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ひとりごと。
初めて「虹の橋」をご紹介した1999年頃には、この詩は今ほどメジャーではなく、動物が亡くなったことを「虹の橋に行った」と表現する人もほとんどいませんでした。
私は自身が、胸がつぶれそうに悲しかった時にこれを知って、とても救われ、それで同じような人たちにも知ってもらえたら…と思い、ネット上に載せただけのことでした。これによって何の利益も受けてはいません。雑誌にも二度載りましたが、掲載誌1冊の他は、金品を戴いてはいません。
「ママ…」の方は、私が嘆き悲しんでいた時に、お坊さんに伺ったお話が元になっています。「したことやしなかったことを後悔しないでください。良いことや楽しかったことだけを思い出して、あなたがまた笑うのが、一番の供養なんですよ」と。
このお話には本当に救われました。
そしてまた、「"死んだ子に悪いからもう飼わない"というのも、良いことではないですよ。それでは死んだ子が悲しみます」と言われました。
最近、知り合いが犬を亡くし、お坊さんのお話を思い出して、本当に一気に作ったのがこの詩です。
私は、虹の橋では時間の流れが違うと信じています。私たちが急いでそこへ行く必要なんてないと思います。あの子達は寂しがったりしないで、遊んで待っていてくれると思っています。
「虹の橋」は、今でこそメジャーになりましたが、昔は「新興宗教の宣伝か」とか「動物が死んだことをネタに金儲けでもするのか」と言われたりもしました。
「ママ…」は「気持ち悪い」とか「人間の勝手な妄想」などと、無記名掲示板に書かれているそうです。そう思われる方は、動物を亡くしてもこういうものが必要ない、強い心の持ち主なのでしょう。
反面、「救われた、ありがとう」というメールも本当にたくさん、数百通は戴きました。「ずっと自分を責めていましたが、初めて気持ちが楽になりました」とか「次の子を飼うとあの子が成仏できないのではと悩んでいましたが、私が楽しく暮らすことが供養の一つと知って安心しました」など、本当にたくさん戴いています。
「虹」も「ママ」も、ブログ等にもたくさん転載されてご活用いただいているようで、本当に嬉しく思います。
どんなものにも、好む人と好まない人がいるのは当然ですね。
どなたにも読めと強要するつもりは全くありませんから、お嫌いな方は、ただスルーしていただけませんか。私だって人間です。わざわざ悪く書かれるのは嬉しいはずがありません。そして、お気持ちにフィットした方が、ご自分なりに活用してくだされば、それで私は嬉しく思います(改変しての掲載はご遠慮下さい)。
ここまで読んでくださってありがとうございます。 管理人いっけ |