「はなげ」というトランプゲームにハマっていたようである(もちろん自作。こんな名前のゲームが世に広まってたらオソロシすぎだ)。
 そして、今日泊まる所へ。案内人は私と友紀ちゃんだけど、道を間違える私。ごめん。
 宿に着いて、重たい荷物をおろす。たたみの部屋は久しぶり、テレビも久しぶりなもんだから、早速テレビを見るヤツら。…いいのかそれで。ミーティングをして、明日は速いということを確認。ご飯を食べて、とっとと寝る。オトナたちは当然アルコール入りの眠りである。イビキがうるさいぞ〜!
 余談・この日は30℃軽くこえてました。めちゃくちゃ暑かったです。外を歩くの嫌になりました。

7日目 4月18日(木) 石垣島〜(恐怖の)船〜那覇
 朝5時半、まだまだ外は暗い中、宿を出る。こさオヤジを先頭に道を進む。前科があるのでかなり慎重。たいしたハプニングもなく、無事にフェリー着き場に到着。
 微妙に見えない朝日を背に、フェリーに乗る。まさかこれが恐怖の始まりだったとは、誰も思っていなかった。
 一息ついてから、ミーティングと朝ごはんを食べる。(宿のおばちゃんがおにぎり作ってくれた。ありがとう!愛の味がした!)食べ終わったら、眠いので午前中は寝て過ごす。
 起きたら今度は昼ごはんを食べる。カップラーメン「沖縄そば」。さすが沖縄だ。カップラーメンからして一味違う。ご飯を食べ終わると、いよいよ船は揺れる。めちゃ揺れのため、酔いだす人多数。私も酔いかけたので、潤ちゃんから酔い止め薬を貰う。5分で治った。いや〜、よく効くねえ。(それは薬の力ではないと思う人は、気にしないでください)ありがとう、潤ちゃん。
 ごろごろして、テレビを見て、…だってすることなくてさ〜。今日は食っちゃ寝だわ。 しょうがないからシャワーでも浴びるか、とシャワー入ったら、すっきりしたせいか、かなりハイテンションになる。けど皆(敬子さん以外)はローテンション。グロッキーになっていました。ごめん、騒いで…。
 夕方。酔いもまだマシ、くらいになってくる面々。死人状態から、テレビを見る余裕がでる。というよりテレビの写りがよくなる。島に近づいてきた証拠だ!もうすぐ着くぞ!みんな、生き返れ!(本当に皆、死にかけてました)
 そして夜9時、やっと揺れ揺れフェリーとおさらば。約14時間乗っていました。長かった。やーっと開放される、と大喜びしたり、まだ揺れてるカンジがする、とふらふらになってタクシーに乗る。
 MOA沖縄事業団研修センターに着いて、荷物をおろす。ベッドもフトンもちゃんとある。ひ、久しぶりだよ!愛ラブふとーん!
 更に、お風呂もある。もちろん湯船つきで!!ひ、久しぶりだよ!沖縄来てはぢめてだよ!!湯船はいれるよ!!沖縄では暑いせいか、シャワーしかないんだよ!
 ひたすら幸せ気分で、ふわふわフトンに潜り込んでぐっすり眠り込んだ。今日は寝てばっかだったなあ。
 余談・メキシカン悠樹のフェリーでの一言。「酔ってないけど気持ち悪い」…人はそれを酔っていると言うんじゃないかと思います。

