- 台湾には昔から台湾の原住民が住んでいた。
- 台湾は日本が中華人民共和国(中国)を明と呼んでいた時代に、その中国大陸から少しの入植者があったといわれている。また、日本の豊臣秀吉は台湾との交易を行っていたらしく、現在の台湾の高尾付近の海岸に交易船を停泊させていたとも言われている。
- オランダは、明との戦争の結果、澎湖群島{ほうこ‐れっとう【澎湖列島】ハウ タウ (Penghu Liedao) 台湾の西にある島嶼群。主島澎湖島の中心都市は馬公}からのオランダの撤退の条件として、オランダが台湾を占領することに異議を唱えないという協定を結んでいる。これにより、オランダ人による実質の台湾支配が始まる。オランダ人による統治は、土地は国王のものとし、台湾人は土地を借地するものとして税を課した。そして、オランダは、中国大陸から労働力として、多数の漢民族移民を台湾に送り込んだ。
- 日本はそのころ、鎖国令を出し、台湾への進出は幕が下りた。
- 台湾では、中国から鄭成功が台湾に進攻し、オランダ人は台湾から撤退するにいたった。
- 1888年台湾省樹立。
- 1894年日清戦争勃発。劉永福は台湾の防備を命じられ、8000人の黒旗軍を率いて台南の守備を受け持った。
- 日清戦争の日本軍の勝利で、清国は朝鮮の独立を認め、日本に遼東半島、台湾、澎湖列島を割譲するとともに賠償金を支払うことになった(1895年下関条約)。この締結後間もなく、ドイツ、ロシア、フランスの三国干渉が起こり、日本は清に遼東半島の返還すべきと迫ったため、日本は遼東半島の返還をおこなわざるを得なかった。{三国は、その後、中国の清朝から次々と権益を獲得していく。 ロシアは、1896年に東清鉄道の敷設権を、1898年には旅順・大連を租借地とし、東清鉄道をそこまで延長する権利を得た。 ドイツは、1898年に山東省でドイツ人宣教師が殺害された際に、膠州湾を租借し、山東半島を横断する鉄道の敷設権を得た。 フランスは、1895年に雲南方面における鉄道敷設権を得、1899年には広州湾を租借した。 また、イギリスは、すでに香港の割譲を受けていたが、1898年に、ロシアの南下に対抗するために山東半島北岸の威海衛を租借し、香港の対岸の九竜半島も租借した。}
- 劉永福は、1895年7月から10月にかけて日本軍と幾たびか激戦を繰り広げたが、結局は敗北して逃亡。
- 895年台湾民主国樹立。日本が全島を治めた。
- 1945年第二次世界大戦で日本の敗戦により、台湾を中国に返還。台湾は中華民国台湾省となる。
- 台湾では要人は中国本土からの外相人が占め、台湾の本省人は下位を占めた。
- 中国大陸では、蒋介石が1948年の国民大会で憲政下初代大総統に就任したが、翌年、中国共産党軍との内戦に敗北し台湾へ亡命した。以後、国民党総裁・中華民国(台湾)総統として同島に君臨し、その独裁権力を保持し「大陸反攻」を叫び続けた。ところが、中華民国は、国連において中国を代表する政府としての議席をもっていたが、周恩来時に国連において「中華人民共和国を中国を代表とする案」が採択された。
- 蒋経国の死後、李登輝が総統に昇格した。1991年に李登輝は「台湾は主権の独立した国家であり、中華民国であるから統一も独立も必要でない」と表明。ただし反主流派は180度異なる主張である。
- 2000年の総選挙で、国民党から民主進歩党の陳水扁に政権が移る。
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