■ 日本の存立の危機、石油の輸入確保の危機??、日本国の産業と国民の生活と生命の危機??。 日本の本当の存立の危機とは
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日本の存立の危機、石油の輸入確保の危機??、日本国の産業と国民の生活と生命の危機??。
日本の本当の存立の危機とは。
昭和天皇は、太平洋戦争の責任を免除されるため、日米安保条約及びこれに付随する行政協定(どちらかというと行政協定が主→後に地位協定に移行)を締約させるに至らしめ、この行政協定による日本国内での米軍の自由な軍事活動と米軍関係者の治外法権的特権・待遇を保障し、及び同様に昭和天皇による日本の隷属性とアメリカへの貢献の約束に起因した米軍への莫大な財政負担を余儀なくされ、日本国民は米軍にみかじめ料を支払わされている。しかし、米軍が日本を守るとして軍事活動を行う場合には米議会の議決が必要となるが、米議会は日本の国会と異なり、真に米国の国益になるかどうかを判断して実施するか、実施しないかを判断する。米軍の日本駐留の真の目的は日本を守ることではなく、日本での駐留環境が他のアジア諸国に駐留するより格段に良好であり、米国にとって殿様扱いを満喫しているだけであり、アメリカは日本のことは日本自身で守れと要求しているのであって、アメリカはアジアでの戦争に関与したくないのである。よって、今後日本がアジアでの戦争に関与するように、アメリカが誘導することになることは間違いないであろう。
日本は太平洋戦争で敗戦し連合国軍の占領下に置かれ、占領政策により軍事基地の設置や数々の占領政策が実施され、日本は民主化への道を歩むことになった。
戦後の日本国民は、戦争の反省の上に立ち戦争を決して政府に始めさせないことを誓い、戦力の保有を禁止し、自衛のためにも戦力を行使しないことを定めた日本国憲法案を作成し国会で内容を確認して議決・承認したものである。
日本において民主憲法と民主主義的な政府が成立し、社会がある程度安定すると、連合国は、特別な理由がない限り一般的に占領を更に長期間継続することは他国からの非難を浴びることにもなるため、世界の国々と講和条約を結び、日本は独立が承認されることになったのである。このことは、占領政策は継続できないので、占領軍は撤退することを意味するのである。
日本が独立して主権が回復することになる講和条約であるが、昭和天皇は、かつての欽定憲法時代の国家元首の政治・軍事に関わる大権を既に剥奪されているにも拘らず政府を支配し、講和条約後に於いても国内に米軍駐留を可能とするように、講和条約の内容と別途米国との二国間で締約する日米安全保障条約及び取極めの内容を天皇・米軍の意に沿うように日米両政府で起草したものと推察される。この駐留米軍の戦力については日本国憲法の戦力の不保持と明きらかに相反する事象に当たるが、昭和天皇の支配によって政府及び国会は承認させられたものであると言及できる。尚、この駐留米軍の戦力の問題は、その後の砂川闘争の裁判で表面化することになる。
その後、中国や朝鮮半島の情勢の変化が生じたため、米国は日本に憲法を改正して軍隊を保持するように要請したが、吉田総理はこれを断わり、憲法を改正しない状態で、憲法違反にならない警察権の範囲の警察予備隊を発足させる。吉田総理の後の鳩山一郎総理及び重光外相は、日本の軍備の強化及び合わせて駐留米軍の期限付きの駐留及び将来の撤収に向けての交渉を米国と行う旨を訪米前に昭和天皇に上奏したが、天皇は米軍の撤退はできないとし、この内容を周囲の関係者にも伝えるように発言し、この事案の米国との交渉を思いとどまらせたのであった。 その後、日本は自衛隊法を整備して本格的に再軍備が図られるが、日本はこの自衛隊の戦力については、戦力に当たらずと詭弁を弄して国民に有無を言わせなかった。その後、自衛隊は米国の命じるままに規模・装備の拡大が図られていくようになった。
日本は戦争放棄を掲げ、こじつけて自衛隊は専守防衛として存在させてきたが、海外での活動は禁じられているのであるから、自衛隊の活動に関する法律は国内の活動に適合した仕様である。しかし、そのうち日本政府はアメリカの命じる要求に応えて自衛隊を海外に派遣するようになり、次第にアメリカの戦争に関わる任務が拡大され、自衛隊は戦闘地域において戦闘にかかわるアメリカを中心とした有志連合国の軍隊とは一体的な軍事活動は行わないと国民には説明し、これを規定した特別措置法を制定して海外に派遣したのであった。しかし、例によって、日本政府は国民を騙して日本国民には秘密にして、戦闘と一体的な活動を実施していたのであった。国民が情報公開請求によって資料の閲覧を求めると、防衛省は自衛隊の海外での活動についての回答文章は黒塗り状態であり、これは政府に都合が悪くなる法律違反などの事案であったのは容易に推測できることですが、この政府の法律違反が暴露された際に、自衛隊の活動が、自衛隊の国内での活動を目的に作られた法律ではカバーできない事態に陥り、法律違反を起こして後に、法律違反でも咎められない根拠法を作成する必要性が生じることになったのです。即ち、犯罪のもみ消しを行う対応を執ったものと見ることができよう。
現在まで歴代の政府が拒絶してきたものを翻して集団的自衛権の行使容認の判断を閣議決定し、日本が戦闘に協力する根拠とする種々の安全保障の法整備を行うことによって、現在まで不備であった関連法によってそれまでの自衛隊が戦闘状態の米軍を他国の領海・領土で支援していた事案について、新法案によって不備を補完することによって検察による逮捕・訴追を逃れ刑事罰を受けなくて済むように謀略を謀る。この種々の安全保障の関連法は、刑事罰逃れのために利用できることになるが、しかし、これは、日本が国外で戦争をできる根拠に使えるのだ。いや、今後は積極的に武器を使用して練習から実戦へ移行させ、交戦が日常的に行われて国民を麻痺させて、遂に海外で自衛隊が戦争していても誰も文句は言えなくなるのだ。
この法律は、政府の犯罪性を揉消すのに充分すぎる内容です。この法律の趣旨は、政府が容認さえすれば、日本国憲法で認められていない集団的自衛権を行使した戦闘行為ができるとする内容であるため、世界のどこでも自由に行って活動が可能となり、たとえ他国の領海、領土、領空であっても、たとえ有志連合国軍が敵と交戦している場合に自衛隊が駆けつけ警護で応戦ができるとしており、自衛隊の戦闘行為がほぼ制限無く拡大されるが合法的に可能であると読めるものである。日本政府は種々誤魔化しの説明を国会で行うが、要するに政府が閣議決定した集団的自衛権の行使容認そのもの、及び新たな安保関連の法律そのもの並びに海外での戦闘行為が憲法違反であっても、所謂一連の戦争法が成立してしまえば戦争が合法的にできることを意味するのである。国民はこのことをしっかり理解しなければ、またバカを見ることになるのです。
繰り返しになるが、安倍総理ほか閣僚が集団的自衛権の行使容認を判断しても、実際は憲法違反であるが、自民党国会議員が憲法違反の戦争行為に及んでも裁かれないようにするための諸々の安全保障関連法を成立させることによって、根本の「定理」といえる「日本国憲法の戦争放棄」が存在しているにも拘らず、日本の軍隊が海外で堂々と戦争することが可能となり、司法は法律を根拠に裁定するため、政府が例外の日本存立の危機の要件の事案と処理することによって、戦争の殺人に対して司法は政府の判断を合法とせざるを得ないのです。なぜなら、政府自身が特定秘密指定が適当であると判断すれば秘密指定でき、この場合には、特定秘密扱いで誰も詳細を調べることができず、司法さえも政府の説明を受容せざるを得ないのであるばかりか、報道機関も政府の説明をそのまま右から左に国民に報道するのみとなることは容易に推測されよう。
ただし、日本国憲法を改正しない限りは、集団的自衛権が行使できないので違憲であるが、政府自身が勝手に集団的自衛権を海外で行使すること、且つ武力行使することを可能とする閣議決定を行い、あたかも合憲であるかのように国民を偽り、(但し、最高裁は自衛隊の存在自体の違憲判決について判断を拒否しており、更に安保条約の内容については、国会と国民の批判に委ねられるべきことであるとし、逃げ口上を並べ立てて、司法が勝手に既に行政と憲法の独立性を歪めてしまっているのであるが、・・)集団的自衛権の行使と称して自衛隊に積極的に戦闘行為をさせた結果、ちょっとした交戦から戦争になってしまっては、現行憲法は単なる紙切れの文章に貶められ、現行憲法は効力を失い、そうすると、条文に規定されている国民の基本的人権の保障など完全に無視されてしまっても、裁判の法的根拠がなくなるのである。また、国会議員の存在の根拠も無くなり、総理ほか政府の閣僚らの存在の根拠も失われることになる。ただし、独裁的な政府は、政府に逆らう勢力に対しては、刑法と自衛隊法を盾にして刑事罰のみ適用させて国民を拘束してしまうのであろう。
よって、国民は、戦闘に及んだ場合には、政府関係者や自衛隊関係者、法律を制定した国会議員らを、民主主義の国家体制を転覆したとして拘束し裁判相当により処罰するのが妥当と判断する。
即ち、政府が勝手に集団的自衛権が容認されるとした所の判断を、最高裁が言及するように、容認できるかどうかについては国民が最終的な裁断を下さなければならない。それが最高裁が公正な判断を拒否し、暗にほのめかした解決の方法だからであるから。であるから、国民は、その国民の裁定が可能となる政治の制度に改善することが民主主義の必要条件である。
日本政府は他国の領土・領海・領空に於いて自衛隊を派遣して戦争は行わないとするが、ホルムズ海峡の機雷掃海は我が国への石油の確保ができない場合に存立の危機になると判断されれば機雷掃海を行う可能性の趣旨の発言を撤回しようとしない。筆者から見れば、他国の領海に設置されている武器である機雷を、設置した国の承認が無いのに爆破処理することは、日本の都合で相手国の武器を略奪・破壊することにあたり、一般的に見て、弾薬や戦車や戦闘用艦船の破壊行為と同等の破壊行為であるから、日本は戦争をするつもりはないと相手国に説明しても、当事国にとっては存立の危機に当たる事態と見なすことができよう。この場合には、日本が先制攻撃したことにより、相手国が日本国を攻撃することは自衛の権利として容認されているのである。
現在までアメリカは日本に対してアメリカの戦争への参加を要請しており、小泉政権より前は、少なくとも自衛隊は海外へ派遣しない暗黙の了解で存在させてきていた掟を、小泉総理は強引に破り、アメリカの要請に応えるべく、憲法違反であっても国民の反発をかわすためにぎりぎりの理由付けを行って、自衛隊の任務を戦闘にかかわらない区域に厳しく限定し、外国軍の戦闘勢力と一体となる活動を禁止する内容を定めた特別措置法を作成して国民を安心させ、表面的にはこの条件の下でのイラクでの自衛隊の派遣活動を命じたものであった。しかし、実際は、小泉政権、安倍政権、福田政権、麻生政権の自民党政権は嘘八百であったことが種々判明している。また、戦後の自民党政権が、国民を騙しアメリカとの密約で国民に不利益をもたらしてきていた数多のウソが、アメリカの公文書館における秘密指定の解除による公開された資料より明らかになっている。だから、国民は、政府が国民に向かって戦争をしないから安心してくださいとか、今までの安保法制を成立させても戦争はやってきていませんとか、今後、新らたな安全法制整備法によって自衛隊が海外で軍事行動を行って隊員が死亡するかもしれないが、自衛隊員は今までにも死亡しているのであるとか、種々言い訳して新らたな安全法制整備法の妥当性を主張しても、その信用性に欠く。
自民党政権が国民に向かって、信用してくださいと哀願しても、国民は政府が説明してきたことに対して裏では反対のことを平気でやってきていた事実より判断して、国民は100%政府を信用しない。喩えるなら、国民も、政府による振り込め詐欺を数多経験すると、政府を信用しなくなるのです。
このように、日本国憲法と民主主義と国民の基本的人権が極度に損ねられること、日本の存立の危機が予想されるでしょう。この場合に国民が奮起して政府に対抗しようものなら、日本国内で自衛隊が治安維持行動を行うことになり、国民に銃口が向けられることになるかもしれない。十分予見される。
このような種々の憲法違反の要素を含んだ安全法制整備法について、日本の裁判所は、事件が起きる前に、明らかに違憲性が存在する事案について、政治性の色濃い法律に関しては、裁判所は自らの司法の義務を放棄して憲法裁判を公正、中立に裁定しようとはしない。これも、昔から日本の三権分立の民主主義に基づく主権者国民が望む司法の役割を拒否しているのであるから、この意味で現在の裁判所では役に立たないので、憲法や行政に関する裁判が可能となる特別な憲法裁判所の設立が必須となる証明が為されたものと国民は理解できる。
■ 日本は敗戦しポツダム宣言の無条件降伏を受諾し占領下に置かれた。その後の講和条約で独立したことになっただけ。 実際は、日本政府はその筋の言いなりになり、その筋のために日本国民を裏切る最大限の貢献を行うまでに発展。
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日本の敗戦、占領下へ
大日本帝国の神聖にして侵してはならない国家元首であり統治権を総攬する昭和天皇、及び軍部が、東南アジア、中国、シナイ半島から太平洋諸島を侵略し、ハワイ島への攻撃を開始した。しかし、当初からアメリカとの戦争については日本が敗戦することは予想されていた。
昭和天皇は軍部による侵略戦争を許可した。アメリカとの戦争については日本の戦力より判断して、せいぜい1、2年闘える程度であり、その先の見通しは無い状況を軍部も昭和天皇も認識しながら戦争に及んだのであった。昭和天皇の責任の捉え方については、日本の開戦を回避できうるただ一人の立場であったのにその決断を下さ無かったという開戦時点の見方だけでなく、敗戦後の日本国の真の独立を歪めた責任という見方がある。筆者から言わせると後者の無責任さが重大である。 (昭和天皇の戦争の責任については、昭和天皇とマッカーサーと日米安全保障条約参照。)
日本軍は、太平洋戦争でミッドウエイ海戦の敗退から後は、圧倒的な戦力のアメリカ軍を相手に武器弾薬、食料の補給を完全に断たれて、各地で民間の日本人をも巻き込んでの玉砕に至った。尚、大日本帝国軍は当初から食料については現地で調達をはかる旨命令されていたのであるから、現地住民からの略奪行為は日常のことであったと想像される。
沖縄では米軍が上陸し地上戦が行われ、戦闘時において日本軍による沖縄の住民への処遇が原因して、多くの一般住民が一緒に攻撃対象にされてしまった外、多くの住民が自決に追いやられた。 この頃本土には十分な武器はなく、未熟な兵士が残されているのみであり、アメリカ軍を相手に戦いを遂行できる状態ではなかったが、軍部・天皇の取巻きは国体護持を掲げてあくまで戦闘の継続に徹し、戦争終結を先延ばしにしたのであった。この結果、アメリカは実験に成功した原爆の破壊力の効果が最大限に得られる地区においてその破壊力や現象の実態を調査・確認する目的のため、並びに、ポツダム会談ではソ連に日本への攻撃への参戦を要請したが、原爆を使用することによってソ連の参戦よりも前に日本を制圧して日本の占領時のソ連の関与を最小限にするために、広島、長崎へ原爆投下が実行されたと推測する。また、原爆投下後も日本が降伏宣言に応じないので、アメリカ軍は各地への更なる重爆撃を実行した。
この当時、日・ソ間には5年間の平和条約が締約されており残存期間1年の状態であったが、8月8日に突如解除と宣戦布告を行ったのである。満州やサハリンや千島列島では8月9日から9月2日までのソ連軍の追撃が実施されたが、日本本土の軍本部から前線の部隊に、敗戦での天皇の処遇に悪影響が出ないようにする配慮から敵との交戦を禁じる命令を送っていたので、敵の襲撃を受ける日本兵の部隊で混乱と無駄死には避けられなかった。
満州では、ソ連の侵攻の情報を得て日本兵の部隊はいち早く撤退活動を始めたが、民間の入植者達の逃避は遅れて、航空機による銃撃に遭遇、更にソ連の軍団に追いつかれて、膨大な数の民間日本人が殺戮・暴行されることになった。
この太平洋戦争の結末は、日本は敗戦しポツダム宣言を受諾することを正式表明し、1945年9月2日に戦艦ミズリー号での連合国との間で降伏受諾証書に署名し、連合国の占領下に置かれた。その降伏内容は、天皇及び日本政府は無条件降伏し連合国の命令に服従すること。すべての日本軍や臣民に対し一切の戦闘行為を停止することを命ずること。又、財産を毀損しないこと。ポツダム宣言を誠実に履行すること。連合国の捕虜などを解放し手当てし、輸送する措置をとること。連合国のために必要な非戦闘的な任務に従事すること、であった。
連合国としてのアメリカ軍は、日本全国に亘って土地を強制的に接収して演習場、武器弾薬庫・貯油施設、通信施設、飛行場などの軍事施設の建造を進めた。
連合国総司令部は、日本の軍隊を解体し、非軍事化し、民主化をはかり、戦争犯罪人の裁判を実施することを政治の基本とした。占領軍は、不当に拘束された政治犯や在日外国人、日本政府の戦争遂行に支障が生じるとされて拘束・収容された者などの拘束を解き、国民には帝国政府からの解放を掲げたが、一方、占領総司令部や占領政策を批判する言論・表現を禁止する統制を徹底した。また連合国のアメリカは日本に反共思想を徹底させ、共産主義的な思想を有すると疑われるような、あるいは、軍国的な国家主義思想者あるいは政策遂行に支障が生じると判断されるような、公職者の追放及び企業の整理を実施した。これによって、官僚や企業はアメリカに迎合して隷属に従順なものがその位置を確かなものとして後々の行政者に受け継がれ、あるいは将来に向かって成長していく企業になるのであった。
日本の財閥は軍需の根幹の資金源となっていたため解体され、また、封建的な農業制度について、天皇、地主、小作農という領主制的な農業を改革する農地改革が進められた。
占領政策のひとつは、占領国アメリカの占領に関わる経費の支払いを日本に要求するとともに、日本の将来の経済発展については抑制することを当面の方針とし、戦争被害国への倍賞費を少しずつ支払うことを見込むが、日本国民が飢餓に陥らない程度の最低限の生活となる生産力を目標とさせるものであった。しかし、これについては、ソ連の核実験、中国の革命、朝鮮戦争の動向などを受け、アメリカは日本の経済の発展を進めさせて米軍の駐留の経費及び米軍の戦費を日本に負担させる方針に転換したのである。
戦後の昭和天皇の存続を危惧して戦争放棄と戦力保持せずを定めた日本国憲法
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総司令部は、日本が民主的な新たな憲法及び民主的な政府を成立させ、将来に亘って戦争を起こすことが無いと確信できる状態になったなら、日本の独立を認め、その際には、早期に占領軍を撤退させなければならなくなる。これが占領軍の責務であった。
新憲法作成については、憲法草案作成に於いて考慮すべき条件として提示されたとされる当初のマッカーサー三原則と総司令部の表現は異なっており、またこの際に、当時の幣原首相が昭和天皇の存続を危惧して戦争放棄と軍備の廃止を提案し総司令部に採用されたものであると述べているが、マッカーサーと幣原との協議でどちらも主体的にこの方針を採るつもりであったのであろうと筆者は考える。なぜなら、アメリカにとっては、もし天皇を残すなら、日本軍と天皇が結びつくと将来に戦争が再発しかねないという懸念が強かったと推測されるので、マッカーサーの方針に幣原氏が同調して、自らが考える天皇存続のための譲歩案となったのであろう。最終的に民生局が憲法草案を作成する際の条件としては、天皇を象徴として政治・軍事の権限をなくし、戦争放棄と軍備の廃止、封建制を廃止し民主化する内容となった。また、民生局案では民主主義的な国民の基本的な権利や福祉の内容がとりいれられたほか、社会党や共産党や高野が主張する国民の生存権、主権在民が加えられ、議会は英国方式の二院制を希望する日本の主張もとりいれられた。
自衛のための戦争をも放棄することを国会で議決
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ここで問題となったのが憲法9条の戦争放棄について、戦力を保持せず、国の交戦権を認めないということについて、この条項を定めた当時の首相幣原は、「自衛のための戦争をも放棄する」ということを明言しており、この後の第一次吉田内閣が1946年6月の国会で、「一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も放棄したものであります」と答弁し、共産党は自衛権を放棄したものではないと主張したが、自由党、与党進歩等、協同党、社会党が自衛権の発動のための戦争をも放棄すると承認した。