8日目 4月19日(金) 那覇〜読谷村
 朝8時ごろ、朝ごはんを食べる。なんと作ってくれるというので、期待して行ったら、…うーん、期待はず…。…っごほん、オイシク、イタダキマシタ。
 さてさて、次の目的地、読谷村へ移動。民宿「何我舎」へ。タクシーさんでも迷った。あぎじゃびよー!
 宿の人は全員がフレンドリー。いい人たちだ。お昼ここで作っていいですか?と聞いたら快く了承してくださりました。ありがとう。なのでお昼をここで作って食べる。インスタントの沖縄そば。意外と量が多い。でも味はカップラーメンのが好みだったかな。
 そしてしばし待って、今日お世話になる知花昌一さん登場。この人もかなりフレンドリー。面白くてイイ人だと思う。食事をしっかりとって、荷物を泊まる所(宿ではなく空家を借りた)に置いてから、読谷村の有名所へ出発!
 まずは座喜味城跡。高いところにあって、石壁を登るとあたり一面を一望できる。でもあいにくの曇り空。う〜ん、残念。ここから見える景色の半分(くらい)はアメリカ基地で、その中に新築の読谷役場があった。ここはアメリカの基地じゃなくて読谷なんだ、とその新築の建物は言っているみたいだった。
 次にシムクガマへ。すっごく広くてデカい。奥は2.5km先まで続いているという。ここは1000人くらいの人が逃げこんで、全員が助かったという。ハワイ帰りで英語が出来た人と戦争反対の意思を貫いた人がいたおかげでアメリカの兵隊さんと話が出来て、助かったらしい。
 ちょいと奥まで行くことになり、ちょろちょろ流れる川の横を歩いた。足場は不安定です。懐中電灯ないと暗くてわからないし、なによりも滑りやすい。真っ暗な中、懐中電灯の明りと知花さんを頼りに、4,5分くらい歩くと、大きな空間があるところに着く。逃げこんだ人たちは、主にここで生活していたらしい。敬子さんはここでキャンプする案も考えていたらしい。…イイかもしれない。不謹慎かもしれないけど、私は妙に気に入った。このガマの雰囲気、というか在り様というか。遠い昔からこのガマは色々な生き物の思いや生と死とかを淡々と受け入れて、そして変わらず今も、そして誰も手を出さなければこれからもこのままなんだろうな。たとえここに立つ私たちが、どんなことを思おうとも。
 さて、真っ暗なガマの中から、目が痛くなるほど眩しすぎな外へ出る。次はゾウの檻に行きました。
 ゾウの檻は、その名の由来通り、大きかった。ここの土地の一部は知花さんのもので、軍用地にするつもりはない、と言ったのに、国が無理矢理、軍用地にしてしまったという。…それはないよなあ。法律的には個人のモノは個人のモノだよ?それくらいコドモでもわかる常識だし。国自身が法律作ってんのに、自分で法律守ってないじゃん。…ルールってなんだろうなぁ。
 最後に、チビチリガマへ。シムクガマとは違って、たくさんの人が死んでいった所だ。ガマの入り口近くに大きな石碑があり、それに刻まれたたくさんの名前。ここに逃げこんだ人は、アメリカ兵に殺されるくらいなら、と自決をした…。まだ何も知らない赤ん坊もいた。…親に死を与えられた子どもは何を思っていたのだろう。でも、もしもここの人たちが、もっと違う立場や時間に生きていたら、自決なんて絶対にしなかったと思う。…とにかく私は、これは何かに殺されたんだ、と思った。自決じゃないよ。(詳しい話は前回の敬子さんが書いた「命どう宝ということ」を参照してください)
 ガマは、奥に入れないようになっていて、遺族の人の「踏み荒らされたくない」という言葉があった。中を覗いてみると、当時のまま手をつけていないから、土にかえらないビンとかの生活用具、人が死んだアト(黒くなってた)がある。やるせない気分になった。
 泊まる所の空家へ戻った。この空家は「さばにクラブ」という団体さん?に借りて、その「さばにクラブ」の建物が近くにある。…日本語あってる?
 んで「さばにクラブ」的建物で夕ごはんを作って食べる。ここの凄いところは、店をやっているところ(織物や小物とかを作ってる。当然手作り)でもあるが、何よりも、なんと!露天風呂あるんだよ!!この湯船の珍しい沖縄で!狂喜乱舞しながら露天風呂にいれてもらう。もう大喜び通り越して、喜び限界突破しました。「さばにクラブ」さん、ありがとう!
 そして空家でザコ寝して、今日という夜はふけていった。
 余談・オトナたちは、さばにクラブの人と、ひたすら飲んでました。(もうあえて何なのかは書かない)

9日目 4月20日(土) 読谷村〜那覇
 朝、ごはんを食べがてらミーティング。結果、再びOT(オプショナルツアー)が発動する。OT「ひめゆりの塔&ガラス館見学ツアー」はこさオヤジ、メキシカンゆうき、ゆきちゃん、私。残りは本隊で、読谷村見学をする予定…らしい。
 さて、そうと決まると即行動。荷物をまとめてバス停へ。バスを待っていると、突然おやじが「ヒッチハイクをしよう!」と言い出す。…常にネタに困らん人だなあ、と思いつつ、オヤジが「なは」と書いた紙を片手に車を待つ姿を眺めていた。
 まあ、世の中そう上手くはいかない。バスが来てしまったので那覇まで金だして乗り込んだ。(後で知ったんだけど、本隊のほうは敬子さんの口の上手さで地元の人の軽トラに乗っていたらしい…この場合もヒッチハイク?)
 那覇について、移動の足にレンタカーを借りることにした。キレイな車で楽々移動。…人数少ないって、こーゆう時はいいよな〜。
 まず、ひめゆりの塔へ行った。ひめゆりの塔にも何人もの名前の刻んである石碑があって、その前にいっぱいの花がそえてあった。人は黙祷をしている。(余談だけど、こんな所へ来ていつも思うことは宗教のこと。特に何かに帰依してるわけでもないのに、なぜ手を合わせたりするのだろう?そんなことを思うせいか、いつもどうすればいいのか迷っちゃうんだよなぁ。深く考えることでもないとも思うけど…)手を合わせるのもなんか気が引けたので、軽く頭下げて、死んだ人に思いを捧げた…(そんな高尚なもんじゃないけど)。
 となりに資料館(?)があったので、中に入って見学する。当たり前だけど、展示してあるものはひめゆりの悲劇や写真、文章。そのときの体験談とかがあって、まざまざと書かれてあったので、その場に立っているような気がした。
 資料館をあとにして、次に琉球ガラス館(工房つき)へ、ゆうき、ゆきちゃん、私は行き、こさオヤジは平和祈念公園の方へ行った。
 ガラス館は色とりどりのガラスの売り物があって、とてもキレイ。工房は見学できるようになっていて、見ているだけでもとても楽しい。その奥には美術館もあり、数々のガラスの芸術作品があった。いい物見せてもらいました。(お値段もイイものでした)
 せっかくガラス館に来たのだから、当然おみやげを買うつもり、なんだけど…。物が多ければ、欲しいのも多すぎ!あれも欲しい、これも欲しいとは思うのだけど…、サイフの中身と相談したら、1個しか買えませんでした。…ちぇっ。
 この時ゆうきは嬉しそうに「これでお茶を飲む!」とガラスコップを買っていたのだけど…。この時、そのコップの運命を知る由も無かった。(遠い目)
 4時ごろ、こさオヤジも迎えにきて(もっと見ていたかったというコメント)、渋滞に巻き込まれながらも何とか、6時前くらいに今日泊まる所のMOA(再び)に着く。とっくに本隊はMOAに着いているだろうと思ったんだけど、なんと誰もいない。…あれ?
 オヤジはレンタカーを返しに行ったので、3人で広いMOAの中、待つことに。「…さみしーね」「うん」…人数少ないって、こーゆう時は寂しいよな〜。
 夕ごはん前、やっと本隊がMOAに着く。どうやら向こうも色々あったらしい。ともあれ、MOAではご飯を作ってくれるので、夕食タイム!…あの朝ごはんだから、あんまり期待は出来ない、と思っていたけど意外とちゃんとしたもの。量もちゃんとある。よかったよかった、と最後の晩餐をつつくのでした。
 最後の夜なので、ウノで騒ぐ。今日、本当に本隊はいっぱい歩いて疲れてんの?と聞きたくなるくらい、夜おそくまで粘ってました。もう、明日帰るんだよなぁ。
 余談・本隊は、読谷村を歩いて移動したりしたらしいです。お疲れ様。そんでもって、ガラス館も見学したけど、売り物の値段がイイもの過ぎて、何も買えなかったらしいです。