昭和天皇の警護及びアメリカに貢献するための日米安保条約及び行政協定の締結
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連合国の占領を何十年も継続させることは国際的な批判の対象になることが予想された。このとき、マッカーサー元帥個人としては、日本が戦争放棄の中立国になることを目ざしていたが、自衛を禁じることを考えていたものではなかったようであったが、朝鮮戦争やソ連の動向などアメリカの政策との対比の関係と、特にアメリカ本国が日本をアメリカの前線基地及び社会主義勢力との決戦の戦場と捉えて、日本領土を軍事的に活用する考え方を強固に主張し、この対立が生じ、結局マッカーサーはアイゼンハワー大統領に占領軍の元帥の職を解任されて本国へ帰国することになった。
その後、日本が独立を承認されて占領軍が撤退すると、日本国内外の社会的な情勢によって天皇制の存続・維持について非常に懸念される恐怖を昭和天皇は抱いたと容易に想像できる。吉田総理や白洲が早期の独立に向けて行動していることを昭和天皇は批判していたようだ。
戦後1945年6月ギャロップ社のアメリカ国内の世論調査結果によると、昭和天皇の扱いについて、33%が処刑、戦争犯罪人として裁判17%、収監11%、国外追放9%を示したとする資料がある。
天皇の訴追をかわすため、天皇制を継続させるためには、それに見合う充分なアメリカに対しての貢献が求められると想像される。天皇がこれに応えることが、アメリカの国益に利するのである。
昭和天皇は1947年9月に、米軍が沖縄や琉球列島のその他の島に米軍が占領状態を50年間より更にもっと長期間継続させることを希望する私的な考えを示し、当時、天皇の御用掛であった寺崎英成が占領軍の政治顧問のシーボルトの事務所を訪れて天皇の考えを伝え、ワシントンのマッカーサー元帥にその内容を送ってもらうように依頼している(所謂沖縄メッセージと呼ばれる文章)。
アメリカの当時の国務省の政策顧問J.F.ダレスは、日本に対する米軍の占領政策を継続させるのと同様に、米軍が望む日本国内の場所に基地を建造でき、望む期間駐留することを如何にすれば可能となるかを課題としていたのであるから、その難題を天皇自らが切り開いてくれたのであった。
占領軍のアメリカは、日本の統治に関して戦争中において戦後の天皇の扱いについて検討し、占領時の間接統治の効果などを活用したのであろう。アメリカは、戦争責任者を裁く裁判において昭和天皇の戦争責任を問わないことを画策し、昭和天皇と米軍の両者が、米軍の日本の独立承認後に撤退を余儀なくされる連合国の立場の占領アメリカ軍の駐留という立場を変えて、日本領土に米軍として単独の駐留を継続できる様に、その仕組みを両者で立案したと筆者は考える。これが、日本の独立を承認する講和条約をサンフランシスコのオペラハウスにて調印した後に、場所を移動して日米二国間の日米安全保障条約に調印した。この安全保障条約の内容は短く、条約には、「アメリカ合衆国の軍隊の日本国内及びその附近における配備を規律する条件は、両政府間の行政協定で決定する」と明記された。日本では、安保条約は国会での批准が必要であるが、この行政協定は国会での承認が行われない扱いで処理され、更に日米間の運用方針が取極められ、極めて日本側が不利な処遇の協定内容となっている。この協定は、1960年の安保改定時に地位協定と改められたが、内容はほとんど変更されていない。
サンフランシスコ講和条約は全連合国の国々との講和の調印は実現せず、48カ国の代表と日本の代表が調印した条約であり、ソ連、チェコ、ポーランド、中華民国、インド、ビルマ、モンゴル、ユーゴスラビア、韓国、北朝鮮などとは調印しておらず、これらの国々とはその後の個別に平和条約の締約が残された。また、連合国との賠償問題についても解決されずに残された。
日本の独立は講和条約で承認されたが、その講和条約に日本の南方諸島(小笠原諸島など)や南西諸島(奄美諸島、琉球諸島、大東諸島など)をアメリカの信託統治の区域としたものであった。しかし、これを認めることは完全な日本の独立ではないことになる。また、日本が侵略・占領した南太平洋の島々もアメリカの信託統治下に置かれ、アメリカとの締約条件としてアメリカの軍事活動の権利が与えられ、その権利を利用することで一部の区域(ビキニ環礁)で水爆実験が重ねられ、住民は実験のために島から移住を余儀なくされた。水爆実験の際、日本のマグロ漁船第五福竜丸が放射能の死の灰に被爆して死者が出る事件へと繋がっていく。
日米安保条約は、「米軍の駐留を日本から申し出てアメリカがこれを受諾するものとし、日本国内及び周辺に配備して日本国内の内乱・騒じょう及び外部からの武力攻撃に対して米軍が寄与できる」とし、「アメリカ軍の規律は日米間の行政協定で決定する」としたものであった。この行政協定の内容は、日米の特別な官僚・軍関係者などで構成された合同委員会で協議されたが、アメリカが望む期間、望む場所に基地建設を要求する権利を有し、駐留費は日本が分担し、航空・通信・交通など米軍に最優先権を認め、駐留にかかわる物資の関税、検疫は免除され、刑事裁判権は米国が一次裁判権を有するもので駐留軍人・軍属・家族に関わる犯罪の裁判は日本の司法の適用外とするなどの内容であった。この協定は、国会での議論の対象から意図的にはずそうとする裏切りの作為であった。これは正に日本国、国民がアメリカに引き続き占領されて隷属されることを受け入れたことを意味するものであった。アメリカは、日本国土についてその全土が米軍基地として機能することが必要であるとする基本方針を保有している。
この合同委員会は現在様々な分科会を有しており、日米間の種々の取極めについて協議されてきていると推測されるが、その協議内容の詳細は国民には不明であり、現在国民が逆らえない状態が作り出されているのである。
つまり、日米2国間の安全保障条約及び日米間の地位協定及びその他取極めによって、米軍の軍事活動が自由にできる保障を与えたことから、日本の憲法の解釈の歪曲化、民主主義としての国民の人権が、米軍とのこれら取極めによって踏みにじられる事態が未来永劫に継続される不条理が日本国民に重くのしかかってくることになった。
また、現在では軍事面のみならず、あらゆる分野で制約がかけられているのである。
更に、日本の法律がアメリカの日本での活動において障害になると、アメリカは日本の法律にあわせて調整するのではなく、日本に適用除外の特例を承認させるのです。例えば、夜間飛行の規制を日本の住民が日本政府を通じてアメリカに言っているとし、これに対してアメリカが可能な限り配慮すると日本政府が表面的に答えているが、まったく関係ないのです。アメリカの自由な活動が最優先に保障されることが約束だからです。そして、アメリカが日本に法令の適用除外を求めると、日本の官僚は、すべて、’イエス’で特例措置の通達を出さざるを得なくなってしまう仕組みであるように思える。日本の法令規制の方を適用外特例と書き改めることを余儀なくされ、アメリカの行動は法的に問題がないようにほぼすべて承認されるように思える。つまり、日本の米軍駐留に当たっては、アメリカ側が支出する経費は最小限に抑えながら最大の特権を確保でき、アメリカが自由に活動できる仕組みこそがアメリカの狙いであった。
戦後、昭和天皇が国民に秘密にした自らとアメリカとの取引関係の事案に起因して、その後の日本の政治は、日本国民を平気で騙し、辻褄あわせをしなければならなくなり、アメリカとの外交は秘密、秘密の連続であり、国会審議は、議員の質疑に対して馬鹿馬鹿しい政府の虚偽の答弁の繰り返しに終始する状態で現在に至っているのである。当初の秘密を成立させるために、日本の司法まで辻褄合わせの影響が及んで司法の審理が歪曲されてしまっているのである。
■ 戦後の総理に関しての筆者の私的な捉え方
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吉田総理
1946年の戦後初の衆議院の総選挙で総裁鳩山一郎率いる自由党が第一党となるが、過半数割れであった。自由党は社会党と政策協定を成立させ、鳩山氏が総理になるべくマッカーサー司令部に了解を得るための手続きを開始した。そこで提示されたのが鳩山氏の公職追放であった。このため、吉田氏が政権を担うことになったのであるが、伝えられるところによると、吉田氏も追放の評価に該当していたと見られていたが、吉田氏は占領軍にうまく立ち振る舞い、追放を回避できたと見られる。 吉田は、公安調査庁を発足させ、破壊活動防止法制定し、所謂レッド・パ−ジを実行し、約2万2千人の公務員と民間企業従業員が解雇された。また、内閣調査室を発足させ、米国のCIAとの協力関係の基礎をつくったのであった。
既述したように、吉田政権時の国会で、9条は、「自衛のための戦争をも放棄する」を確認し、共産党を除く全ての政党が承認して日本国憲法を成立させた。
アメリカは1950年の朝鮮戦争開始頃から日本に憲法を改正して再軍備することを要求するのである。これに応えるためには憲法を改正しなければならないので、憲法を改正しないで憲法違反にならないように、警察組織という説明を用いて警察予備隊を発足させた。
1952年に吉田総理は、戦力で無い軍隊の保有は違憲でなく、自衛のための戦力は憲法9条にいう戦力ではなく違憲で無いと、アメリカの圧力に逆らえず言いなりになって、政府が詭弁を弄して勝手に主張し始めたのです。これは、再軍備を進めるために国民を騙すことになる事案の始まりでした。
その後の自衛隊は、戦力に当たらずという言葉のごまかしと、その行為をまるで遊びのように振る舞い、憲法冒涜も関係ないとして、武器装備の重装備化と近代化と拡充及び組織規模の拡大を図ってきているのであるが、戦力保持は認められないという憲法に違反しているのは明白である、と筆者を始め、正常に日本語の文章・構文を理解できる多くの日本人は判断する。
鳩山総理、石橋総理
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公職追放から解かれた鳩山氏は、吉田内閣解散後に政権をとり、憲法改正を行って自衛力の増強を進めること及び周辺国との自主外交を進めようとしていて、在日米軍基地の撤去に向けて道筋をつけようとしていたようだ。 鳩山政権の重光葵外相は日米安保条約の改定を提案し、日本の軍備増強による在日米軍基地の撤廃あるいは条件付き目的による駐留のみ容認する試案について、また、アメリカ側と防衛分担金の削減交渉を行うことで調整していたのである。しかし、重光外相が望んだ当初の試案は訪米交渉からは取り下げられたのであった。これは恐らく、重光氏が望んだ試案はアメリカが考える日本や極東への政策が損なわれ、在日米軍の完全撤去に繋がると米国が危惧したのみならず、昭和天皇も在日米軍基地の撤廃を拒絶したのであろう。重光が渡米する前に天皇に内奏した際の昭和30年(1955年)8月20日の重光の日記に、「陛下より日米協力反共の必要、駐屯軍の撤退は不可なり、又、自分の知人に何れも懇篤な伝言を命ぜられる。」と記されている(続重光葵手記 中央公論社 日記)。しかし、分担金削減交渉は妥結したが、日本の防衛予算の増額を約束させられる結果となった。
鳩山一郎総理はソ連との国交正常化をはかり、抑留者を帰国させ、日本の国連加盟を認められることを目標として、実現させた。しかし、アメリカは鳩山、重光を共に憂慮する存在と見ていたようだ。
アメリカは鳩山政権に対しての米国の行動方針のうち、ソ連と北方領土問題に付いては以下を決めた。(注1)
・ソ連との外交関係樹立に反対しないが、共産中国との外交関係に反対する。
・歯舞、色丹両島の主権をめぐる日本の主張を支持する。千島列島と南サハリンに対するソ連の主権の主張に対して譲歩しない。
((注1)春名幹男著 「秘密のファイル CIAの対日工作」共同通信社)
アメリカは、日本とソ連との交渉開始においての領土問題の波及が琉球列島への影響に及ぶ懸念を問題視していた。
1955年3月の国家安全保障会議で、アレン・ダレスCIA長官が、「日本は、千島列島の少なくとも二島、歯舞、色丹両島の返還の希望を公言している。ソ連は歯舞を返還するわずかな可能性がある。しかし、ソ連が一度占領に成功した領土を放棄するのは通常の彼らの行動ではない。」また、兄のジョン・フォスター・ダレス国務長官は、「ソ連が千島列島の重要な部分を放棄するような事態が起きれば、米国は直ちに、琉球諸島の施政権返還を求める日本からの強い圧力を受けることになる。ソ連が現在の占領地域を日本に変換すると予想するのは、これまでの経験に反する。しかし、まさに日米間の緊張を増すためにそのような策に出ることは考えられる。」(注1)
米国で議論され、対日政策の公文書に政策原案が変更されて示されている。
・歯舞、色丹両島の主権をめぐる日本の主張を支持する。
・千島列島と南サハリンに対するソ連の主権を法的に無効と扱う。
((注1)春名幹男著 「秘密のファイル CIAの対日工作」共同通信社)
つまり、北方四島返還問題に日本の注意が向き、北方領土返還を日本が要求するが、それが解決しないことがアメリカの思惑であり、こちらが解決してしまうと、琉球列島の施政権返還問題が起き上がることが危惧されるため、アメリカが日本政府に四島一括返還で対応するように画策したと筆者は考える。 これ以降、日本は四島一括返還を訴えるようになる。
次の石橋泰山首相は米国に追随しない姿勢を顕にしたので、米国の反感を買って短命に終わった。
岸総理
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終戦直後にA級戦犯容疑で逮捕された中に、岸信介、児玉誉士夫、笹川良一らが含まれていた。
アメリカの要請により、吉田政権時に保安部隊の設立を余儀なくされた。吉田は隊の設立に際しは、復員兵を隊員とすることや隊の指揮官として経験を有する追放された戦時中の将校らに隊を指揮させる必要性をアメリカに訴え、これを受けて追放軍人の採用が実現、並びに多くの戦犯者の解放が実施された。岸、児玉、笹川なども公職追放を解かれた。 岸は、当時中国の情報に詳しかった児玉誉士夫や笹川良一との付き合いがあった。アメリカは、中国に関する彼らの種々の情報を得るため利用する目的で解放し、アメリカの占領政策のひとつである、戦争で得た資財は没収する政策であったが、彼らの財については容認されたように見られる。
岸総理は、アメリカから当時の総理として最も好ましい人物としてCIAからの献金や協力が差し伸べられていた。CIA以外に岸は、戦時中日本軍のために中国で軍需物資の調達を行い軍部に高く売りつけることや、戦利品の宝飾品・その他の売買などに関わっていて巨万の富を得たほか、戦時中の秘密工作に従事していた右翼の児玉誉士夫からの献金、及び戦時中にファシストに系統し、戦後情報通としてアメリカの情報機関のために働き、また競艇事業で成功して富を得た笹川良一からの献金、その他企業に献金を求め、豊富な政党資金を背景にして勢力争いに利用したとされる。尚、児玉誉士夫などからの資金提供は鳩山一郎も受けていたとされる。
岸首相は、旧安保条約の改定の手続きを進めたが、これに反対する学生の安保闘争のデモやその他団体のデモなどが加わり、安保騒動に発展して死者が出る事態に至った。所謂60年安保闘争である。
反対運動の中で、安保とアメリカ大統領訪日を歓迎する計画が持ち上がっていた時期であり、衆議院での法案の強行採決のために、岸が得た資金をもとに、児玉誉士夫に依頼して集めた右翼団体の構成員や安保反対の学生に対抗する暴力団に資金を提供して、反対運動のデモ隊に対抗して阻止する暴力的行為が起きていた。また、アメリカのアイゼンハワー大統領が1960年6月に訪日する案が計画され、警官隊や消防隊員、体育系つわ者、暴力団の自警団など合計20〜30万人動員させ空港からの沿道を固める案を検討していたが、大統領報道官が前打ち合わせのため来日した際に、都心に向かう車がデモ隊に包囲されて立ち往生する事態が発生した。これが影響したと見られ、大統領の訪日は中止された。
この激しい反対デモにも拘わらず、最後は新安保条約が締約された。旧安保条約にはアメリカが日本を守る義務がなく、日本の内乱を鎮圧する内容が含まれていたが、新安保条約では、防衛面では、内乱鎮圧の内容を削除し、日本国の施政の下にある領域におけるいずれか一方に対する武力攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものである事態について、それぞれの国の憲法上の規定及び手続に従って対処行動をとるように改められ、明記された。この条約の効力は10年間存続し、以降は条約を終了させる意思表明を1年前に行って条約が終了することが可能となる内容である。
しかし、これで日本が守られることになると一般的に信じられているが、筆者から見れば、日本が攻撃された際に、日本のためにアメリカ兵が直接戦争に関わるかどうかを承認するのはアメリカの議会であり、日本に対してどのような戦争の支援がアメリカから受けられるかは未知数であると考えるのが妥当であろう。
この安保改定に際して、根本問題である行政協定の内容の本質は変わっていないのである。また、その実務的な運用方法も変わっていないと見られる。これがアメリカによる日本支配の構造の本質なのである。
尚、起こるべくして起こされたこの大規模な安保騒動が発生したことを受けて、何処かの機関の思惑に乗せられてマスコミが政府を非難する論調で訴え、これが利用されて岸総理は退陣させられることになったのであろう。
吉田政権時からこれ以降、アメリカの支配を受けて、日本はアメリカの圧力に逆らえずに防衛費の増大をはかり、無制限に拡大する戦力について、自衛権で認められる範囲などと政府自ら勝手に肯定・評価を下して国民に有無を言わせない傲慢な政治をとってきているのです。アメリカの影の影響力に屈し、最早、国会議員は日本国民の代表としての責任を果たそうとはしない臆病者に堕落してしまっている。
第二次岸内閣のときに、当時の東京都砂川町にある米軍立川基地の拡張工事が強制的に実施されることになり、これを阻止したい農民や支援する労働者・学生の集団が警察の機動隊と衝突し、この際に米軍基地の境界フェンスが壊され数人が敷地内に立ち入り、警察は日米安保に基づく刑事特別法で逮捕・起訴し、その裁判が実施された。
この裁判は、駐留米軍の戦力と日本国憲法の9条の規律との整合性の問題、及びこれに起因した違反行為の根拠とした安保条約に基づく刑事特別法そのものの意味が問われる事態に至ったのである。所謂砂川事件における東京地裁の判決を覆した最高裁の判決によって、日米安全保障条約による米軍駐留に司法のお墨付きを与えたことになったのである。
日本の裁判制度は三審制を採用しており、地裁の判決と最高裁の判決といずれの判決が妥当かどうかではなく、最高裁が最終審となる。しかし、この最高裁長官は、自らの反共の思想信条をもって判決に影響を与えたと推察されるのです。この最高裁長官は、司法の公正中立の立場からありえない行動をとり、係争中であり上告審公判前に駐日米公使と非公式に会い、判決期日や各裁判官の裁定の判断の捉え方や裁判長として全員一致の裁定の見通しなどの審議情報を漏らしていたのです。その事実が米国の資料より明らかになっており、裁判の結果はその資料のとおりであったことが確認されている。
後記した砂川判決について思うことを参照。
佐藤総理と沖縄返還に伴う密約問題
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岸首相退陣の後、日米安保はひとまず当面の軌道に乗ったので、次の池田首相は基地問題は持ち出さずに所得倍増計画の政策を進めた。池田首相は、「中小零細企業は倒産しても止むを得ない」、「貧乏人は麦を食え」と発言したことで知られている。
その次の佐藤首相は沖縄の施政権の返還・本土復帰に勢力を尽くしこれを実現に導いた。
この当時、アメリカはベトナム戦争を開始し泥沼状態に陥っていた。ベトナム軍の抵抗は激しく、ジャングルでの戦闘に窮していたアメリカは、ベトナムへの無差別攻撃や人体に影響がある枯葉剤を散布して森林の草や木々を枯らすことまで行って、戦闘は悲惨な様相を呈していた。アメリカでは各地でベトナム戦争への反戦運動が激化していた。日本に於いてもベトナム戦争反対のデモが各地で行われていた。沖縄では、正に沖縄の米軍基地からB29爆撃機が飛び立ちベトナムの戦場への爆撃を行っていたのであり、この事実とその悲惨さを阻止できない不条理を受けて住民によるベトナム戦争反対デモが繰り返され、反基地運動が活発化し、更に沖縄の本土復帰運動の高揚も合わさって住民の反米感情が激化してきていた。
当時、駐日米国大使であったE.O.ライシャワーは親日家の学者であり、戦前にアメリカにおいて戦争に反対の立場を表明するなど、日本人の立場を配慮した視点で日本のことを見つめていた人物であり、沖縄住民の反米感情をこのまま放置してはおけないことと沖縄の返還について米国本国に進言していた人物としてよく知られている。このため、アメリカのニクソン大統領は日本人の反米感情が更に激化することを危惧し、米軍の沖縄における軍事面の特別な優位な地位の環境が維持され、基地の自由使用や軍事行動の自由、核兵器の維持が図られる(一旦撤去する場合でも、アメリカの望む場合に持込・貯蔵や通過が適う権利が確保できる)のであれば、施政権の移行などあまり重要と捉えていなかったのではないかと筆者は考える。
なぜなら、佐藤総理の直属の特使を命じられた若泉氏が、沖縄返還のための交渉を秘密裏に米国の大統領補佐官のキッシンジャー氏と協議を行っていたが、話題に浮上したのが予期せぬ日米間の繊維問題の解決であったことに戸惑ったのである。ニクソン大統領が強く求めていたことは日米間の繊維問題であり、日本の繊維製品の輸出によって、ニクソン大統領の地元である南部地域の繊維産業が打撃を受けており、これを解消して自らの勢力基盤の住民の支持を強固なものにする必要があったことを強く感じ取っていたことを明らかにしているから。
若泉氏は、沖縄返還交渉を秘密裏に携わった自らの行為の責任を感じて歴史の記録として残すことにした自らの著書に、沖縄返還後に沖縄への米軍による核兵器の持込を日本が容認する密約を日米両首脳が行うことになった経緯の一部始終のこと、及びアメリカが日本からの繊維製品の輸出を規制することなどを約束した内容のことなどを記している。
日米間の動向を歴史の事実で知るところでは、実際は、沖縄の返還は予定通りに実行されたが、繊維製品の日本による輸出の自粛規制は予定通り直ぐには発動されなかったのであった。
佐藤総理は、非核三原則、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」を掲げて平和主義国家の日本の基本原則と公言し、どういう訳か、ノーベル財団が彼を平和賞の受賞者として決定したのであった。しかし、佐藤総理の没後、佐藤氏は、その崇高な訴えとは裏腹に、核兵器持込みを容認する両首脳間の密約を交わし、日本国民に対する裏切り行為を働いていたことが白日の下に曝されたのです。
佐藤総理は、繊維交渉のニクソン大統領との約束を直ぐに果たせず、ニクソン大統領がこれに激怒し、ニクソンは日本を無視して中国との外交交渉を進め、日本に連絡せずに突然国交回復をしていない中国を訪問したのであり、これがもとで日本の外交関係者から、アメリカの信用を失った佐藤氏を総理の座からの引き降ろす工作に発展することになる。
この沖縄返還を模索する際には、当初、やはり核抜きでいこうと佐藤氏が貫いたが、外務省関係者の間では核付き返還でないと難しいと発言していたようである。
即ち、以下に示す内容や(参考1)、(参考2)に明らかなとおり、実質的にはアメリカが望むアメリカ軍による日本への核兵器の持ち込みは担保されたのである。
(参考)
『極秘
1969年11月21日発表のニクソン米合衆国大統領と佐藤日本国総理大臣との間の共同声明についての合意
議事録
米合衆国大統領
われわれの共同声明に述べてあるごとく、沖縄の施政権が実際に日本国に返還されるときまでに、沖縄
からすべての核兵器を撤去することが米国政府の意図である。 そして、それ以降においては、この共同
声明に述べてあるごとく、日間の相互協力及び安全保障条約、並びにこれに関連する諸取り決めが、沖縄
に適用されることになる。
しかしながら、日本を含む極東諸国の防衛のため米国が負っている国際的義務を効果的に遂行するため
に、重大な緊急事態が生じた際には、米国政府は、日本国政府と事前協議を行った上で、核兵器を沖縄に
再び持ち込むこと、及び沖縄を通過する権利が認められることを必要とするであろう。 かかる事前協議
においては、米国政府は好意的回答を期待するものである。 さらに、米国政府は、沖縄に現存する核兵
器の貯蔵地、すなわち、嘉手納、那覇、辺野古並びにナイキ・ハーキュリーズ基地を、何時でも使用でき
る状態に維持しておき、重大な緊急事態が生じた時には活用できることを必要とする。
日本国総理大臣
日本国政府は、大統領が述べた前記の重大な緊急事態が生じた際における米国政府の必要を理解して、
かかる事前協議が行われた場合には、遅滞なくそれらの必要をみたすであろう。
大統領と総理大臣は、この合意議事録を二通作成し、一通ずつ大統領官邸と総理大臣官邸にのみ保管し、
かつ、米合衆国大統領と日本国総理大臣との間でのみ最大の注意をもって、極秘裏に取り扱うべきものと
する、ということに合意した。
1969年11月21日
ワシントンDCにて
(署名) リチャード・ニクソン
(署名) 佐藤 栄作 』
(からくりについては以下を参照)
(参考1) 核再持ち込み密約 署名入り極秘文章 公表 日米安保条約 付属の合意事項
上記のリンク先に書かれている佐藤総理の発言より推測されることは、米国が必要であると日本に要求する権利や対応などについて、好意的と書かれている要請内容に対しては、即ち、「イエス」を意味する日本側の対応になっているのである。よって、このことから類推すると、日米間のあらゆる取極めに適応されていると容易に想像できる。例えば、日米地位協定17条の裁判権に関する条項が該当すると想像できる。日米間における運用方針に決められているのであろうと推測する範疇である。なぜなら、運用についての内容は国民には明らかにされないから。
(参考2) 核持ち込み introduction:核配備は事前協議 entry:核持ち込み(飛来、寄航、貯蔵)は事前協議対象外容認 密約調査 何も変わらない
密約によって政府が国民を騙していた数々の事実が判明
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日米間の外交の取極めの密約に関しては数多存在していると思われるが、国民に表面的に公表している内容と異なる内容を裏取引で締約している密約について、そのいくつかについて、当時その案件に携わった本人の証言あるいは書籍、新聞記者による情報入手に起因した国会での政府追及問題などによって、国民は、日本政府がその内容の事実を否認し国民を欺いていることを実感していたのである。また、近年、アメリカの公文書の解禁によって密約の存在を裏付ける証拠が出てきている。そのような状況下、自民党から民主党への政権交代が起こり、そのような資料についての調査を委託された委員会によって実態が確認されるとともに、国民を納得させるためのストーリーが報告書にまとめられて公表された。(いわゆる「密約」問題に関する有識者委員会報告書 2010年3月9日(以降、「委員会報告書」と称す)
そのうち、佐藤政権時代の1972年の沖縄返還における”核兵器の再持込み容認”の密約のほか、”沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わりに関する密約”、また、岸政権時代の”朝鮮半島有事の際の米軍の戦闘行動についての密約”について次に記す。
- ”核兵器の再持込み容認”の密約”に関して
外務省の委員会報告書では、この密約問題は、「沖縄返還後に重大な緊急事態が生じ、米国政府が核兵器を沖縄へ再び持ち込むことについて事前協議を提起する場合、日本側はこれを承認するとの内容の秘密の合意議事録が、佐藤総理大臣・ニクソン米大統領両首脳の間で作成されたのではないかというものである。」
と記している。
有識者が評価するこの密約の評価基準は、国民が一般に認識する密約という言葉の意味と異なる見方をしている。その評価基準を:二国間の合意あるいは了解であって、国民に知らされておらず、かつ、公表されている合意や了解と異なる重要な内容を持つものであるとしている。よって、外務省の表現する単に秘密裏に作成されたかどうかではなく、一般的に言う密約が存在しても、それを意味するのではない。しかし、国民は、この非公開、秘密に行われた協約や約束や合意の問題を重要視します。後述。
ここで対象とする案件は、有事の際の核の持ち込みに関しての内容であるが、委員会は、沖縄返還の日米共同コミュニケで、米国が核を持ち込む必要に際しては事前協議において米国の立場を害することはない趣旨の声明を行っているのであるから、核持ち込みの容認は、周知、自明の事柄であり、既に公表されている内容と両首脳の密約とされる合意文章の内容とは踏み込み方の程度の差はあっても、大差は無いと判断されたものである。そして、その有効性について、外務省にこれに関する根拠となる議事録がないこと、この内容について佐藤総理以降の総理に引継ぎが為されている根拠資料がないことより、必ずしも密約とはいえないとし、また、拘束する効力については否定的に考えざるを得ないだろうと結論づけた。
この件に関して、筆者は次のように考えます。
沖縄返還や核持ち込みという日本国の将来を左右する重要な事項が、もし、日本の担当所管大臣、官僚及び議会にも何の情報を与えず、決定内容を秘匿できる状況が存在するならば、非常に危険な状態であると思います。日本は、専制君主の独裁国家では無いのです。
単純に知らなかったでは済まされないのです。このような概念が政界、役人に蔓延しているなら、一体国民はどうすればよいのでしょうか。アメリカは日本を民主国家から外れることを良しとしないのであり、少なくとも現在日本は民主国家としての制度が敷かれているのですから、首相が最終決定を行うことができる特権を有していたとしても、決定内容はすべて政府、官僚も責任を持って対処する責務があります。
このようなことを決定し、後年に何等かの疑念が生じるような事態が発生していた時には、少なくとも担当所管内で対応を協議し、その記録が残るはずです。危惧すべきは、そのような証拠が省内に無いということは、危機管理に関して全く認識が欠けているのか、あるいは、徹底的に国民を愚弄して、証拠隠滅を図れば解消されると目論む悪賢い狐なのかいずれかであろう。
核持ち込みに関する両首脳間の合意に関して、担当所管に記録が無く、認識がなかったことを報告していますが、もともと、沖縄返還にむけての核兵器の扱いに関する合意のとりつけに当たっては、外務省とは別に、ニクソン大統領、キッシンジャー大統領補佐官、佐藤首相、若泉氏の4人が、有事の際に米国が日本に核を持ち込むことを条件として沖縄返還を認めることとし、その合意文章を両国の国民・議会に説明できるように如何に作文するかを協議していたのです。
そして、協議の過程は若泉氏はメモとして残すのみで、外務省との協議は行わず、佐藤総理に直接報告していたのです。ですから、佐藤総理が政府高官に経過を説明して明らかにしていない場合は、外務省に記録が残されていないのはもっともなことなのです。若泉氏は当時、協議結果のメモをアメリカ側に渡しており、アメリカ側は経緯を認識しているはずです。若泉氏は後に自らの協議メモや外務省の内部文章、日米交渉時の日米のメモをもとに自らの著書を記しているのであるから、それ自体が記録簿なのです。そして、日米合意文章自体が合意の記録といえるのですから、沖縄の核貯蔵施設の維持管理や核の持ち込み貯蔵についての合意した内容は、単に共同コミュニケより踏み込んだ内容ではすまされないのです。なぜなら、政府から国民が受けている説明内容「非核三原則」の説明と異なるからです。 政府は当時において、共同コミュニケの内容についても報道機関を通じて国民に非核三原則を堅持する旨の”虚偽の説明”をしていたのですから。
下記の沖縄返還時の核持ち込み密約では、核兵器の貯蔵施設を維持しておくことが盛り込まれている。日本国民は、核兵器の貯蔵施設が存在していることを知らされていないので、この施設が存在していない場合、新たにこの施設を建設する場合には、既に記した日米安保条約の事前協議の対象となるもので、これがなければ核兵器の持ち込みが生じても一時的なもので、長期間の貯蔵などできないと理解できるのです。しかし、日米の秘密の合意により核貯蔵施設が既に維持継続されている内容であるから、核兵器が長期間貯蔵されている疑惑が現実味を帯びてくるという理由により、共同コミュニケの内容とは根本的に違うのです。
尚、同密約に於いて、米軍が持ち込む核兵器を貯蔵地を米軍がいつでも利用できる状態にして活用できることを必要とするとして、日本側に対応を求め、日本がこれに応える約束をしているのであった。
キッシンジャー大統領補佐官と佐藤総理の特使の若泉氏が、佐藤・ニクソンの間の核兵器再持ち込みの密約を作成したとき、 佐藤総理以降における核兵器再持ち込みの保障についてキッシンジャーが訪ねた際に、佐藤氏が自民党と安保条約が存在する限り大丈夫であると言っていることを若泉氏が伝えていた。
そして、民主党政権において、非核三原則を堅持していくとするが、この核兵器の再持込みを容認するとした。また、2014年の安倍政権に於いても、同様に、非核三原則を堅持していくとするが、この核兵器の再持込みを容認するとした。
それらの発言は、筆者から見ると、非核三原則を堅持するとの表現は明らかに間違った表現であると断言する。
ここで特筆すべきは、2015年2月5日鈴木貴子衆議院議員が提出した質問主意書の中の一部には、次のような趣旨の内容があり、それによると、核兵器の再持ち込みについて、佐藤政権以降の政府が明らかにこれを引き継いで認識していたと判断できるのである。
質問の要旨は、第一次安倍内閣の時に閣議決定された政府答弁書では、日米安保条約の下での核兵器の持込みに関する事前協議制度についての日米間の合意は、日米安保条約第6条の実施に関する交換公文及びいわゆる藤山・マッカーサー口頭了解がすべてであり、秘密であると否とを問わずこの他に何らかの取決めがあるという事実はないとしているが、公開した外交文書に、当時日本政府として、沖縄返還以後に核を持ち込むことを容認していた下記の発言があり、当時の安倍内閣として虚偽の答弁を行った理由を明らかにするように質すなどの内容であった。
この核再持ち込みについての外交文書に関するの衆議院2015年1月15日に外務省が公開した外交文書に、当時の中曽根康弘防衛庁長官とレアード米国防長官との会談の中に、「(日本は国防の基本方針に)核兵器は持たないと書いた方がいい。ただし、米国の核兵器の(日本国内への)導入については留保しておいた方がよい」との発言をしたことが明らかにされている(2015年1月16日付読売新聞記事より)。
これに対して、事実関係について政府・外務省としてコメントすることは差し控えたいとしている。筆者はここでは答弁書については載せない。
また、以下の項目に該当する内容であるが、2015年2月6日鈴木貴子衆議院議員が提出した「沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わりに係る密約についての外交文書に関する質問主意書」があり(→鈴木議員の質問内容参照)、これに対しても、政府は、コメントを断わり、また、「先の答弁書(平成25年11月5日内閣衆質185第37号)に答えたとおりである」として、政府は、国民に対して政府が嘘をつくことが、民主主義政治を崩壊させるに値する国民に対する反逆罪であることを認識していないようである。
- ”沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わりに関する項目について”
この沖縄返還に伴う原状回復補償費の肩代わりの財政負担についの問題は、沖縄返還協定の財政負担の説明において、「アメリカが自発的に支払う」とした金額400万ドルについての実態は、日本政府が説明する内容とは異なり、実際は日本が負担額を入れ込む形の肩代わりによる支払いという裏取引の密約が両国で合意していた問題であった。この実態については、我部琉球大学教授と朝日新聞社による、及び毎日新聞社による米国国立公文書館が秘密指定を解除した資料の調査結果によって明らかにされたのである。
1971年当時の国会で沖縄返還に関わるこの問題を議論していた。その質問と答弁において次のような会話が為されていたが、日本の政府は、戦後から継続して国民を騙す体質は変わっていないのであった。
社会党議員が沖縄返還の財政支出に関して日・米間で協議している電信文 (後記した西山事件の項に示した、野党議員が入手した機密電報の@、A、B) の情報を入手済みであり、その内容に沿って1971年12月7日の国会において愛知・マイヤー会談の中身を調べて見ますとと切り出して質問している。これに対して、政府側の答弁は、会談はほとんど口頭で行われていて、議事録というものはお互いにとっていない。・・・会談の内容等は記録と言うものはございません。・・・4百万ドル関しては一切そのような(4百万ドルを3億2千万ドルの中に含める;筆者の挿入)記録はございませんと答えた。→(これも嘘に染まっていた)
12月13日の衆議院沖縄及び北方問題特別委員会で、愛知・マイヤー会談の公電の具体的内容に触れて、質問を行い、マイヤー大使の発言は、「・・・財源の必配までしてもらったことは多としているが、議会に対し「見舞金」については予算要求をしないとの言質をとられているので非常な困難に直面・・・」と言うやり取りがあったのではないかと質問。これに政府は、そういうことは無いと否定。→(これも嘘だった。)
1972年3月27日の衆議院予算委員会で、政府がとぼけるので、社会党議員は、12月13日に質問したことと同じ内容についてコピー資料を読みながら質問したところ、吉野政府委員は、先ほども申し上げましたとおり、それらのいまの読み上げられた文書について、政府側は、何か裏取引があるというような指摘であるが、沖縄国会の答弁と今日の答弁とは変わりが無い。裏取引は全然無いと否定。資料の真偽のほどについて調査してから回答したいとして、翼28日に、政府委員は、機密電報は省内にある原議と大臣、次官、審議官などの重要な決裁がない点を除けば、「内容は全部同じである」とその存在を認めた。
国会での追求は、総額3億2千万ドルは、VOA の移転費(1,600 万ドル)と原状回復補償費との合計を、3 億ドルに追加したものであるということを政府から聞き出すこと、及び不公表書簡案については政府はその存在は認めたものの、原状回復補償費400万ドルの肩代わりを約束した証拠であり、これの追求が焦点となっていた。
ところが、政府は、社会党議員に渡ったリ・コピー資料の漏洩もとを調べて外務事務官と毎日新聞記者を探り当て、国家公務員が秘密指定の文章を漏洩し(公務員法違反)、その漏洩をそそのかしたとする新聞記者、二人の関係のゴシップ問題に注目が向くように摩り替えたのであった。後記の西山事件参照。
アメリカが日本を占領し、サンフランシスコ講和条約締約後アメリカの施政下に置かれた沖縄の返還において、日本が負担する内容・必要があるのかどうかの問題は別として、両国による沖縄返還に伴う補償協議によって、本来の返還に関わる負担は総額3億ドルとされていたが、VOA(ボイス・オブ・アメリカラジオ局)を返還後数年は使用し、その後移転させる移転費1,600万ドル及び原状回復費400万ドル、合計2,000万ドルの上乗せ額を国民に伏せて追加され、日本側は返還協定第7条に定めた総額3億2,000万ドルを負担することになった。
密約の事実が米国の公文書の資料に見つかった
朝日新聞記事から
標題の原状回復に関わる資料について示す。朝日新聞と琉球大学我部教授によって米国の公文書館の秘密指定解除のファイルの中に沖縄返還書類つづりを調査した結果発見された内容について、朝日新聞が2000年5月29日の紙上に掲載した。
標題は、”沖縄返還「裏負担」2億ドル” ”外務省否定の原状回復補償費も” ”米公文書、密約裏づけ”
資料の説明の概要を紙面から引用。
【マイヤー駐日米大使の沖縄返還書類つづり】から
第8項 沖縄返還協定第4条3項に関する1971年6月12日付の議事要旨から
吉野文六外務省アメリカ局長:
貴官の発言に留意する。最終的な額はまだ不明だが、日本政府は返還協定第7条に基づいて支出する3億2,000
万ドルのうち400万ドルを、自発的支払いにあたる米信託基金設立のために確保しておく。
第10項 日本国外でのVOA施設に関する1971年6月11日付け極秘指定の英文覚書
「日米両政府が合意した通り、沖縄にあるVOA施設と同等の代替施設を日本国外に建設することになった場合
(返還協定第7条に基づく日本の現金支払総額3億2,000万ドルのうち、秘密にしているVOA施設移転費の)1,600
万ドルから代替施設建設に実際にかかるコストを差し引いた額を、(日本が物品と役務で秘密裏に負担する)
基地建設改善移転費6,500万ドルから控除する」(末尾にスナイダー、吉野氏がイニシャルで署名)
【米上院外交委沖縄返還協定聴聞会1971年10月に備えた想定問答集と説明資料】から
(返還土地の原状回復補償費としての)自発的支払は、米国政府の支出を伴うのか?