10日目 4月21日(日) 那覇〜大阪・京都
 ついに今日は最終日。「はやかったなあ」と私がつぶやいたら、横で集平、友ちゃん、英ちゃん、花ちゃんが「長かった…」と言っていた。
 午前中、荷物整理も終わって、出発の時。悠樹・集平(…不本意ながらワタクシめも)は突き押し遊びをしていたら、悠樹が持っていた手さげ袋からボト、と物が落ちた。琉球ガラスコップだ!「ほら、ゆうき、そんなとこいれといたらコップ割れちゃうよ?」と拾って渡すと――チャリ。……今、不吉な音がシマシタ。「わ、私じゃないよ!?(かなり焦る…つかこの時アタックしたのは私)」そして予想通り、中身は悲しい事件に。(涙)…ご、ごめん。
 今居るMOAから首里城が近いので、首里城へ行くことに。大きいな荷物をえんやこら抱えて、高い所にある首里城へ「暑い、疲れた、坂多い」の三拍子で行く。荷物なければ楽勝かな。
 首里城に着くと、目にも鮮やかな城壁。建てなおしてまだ数年、十数年だからか、古きよき…とは思えないけど、どこを見ても色がキレイに映えて、絵になるところだと思う。高いところにあるから、景色もキレイ。イイとこ住んでたんだな〜、首里城の主は…。(実はお金ないので首里城の外だけ見ていた…)
 首里城(外だけ)見学も終わり、次はお土産を買いに牧志市場へ。そう、初日(前回参照)に行ったあの牧志です。
 まずはお昼を食べて、荷物を交替で見張って市場めぐりをしよう、ちゅうことに。お土産を買ったり、おやつを買ったり。(ゆうきはこさオヤジにガラスコップ買ってもらっていた)真剣にサイフと見比べて買物をする面々。まだまだ余裕だった潤・たけ兄弟は一気にお土産を買っていた。中でも一番凄かったのは敬子さん。沖縄名物「三線」12000円を7000円にまでまけさせて買っていた。お店の人も敬子さんにかかっては形無しなのだろう…。
 飛行機が5時ごろなので、3時に牧志を出る。空港にかなり早く着いたので、荷物をあずけて、ぼけーっと待っていたり、空港のお店を見に行ったりしに行く。のだけど…。席を取っていなかったので、皆バラバラになる。あぎじゃびよー!次はもっと早く席をとっておこう…。特に窓際。
 飛行機内では、皆バラバラだったので、何をしていたのかはわからなかった。でも夕日が凄くキレイだった。私の位置はよく見えないところだったので残念。飛行機っていいなあ、とつくづく思う。お値段高いけど。
 大阪に着いて、英ちゃんのお父ちゃんとお母ちゃんが迎えに来ていた。よしよし、早速帰ろうか…、というところで空港で夕食(牧志で買った)を食べる。どこまで行ってもわく星だ…。食べながら、英ちゃんのお父ちゃん、お母ちゃんに合宿の話をする。この時、友紀ちゃんはバスの時間があるから、と先に帰ることに。それじゃあね〜、と皆で手を振って友紀ちゃんとお別れ。
 ご飯も食べ終わって、英ちゃん一家は一足先に特急「はるか」で帰っていった。…「はるか」ってお値段…。…英ちゃん家って金持ちね…。
 ちんたらちんたら普通電車で帰っていく残りの面々。大阪駅で、敬子さん、こさオヤジ、集平、友ちゃん、花ちゃんとお別れ。ああ、こうしてどんどん人数が減っていく。
 そして、大阪駅から電車に乗り換えて、1番最初に降りるのは――私です。
 潤ちゃーん、たけちゃーん、ゆうき〜、じゃーねー!!と手を振ってお別れ。
 こうして、わく星沖縄合宿は終わった。
 余談・最終的に私のサイフの中身は57円しかありませんでした。やばかった〜。

後日談(我が家にて)
 えーと…。誰かホームシックで泣きださないかな〜?と思ったけど、誰もそんなことはなく、こいつはわく星メンバーを見くびっておりました。(半分はつねっても泣かないけど)
 本当は尚ちゃんも来るはずだったんだけど、体調を崩して来れなくなっちゃったのです。残念。次にリベンジだ!でもムリは禁物です。
 色んな感動づくしの沖縄で、いい体験をめちゃんこしたと思っております。美味いもんもいっぱいあったしね。またいつか沖縄に行きたいなあ。10日間じゃ物足りなかった。
 さて、いつも合宿の話は大人(スタッフ)の人が書いているから、今回はコドモの目から見た合宿日記です。拙いところがたくさんあったと思うけど、そこは大目に見てくださったと勝手に思っております。
 それでは、ここまで読んで頂きアリガトウございました。

余談・まさか本当にわく星通信に載るとは思わなかった…。

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