「政府支出は全く必要ない。資金は(日本政府が支出する)3億2,000万ドルの一括解決金からでる。」
《もし、さらに問われたら》「(日本政府支出の)資金の受け皿として、既存の法律に従って信託基金を設立す
るつもりだ。」
《さらに、日本政府がこの信託取り決めに合意しているかどうか、問われたら》「日本政府は資金をこう処理す
るとの米政府方針を承知している。」
毎日新聞記事から
標題の原状回復に関わる資料について、毎日新聞によって米国の公文書館の秘密指定解除の公文書で、キッシンジャー大統領補佐官が来日に際し、米国NSCが日本での政治問題についての応答資料として周知しておくために準備した内容と見られ、毎日新聞が2002年6月28日の紙上に掲載した。
標題は、”米公文書に「密約」明記”
記事によると、つまり、日本政府が米国政府に密約の存在を否定するように求めていたことを明記してある。米側は「我々は密約を認めることを回避するために最善を尽くす」としている。
即ち、日米間での口裏あわせであることが明らかである。公文書の要旨として説明が記載されている。詳細はここでは省く。
当時の外務省アメリカ局長吉野文六氏が密約・400万ドルの肩代わりを認める
2月7日までの北海道新聞の取材に対し、元外務省アメリカ局長の吉野文六氏は密約を認める発言を行ったと2006年2月8日に報じた。その記事によると、「復元費用四百万ドルは、日本が肩代わりしたものだ。」吉野氏は「当時のことはあまりよく覚えていない。」と断った上で「国際法上、米国が払うのが当然なのに、払わないと言われ驚いた。当時、米国はドル危機で、議会に沖縄返還では金を一切使わないことを約束していた背景があった。交渉は難航し、行き詰まる恐れもあったため、沖縄が返るなら四百万ドルも日本側が払いましょう、となった。当時の佐藤栄作首相の判断。」と述べた。
「西山さんの言ってることは正しい」、「だから機密扱いなんです」・・・という内容である。
沖縄密約問題についての元外務省アメリカ局長の証言に関する鈴木宗男衆議院議員の質問と政府の答弁
『現代』(講談社)2006年10月号に「外務省『犯罪白書』五 『沖縄密約』最後の封印を解く」と題する論文に、元外務省アメリカ局長の吉野文六氏へのインタビュー記事が掲載され、そこで当時の事情について発言している。この記事にある吉野氏の言及内容に関して、鈴木宗男衆議院議員が事実関係を質問(質問主意書2006年10月5日提出)してをいる議事録より概要を記す。
質問のポイント: 吉野氏は、西山事件が起きたために、土地の復元費用を肩代わりする『四百万ドル』の密約だけが大写しになったが、これは機密のごく一部にすぎない。問題なのは、沖縄返還にあたって3億2千万ドルという国際法上初めは払わなくてもいいと思っていた巨額が協定になったこと。内訳の積み上げは精査された額ではないこと。沖縄協定の公表されてない交渉内容のなかには、もっと重要でもっと金のかかった問題がたくさんあったであろうと思っていることに言及していることに基づき、 → 鈴木議員は、政府が記事を承知しているかどうかを問い、吉野氏のこれらの発言が事実であるなら、2006年3月7日付け内閣答弁書において政府が行った、「第67回国会における沖縄返還協定についての審議が行われた当時から、歴代の外務大臣等が一貫して繰り返し説明しているとおり、沖縄返還に際する支払に関する日米間の合意は、琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定がすべてである。」との答弁と矛盾することになり、説明を求めた内容である。
これに対する政府の答弁(2006年10月17日答弁書): 「当時から歴代の外務大臣等が一貫して繰り返し説明しているとおり、沖縄返還協定がすべてである。」と繰り返した。
日本が米国に、密約の存在も、米政府へのいかなる資金提供も否定するように要請、 400万ドルの数字を出さないことを要請していた
沖縄返還交渉に伴う日本の財政負担に関して、国会質問がニュースに取り上げられた後に日本政府が米国に、”いかなる密約の存在も、米政府へのいかなる資金提供も否定し、我々(米政府)に報道機関の追及には同じように対応するように求め、400万ドルと言う数字を公にしないことで合意した。”という内容が、ニクソン大統領補佐官のキッシンジャー氏が、1972年6月に訪日する際に、この問題についての情報の認識と応答のために作成された公文書として存在していたことが判明している。 (毎日新聞 2002年6月28日の記事より)
沖縄返還に伴う財政負担についての米国の対応方針及び原状回復補償費400万ドル裏取引の概要
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佐藤総理は自らの政権時代において沖縄返還を実現させたいと欲し、実現年を1972年中と定めたため、猶予が無い短い期間で日米間の合意を取り付けなければならなかったのです。返還実現のためには、重要事項の前提事項、沖縄にある核兵器の存続の問題や沖縄返還に関わる財政面の問題が解決されることであった。 そのひとつ、「核兵器の持ち込み合意」については先に記述済みの内容で決着させ、次に、財政処理問題については、アメリカ側は以下のような基本方針で対応していたとされ、この内容に沿って日本がアメリカの要求を全て満たすことを許諾したのである。しかも、必要額は、その内訳詳細が不透明な総額を提示したものであった。
沖縄返還に伴う財政負担についての米国の基本的方針
- 通貨交換で日本にドルを獲得させない。
- 日本に移行される施設、資産の公正な補償をさせる。
- 米国が行ってきた政府の支出を補償させる。
- 軍事施設の移転に掛かる費用を負担させる
- 米国の民間会社に対して日本の国内法の適用に自由度が与えられること。
以上のような方針で日本の支払額が検討され、1969年11月の佐藤・ニクソンの共同コミュニケの前に、日米の財政問題担当であった柏木氏、ジューリック氏による1969年11月10日の合意金額として、6億8500万ドル案で妥協していることが説明されている。
しかし、この後どう転んで金額が縮小されたのか筆者は把握できていないが、沖縄返還協定第7条に総額3億2,000万ドルと決定されている。この3億2,000万ドルは、その内訳構成に浮上したのが、数年間は日本に据え置いた後に移転するVOA(ボイス・オブ・アメリカ)ラジオ局移転費用及び施設返還にともなう原状回復の補償費用であった。
日本は上記の基本方針に沿ってアメリカへの負担額を支払わせられることになった。図-1 沖縄返還に伴う対米補償の内訳(朝日新聞に記載された数値をもとに筆者が作成)の米国側の内訳を参照。
この原状回復補償費400万ドルは、西山記者が入手した資料に基づき国会で追及された密約400万ドルとして日米間の裏取引とされる負担金である。
しかし、国民には知らされていない更なる裏取引の巨額の秘密枠が存在していた。
 図-1 沖縄返還に伴う対米補償の内訳
戦後直ぐに米軍は無償で土地を接収し軍用地とした。その後、軍用地の土地の補償に関して、アメリカは1950年頃以前に軍用地にされて1961年6月30日以前に解放された対象に関しては若干補償を行っていた。しかし、アメリカは1950年以前及び1961年7月1日以降の解放地については、講和条約や日米安全保障条約の地位協定にもとづき原状回復の補償の法的義務がないので支払を拒否している。このため、日本政府は公平の観点からアメリカに補償を要請していたがやはり拒否されたので、補償問題は暗礁に乗り上げた。
日本は協定で請求権を放棄していることより、原状回復費用を含めないで合意している総補償額に、更に、日本が実施する法的根拠の無い補償に対して、仮にアメリカに代わって日本から原状回復費用を拠出することにすると、野党からの攻勢が強まり佐藤自らの立場が不利になると考えたと推測する。また、佐藤首相は「沖縄は無償で帰ってくる」と発言していた手前、もし、金で沖縄を買い戻したと国民に受取られるようなことになると国民の政権に対する不信を招きかねないことになるほか、沖縄返還実現の手柄が先延ばしになると、次の総裁選を有利に闘うことが不利になることから、自らの戦略のために秘密に処理してしまおうと考えたのであろうと推測する。よって、その手段として”米国側が自発的に支払う”とする密約で処理することを考えたと思われる。 密約というと別次元の扱いとみなされるが、端的に言って、国民を騙すことである。
ところが、アメリカは「復帰に伴う米国の出費が無い」ことがアメリカの定める基本原則であるから、財政支出が存在することは、実際的には支出が無いと説明しても筋が通らないので議会説明がつかなくなるとした。しかし、復帰に関わらず対処を要するとする日本側の要求について、両者で考慮することになった。よって、公表しない条件で、自発的支払い額の上限を400万ドルとして米国の信託基金として、またVOA 移転費についても5 年間は暫定的に沖縄において運用し、2 年後には協議を開始するという条件のもとで1600 万ドルとし、合わせて2,000万ドルを追加し、沖縄返還の総合計負担額を3億2,000万ドルとしたものであり、その協議を日米間の電信で行い、最終的な妥協案を合意した。これらは、返還協定の第4条に示された”米国の自発的な支払”、第7条に示された”総額3億2,000万ドルの支払”及び第8条の”VOAの継続運営と将来の移転”の内容である。(但し、日本側説明では、返還協定に現われていない。)
アメリカは、議会説明の可能性を危惧して日本が支出することを確約する証明として日本側に「秘密書簡」の発出を要請したが、内容が公表される可能性がある旨を日本に伝えると、日本側は文章の表現を慎重な記述に再考するとした。その結果、公開用に曖昧な表現を用いた議論の要約が作成された(後記)。
この秘密書簡について、委員会報告書には、当時担当した栗山課長のメモがあり、書簡案は正式に取り上げることなく終わったとする内容に触れている。(筆者は、このメモ書きが全てではないと推測する。例によって、政府はすべて嘘をつくので、全く信用できないのである。表に出ない資料は存在するであろう。)
尚、日本側が密約としてアメリカを説得してこの文章の要旨については、新聞紙上に説明がある。また、委員会報告書には、外務大臣からの密約書簡の文章が紹介されている。また、米側資料は、「合意された交渉記録」として吉野とスナイダーによってイニシャルされるのであれば、議会関係者の説得材料として文書の価値は確保される、と吉野は指摘したとの説明があり、この「議論の要約」文章が紹介されている。「議論の要約」には、両国政府を拘束するような文章表現ではなく、相手側に何かを約束する表現を避けている。
不公表とする「日本側書簡案」(委員会報告書より引用)
「外務大臣からの秘密の書簡
日本政府は、沖縄返還に伴う財政問題の一括決済として第7条に合意した。
日本政府は、米国政府が、第4条第3項の規定に従って自発的支払いをするための信託基金を設定するために、
この一括決済額から400万ドルを留保することを了知する。
「議論の要約」とした内容(所謂有識者委員会による調査報告書より引用)
吉野 :日本政府は請求問題の解決に際して、どれだけの支払い額が予定されているかは正確には知らない。
スナイダー:米政府は4条3項の規定に従って支払いの総額を決定する。わが方の現在の評価では、総額は約400
万ドルとなろう。
吉野 :貴方のステートメントを了知する。最終的な米側の支払い総額は未だ不明であるが、日本政府は、
自発的支払いを実施する信託基金設定のため、支出される3億2000万ドルのうち、400万ドルが留
保されることを予期している。
沖縄返還に伴う財政負担の密約 佐藤氏の自己満足の政治的な戦略? 密約処理は日本政府の権力乱用の外交方針?(筆者が感じる所)
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予断であるが、この密約問題に関して生起した事件・騒動は、根元的には、佐藤氏個人の馬鹿馬鹿しい自己満足の政治的な戦略 (沖縄返還を何が何でも1972年中に実現させ、自分の総裁選を有利にするためであり、解決すべき内容に対して、協議に要する時間が限られてしまったということが原因) のためにこの扱いを秘密扱いに指定し、国民には虚偽を通して解決を図った問題に存在すると推察される。これに日本の官僚・米国政府・メディアが翻弄され、ジャーナリスト精神に溢れる新聞記者が、戦後からアメリカの隷属下に置かれた日本にあって最高裁判所の裁判官もアメリカのコントロールに左右されるなかで、佐藤の犠牲になったと筆者は考える。
そもそも日米の協定でアメリカが補償する義務が無く、知らん顔をしていることが問題であり、その他種々の事案に対して日米協定の再考が必要であると筆者は考える。また、日本政府はこれまで密約は無いとひた隠しにしてきているが、用地補償のような事案に関しては、日米地位協定を改定するか、あるいは特別措置法を制定するかによって対処すれば解決したのである。
問題となる財政負担事案について補償費用の財源は国民の税金であるから、国民は、政府が使途を詐称した支払と予算金額の上乗せなどの違反行為を起こさないように監視し、その努力を怠ってはならない。政府に疑義の内容について確認することは国民の権利である。日本政府が違法な予算措置をしているかどうかを追求することは正しい行為であり、日本政府が単純に秘密指定にして事実を秘匿すれば、国民主権の民主主義の精神に違反していようが隠すことができ、国民が真実を追及し悪政を暴こうとしても、反対に政府の思惑でこの行為を取り締まることが可能となり、司法は、政府指定の秘密を秘密かどうかの立証判断が政府任せにならざるを得ないので、その政府の行為を単純に支持し、一方、司法は、問題の本質である政府による予算措置の支出内容の国民への詐称について、及び国民の知る権利の保護については、寸分も考慮しない裁定を下したのであった。これには筆者は納得できない。
問題の本質は、政府が密約扱いが必要と判断すれば可能となり、容易に国民をだますことが可能となり、仮に政府が説明することと実際に実施している内容とは異なっても、国民にはわからず、税金の金だけ搾取され、国民がその事実を知って公表すると、政府が糾弾されるのではなく、国民が制圧されてしまう。何と恐ろしい社会、日本になってしまっているのか、筆者は恐怖を覚える。
仮に、政府によってこのような国民が抹殺されても、公にはならないであろうし、政府の誰もお咎めなしに済まされてしまう仕組みが既に出来上がっているのであろう。これは、いつか見た映画のフィクションなのかと錯覚させられる。否、現実なのだ。
西山事件と裁判の判決について
西山記者は、当時外務省の担当であり、政治担当記者として国民に重大な政治事案について真実を正しく伝えようとしていた。ただ、国家公務員から男女間の密会を伴って情報を得たところが、情報操作を行う関係者などの陰謀により、政府の政策上の隠蔽を明らかにしようとする情報の公開ではなく、男女間のゴシップとして煽り立てられて潰されてしまったのです。
西山記者は、沖縄返還について日米政府の交渉で日本国民に不利益な交渉を行っている秘密情報を入手したが、記者自身が記事にしたのは、沖縄返還交渉が纏まった後であって、新聞記者として政府の立場をきちんと立てていたのであった。
では、どうして、秘密漏洩が問題になったかというと、次のような事態に至ったことによるのです。
当時、沖縄返還交渉が進行している折、返還に伴う種々の解決すべき問題が国会で取り上げられていた。そのひとつとして、日本の財政負担が問題になっていた。当時、愛知・マイヤー会談などが行われ、その内容を示す情報が西山記者から国会議員に渡り、その国会議員は、1971年12月7日の国会での審議で政府に愛知・マイヤー会談との内容について、詳細内容を例示して質問したが、政府の答弁は、議事録はとっていない、日本側が支払う裏取引は無いと否定した。1971年12月13日の沖縄北方特別委員会に於いて、再度、事実の情報に基づいて質問を行うも、又政府は同様な答弁に終始してすっとぼけたのであった。
これに業を煮やした議員は1972年3月27日の衆議院予算委員会でコピーの文章を詳しく読み上げて質問すると、吉野政府委員は、それらの読み上げられた文書について、政府側が何か裏取引があるというような指摘であるが、沖縄国会の答弁と今日の答弁とは変わりが無い。裏取引は全然無いと否定。資料の真偽のほどについて調査してから回答したいとして、翼28日に、政府委員は、機密電報は省内にある原議と大臣、次官、審議官などの重要な決裁がない点を除けば、「内容は全部同じである」とその存在を認めた。
あまりにも政府が嘘をつくので、つい不注意に行った行為であったが、これがもとに政府が情報の漏洩もとを探し出して騒ぎになってしまったのであった。
筆者が考えるところは、国会でも裁判所の宣誓と同じように、偽証を行えば偽証罪に問われるようにして、政府が、質問された内容が真実であれば、虚偽の答弁ができないように法律を定めることが必須である。 直ちに実行してもらいたい。そうすれば、事務官や新聞記者の人格は保護されたはずである。
国民を騙し、日本を不利益に導く政府高官を罰せられない現状が改められるべきである。
日本政府は政治問題、外交交渉というと、国民に不利益をもたらすことになることが明らかであるにも関わらず、民主主義の主権在民である主権者の国民を平気で騙してきており、国会議員が政府に事実関係を質しても、嘘八百並べる。あるいは、すっとぼけて否定して、国会議員に虚偽の答弁を行う。つまり、国民を嘘で騙すのである。それは、あたかも、国民を騙すことが政府の仕事であると考えているような行動をとってきているのです。
昭和天皇が国民を騙して以降、日米間に関わる事案は、ほとんどすべて米国の利益のために、日本の官僚・政府は働き、日本国民の利益は無視され、司法まで、米国のコントロールを受けて、米国の政策を優先させて、日本の憲法から見て、司法の担当者の私的な思想信条にもとづいて、米国の政策に有利な裁定を下してきているのである。そして、司法者の愚かな慣習で、最初に愚かな裁定を最高裁が下すと、以降は、慣例に従い過去の判例を踏襲するのです。そして、国民はアメリカに隷属しているから、アメリカには逆らわず、黙って従っていればよいのだと命令するような意味をこめた裁定を下す。日本は昔から見せかけの民主主義の似非独立国家なのだ。
戦後に国民を騙して日米間での密約を結ぶと、以降の政権は、日米間に関わる事案において、過去との整合性と密約を秘匿する関係で、国会審議に於いて、議員の質問に対して、政府は馬鹿馬鹿しい嘘の答弁を平気で行うようになってきているのです。これは即ち、国会の審議が形骸化しており、国会の存在が無意味であり、政府の政策や条約内容についての国会での民主主義にもとづく国民的な討論を経て正常な評価による審判が行使されない事態が生じていることになる。つまり、政府・官僚の思い通りの政治が独裁的にでき、政治家の私的な利益のために政策や交渉を進める事態に至っても、それを、秘密に指定することができ、そうすることによって、高度に政治的な対処であると勝手に呼ぶことにすれば、その結果、国民の利益が損なわれても、誰も責任をとらないのです。現在の日本の国会と政府の関係です。司法も高度に政治的うんぬんなどと言われると、拒否反応を呈し、司法判断を放棄してしまう。日本の司法は行政と独立していない存在です。行政の強い味方。税金泥棒と化してしまうのです。
筆者は次にこの問題の外務省秘密漏洩事件の裁判の概要を長々と記載することにした(沖縄返還交渉の外務省秘密漏洩事件 東京地方裁判所判決(1974年1月31日)を整理した私的な文章 に記載)。その理由は、地裁の裁判所の次のような説明を行っていることに非常な違和感を覚えたからです。その裁判所の説明:当時日米交渉中にあって個々の事案が漏洩すると、アメリカのタカ派の議員、あるいはアメリカ軍、あるいはアメリカの民間企業らの反発、米国担当者への圧力が生じることが予想され、交渉に支障が生じる恐れが予想されるとすべてについて評価を行い、裁判の判断事項の説明に於いて漏洩の影響を重要視している。しかし、これは、すべてアメリカの利益のみを対象にして考慮するものであり、アメリカの立場での評価に過ぎないのです。日本にあっては、我々日本国民が、沖縄返還交渉に於いて多額の財政補償の税金の支出に関わる当事者であり、その不利益を被る日本国民を配慮した裁判所の判断が全く無いこと、国民の代表者としての日本の国会議員の反発は、アメリカの議員の反発に対して、無視される評価しかできない日本の司法の現実の姿があるから、その実態をこのサイトの文章を読んで戴いた方に知ってもらいたいのです。
政府の対応は、日本国民はアメリカに隷属する立場であるから、アメリカを怒らせないようにし、日本国民には逆らわせず、アメリカの言う通りおとなしくしておれと、明らかに国民を無視して、騙せばよいのだとの横柄な態度をとってきているのが実態です。
沖縄返還に関わる秘密が暴露された上記の資料や政府の対応、沖縄返還交渉に関わる公電と政府が国会で答弁する嘘の実態を知って、日本の国会において政府が掲げる政策の審議については如何に国民のコントロールが働かないかが痛感できるのです。そして、この国会の不備を正し、司法の中立を取り戻し、国民主権の民意が反映できる政治・司法の仕組みに改善し、民主的に民意が反映できる政治の制度、新たな憲法、国家の体制を構築するように奮起しなければならない。これを実現させなければ、現在のイカレタ、アメリカ隷属の日本の国家体制は改まらないし、アメリカが日本にアメリカの戦争に参加させる思惑と脅しに対して、積極的に応じる2015年の自民党政権によって、封印していた日本の戦争への道が開けられようとしていることも止められなくなるのです。
これの解決のためには、日米安保条約の解消及び日本国憲法の改正 (日本国憲法の改正草案の比較参照) 及び国会法の改正、選挙制度の改正、公職選挙制度の改正、政治資金規正法の改革、海上保安庁の強化、災害などの非常事態に対応した専門の救援部隊の設立、及び憲法裁判所の設置が必須である。
西山事件と東京地方裁判所の判決から
毎日新聞記者の西山氏は、ちょうど沖縄返還交渉の協議が行われた当時、外務省担当記者であって、政府の行為によって国民が騙されたり犠牲にあったりすることがないように、国民の知る権利を尊重して国民に真の情報を提供する目的のために、報道記者に与えられている報道の自由に基づき取材活動に従事していた。取材活動の折に外務省の事務官と知り合い、外務審議官室に送付されてくる資料について取材しようとして、当時、審議官室にある資料について知り得る立場にあった事務官と十数回に亘って密会を重ね、事務官に資料のコピーを依頼して密かに持ち出させた。このとき、迷惑はかけないと口説き、強引に関係を持って沖縄関係の情報を入手したと裁判では言及されている。
このとき入手した資料は国会議員に渡り、国会で政府に対しての追求、米国の自発的支払や補償金額の内訳の問題についての国会での追求につながり、政府は困窮させられた。政府は、リ・コピー資料の内容については認めたものの先に記述したような密約を否定し続けたのであった。しかし、政府は資料の漏洩もとを探し出し、事務官と西山記者が国家公務員法違反で起訴され、東京地方裁判所において1974年(昭和49年)1月31日事務官の被告人に懲役6月、執行猶予1年、西山太吉被告人は無罪と判決が下された。
一審の東京地方裁判所は、被告人の被告人(事務官)に対する各しようよう行為はいずれも国家公務員法111条、109条12号、100条1項に該当するといわなければならないとした。
本件そそのかし行為の正当行為性について、取材行為と国家公務員法111条、109条12号、100条1項(秘密漏示そそのかし罪)の正当行為性について考察し、本件そそのかしによって生ずる利益と秘密保護の利益との比較衡量を行って評価している。(裁判所が考察するいくつかの対象項目の)各しようよう行為は、沖縄返還交渉や将来の外交交渉一般に対して重大且つ回復不能の悪影響を及すものであったと認定することはできないといわなければならないとしたものであり、西山記者は無罪と判決されたものであった。
その後、検察が控訴し、東京高等裁判所は原判決を破棄し、1976年7月20日に西山太吉被告に懲役4月、執行猶予1年の判決が下され、1978年5月31日に最高裁の上告が棄却されて刑が確定した。
沖縄返還交渉の外務省秘密漏洩事件 東京地方裁判所判決(1974年1月31日)を整理した私的な文章 を参照のこと。
国民から見れば、事件の裁判において、その事件を構成する中に秘密が含まれていて、それが国民にとって正しい秘密ではなく、単に外交という名がつけば他国との関係・信頼が損なわれるから、外交の慣行上秘密の容認扱いは秘匿される範疇にある場合があるという理由で処理され、違法性という捉え方、秘密の秘密たらん理由の根拠が、単に外交上で他国の信用が失われてはいけないものとするだけで、その政権が国民に偽証し、国民の血税をぼったくり、国税の支出を詐称し、国民の政府・国家に対する信頼・信用を失墜させ、この場合米国の国益を重視するあまりに、日本の国益を軽視あるいは無視して損なわしむることに無頓着で何等の配慮も為されず、ひいては国家の組織自体の存立が疑問視されることになる恐れがある場合に、果たして、国際的な信用が自国の政権に対する信用度より優位に位置づけられることが、正しい評価なのか、意味ある評価なのか、そして、そのように裁定する司法を民主的な主権国の司法として正当に位置づけることができうるであろうか、甚だ疑問である。国民はその実態を司法悪と呼ぶことにする。端的に言って有害無益。
”朝鮮半島有事の際の戦闘行動に関する項目について”
岸政権の1960年の新安保条約締結の際に、岸・ハーター交換公文により、朝鮮半島有事の際に在日米軍が日本から行う場合に、戦闘作戦行動を事前協議の対象とした。しかし、国連軍の指揮下で行動する在日米軍が在日米軍基地を使用して、事前協議なしに出撃できることで合意する密約を交わしていたことが明らかになった。
この問題は、アメリカ軍が在日米軍基地から、現在も、日本に断わりなしに自由に他国への攻撃に出撃し、自由に帰還できる取極めが予感でき、また実際そのような取極めとなっているであろうと想像する。
田中総理
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次の田中角栄首相は、日米間の繊維問題を、日本の繊維産業への補償を通じて政治解決する方向で、繊維交渉の輸出規制を実施したのであった。
田中首相は、日本列島改造計画政策で新幹線や高速道路網の建設整備をおこなうことを打ち出し、大規模土木建築の交通インフラの社会整備を推進した。このため、多額の金が動き、利権をめぐる競争や献金による政治と業者との関係が取りざたされるようになった。
田中総理は、アメリカが行う前に日中国交正常化を実現させ、アメリカの面子を損なうことになった。
日本への航空機の売り込みに関して、ロッキード社と日本の商社と田中総理とに関わる金銭の授受があったとして検察が動いた。田中降ろしのために利用できる情報のあら捜しが始まったのであった。
検察のある部署はアメリカの占領時に、アメリカの占領政策に支障が生じるとしていた共産や反植民地主義の思想保持者や活動家などの行動・言論・通信の監視をアメリカの命令で行っていた部署であると言われているが、アメリカの圧力に抵抗できない組織であることが薄々感じ取れるのである。このロッキード社の航空機の売り込みに児玉誉士夫が航空会社や政界に働きかけていたが、ロッキード社やアメリカ政府や日本政府や児玉誉士夫の関係を証明する明らかな証拠となるものは不明とされ、贈収賄での立件はされていなかったようだ。
小泉総理
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田中総理の内容から一気に飛んで、2001年4月から政権に就いた小泉首相に移る。小泉首相は、突然北朝鮮を訪問し、拉致被害者の一部帰国を果たすが、アメリカの同時多発テロが発生した後であり、ブッシュ大統領はイラン、イラク、北朝鮮を悪の枢軸国と名指しして、大量破壊兵器の開発を阻止するために徹底的な包囲網を築き経済的に困窮させる政策をとることを表明していた。アメリカは、同盟国にたいして協力を要求していたと思われるが、日本はこれに反した行動を採ったことになった。これに対してアメリカのバッシングが起こり、これに小泉首相はビビリ、これ以降アメリカの要求を受け入れて無茶苦茶な行動をとり始めたのである。
イラクがクウェートに侵攻した戦闘が終わって以降、イラクへの国連の大量破壊兵器廃棄特別委員会によるイラクへの査察が実施されていたが、イラクがこの調査の協力に消極的であり、成果が上がらない状況が続いていたと見られる。そのような状態のなかで、結果的には種々の情報に振り回される状況が発生したのであったが、アメリカを中心とする有志連合がイラクに大量破壊兵器が存在していると主張し、国連安保理では、イラクを査察する機関にたいして迅速な対応を実施していない問題等があるが、安保理決議1441(2002)を採択し、今後もUNMOVIC(United Nations Monitoring, Verification and Inspection Commission:国連監視検証査察委員会)、IAEA(International Atomic Energy Agency :国際原子力機関 )を通じて、イラクへの調査を続行していくとしていた。これをアメリカは受け入れずに強行に攻撃する決議案を提出するも、安保理での決議が進まないので取り下げて、有志連合国による武力攻撃を開始したのであった。これに賛同することを求めるアメリカの要請に従順に応えて、平和主義国家、日本であるにも拘らず、その日本の総理であった小泉総理が国民の意思を無視していち早く攻撃の支持を表明し、こともあろうか、その時まで日本は憲法遵守の方針に沿って頑なに自制してきた自衛隊の戦闘地への派遣を、アメリカから脅されると北朝鮮のときに受けたバッシングの自らのトラウマであっさり受け入れ、日本の憲法やその当時の法制度では自衛隊をイラクに派遣することができないので、新たにそれを可能にするためのイラク特措法を国会議員の数の有利によって成立させ、訳のわからない詭弁の国会答弁を行うなど国民を愚弄した行動をとってイラクへの自衛隊派遣を強行した。
更に、アメリカなどのアフガニスタンへの戦闘攻撃を行う空母などに給油する戦争への支援を行った。
日本は戦後復興からの成長期において、日本の郵政システムによって全国に展開する郵便局に国民の多額の貯金・保険金が集積する資金を活用して、日本は大型の公共事業を進めてきたのである。
鉄道や道路や住宅建設を大規模に進める場合には、このような事業は初期投資費が莫大になるため、投資効果などの営利が期待できるものではなく、社会資本整備に採算率のみで単純に評価して整備実施の可否を決めることには無理があり、実際採算などを求めることは不可能な場合も多い。だからと言って、勿論整備による効果が充分得られることは必要であり、また無制限に整備費に充てることはできない。かつて日本は、日本国民の金で日本の国土の社会資本整備を進めることができ、目まぐるしい発展を遂げることが可能となったのである。
しかし、アメリカは軍事面のみならず、経済面でも日本にアメリカの政策に従うことを強めて交渉に臨み、圧力を掛けてきていたのです。そのひとつが、以前からアメリカはこの莫大な郵政の資金に目をつけ、この資金をアメリカの国益に有効に活用できるようにするために、郵政の民営化を行うことなのです。その資金の投資を日本国内からアメリカに向けられるようにすると共に、株式公開によって、アメリカの大資本を有する投資家の投資対象となって、有望な利益をもたらす企業からのアメリカの政治家への献金も期待できるシステムが構築できることになるのです。この圧力に対して、小泉総理は唯々諾々とアメリカのために貢献しているのです。アメリカは日本の資金で自国の国債を買われることが期待でき、アメリカへ多額の資金が流れるシステムが生まれたと推測する。
政府がイラク派遣の航空自衛隊に関しての犯罪を葬り去る
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小泉政権がイラクに派遣した自衛隊は、日本国憲法や特措法などで戦闘行為が禁じられていたほか、戦闘地域における活動は行えない内容が定められていた。また、当時、イラクにおける自衛隊員などが犯す犯罪事件は日本国内の刑事罰が適用されることが決定していた。 当時バグダッド付近は、イラクの抵抗勢力が銃撃を続けていて実質的には戦闘地域であって、これと交戦する有志連合国の兵士は、その敵兵を殺しているのであった。イラクにおいて戦闘状態で敵兵を殺戮することは有志連合国の兵士にとっては法律で殺人罪が適用されないが、日本の自衛隊はイラクで殺人を行えば、日本国内の刑法の適用を受け殺人罪で逮捕・起訴され、殺人幇助を行えば殺人ほう助罪で逮捕・起訴され、殺人幇助を命令しても犯罪で逮捕・起訴される法の縛りのもとに行動していた。
政府は航空自衛隊のイラクでの輸送内容については、国民が情報公開を求めても、黒塗りに塗りつぶした輸送物等の内訳を示していたが、自衛隊のイラク派兵差止等請求控訴事件:名古屋高裁(民事)判決 2008年4月17日、確定 2008年5月2日で、戦闘地域への有志連合国の武装兵士を空輸していた事実を裁判所が認め、、“戦闘地域での活動”とし、他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ず、航空自衛隊の活動域は、イラク特措法を合憲とした場合であっても武力行使を禁止したイラク特措法2条2項と、活動地域を非戦闘地域に限定した同法の3項に違反し、かつ憲法9条1項に違反する活動を含もものであると判断を示したのであった。
その後、民主党への政権交代によって、航空自衛隊の輸送の内容の記録が2009年9月24日にすべての記録が開示された。それを紹介した書物がある。
イラクの航空自衛隊が有志連合国の武装して戦闘に向かう兵士や弾薬などを戦闘地であったバグダッドに輸送していた事実が明らかになっており、小泉政権から、安倍政権、福田政権、麻生政権まで実施されており、これに関わった者はすべてが日本の刑事罰で裁かれるべき対象者であり、この犯罪の事案にたいして日本の警察・検察は職務を履行しなければならない。しかし、検察はアメリカの圧力には弱いので、その職務を果たさなかったのです。
アメリカに協力するものはその犯罪の訴追が行われず免除されてしまうように筆者には感じられる。政府は犯罪を葬り去るつもりなのである。法が支配していない状態です。つまり、日本は法治国家であることを放棄したのである。
砂川事件での最高裁の田中長官が平和は法の支配と不可分であると言及していたことから見ても、いまや、日本の平和は危急存亡の危機。国外からの攻撃を日本が受けていないにも拘らずにである。一部の日本政府の人間及びある思惑に支配されている官僚達の手によって、自衛隊自身にによって、惹き起こされた事案に対する何等反省がなく、このような日本政府が、安全法制整備法案を成立させて、戦争もどきから戦争に発展する危険に飛び込んでいく愚かさを果敢に挑戦しようとしている。どうも、失敗から学ぶことをしない、懲りない独裁的国家の似非民主主義の日本政府とだけ言ってはおれないのだ。そこには莫大な税金が使われることになるのだ。
鳩山総理
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戦後からの自民党の支配体制が2009年の衆議院選挙で転換期をむかえ、民主党の鳩山由紀夫首相が誕生した。鳩山由紀夫首相は、沖縄の普天間飛行場の移転問題で移転先を国外最低でも県外に求めること、及び東アジアの多国間の東アジア共同体構想を掲げたのである。しかし、アメリカの反発は非常に大きく、日本の政治家や閣僚は含まれていない日米合同委員会の協議において、これは昭和天皇の戦後の処理によって敷かれた米国のために日本の協力についての事案と対応措置が決定されるシステムが構築されていると考えられるが、これによって、日本の官僚は、新たな総理のために変革に協力するのではなく、アメリカの要求を通す政策の遂行に邁進したのであり、このため、鳩山総理が窮地に追い込まれたのであったと容易に想像できる。官僚の抵抗勢力によって鳩山総理は国民への責任をとらされたと容易に推察される。
鳩山総理以降の民主党政権も、普天間飛行場の辺野古沖の良好な環境の珊瑚礁を埋め立て新たな規模を拡大した新たな飛行場を建設して移転する案を踏襲したのであった。
安倍総理
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民主党政権が衆議院を解散させて後に行われた衆議院の総選挙で、自民党は国民には経済成長でデフレから脱却させ国民の所得増を目指すとして国民に訴え、これに対して目先の金儲けに目が行き、これ以外の政治内容に関心を示そうとしない国民の支持を得て、自民党と公明党の連立が議席の過半数を獲得し、自民党に政権が移った。民主党と自民党は、消費税率を上げる決議の条件として国会議員の定数削減を総選挙後に決めることを約束していたが、自民党の安倍総理は国会議員の定数削減の約束を反故にした。
安倍政権は、経済界と大企業のために政策を進めること、防衛装備製造関連企業、原発関連企業、電力関連企業の利益のために自らの政治権力を行使する。政府は、国民の厚生年金と国民年金のみを(国家公務員、地方公務員、私立学校教職員の共済年金は用いない)対象として国外の債権や国外の株式への投資割合を増加させる政策をとり、日本の年金資金の大金が株式投資にまわすことを発表することにより、一種の株価の操作ともいえる効果を与え、投資家の気分に作用して種々の銘柄株の買いを誘発して大企業を中心とした株価を上げ、その結果企業の資本増に潤い、企業の業績が向上する効果を生み出した。これを有効に利用する余裕資金を保有する資産家や株式投資家にとっては株価上昇の波に乗って更に資産を増やす効果ある政策は歓迎され、儲けを使って商品の購入が促進されるかもしれないが、株式投資にまわす資産がない人にとっては高嶺の花であって、自分には関係ないのです。株価が上昇傾向のときは良いが、しかし、株価の変動が下ぶれた場合には年金の運用の損失が発生することになり、国家公務員、地方公務員、私立学校教職員を除いて年金の受給額が減少する可能性もある。
安倍総理は、イラクへ自衛隊を派遣した際の、自らが関わる犯罪の案件を訴追できない根拠を与えるために、又アメリカの国益に最大限貢献するため、国民の反対を押さえつけ、憲法を無視し、日本の憲法は集団的自衛権の行使を容認しているなどと政府が勝手に言い逃れを行う。更に、日本国の存立の危機と称して日本が米国の戦争を支援するために貢献させる目的で諸々の安全法制整備の法案を成立させようとしている(2015年5月時点)が、この法案によって、日本が世界のどこにでも自衛隊を派遣して米国と共に戦場で戦闘に及ぶことを可能とする根拠を与えることになるのです。安倍政権・官僚は国会無視、国民無視の独裁的政治の実行を何等憚ることなく政策の実行と法案の制定を実行し続けている。
日本の財政問題については、日本の抱えている負債が世界最大であるにも拘らず、改善することなく負債を増加させ続けており、この状態が継続する中で世界の情勢が大きく変化し、更に日本へも影響が波及すると、日本は財政破綻の危機に陥る可能性が否定できない。このような日本の状態であるのに、国家公務員の給与の引き下げをやらない、公益法人へ天下った役員らの給与のための仕事を発注し、到底見込めない核燃料サイクルに巨額の金を注ぎ込むが、税金をドブに捨てるが如くの状態である。一方、防衛予算は増加させる。それも、アメリカの言い値でぼったくられて役立たずの高額な防衛装備を購入するのである。そして、法人税率を下げ、その影響の補填に社会保障関係費や地方歳出の抑制によって財政健全化のしわ寄せを行うのみである。
安倍政権は、新たな日本の安全保障に関わる様々な法整備を行うとして、そのために集団的自衛権でアメリカ及びアメリカの同盟関係国を日本の自衛隊が武力を行使して守ることも憲法の自衛権の範囲だとする趣旨の、ぶったまげた閣議決定を何等躊躇することなく行ったのである。
2014年7月1日に「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」とする閣議決定を発表した。
これは、自衛のためと誤魔化しながら、政府が集団的自衛権を行使して他国のために戦力を行使することは、その武力行使を行わないと、わが国が存立の危機であると政府が判断すれば可能であると判断したとし、且つそれを定める法律を今後国会に提出することを閣議で決定したと宣言したのである。その内容は以下であるが、日本の憲法には集団的自衛権などどこにも容認する文章はない。憲法を充分に理解できない閣僚達が日本の政治を司っているのだから、如何に低級なレベルかがわかるであろう。
尚、赤字は筆者のコメントである。
国の存立を全うし、国民を守るために必要ならば、現時点の国会のシステムでは、国会で憲法の改正内容を充分検討して改正案を制定してください。勿論、国民による吟味は実施されます。その後関連する法律を作成する筋を通してください。
国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について 【閣議決定の文章より引用】
2014年7月1日
国家安全保障会議決定
閣議決定
・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・・
(3)これまで政府は、この基本的な論理の下、「武力の行使」が許容されるのは、我が国に対する武力攻撃が発生
した場合に限られると考えてきた。しかし、冒頭で述べたように、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、
大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏ま
えれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の
存立を脅かすことも現実に起こり得る。
我が国としては、紛争が生じた場合にはこれを平和的に解決するために最大限の外交努力を尽くすとともに、
これまでの憲法解釈に基づいて整備されてきた既存の国内法令による対応や当該憲法解釈の枠内で可能な法整備
などあらゆる必要な対応を採ることは当然であるが、それでもなお我が国の存立を全うし、国民を守るために万
全を期す必要がある。
こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生
した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅か
され、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、
我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、
従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断す
るに至った。
(筆者:吉田総理の政権時に憲法解釈について、「自衛のための戦争も放棄する」ことを議決して以来、最小限の
戦力の保持についても議論はされているが、きちっと国会での議決はない。単に詭弁による説明のみです。まして
や、集団的自衛権の行使の容認によって、アメリカを助けるために武力の行使はできません。それは日本の刑法で
犯罪に相当します。政府が勝手に解釈や判断はできません。主権在民の国民が決定することです。
政府の説明で、日本は攻撃用のミサイルや航空母艦を保有しておらず、自衛のための戦力として憲法に反しない
との説明をするが、ミサイルや航空母艦による艦載機を使用しなくとも、他国への上陸・攻撃を開始することは可
能であり、この場合、戦闘が継続すれば、最早戦争状態といえるでしょう。日本の現在の戦力でも、充分戦闘能力
を有していると言えるでしょう。但し、アメリカ、ソ連、中国の戦力の規模と日本の戦力の規模とを比較した場合
には、それらの規模が大きすぎるため、日本の戦力は明らかに小さい。であるから、それらの国々とは決して戦争
を始めるような馬鹿な行為はできないはずです。だから、紛争は起こせないことを肝に銘じておかなければなりま
せん。紛争になる前に防衛策・解決の方法を当事国同士で時間をかけて導き出さねばならないことになる。)
(4)我が国による「武力の行使」が国際法を遵守して行われることは当然であるが、国際法上の根拠と憲法解釈は区
別して理解する必要がある。憲法上許容される上記の「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる
場合がある。この「武力の行使」には、他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが、憲
法上は、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、我が国を防衛するためのやむを得ない自
衛の措置として初めて許容されるものである。
(筆者:これが必要なら憲法を改正して可能にすることが法的手続きです。政府が勝手に判断しても認められま
せん。)
(5)また、憲法上「武力の行使」が許容されるとしても、それが国民の命と平和な暮らしを守るためのものである以
上、民主的統制の確保が求められることは当然である。政府としては、我が国ではなく他国に対して武力攻撃が発
生した場合に、憲法上許容される「武力の行使」を行うために自衛隊に出動を命ずるに際しては、現行法令に規定
する防衛出動に関する手続と同様、原則として事前に国会の承認を求めることを法案に明記することとする。
(筆者:政府は憲法上「武力の行使」が許容されるとしても・・・と記述しているが、→ 憲法上は「武力の行使」
は許容されないのです。
日本の自衛隊は違憲です。しかし、全ての国民ではないが、自衛隊の戦力の存在を許している。また、自衛隊は
海外に出ないことを暗黙の条件として、あまりうるさくは言わなかったのです。
ちょうど、自転車の二人乗りや、ウオークマンの音量を小さくしていれば自転車に乗って使っているのと同じで
あり、自衛隊が、最小限の戦力と言い訳するのと同じです。
しかし、自転車の場合にも、取締りを厳しくするのであれば、自衛隊も厳格に違憲として排除しなければならな
いでしょう。これが法律です。)
4 今後の国内法整備の進め方
これらの活動を自衛隊が実施するに当たっては、国家安全保障会議における審議等に基づき、内閣として決定を
行うこととする。こうした手続を含めて、実際に自衛隊が活動を実施できるようにするためには、根拠となる国内
法が必要となる。政府として、以上述べた基本方針の下、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために、あらゆる事
態に切れ目のない対応を可能とする法案の作成作業を開始することとし、十分な検討を行い、準備ができ次第、国
会に提出し、国会における御審議を頂くこととする。
(筆者:先ずは憲法を改正すること。次に、憲法内容に背かない法律を策定することが順序です。犯罪を起こして
後に、自らの犯罪を消すために、犯罪を無効化する法律を制定することを始めると、秩序ある法治国家が維持でき
なくなります。
あるいは、独裁国家を宣言してください。そうすれば全て思いのままですから。→ この場合、国民は徹底的に
闘うことになるでしょう。)
(緑線に挟まれた内側は、2018年に追記)
安倍総理は、憲法を遵守しないばかりか、権力を私物化して、己と己の友人の利益のために、役人の忖度を欲しいままに利用して、本来あってはならない便宜を図らせるまでの事態に至る。これについては、役人達は、陰の力によってダンマリを強いられる。
安倍総理は、破壊するための道具でしかないアメリカ製の超高額な兵器を大量に購入するなど、アメリカに媚を売り、日本の財政を今後更に悪化させることになるので、社会福祉の予算を削り、国民にはもっと働けと言い、また、少子化への対応は行うとして若干の予算増を行うが、防衛費の莫大な無駄金と比べれば微々たるものである。世界最悪の負債国である日本の財政の悪化が止まらなければ、景気が回復すれば多額の負債である国債の長期、短期の金利が上昇し、消費税律を10%にしたことによる税収増などぶっ飛んでしまうことは間違いないであろう。
日本の一般家庭は、将来受取ることになる年金額が極端に減少して、結局、生活保護を受けることになる家庭が大幅に増えると予想されるが、この場合でも人権無視の日本政府であるから、将来の生活への不安は増大するのである。
現在の憲法違反の自衛隊(最高裁の解説や憲法で定める日本の国会・内閣・裁判所の役割から明白)、アメリカのために自衛隊が海外で戦争することなど憲法違反と捉え、安倍総理・自民党による悪法である戦争法を合憲とは認めない自衛隊員が、アメリカ軍の戦争行為においてアメリカ兵と共同して戦闘行為に及ぶ際に、違憲であるから戦場に行くことを拒否、あるいは戦場に於いて協力を拒否することが起こりうる。これは、アメリカ軍にとっては致命的であるから、アメリカ政府はそのような事態を危惧して、日本政府に対してそのような事態が発生しないように何とかしろ!ということになる。
そこで、安倍総理は、戦争放棄、戦力不保持を規定している現行憲法であるにも関わらず、その内容をそのままに、その条文に自衛隊を保有することを単に書き込むことを唐突に発言し始めたのである。筆者から見れば、頭がイカレテイルとしか思えない。
なぜなら、最高裁は自衛隊を「違憲」であるとは決して口に出さないが、その最高裁が、既に現行憲法の九条で禁止しているのは、「・・・同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指す。・・・」と言及し、解説している。このことから、安部総理が掲げる現行憲法の九条の条文の記述をそのままにして、新たに自衛隊を保有するという文章を追記すると、我が国の戦力にあたる自衛隊との内容の不一致が明白であるから、憲法の条文が論理的に成り立たず、全く意味不明の精神分裂を起こしたものになって無効となるのです。このようなことが理解できない人物が日本の総理の職に就いていること自体が日本の進路を誤った方向に誘導するのです。危険極まりないのです。つまり、総理が言及すれば、1+1が3にでも1000にでもなり、「黒い色」も「白い色」という判断であると国民に強制させることになるのと同じである。つまり、絶対的権力者、独裁者のことである。このような独裁者が権力を掌握すると、歴史が証明している通り、国民が最悪の悲劇を被ることになる。
安倍政権は、消費税を10%に上げると、国民の消費が落ち込むので、それを緩和するためとして、商品購入などの際のキャッシュレス化を促進させるというフレーズを掲げて、ポイント還元の優遇制度、低所得者に対しては、ある金額の商品券の額面のものを額面より少ない金額で購入できる案などが検討されているようであるが、商品券を扱わない生産者、小売店から購入する家庭には恩恵が得られないことになる。また、自動車に関する種々の税の優遇、住宅取得時のローンの優遇措置など、それらをオリンピックまでの期間?に限定して行うようであるが、これらは、消費増税の趣旨からして、本末転倒である。それらの優遇期間後に、やはり消費は一旦落ち込むことになるから、その政策は、自民党のばら撒きによる国政選挙での自民党など与党への票集めのためのものでしかなく、企業優遇、自民党などへの企業献金捻出のためのものでしかないと考える。結局、消費税率をあげても、還元のための国からの財政支出が伴って、数字上の計算での帳消しどころか、持ち出しになるのであれば、何故今消費増税かが問われることになる。そのような選挙対策を実施しても対策措置の期限後には、やはり税収入が落ち込むことは避けられないと予想されるので、それなら、消費税率を上げる実施時期をオリンピック後にすればよいだけのことになる。
結局、安倍総理は、日本の歴代の総理のうち、最悪の悪政を行った総理の一人という汚名は決して消えることはない。
アメリカによって失脚させられたと筆者が感じる政治家
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2015年の現在までの日本の政権の軍事政策について筆者が感じる所は、歴代の首相の軍事政策の捉え方が、アメリカの軍事政策を最大限受け入れない政権、どちらかというと消極的な姿勢を示す政権や自民党と異なる政権の場合には、影の力が働くのかよくわからないが、概ね短命な政権に終わるか、最後は検察によると見られるあら捜しや報道機関を利用した批判の旋風が襲い掛かかる事態に至り、そのような人物の場合には政権を降板することを余儀なくされているよう思える。中には、総理あるいは閣僚職を退いた後、不思議に短命に終わっているように感じられる人物もいる。
アメリカの軍事面やその他の政策にとって好ましくないと見られたりあるいは圧力をかけられたり、あるいはアメリカの関係悪化による、あるいはアメリカの軍事政策に支障を及ぼす懸念などに対処する工作などによって潰されたと見られる政治家として、筆者の視点で名を挙げると、アメリカによって潰された政治家は、芦田均、鳩山一郎、重光葵、石橋湛山、田中角栄、海部俊樹、細川護熙、鳩山由紀夫、小沢一郎が該当すると考える。 橋本龍太郎、鈴木善幸は、アメリカの対外軍事作戦面にはどちらかというと非協力的であったと考える。
■ 駐留米軍による犯罪
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占領時の基地面積が拡大され、演習場付近での射撃や訓練で殺傷される住民が増え、基地周辺の風紀は乱れ、アメリカ兵による暴行、強姦、殺人、強盗、航空機の墜落やトラックなどの暴走による人身事故などの問題が発生した。
戦後から講和条約調印(1952年)までの間、更に沖縄の施政権が日本に返還(1972年)までの間においても、米兵による婦女に対する強姦、殺人は多発した。食料の芋を探しに女達が野原に出ていると米兵が現われ、逃げ遅れた女を捕まえて強姦することや、米兵が民家に女を求めて不意に侵入してきて強姦するなど基地周辺は米兵に脅かされていた様子が犯罪史に記録されている。それらの犯人は不明のままであったり、容疑者が特定されても処罰は不明な事件は数多存在する。(米軍基地犯罪を調べた書籍などによる)
日米地位協定で、米軍関係者による強姦が起訴前の身柄引き渡しの対象とされているにもかかわらず、摘発された米兵が不拘束で事件処理されていたことを報じるニュースもある。
米兵が事件や事故を起こしても、憲兵が出てくると、日本の警察は拘束した米兵の身柄を憲兵に引渡し、後に合法的に処理する書類を見せて米側で処理されることがある。また、事件について日本側で裁判権を行使するかどうかを米国側に一定期間内に通告しなければ日本側での一次裁判権を失うケースがあるなど、地位協定上の課題が存在しているのです。
1955年に沖縄県で米兵による惨たらしい小学生女児強姦殺人事件発生し、沖縄県民の怒りが爆発した。この事件では、米国民も倫理的に公正な裁判を行わざるを得なくなって米国で裁判を行い、死刑判決となった。しかし、その後減刑された。
ジラード事件
米兵による殺人事件で、非常に不条理で驚かされる裁判の判決が下されて、全国に知れ渡った事件がある。それは、1957年に発生したジラード事件と称される事件である。
その事件は、アメリカ軍が戦後に旧日本軍の群馬県榛名山麓米軍相馬ヶ原演習場の周辺の農地を強制接収して住民に72時間以内に出て行くように命令して建設した演習場で発生した。農民は耕作地を強制的に接収され、生活の糧を失い、生活費を稼ぐために演習場の薬きょう拾いを行っていた。
1957年1月30日、その演習場で約25人の住民が部隊の後を一緒に移動しながら薬きょうを拾っていた。そこで休憩していた米陸軍第一騎兵師団三等特技下士官ウイリアム・ジラードが悪ふざけで、薬きょうを拾っていた日本人を見ながら、空の薬きょうをばら撒いて、「ママサン、ダイジョウブ。ブラス(薬きょう)タクサン」と言って、薬きょうを拾わせる振りして、突然、「ゲットアウト・・・」と言って脅し、逃げる日本人女性の背後に向かって発砲して殺害したものであった。
これをアメリカが公務中とし裁判権を主張したが、公務中なら何をやっても許されるのかという日本の世論・国会に抗し切れず日本側が裁判を行うことになったが、アメリカの世論を巻き込んで大統領が頭にきて米軍の引き揚げを発言する事態まで発展し、引渡しを拒否すべきであるとする騒動が起こった。
日本での裁判の判決は、傷害致死罪として懲役3年、執行猶予4年という軽い罪であった。
後に公開された米国の資料で、犯罪米兵に対する穏便な刑とする裏取引による合意の詳細が判明している。 (秘密のファイル 春名幹男著 共同通信社、及び対米従属の正体 末浪靖司著 高文研 より引用)
★ 1957年5月20日ロバートソン国務次官補からダレス国務長官への覚書 (極秘)
ジラードをその犯罪容疑によりできるだけ早く裁判にかけることが望ましいという見地から、そして米日両国で裁判権問題が行き詰っていることを考慮して妥協がなり、アメリカはジラードを裁判しないことを決めた。これはジラードの犯罪容疑が公務中に起きたというアメリカ政府の立場を損なうものではない。妥協の一部として、秘密取り決めが結ばれ、それにもとづき、日本側は刑法205条による傷害致死罪より重い罪では起訴しないことに同意した。これは、日本の法律のもとで、ジラードを起訴するものとしては最も軽い罪である。日本側はまた、事件の状況を考慮して、日本の裁判所がなしうる限り刑を軽くすることを、行政当局経由で勧告することに合意した。・・・
ロングプリ事件
また、翌年に発生したロングプリ事件でも不条理な判決が下されたものである。ロングプリ事件は、休憩中であったピーター・ロングプリ航空三等兵が悪ふざけで、基地の横を走る西部電車の窓を目掛けて銃を発砲して乗客の学生が犠牲になったものである。このケースでは、公務扱いとして警備中の兵隊の実弾の装填に関する軍規違反が問われることが妥当である見られる問題であるが、米国は公務外として日本側に裁判を委ね、米国では公務中扱いとして、日米間の地位協定に基づく穏便な処置が為されるとした。この問題での日本側の対応は、米兵は公務外ではあるが、職務中として業務上過失扱いで、業務上過失致死罪、懲役なしの禁錮10ヶ月処理したのであった。これが、業務上で無いならば、過失致死罪として罰金ですむことになり、それでは、あまりにも日本人の命が軽んじられ、日本国民の反発は必至として、裁判所も心が痛んで、公務外ではあるが、職務中とした意味の業務上に関わる致死罪の処理になったらしい。
このように、米軍に有利に特権的に処遇される日米間で交わされた地位協定の不条理が存在しており、臆病者の日本の政府・官僚は昭和天皇が関わったものには誰も改めようとしない。アメリカの言いなりである。つまり、ちょうど、暴力団が住民を脅迫して暴力を振るおうが恐喝しようが、そんなことには口出ししない警察なのである。
表-1 米兵による犯罪の例
| 事件発生年月日 | 事件概要 | 両国の対応など | 判決 |
| 1952年5月 | 東京都西多摩郡において白昼に21歳の女性が二人の米兵にレイプされた。 | | 横田基地で軍法会議にかけられ、米兵が女性に凶器を突きつけていないこと、殺すぞと言わなかったことなどを理由として、米兵に無罪を判決した。 |
1955年9月3日 (沖縄の女子小学生へのレイプ事件) | 沖縄の嘉手納基地に6歳の少女が連れ込まれレイプされ、殺されて基地内に放置されているのが9月4日に発見された。その後犯人は米軍の軍曹であることが判明。 | | 米国で死刑宣告。その後重労働45年となる。 |
1955年9月10日 (沖縄の女子小学生へのレイプ事件) | 9月10日に米兵が沖縄の農家にあがりこんできて9歳の少女をレイプした。 | | 不明 |
1957年1月30日 (ジラード事件) | アメリカ軍が戦後に旧日本軍の群馬県榛名山麓米軍相馬ヶ原演習場の周辺の農地を強制接収して、農民を追い出し、演習場を拡大建設した。農民は耕作する土地を失い、米、野菜の栽培が不可能になり、現金収入を得るため演習場に落ちている空の薬きょうを拾って、それを売って現金を得て生活していた。1月30日午後、約25人の住民が演習場において部隊の後を一緒に移動しながら薬きょうを拾っていた。短い休憩中に米陸軍第一騎兵師団三等特技下士官ウイリアム・ジラードが日本人達をからかいながら自分の周辺に多くの空の薬きょうをばら撒き、「ママさん、ダイジョウブ!ブラス(真ちゅう)タクサンネ」と言って手招きして呼び寄せ、女性が近づいてくると突如、「ゲット・アウト・オブ・ヒア」と言って追い払い、米兵に追われて逃げる女性の背後から手投げ弾発射装置に薬きょうを付けて女性を狙い発砲し殺害した。 | 米国は公務中の事件だとした。しかし、日米協議の上、米国は日本に裁判を認めた。これに対して米国内での批判が高まった。米国としては、日本の好意的な考慮を求めた。 | 1957年11月19日の前橋地方裁判所の判決は、傷害致死罪として懲役3年、執行猶予4年。
(参考)ジラードは12月にアメリカに向け出航し、帰国後除隊となった。 |
1958年9月9日 (ロングプリ事件) | 狭山市のジョンソン基地内で警備に勤務のピーター・ロングプリ航空三等兵が、職務の間の休憩時に走行中の西部電車目掛けてカービン銃を発射し、銃弾が乗客の大学生に命中して死亡した。 | 米国は公務証明書を出せない判断をしていたが、日本側で業務上の事件とする判断となった。 | 1959年5月11日、浦和地裁の判決は、業務上過失致死罪、懲役なしの禁錮10ヶ月。 |
1995年9月4日 (沖縄の女子小学生へのレイプ事件) | 9月4日午後8時過ぎ、買い物帰りの少女を住宅街で3人の米兵が車で拉致し粘着テープで手を縛り、1.5km離れた海岸でレイプされた。 | | 不明 |
2007年7月3日 (沖縄の女子中学生へのレイプ事件) | 7月3日午前4時45分頃、米兵が沖縄の民家に侵入し、家族と一緒に就寝中の女子中学生にわいせつ行為に及んだ。犯人の米兵は現行犯逮捕され、警察、検察で捜査を受けた。 | 7月23日名は地方検察庁は日本の裁判権を行使しないことを米軍に通告。 | (米軍での犯罪兵の処分については情報なし、不明) |
■ 在日米軍に関わる治外法権と自由な活動を保障した日米地位協定
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この所謂日米地位協定は、岸政権が1960年1月に日米安保条約の改定時にその前身にあたる所謂日米行政協定を名称を改めて結んだものであり、内容は基本的に行政協定とほぼ変わらない。
所謂日米行政協定は、日本がサンフランシスコで講和条約を締結したオペラハウスから同日に場所を変えて二国間で結んだものであり、国連の占領軍ではなく、今度はアメリカ軍が単独で日本を隷属下におき、日本は米軍を日本に駐留させることに同意したものであり、いわば、契約書の内容が示されずに契約を締結させられたものであり、内容については国会での審議によって議論されないように、そのアメリカ軍駐留におけるアメリカ軍の優位な条件の内容を定めたものを行政上の協定扱いとして1952年2月に結んだのである。この手法は、昭和天皇とアメリカとの会談等で定められ、内容の詳細・運用について日米の代表者による合同委員会で取りまとめられたもの。
この地位協定によって、日本国内でのアメリカ軍の自由な軍事活動、軍に関わる様々な権利の保障、軍人・軍属・家族の様々な特権的待遇など、治外法権的処遇が与えられている。
日本の敗戦直後から特に米軍基地の周辺で、兵士による婦女暴行殺人が多数発生していたが、兵士が基地に戻れば日本側は手出しができない状態であったようだ。その後、講和条約締結や安保条約に伴う協定が結ばれた後にも、更に安保改定の1960年以降にも、米兵による日本人への傷害、強姦、殺人事件が発生した場合に、日本の警察で事件の犯人を取り調べる困難があって犯人が米軍側に直接引き渡されたり、あるいは日本側で逮捕しても不起訴になる事件が多くあったということであるが、事件の詳細資料はあまり出てこないのが実情である。
そして、沖縄での米兵による小学生の女児への酷いレイプ・殺人事件が発生し、沖縄全島民の怒りが爆発した。 日米両政府は対応を余儀なくされ、基地施設外で発生した米軍関係者による犯罪について、米側が一部日本側に譲歩して犯人の起訴・裁判を日本側に委ねる方向に改善された。しかし、この場合にも、アメリカ側の軍人の関係者が日本国内で犯罪を起こした場合に、一次裁判権が日本にある場合でも、日本側は好意的な考慮を払わなければならないとして、米兵の刑事罰が減刑される状況が生み出されているように推察する。
米軍兵が基地外で事故を起こして逮捕しても、後から公務証明書を発給すると、日本側が一次逮捕しても、米国側に引き渡さなければならない状態は変わっていない。
公務外での米軍人の犯罪に関する日本の裁判権の放棄の割合
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公務外での米軍人の犯罪に関する日本の裁判権の放棄の割合については、次のように高い数値で米国側に認識されていることがわかる。これも、米軍の特権的待遇なのだ。
日本の裁判権の放棄は、1958年12月1日から1959年11月30日までの一年間で96%。(米国務省「行政協定と地位協定の比較分析」1963年から、対米従属の正体 末浪靖司著より)
検察統計資料によると、2008年に公務外の在日米軍構成員の犯罪で検察庁が起訴しなかった件数は90.5%にのぼる。(平和新聞2009年5月15日号から、対米従属の正体 末浪靖司著より)
ロングブリ事件に関して、「1958年9月15日にパーソンズ国務省北東アジア局長からロバートソン極東担当国務次官補へ:ロングブリ 日本の裁判権放棄を要求、秘密」と題する公電が公開され、その中に裁判権放棄が98%の割合が示されている。
(・・・日本にとって重要な事件を除いて裁判権を放棄する秘密の取り決めに拠り、事件のおよそ98%について裁判権放棄に応じてきた。ロングブリが公務の間の休憩中だった時に起きたこの事件でも、裁判権放棄の要求をしないと、議会メンバー、とりわけ地位協定に反対する人々から強力な反発が疑いも無く出てくるだろう。・・・)(「対米従属の正体 末浪靖司著」より引用)
話題が変わるが、日米間の経費に関わる問題が発生する事案で、経費の負担について、例えば、日本が分担することができる、などと表現されていれば、米国は支払わないということを意味し、協定に無くても、合同委員会で米国が要請すれば、日本は唯々諾々と要求を受け入れる環境にあるから、アメリカにとっては、極めて金が掛からない国に基地があるので、夢のような待遇が保障されていることになる。よって、居候は止められず、自分からは、決して日本から出て行こうとはしないのです。当たり前です。
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国
軍隊の地位に関する協定
昭和35 年1 月19 日ワシントンで署名
昭和35 年6 月19 日国会承認
昭和35 年6 月21 日承認の内閣決定
昭和35 年6 月23 日承認を通知する公文交換
昭和35 年6 月23 日公布(条約第7号)
昭和35 年6 月23 日効力発生
・・・(第一条〜第十六条 省略)・・・
第十七条
1 この条の規定に従うことを条件として
(a) 合衆国の軍当局は、合衆国の軍法に服するすべての者に対し、合衆国の法令により与えられたすべての刑事及び
懲戒の裁判権を日本国において行使する権利を有する。
(b) 日本国の当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対し、日本国の領域内で犯す罪で日本国の
法令によって罰することができるものについて、裁判権を有する
2 (a) 合衆国の軍当局は、合衆国の軍法に服する者に対し、合衆国の法令によって罰することができる罪で日本国の
法令によっては罰することができないもの(合衆国の安全に関する罪を含む。)について、専属的裁判権を行使する権利
を有する。
(b) 日本国の当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対し、日本国の法令によって罰することが
できる罪で合衆国の法令によっては罰することができないもの(日本国の安全に関する罪を含む。)について、専属的
裁判権を行使する権利を有する。
(c) 2及び3の規定の適用上、国の安全に関する罪は、次のものを含む。
(i) 当該国に対する反逆
(ii ) 妨害行為(サボタージュ)、諜報行為又は当該国の公務上若しくは国防上の秘密に関する法令の違反
3 裁判権を行使する権利が競合する場合には、次の規定が適用される。
(a) 合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を
有する。
(i) もつぱら合衆国の財産若しくは安全のみに対する罪又はもつぱら合衆国軍隊の他の構成員若しくは軍属若しくは
合衆国軍隊の構成員若しくは軍属の家族の身体若しくは財産のみに対する罪
(ii) 公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪
(b) その他の罪については、日本国の当局が、裁判権を行使する第一次の権利を有する
(c) 第一次の権利を有する国は、裁判権を行使しないことに決定したときは、できる限りすみやかに他方の国の当局
にその旨を通告しなければならない。第一次の権利を有する国の当局は、他方の国がその権利の放棄を特に重要であると
認めた場合において、その他方の国の当局から要請があったときは、その要請に好意的考慮を払わなければならない。
4 前諸項の規定は、合衆国の軍当局が日本国民又は日本国に通常居住する者に対し裁判権を行使する権利を有すること
を意味するものではない。ただし、それらの者が合衆国軍隊の構成員であるときは、この限りでない。
5(a) 日本国の当局及び合衆国の軍当局は、日本国の領域内における合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの
家族の逮捕及び前諸項の規定に従って裁判権を行使すべき当局へのそれらの者の引渡しについて、相互に援助しなければ
ならない
(b) 日本国の当局は、合衆国の軍当局に対し、合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族の逮捕についてすみ
やかに通告しなければならない。
(c) 日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中に
あるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする。
6(a) 日本国の当局及び合衆国の軍当局は、犯罪についてのすべての必要な捜査の実施並びに証拠の収集及び提出
(犯罪に関連する物件の押収及び相当な場合にはその引渡しを含む。)について、相互に援助しなければならない。た
だし、それらの物件の引渡しは、引渡しをきる。
(b) 日本国の当局及び合衆国の軍当局は、裁判権を行使する権利が競合するすべての事件の処理について、相互に
通告しなければならない。
7(a) 死刑の判決は、日本国の法制が同様の場合に死刑を規定していない場合には、合衆国の軍当局が日本国内で執
行してはならない。
(b) 日本国の当局は、合衆国の軍当局がこの条の規定に基づいて日本国の領域内で言い渡した自由刑の執行について
合衆国の軍当局から援助の要請があったときは、その要請に好意的考慮を払わなければならない。
8 被告人がこの条の規定に従って日本国の当局又は合衆国の軍当局のいずれかにより裁判を受けた場合において、無罪
の判決を受けたとき、又は有罪の判決を受けて服役しているとき、服役したとき、若しくは赦免されたときは、他方の
国の当局は、日本国の領域内において同一の犯罪について重ねてその者を裁判してはならない。ただし、この項の規定
は、合衆国の軍当局が合衆国軍隊の構成員を、その者が日本国の当局により裁判を受けた犯罪を構成した作為又は不作為
から生ずる軍紀違反について、裁判することを妨げるものではない。
9 合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族は、日本国の裁判権に基づいて公訴を提起された場合には、いつ
でも、次の権利を有する。
(a) 遅滞なく迅速な裁判を受ける権利
(b) 公判前に自己に対する具体的な訴因の通知を受ける権利
(c) 自己に不利な証人と対決する権利
(d) 証人が日本国の管轄内にあるときは、自己のために強制的手続により証人を求める権利
(e) 自己の弁護のため自己の選択する弁護人をもつ権利又は日本国でその当時通常行なわれている条件に基づき費用
を要しないで若しくは費用の補助を受けて弁護人をもつ権利
(f)必要と認めたときは、有能な通訳を用いる権利
(g) 合衆国の政府の代表者と連絡する権利及び自己の裁判にその代表者を立ち会わせる権利
10(a) 合衆国軍隊の正規に編成された部隊又は編成隊は、第二条の規定に基づき使用する施設及び区域において警
察権を行なう権利を有する。合衆国軍隊の軍事警察は、それらの施設及び区域において、秩序及び安全の維持を確保する
ためすべての適当な措置を執ることができる。
(b) 前記の施設及び区域の外部においては、前記の軍事警察は、必ず日本国の当局との取極に従うことを条件とし、
かつ、日本国の当局と連絡して使用されるものとし、その使用は、合衆国軍隊の構成員の間の規律及び秩序の維持のため
必要な範囲内に限るものとする。
11 相互協力及び安全保障条約第五条の規定が適用される敵対行為が生じた場合には、日本国政府及び合衆国政府のい
ずれの一方も、他方の政府に対し六十日前に予告を与えることによって、この条のいずれの規定の適用も停止させる権利
を有する。この権利が行使されたときは、日本国政府及び合衆国政府は、適用を停止される規定に代わるべき適当な規定
を合意する目的をもつて直ちに協議しなければならない。
12 この条の規定は、この協定の効力発生前に犯したいかなる罪にも適用しない。それらの事件に対しては、日本国とアメ
リカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定第十七条の当該時に存在した規定を適用する。
・・・(第十八条〜第二十八条 省略)・・・
参考として、日米地位協定の全文を次のリンク先に記載した。 (参考3) 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定
■ 砂川判決に見る日本国憲法9条における戦力に当たる「米軍の駐留が違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない(最高裁判決)」について思うこと
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砂川事件
1955年当時の東京都砂川町に米軍立川基地が存在していた。この飛行場を米軍が大型爆撃機の飛行のために拡張することを決め日本政府にその計画の実行を要請した。米軍の施設の必要性の要請に対して日本が施設を提供する必要に迫られ、日本の関係庁が砂川町の住民に拡張を通告し準備を始めた。
これに対して、町ぐるみで反対を表明し、地元農民の反対運動が開始され、これに社会党や学生や労働者の組合が支援した。
日本の関係庁は飛行場の用地収容のために測量の実施を指示し、測量を阻止しようと抵抗する座り込みの住民集団と、住民の排除に介入してきた警察の機動隊とが対峙する状態が続いていたが、1957年7月に機動隊が阻止派を強制排除する際に、機動隊と衝突する阻止派の数人が基地の境界内に 2〜3メートルに立ち入ったとして、これが日米安保条約に伴う刑事特別法に違反するとして検挙された。
一審の東京地方裁判所刑事第13部で、1959年3月30日に伊達秋雄裁判長は、全員無罪と判決した。この際、日米安保条約の違憲性、駐日米軍の違憲性、日米安保条約に伴って制定された刑事特別法の無効性の判断を示した。
この判決をアメリカ軍と日本政府が危惧し、検察側は直ちに最高裁判所へ跳躍上告。 最高裁判所は、1959年12月16日に一審の原判決を破棄し、一審に差し戻した。東京地裁に差し戻し裁判が行われて罰金刑となり、被告側が上告したが最高裁が1963年上告を棄却したため、罰金刑の有罪判決が確定することになった。
(筆者の理解での東京地裁の判決理由について→米軍駐留は違憲→刑事特別法を一般の軽犯罪より重い刑事罰とすることは違憲→被告は無罪) 日本国憲法は戦争放棄、戦力保持を禁じていること、一方日米安保条約で駐日米軍は極東の安全のために日本から軍事活動に出動でき、日本の基地がそのように使用されることによって日本に関係のない戦争に巻き込まれる危険性を有しており、日本政府が安保条約を締約した結果、戦争の危険に巻き込まれることを許した政府の行為は、国民が政府に戦争をさせないために決意して定めた日本国憲法の趣旨に背くとした。この原因は、日本政府が米軍に基地を提供して便宜を払い駐留させた点に原因があるからして、軍隊の指揮権の有無、米軍の出撃義務の有無に拘らず、米軍駐留は違憲とし、この米軍駐留が憲法に違反している以上、国民に対し一般の軽犯罪法の規定より特に重い刑罰を与える刑事特別法は憲法に反しており無効とする判断を示し、全員無罪としたものであった。
尚、詳細は、下記の東京地方裁判所の裁判の判決理由の要旨を参照。
《(筆者): 一審の東京地方裁判所の判決とその判決理由を国民として中立的に判断すると、先ず、日本国憲法の9条の戦争放棄、自衛軍の保持の禁止、侵略戦争も自衛のための戦争も否定した、憲法の本来の「定理」を基礎とすることを前提とした論理的に筋が通る判断であると納得できる。
日本は戦力の不保持を憲法に定めたのであるから、外国軍の軍隊を日本の領土内に配備して、喩えその軍隊が日本の指揮系統が及ぶ軍隊でないとしても、条約に両国が協議して対応することになっており、日本の戦力の完全なる代用であることは認めざるを得ない。よって、指揮権の有無に関わらず、日本国内に駐留させることが憲法に違反することになる。これは、敗戦後の講和条約締約と同時に、昭和天皇が吉田総理に命令して米軍を占領状態から継続して駐留をさせる目的で日米安保条約を締約させたものであり、国会がこの条約と米軍の駐留を承認したが、日本国憲法に違反することは明らかであり、国会の承認事態が明らかに問題であったのです。これに対して誰も責任をとらなかったのである。
米軍の駐留容認については、自衛隊が憲法に規定する戦力に当たらずとしている詭弁と同じである。
日本国民が自衛隊の存在を自国内に限り存在を容認してきたことや米軍駐留を容認してきたことは、憲法違反であっても、国民的には単純に受け止めて、あたかも、赤信号の横断歩道を渡るぐらい、Uターン禁止区域でUターンをする程度、車の制限速度で10〜20km程度のスピードの超過ぐらいは、まぁいいかという程度ぐらいにしか思っていない。なかには、団地内の敷地に無断で立ち入って広告をポストに配る行為や河川での魚釣りなど、その時々微妙に、まぁいいかではいかないこともある。こんな認識が一般的ではないだろうかと思う。
更に、この自衛隊の活動と安保の議論は、2015年安倍政権が進める自衛隊の国外での武力行使については集団的自衛権が容認できて武力行使が可能であると政府が宣言してこの考えを国民が受け容れろと強要しているのです。政府が憲法違反でも勝手に宣言して自衛隊の活動に関わる諸々の安全保障整備法を法律化しようとしているが、現在の国会の無能と日本の司法システムでは砂川事件の最高裁の判決で明らかになっているように (この後に記述してある内容を読み進めていくと明らかになってくる) 、中立・公正が確保できていない裁判所の状態では、政府の暴挙を止められないのが実際の所である。 → この解消には、国民のための公正で特別な憲法裁判所の設置が必須となり、憲法改正が必然的に求められる。》 → 日本国憲法改正草案の比較 参照
(米国は危機感を抱くが、一審の原判決を覆すことによって安保体制を不動のものにできると確信) 地裁の判決に日米両政府は危機感を感じた。米大使館は、日本における米国の支配的に自由な軍事活動や基地などを保障した日米安保条約の改定時期が間もなく訪れることになっていて、この条約の締約に関わる交渉を延期させることを危惧していて、日本に対して、高等裁判所での裁判を跳ばして最高裁で裁判を行ってすばやく判決を出すように裏で促していた。更に、米国は、最高裁の裁判長と裁判前から折に触れ接触があり、米国にとって不利にならない判断を示してくれると見なせる人物であると推察していた。アメリカはこの安保条約の妥当性を日本に突きつけて確固たるものにすること、そのためには、どうしても最高裁で安保条約が合憲であることを言わしめ、日本国民や、下級裁判官に有無を言わせない拘束力が得られることが最も効果的であり、必要であるとアメリカは考えたのであることが、ほぼ間違いない。
(米国大使と最高裁長官とが密談を行っていた。検察側の当事者にあたる大使に評議に関する情報を漏らす行為は裁判官に禁じられている) この公判に関して、米国大使と最高裁の田中長官とが密談し、裁判についての情報などを米国大使に知らせ、大使は米国本土の政府に逐次連絡を入れていたことが、後記したように米国公文書館の公開資料で発見されて明らかになっている。
東京地方裁判所の裁判(1959年3月30日)の判決及び判決の理由
「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反」で検挙された7名の者に対する裁判が1959年3月30日に東京地方裁判所で行われ、判決(裁判官:伊達秋雄、清水春三、松本一郎伊)は、全員無罪とした。
理由が非常に重要な内容であるため、長文ですが、次に判決理由の要旨を記載することにしました。(一部省略)
判決理由の要旨
・・・正当な理由がないのに前記立川飛行場内に深さ二・三米に亘つて立入つたことが認められる。
右事実は日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法(以下刑事特別法と略称する。)第二条に該当するが、同法条は、日米安全保障条約に基いてわが国内に駐留する合衆国軍隊が使用する一定の施設又は区域内における合衆国軍隊及びその構成員等の行動、生活等の平穏を保護するため右施設又は区域にして入ることを禁止した場所に対する、正当な理由なき立入又は不退去を処罰するものであるところ、これに対応する一般刑罰法規としては、軽犯罪法第一条第三十二号の正当な理由なく立入禁止の場所等に入つた者に対する処罰規定を見出すことができ、従つて刑事特別法第二条は右の軽犯罪法の規定と特別法、一般法の関係にあるものと解することができる。
しかして、両者間の刑の軽重をみるに、軽犯罪法は拘留又は科料(情状により刑を免除又は併科し得る。)を科し得るに止まるのに対し、刑事特別法第二条は一年以下の懲役又は二千円以下の罰金若しくは科料を科し得るのであつて、後者においては前者に比してより重刑をもつて臨んでいるのであるが、この差異は法が合衆国軍隊の施設又は区域内の平穏に関する法益を特に重要に考え、一般国民の同種法益よりも一層厚く保護しようとする趣旨に出たものとみるべきである。そこでもしこの合衆国軍隊の駐留がわが国の憲法に何等牴触するものでないならば、右の差別的取扱は敢えて問題とするに足りないけれども、もし合衆国軍隊の駐留がわが憲法の規定上許すべからざるものであるならば、刑事特別法第二条は国民に対して何等正当な理由なく軽犯罪法に規定された一般の場合よりも特に重い刑罰を以て臨む不当な規定となり、何人も適正な手続によらなければ刑罰を科せられないとする憲法第三十一条及び右憲法の規定に違反する結果となるものといわざるを得ないのである。
・・・ 日本国憲法はその第九条において、国家の政策の手段としての戦争、武力による威嚇又は武力の行使を永久に放棄したのみならず、国家が戦争を行う権利を一切認めず、且つその実質的裏付けとして陸海空軍その他の戦力を一切保持しないと規定している。即ち同条は、自衛権を否定するものではないが、侵略的戦争は勿論のこと、自衛のための戦力を用いる戦争及び自衛のための戦力の保持をも許さないとするものであつて、この規定は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」(憲法前文第一段)しようとするわが国民が、「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想(国際連合憲章もその目標としている世界平和のための国際協力の理想)を深く自覚」(憲法前文第二段)した結果、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を維持しよう」(憲法前文第二段)とする、即ち戦争を国際平和団体に対する犯罪とし、その団体の国際警察軍による軍事的措置等、現実的にはいかに譲歩しても右のような国際平和団体を目ざしている国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等を最低線としてこれによつてわが国の安全と生存を維持しようとする決意に基くものであり、単に消極的に諸外国に対して、従来のわが国の軍国主義的、侵略主義的政策についての反省の実を示さんとするに止まらず、正義と秩序を基調とする世界永遠の平和を実現するための先駆たらんとする高遠な理想と悲壮な決意を示すものだといわなければならない。従つて憲法第九条の解釈は、かような憲法の理念を十分考慮した上で為さるべきであつて、単に文言の形式的、概念的把握に止まつてはならないばかりでなく、合衆国軍隊のわが国への駐留は、平和条約が発効し連合国の占領軍が撤収した後の軍備なき真空状態からわが国の安全と生存を維持するため必要であり、自衛上やむを得ないとする政策論によつて左右されてはならないことは当然である。
・・・わが国が現実的にはその安全と生存の維持を信託している国際連合の機関による勧告又は命令に基いて、わが国に対する武力攻撃を防禦するためにその軍隊を駐留せしめるということであればあるいは憲法第九条第二項前段によつて禁止されている戦力の保持に該当しないかもしれない。しかしながら合衆国軍隊の場合には、わが国に対する武力攻撃を防禦するためわが国がアメリカ合衆国に対して軍隊の配備を要請し、合衆国がこれを承諾した結果、極東における国際の平和と安全の維持及び外部からの武力攻撃に対するわが国の安全に寄与し、且つ一又は二以上の外部の国による教唆又は干渉によつて引き起されたわが国内における大規模な内乱、騒じよう{前3文字強調}の鎮圧を援助する目的でわが国内に駐留するものであり(日米安全保障条約第一条)、わが国はアメリカ合衆国に対してこの目的に必要な国内の施設及び区域を提供しているのである(行政協定第二条第一項)。従つてわが国に駐留する合衆国軍隊はただ単にわが国に加えられる武力攻撃に対する防禦若しくは内乱等の鎮圧の援助にのみ使用されるものではなく、合衆国が極東における国際の平和と安全の維持のために事態が武力攻撃に発展する場合であるとして、戦略上必要と判断した際にも当然日本区域外にその軍隊を出動し得るのであつて、その際にはわが国が提供した国内の施設、区域は勿論この合衆国軍隊の軍事行動のために使用されるわけであり、わが国が自国と直接関係のない武力紛争の渦中に巻き込まれ、戦争の惨禍がわが国に及ぶ虞は必ずしも絶無ではなく、従つて日米安全保障条約によつてかかる危険をもたらす可能性を包蔵する合衆国軍隊の駐留を許容したわが国政府の行為は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起きないようにすることを決意」した日本国憲法の精神に悖るのではないかとする疑念も生ずるのである。
・・・わが国が安全保障条約において希望したところの、合衆国軍隊が外部からの武力攻撃に対してわが国の安全に寄与するため使用される場合を考えて見るに、わが国は合衆国軍隊に対して指揮権、管理権を有しないことは勿論、日米安全保障条約上合衆国軍隊は外部からのわが国に対する武力攻撃を防禦すべき法的義務を負担するものでないから、たとえ外部からの武力攻撃が為された場合にわが国がその出動を要請しても、必ずしもそれが容れられることの法的保障は存在しないのであるが、日米安全保障条約締結の動機、交渉の過程、更にはわが国とアメリカ合衆国との政治上、経済上、軍事上の密接なる協力関係、共通の利害関係等を考慮すれば、そのような場合に合衆国がわが国の要請に応じ、既にわが国防衛のため国内に駐留する軍隊を直ちに使用する現実的可能性は頗る大きいものと思料されるのである。而してこのことは行政協定第二十四条に「日本区域において敵対行為又は敵対行為の急迫した脅威が生じた場合には、日本国政府及び合衆国政府は、日本区域防衛のため必要な共同措置を執り、且つ安全保障条約第一条の目的を遂行するため、直ちに協議しなければならない。」と規定されていることに徴しても十分窺われるところである。
ところでこのような実質を有する合衆国軍隊がわが国内に駐留するのは、勿論アメリカ合衆国の一方的な意思決定に基くものではなく、前述のようにわが国政府の要請と、合衆国政府の承諾という意思の合致があつたからであつて、従つて合衆国軍隊の駐留は一面わが国政府の行為によるものということを妨げない。蓋し合衆国軍隊の駐留は、わが国の要請とそれに対する施設、区域の提供、費用の分担その他の協力があつて始めて可能となるものであるからである。かようなことを実質的に考察するとき、わが国が外部からの武力攻撃に対する自衛に使用する目的で合衆国軍隊の駐留を許容していることは、指揮権の有無、合衆国軍隊の出動義務の有無に拘らず、日本国憲法第九条第二項前段によつて禁止されている陸海空軍その他の戦力の保持に該当するものといわざるを得ず、結局わが国内に駐留する合衆国軍隊は憲法上その存在を許すべからざるものといわざるを得ないのである。
もとより、安全保障条約及び行政協定の存続する限り、わが国が合衆国に対しその軍隊を駐留させ、これに必要なる基地を提供しまたその施設等の平穏を保護しなければならない国際法上の義務を負担することは当然であるとしても、前記のように合衆国軍隊の駐留が憲法第九条第二項前段に違反し許すべからざるものである以上、合衆国軍隊の施設又は区域内の平穏に関する法益が一般国民の同種法益と同様の刑事上、民事上の保護を受けることは格別、特に後者以上の厚い保護を受ける合理的な理由は何等存在しないところであるから、国民に対して軽犯罪法の規定よりも特に重い刑罰をもつて臨む刑事特別法第二条の規定は、前に指摘したように何人も適正な手続によらなければ刑罰を科せられないとする憲法第三十一条に違反し無効なものといわなければならない。
よつて、被告人等に対する各公訴事実は起訴状に明示せられた訴因としては罪とならないものであるから、刑事訴訟法第三百三十六条により被告人等に対しいずれも無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。
砂川事件の最高裁判所の裁判(1959年12月16日)の判決(一審の原判決を覆す)に関して
この一審の東京地裁の判決理由として日米安保条約や駐留米軍の違憲性を判断されたことをアメリカ軍と日本政府が危惧し、検察側は直ちに最高裁判所へ跳躍上告した。
最高裁判所は、1959年12月16日に次のような判決理由の趣旨、「・・・憲法第9条は日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は戦力にあたらない。従って、アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない。他方で、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見して極めて明白に違憲無効とは認められない限り、違憲かどうかの法的判断を下すことはできない。・・・」などと示した。(「裁判所裁判判例情報 最高裁判所判例集」より引用)
既述したように、結局、東京地裁に差し戻されて再度裁判が行われて罰金刑となり、被告側が上告したが、最高裁が1963年上告を棄却したため、罰金刑の有罪判決が確定した。
しかし、筆者から見れば、裁判所が違憲審査能力を有さず、このように憲法判断について否定することもやるのであると、裁判の中立性が保障されない現実があることを知ったのである。
砂川事件の最高裁の裁判長は、公正、中立であるべき立場に基づかず、自らの思想信条を押し付けた裁定であった。
日本の裁判制度は三審制をとっており、最高裁が最終審であり、最終審の判決は下級審の判決を拘束すると法的に決まっていて、最終審の判決が確定することになっている。
これは、最高裁判所の判決が必ずしも正しいと言うことを意味するものではない。現在の日本の制度としては、民主主義が秩序正しく、司法の裁定が公正且つ中立的に為されていることを前提として、国民はこの最終審に従わなければならない。しかし、公正・秩序が明らかに失われている場合には、審議が無意味であり、最終的な国民の評価によって、裁判所が故意に国民に不利益を招いたとして最大限の懲罰を裁判所に科すべきである。
刑事罰については厳格に処理されるが、国の行政に対する違憲訴訟に関しては、裁判所が違憲と裁定した事案であっても、政府がこの事案について状態の改善に積極的な対応をとらない場合も見られ、政府のいい加減さに反吐が出る。
下級審の判断が正しく判断されていると国民が充分理解できることもあり、また、上級審の審判が、あまりにも司法の独立的な立場で判断されておらず、行政寄り、アメリカに対する「思いやり」の溢れた裁定を下す場合もあるように思える。
この裁判に関わった最高裁の田中裁判長は、裁判の裁定に関して公正、中立であるべき立場であるが、反共の思想信条を有し、この思想信条をもって自らの自由主義のアメリカ寄りの姿勢に左右され、米国へ裁判情報の漏洩と協力を行っており、裁判官のあるべき立場を逸脱していたのである。このように、米軍基地拡張に関わる、所謂この「砂川事件の裁判」は歪曲された裁判判決であったのだ。
しかし、現在の日本の司法制度のもとではこの判決を受け容れなければならないことになる。もっとも、主権者である国民が、司法の公正であるべき立場が不正に染まったものであったときには、国民はその判決を無効にする権利があるべきです。これが、正しい民主主義の原点です。
従って、憲法裁判や行政裁判における不条理が存在している状態のままではよくないので、これを解消させなければならず、中立的、公正な判定が保障されるような憲法裁判が実施されるように、新たな形態のこの目的に特化した憲法裁判所を設立させて審議させる司法制度に改めることが必須となると考える。
最高裁の裁判【(所謂砂川事件)、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反被告事件」】において、田中裁判長は、安全保障条約の違憲なりや、否やの法的判断は承認権を有する国会の判断、終局的には主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきものであると解する旨を言及している。よって、主権者である国民の一人として筆者は以下の判決理由の文章に直接的に批判を書くことにした。最高裁の判決理由文に挿入した赤字の文章である。
▼最高裁判所の裁判(1959年12月16日)の判決理由の要旨:(赤字は、国民に委ねられた批判として筆者の考えを挿入したもの)
日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反被告事件 (裁判官:田中耕太郎、島保、藤田八郎、入江俊郎、垂水克己、河村大助、石坂修一、小谷勝重、奥野健一、高橋潔)
・・・ 9条は、戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである。・・・わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、
国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。
(筆者:無防備、無抵抗を定めたものではない、と言っているだけであり、武力(=自衛軍)を保有することをさしてはいない。つまり、自衛権を発揮する権利であって、軍隊を持たなくともできる自衛権として、積極的平和主義でもって、全世界の国との平和共存の外交交渉を絶対的な武器として協力に進める必要が生じるのである。)
すなわち、われら日本国民は、憲法九条二項により、同条項にいわゆる戦力は保持しないけれども、これによつて生ずるわが国の防衛力の不足は、これを憲法前文にいわゆる平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによつて補ない、もつてわれらの安全と生存を保持しようと決意したのである。
そしてそれは、必ずしも原判決のいうように、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等に限定されたものではなく、わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式又は手段である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことができることはもとよりであつて、憲法九条は、わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではないのである。
(筆者:国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等に限定されたものではなくともよい、・・・ 、その目的を達するにふさわしい方式又は手段である限り、と規定し、それが本当にふさわしい手段であるかどうかが問われ、日本国民は本当にふさわしいかどうか再確認しなければならない。 筆者には到底ふさわしいとは認められないのである。)
・・・ 憲法九条の趣旨に即して同条二項の法意を考えてみるに、同条項において戦力の不保持を規定したのは、わが国がいわゆる戦力を保持し、自らその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使することにより、同条一項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起こすがごときことのないようにするためであると解するを相当とする。従つて同条二項がいわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として、
同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである。
(筆者:自らその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使することにより、同条一項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起こすがごときことのないようにするためであると、記述することは、我が国が主体となつてこれに指揮権、管理権を行使することによって侵略戦争を惹き起こす危惧を同時に表現するものでもあるとも筆者には解される。 また、裁判官は、いわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として・・・と、つまり、司法で明確に判断すべき自衛のための戦力の保持について、合憲とも、違憲とも判断を示さなかった。つまり、最高裁が担わなければならない憲法裁判所としての役割を行わないのである。
日本は侵略のための戦力の行使を否定するのみならず、自衛のための戦力の行使を否定したのであり、この憲法の意味を国会と国民が承認しており、これが所謂、「定理」となる。故に裁判所の判断はこれに絶対的に基づかなければならない。たとえ、最高裁の長官であっても、勝手な理屈を付けて歪めた解釈を強要することは許されないのである。 それ故に、武力によらないで国民の生命を守らなければならないので、政府は自衛のために別の政策を執らざるを得ないことは明白であり、実現のさせ方は政府の責任となる。 日本国民はこの定理に基づき、自衛隊も駐留アメリカ軍も憲法違反であることを充分認識しているのである。ただ、違反であっても、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」のフレーズのごとく、単に容認しているだけである。なぜなら、日本の自衛隊は海外には出て行かないことを暗黙の了解としていたからであり、駐留米軍に関しては、日本の敗戦後、講和条約締結後も、主権が回復しているとは思っていなくて、日本はアメリカに隷属していると思って諦めている。つまり、日本は昔から民主主義社会ではなく、明治維新後も国民は天皇や政府や軍部によって冷遇され、国民の権利も限定されたものであった。政府の政策に反発する一部の識者を除き、一般大衆はおとなしく諦めることに慣らされてしまっていただけであると筆者は見る。 このような環境を理解して司法は、公正・中立な立場から厳格に「定理」を踏襲して裁定しないのならば、司法者として失格であると筆者は厳しく糾弾する。正に、田中裁判長に欠けていた資質である。)
アメリカ合衆国軍隊の駐留が憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に反するかどうかであるが、その判断には、右駐留が本件日米安全保障条約に基くものである関係上、結局右条約の内容が憲法の前記条章に反するかどうかの判断が前提とならざるを得ない。
しかるに、右安全保障条約は、日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日条約五号)と同日に締結せられた、これと密接不可分の関係にある条約である。
すなわち、平和条約六条(a)項但書には「この規定は、一又は二以上の連合国を一方とし、日本国を他方として双方の間に締結された若しくは締結される二国間若しくは多数国間の協定に基く、
又はその結果としての外国軍隊の日本国の領域における駐とん又は駐留を妨げるものではない。」とあつて、日本国の領域における外国軍隊の駐留を認めており、本件安全保障条約は、右規定によつて認められた外国軍隊であるアメリカ合衆国軍隊の駐留に関して、日米間に締結せられた条約であり、平和条約の右条項は、当時の国際連合加盟国六〇箇国中四〇数箇国の多数国家がこれに賛成調印している。
そして、右安全保障条約の目的とするところは、その前文によれば、平和条約の発効時において、わが国固有の自衛権を行使する有効な手段を持たない実状に鑑み、無責任な軍国主義の危険に対処する必要上、平和条約がわが国に主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章がすべての国が個別的および集団的自衛の固有の権利を有することを承認しているのに基き、
わが国の防衛のための暫定措置として、武力攻撃を阻止するため、わが国はアメリカ合衆国がわが国内およびその附近にその軍隊を配備する権利を許容する等、わが国の安全と防衛を確保するに必要な事項を定めるにあることは明瞭である。それ故、右安全保障条約は、その内容において、主権国としてのわが国の平和と安全、ひいてはわが国存立の基礎に極めて重大な関係を有するものというべきであるが、また、その成立に当つては、時の内閣は憲法の条章に基き、
米国と数次に亘る交渉の末、わが国の重大政策として適式に締結し、その後、それが憲法に適合するか否かの討議をも含めて衆参両院において慎重に審議せられた上、適法妥当なものとして国会の承認を経たものであることも公知の事実である。
(筆者:平和条約に集団的自衛権が容認していようが、日本国憲法で容認しているかどうかが問題であって、日本国憲法には集団的自衛権を容認する内容はない。日本が戦力を有さないのであるから、アメリカとの二国間の安全保障条約を締約して わが国の防衛のための暫定措置として武力攻撃を阻止するため、わが国はアメリカ合衆国がわが国内および附近にアメリカの軍隊を配備する権利を許容するとした日米安保条約を国会で承認したが、
日本国憲法と日米安保条約との内容が対立するにも拘らずに、承認されてしまったこと自体、国会議員の正しい判断能力が欠けていたのであって、錯誤を訂正してこなかった責任が国会にはある。相互に対立した内容の憲法と条約の並立した存在によって、日本国社会はより複雑な日米間の辻褄合わせのために、政府・官僚が国民を裏切る密約を交わして処理する方法を執ることになってしまったと筆者は批判する。
この安保条約が違憲であることは別として、この安保条約にも裏があり、安保条約には行政協定に定めるとしたことを承認したものであって、行政協定の内容である日本国内でのアメリカ軍の自由な軍事活動、軍に関わる様々な権利の保障、軍人・軍属・家族の様々な特権的待遇など、治外法権的処遇が与えられており、極めて日本にとって不利益な、不平等で、不合理的な内容であった。この問題について、国会で議論して承認されたわけではなく、また、この安保条約に伴う行政協定の運用に関して、日米間で国民に秘密にした内容の取極めがされていたのであるから、条約の締約の際に適正な手続きがされていなかったことになる不備が指摘できよう。)
ところで、本件安全保障条約は、前述のごとく、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものというべきであつて、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点がすくなくない。それ故、右違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、
従つて、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであつて、それは第一次的には、右条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきものであると解するを相当とする。そして、このことは、本件安全保障条約またはこれに基く政府の行為の違憲なりや否やが、本件のように前提問題となつている場合であると否とにかかわらないのである。
(筆者:日本の最高裁は違憲審査を担うことになっており、法律や条約が合憲かどうかの審査が必要な場合には、的確な司法的な評価の判断及び裁定が要求され、これに答える義務と応えられる職業上の能力を有することが前提となる。 法律や条約が合憲かどうかを審査するのは司法の純粋な役目である。この安保条約が憲法に適合するかどうかを合法的・合理的に審査できるのは司法しかないのであって、的確に且つ公正、中立的な立場で審査することは司法に課された責務である。
しかるに、この最高裁の裁判官は、高度の政治的判断を有するものは、司法的判断の介入によらず、国会の審判と国民の批判に委ねられるべきであると言及したのである。
国民から見れば、国民が政治的に ”批判”するのみでは、法的に何等権限が与えられていない国民が短時間に事態を解決できる見込みは無いので、この場合、高度な政治的な政策や条約についても裁判を専門的にできる憲法裁判所の設立が必須であることが確信できたのである。)
よつて、進んで本件アメリカ合衆国軍隊の駐留に関する安全保障条約およびその三条に基く行政協定の規定の示すところをみると、右駐留軍隊は外国軍隊であつて、わが国自体の戦力でないことはもちろん、これに対する指揮権、管理権は、すべてアメリカ合衆国に存し、わが国がその主体となつてあだかも自国の軍隊に対すると同様の指揮権、管理権を有するものでないことが明らかである。
またこの軍隊は、前述のような同条約の前文に示された趣旨において駐留するものであり、同条約一条の示すように極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、ならびに一または二以上の外部の国による教唆または干渉によつて引き起されたわが国における大規模の内乱および騒じようを鎮圧するため、わが国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することとなつており、
その目的は、専らわが国およびわが国を含めた極東の平和と安全を維持し、再び戦争の惨禍が起らないようにすることに存し、わが国がその駐留を許容したのは、わが国の防衛力の不足を、平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して補なおうとしたものに外ならないことが窺えるのである。
(筆者:日本人は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民(アメリカ人を含む)の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意したが、アメリカの日本に対する信義が疑われる仕組みが構築されているのであった。)
果してしからば、かようなアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。そしてこのことは、憲法九条二項が、自衛のための戦力の保持をも許さない趣旨のものであると否とにかかわらないのである。
(筆者:裁判所の判断では、「・・・これらの条章に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは到底認められない」としているが、幾度も筆者が言っていることであるが、そもそも、日本政府は、憲法を成立させる前に国民に対して高らかに宣言し及び国会で承認するときに、「憲法9条の意味する内容は、戦力を保持しない、侵略戦争や自衛のための戦争を放棄することを定めたものである」ことを容認したのであるから、これが9条の本当の解釈であるべきである。司法家が勝手に基本「定理」の絶対性に希望的な解釈を付加させることは避けなければならない。まして、公正、中立な立場から逸脱して、司法家の特別な思想に基づく感情をもって裁定に影響を与えてはならない。
裁判所は、「憲法九条二項が、自衛のための戦力の保持をも許さない趣旨のものであると否とにかかわらないのである」としているが、国民は、自衛のための戦力をも保持しないことを承認したのである。
日本国民は、一国主義で自国のみの安全性を希求しているのではなく、多国間の相互理解に基づき広く世界の平和を願い行動を起こすことを目標にしているのであって、それは必ずしも武力を手段とする必要は無い。
二国間での安全保障の道より、多国間の安全保障を通じて理解と協力を拡大し平和に貢献する方が有効であり、その集団の意義と存在が国際的に認められるようになり、その主張に多くの共感を得て、日本が中心となって多面的に世界の国々と平和協定や産業育成、社会資本整備、教育・医療・科学技術・研究面、その他での協力・支援、国際間の人の交流の支援などを通じて、また、日本が中立的な立場をとることを世界の国々に認めさせ、平和の構築に向けて邁進することを強く訴えて周知してもらい、宗教に拘わらず、遍く受け容れてもらう努力を通じて、自国民の安全を図る努力が絶対的な前提となる。
もし、米国軍の戦力を日本及び周辺に配備させることと、米国軍と他国軍との戦闘行為によって日本に戦闘の破壊的な攻撃が及ぶことを日本国民は望まないのであるならば、米国の日本への駐留が本当に日本の平和的な貢献と、日本国民の民主主義の社会と日本人の基本的な人権が保障されることになるのか塾考、再考して判断しなおさなければならない。
先の筆者の批判に記したとおり、日本政府及びアメリカ政府の両者ともが主権者である日本国民に対して公正と信義を有するものであり、仮に主権者の信頼を裏切る場合には、米軍駐留の前提条件が成立せず、米軍駐留の妥当性が失われるものであり、裁判所が示した憲法条項の趣旨に適合するとは認め難い。日米間での秘密の取極めによる国民の人権が無視される事態に至らしめることは憲法に反する状態であり、国民にとって不利益な事項を秘匿した内容を包含する条約によって国民は、不正に、不条理な境遇に置かれることを余儀なくされるのであれば、最早、条約そのものが憲法の趣旨に適合しないのである。このような場合には、公正でない安保条約は違憲が相等と見なし得るから、米軍の駐留も違憲状態であると見るのは当然のことである。)
(なお、行政協定は特に国会の承認を経ていないが、政府は昭和二七年二月二八日その調印を了し、同年三月上旬頃衆議院外務委員会に行政協定およびその締結の際の議事録を提出し、その後、同委員会および衆議院法務委員会等において、種々質疑応答がなされている。そして行政協定自体につき国会の承認を経べきものであるとの議論もあつたが、政府は、行政協定の根拠規定を含む安全保障条約が国会の承認を経ている以上、これと別に特に行政協定につき国会の承認を経る必要はないといい、国会においては、参議院本会議において、昭和二七年三月二五日に行政協定が憲法七三条による条約であるから、同条の規定によつて国会の承認を経べきものである旨の決議案が否決され、また、衆議院本会議において、
同年同月二六日に行政協定は安全保障条約三条により政府に委任された米軍の配備規律の範囲を越え、その内容は憲法七三条による国会の承認を経べきものである旨の決議案が否決されたのである。
しからば、以上の事実に徴し、米軍の配備を規律する条件を規定した行政協定は、既に国会の承認を経た安全保障条約三条の委任の範囲内のものであると認められ、これにつき特に国会の承認を経なかつたからといつて、違憲無効であるとは認められない。
しからば、原判決が、アメリカ合衆国軍隊の駐留が憲法九条二項前段に違反し許すべからざるものと判断したのは、裁判所の司法審査権の範囲を逸脱し同条項および憲法前文の解釈を誤つたものであり、従つて、これを前提として本件刑事特別法二条を違憲無効としたことも失当であつて、この点に関する論旨は結局理由あるに帰し、原判決はその他の論旨につき判断するまでもなく、破棄を免かれない。
よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条本文に従い、主文のとおり判決する。
(筆者:最高裁判所が、「一審の原判決がアメリカ合衆国軍隊の駐留が憲法九条二項前段に違反し許すべからざるものと判断したのは、裁判所の司法審査権の範囲を逸脱し同条項および憲法前文の解釈を誤つたものであり、従つて、これを前提として本件刑事特別法二条を違憲無効としたことも失当であつて、・・・」としているが、条約が憲法に適合しているかどうか個々に評価し裁定を下すことを国民は望んでいるのである。国民が憲法の趣旨に反する不条理な内容の条約によって苦しめられることに繋がることが容易に予見される、そのような条約の承認を国会が行った場合には、司法が正すことができることが民主主義の三権分立主義である。 日本の裁判所は、国民の眼から見れば、司法の公正な中立と独立的精神による裁きをやっているのではなく、国民からの突き上げに対して、政府の政治を如何に擁護するかのストーリー作りに終始しているように思える。)
この判決は、裁判官田中耕太郎、同島保、同藤田八郎、同入江俊郎、同垂水克己、同河村大助、同石坂修一の補足意見および裁判官小谷勝重、同奥野健一、同高橋潔の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
(筆者:以下は、愚だ愚だと裁判官達が日米安保条約を擁護する意見を書いている。)
裁判官田中耕太郎の補足意見は次のとおりである。
私は本判決の主文および理由をともに支持するものであるが、理由を次の二点について補足したい。
一、本判決理由が問題としていない点について述べる。元来本件の法律問題はきわめて単純かつ明瞭である。事案は刑事特別法によつて立入を禁止されている施設内に、被告人等が正当の理由なく立ち入つたということだけである。原審裁判所は本件事実に対して単に同法二条を適用するだけで十分であつた。しかるに原判決は同法二条を日米安全保障条約によるアメリカ合衆国軍隊の駐留の合憲性の問題と関連せしめ、駐留を憲法九条二項に違反するものとし、刑事特別法二条を違憲と判断した。かくして原判決は本件の解決に不必要な問題にまで遡り、論議を無用に紛糾せしめるにいたつた。
私は、かりに駐留が違憲であつたにしても、刑事特別法二条自体がそれにかかわりなく存在の意義を有し、有効であると考える。つまり駐留が合憲か違憲かについて争いがあるにしても、そしてかりにそれが違憲であるとしても、とにかく駐留という事実が現に存在する以上は、その事実を尊重し、これに対し適当な保護の途を講ずることは、立法政策上十分是認できるところである。
およそある事実が存在する場合に、その事実が違法なものであつても、一応その事実を承認する前提に立つて法関係を局部的に処理する法技術的な原則が存在することは、法学上十分肯定し得るところである。違法な事実を将来に向つて排除することは別問題として、既定事実を尊重し法的安定性を保つのが法の建前である。それによつて、ある事実の違法性の影響が無限に波及することから生ずる不当な結果や法秩序の混乱を回避することができるのである。かような場合は多々存するが、その最も簡単な事例として、たとえ不法に入国した外国人であつても、国内に在留するかぎり、その者の生命、自由、財産等は保障されなければならないことを挙げ
ることができる。いわんや本件駐留が違憲不法なものでないにおいておや。
本件において、もし駐留軍隊が国内に現存するという既定事実を考慮に入れるならば、国際慣行や国際礼譲を援用するまでもなく、この事実に立脚する刑事特別法二条には十分な合理的理由が存在する。原判決のふれているところの、軽犯罪法一条三二号や住居侵入罪との法定刑の権衡のごとき、結局立法政策上の問題に帰着する。
(筆者:例示として、不法入国は違法であり退去が命じられる。違法な建築物が築造された場合は、建造物が完成していても、撤去あるいは構造が適法になるように改築が命じられ、厳格に対処される。 一方、司法では、「既定事実を尊重し法的安定性を保つのが法の建前である」としているが、国民から見れば、常に行政の対応が遅れたり、管理の怠慢によって放置された状態が長期間継続して、違法であっても何もしなくても良い。理由は法秩序を乱すからと逃げてしまうのである。 法的に処理できるのであり、その必要性があれば、国民からの陳情を待つまでもなく、国会で早急に法制化に向けて行動を起こせば解決できるのです。)
要するに、日米安全保障条約にもとづくアメリカ合衆国軍隊の駐留の合憲性の問題は、本来かような事件の解決の前提問題として判断すべき性質のものではない。
この問題と、刑事特別法二条の効力との間には全く関連がない。原判決がそこに関連があるかのように考えて、駐留を違憲とし、従つて同法二条を違憲無効なものと判断したことは失当であり、原判決はこの一点だけで以て破棄を免れない。
二、原判決は一に指摘したような誤つた論理的過程に従つて、アメリカ合衆国軍隊の駐留の合憲性に関連して、憲法九条、自衛、日米安全保障条約、平和主義等の諸重要問題に立ち入つた。それ故これらの点に関して本判決理由が当裁判所の見解を示したのは、けだし止むを得ない次第である。私は本判決理由をわが憲法の国際協調主義の観点から若干補足する意味において、以下自分の見解を述べることとする。
およそ国家がその存立のために自衛権をもつていることは、一般に承認されているところである。自衛は国家の最も本源的な任務と機能の一つである。しからば自衛の目的を効果的に達成するために、如何なる方策を講ずべきであろうか。その方策として国家は自国の防衛力の充実を期する以外に、例えば国際連合のような国際的組織体による安全保障、さらに友好諸国との安全保障のための条約の締結等が考え得られる。そして防衛力の規模および充実の程度やいかなる方策を選ぶべきかの判断は、これ一つにその時々の世界情勢その他の事情を考慮に入れた、政府の裁量にかかる純然たる政治的性質の問題である。法的に認め得ることは、国家が国民に
対する義務として自衛のために何等かの必要適切な措置を講じ得、かつ講じなければならないという大原則だけである。
(筆者:既に筆者の意見を述べたとおり、自衛の措置としてとっている方法が適切なものであるかどうかが問われるのであるが、国民を騙してまで、昭和天皇の利益・その利益に見合うだけのアメリカへの相当な貢献、防衛産業に群がる所謂防衛族と称せられる者の私欲を満たすために自衛の措置、アメリカ軍の駐留により名ばかりの日本防衛が巧妙に使われているとするならば、その自衛の措置が本当に望まれる方法に値するものであるかを国民による厳格な再評価を要する。しかし、単に、防衛と名を被せ国民に秘密にされると、司法の評価が防衛族の言いなりになるのと同様に、国民による評価が困難になってしまうのである。)
さらに一国の自衛は国際社会における道義的義務でもある。今や諸国民の間の相互連帯の関係は、一国民の危急存亡が必然的に他の諸国民のそれに直接に影響を及ぼす程度に拡大深化されている。従つて一国の自衛も個別的にすなわちその国のみの立場から考察すべきでない。一国が侵略に対して自国を守ることは、同時に他国を守ることになり、他国の防衛に協力することは自国を守る所以でもある。換言すれば、今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち「他衛」、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従つて自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められる
のである。
(筆者:現在では、世界のほとんどの国々が国際連合に加盟しており、国際的な平和について、一国主義ではなく、相互に他国の防衛問題を共通認識としてとりあげて対処を講じるようになっており、日本はこの趣旨に沿って協力しているのである。それは、別に、武力を用いた協力に参画しなければならないものではない。そこには、主権国家としての権利を日本が有している??のであれば、自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、その選択は日本国、日本国民に与えられている権利である。)
およそ国内的問題として、各人が急迫不正の侵害に対し自他の権利を防衛することは、いわゆる「権利のための戦い」であり正義の要請といい得られる。これは法秩序全体を守ることを意味する。このことは国際関係においても同様である。防衛の義務はとくに条約をまつて生ずるものではなく、また履行を強制し得る性質のものでもない。しかしこれは諸国民の間に存在する相互依存、連帯関係の基礎である自然的、世界的な道徳秩序すなわち国際協同体の理念から生ずるものである。このことは憲法前文の国際協調主義の精神からも認め得られる。そして政府がこの精神に副うような措置を講ずることも、政府がその責任を以てする政治的な裁量行為の
範囲に属するのである。
本件において問題となつている日米両国間の安全保障条約も、かような立場からしてのみ理解できる。本条約の趣旨は憲法九条の平和主義的精神と相容れないものということはできない。同条の精神は要するに侵略戦争の禁止に存する。それは外部からの侵略の事実によつて、わが国の意思とは無関係に当然戦争状態が生じた場合に、止むを得ず防衛の途に出ることおよびそれに備えるために必要有効な方途を講じておくことを禁止したものではない。
いわゆる正当原因による戦争、一国の死活にかかわる、その生命権をおびやかされる場合の正当防衛の性質を有する戦争の合法性は、古来一般的に承認されているところである。そして日米安全保障条約の締結の意図が、「力の空白状態」によつてわが国に対する侵略を誘発しないようにするための日本の防衛の必要および、世界全体の平和と不可分である極東の平和と安全の維持の必要に出たものである以上、この条約の結果としてアメリカ合衆国軍隊が国内に駐留しても、同条の規定に反するものとはいえない。従つてその「駐留」が同条二項の戦力の「保持」の概念にふくまれるかどうかは―我々はふくまれないと解する―むしろ本質に関係のない事柄
に属するのである。もし原判決の論理を是認するならば、アメリカ合衆国軍隊がわが国内に駐留しないで国外に待機している場合でも、戦力の「保持」となり、これを認めるような条約を同様に違憲であるといわざるを得なくなるであろう。
(筆者:正当な原因による戦争、一国の死活にかかわる・・・正当防衛の性質・・・というが、古来より、戦争を始めた原因は、いずれも、領土・領海、及びこれに伴う資源の領有権についての相互の主張の衝突、民族の自治あるいは独立、生命権を脅かすことが原因と称した理由からであり、一方から見れば自衛であっても、他方から見れば侵略に値すると判断されて起こされたと看做す事ができる戦闘がほとんどである。
裁判所は、「アメリカ軍の駐留」が同条二項の戦力の「保持」の概念にふくまれないと解するとしているが、筆者から見れば、充分含まれると解するものである。しかし、国民は、違反を承知しながら、単に容認しているに過ぎないのである。)
我々は、その解釈について争いが存する憲法九条二項をふくめて、同条全体を、一方前文に宣明されたところの、恒久平和と国際協調の理念からして、他方国際社会の現状ならびに将来の動向を洞察して解釈しなければならない。字句に拘泥しないところの、すなわち立法者が当初持つていた心理的意思でなく、その合理的意思にもとづくところの目的論的解釈方法は、あらゆる法の解釈に共通な原理として一般的に認められているところである。そしてこのことはとくに憲法の解釈に関して強調されなければならない。
憲法九条の平和主義の精神は、憲法前文の理念と相まつて不動である。それは侵略戦争と国際紛争解決のための武力行使を永久に放棄する。しかしこれによつてわが国が平和と安全のための国際協同体に対する義務を当然免除されたものと誤解してはならない。我々として、憲法前文に反省的に述べられているところの、自国本位の立場を去つて普遍的な政治道徳に従う立場をとらないかぎり、すなわち国際的次元に立脚して考えないかぎり、憲法九条を矛盾なく正しく解釈することはできないのである。
かような観点に立てば、国家の保有する自衛に必要な力は、その形式的な法的ステータスは格別として、実質的には、自国の防衛とともに、諸国家を包容する国際協同体内の平和と安全の維持の手段たる性格を獲得するにいたる。現在の過渡期において、なお侵略の脅威が全然解消したと認めず、国際協同体内の平和と安全の維持について協同体自体の力のみに依存できないと認める見解があるにしても、これを全然否定することはできない。そうとすれば従来の「力の均衡」を全面的に清算することは現状の下ではできない。しかし将来においてもし平和の確実性が増大するならば、それに従つて、力の均衡の必要は漸減し、軍備縮少が漸進的に実現され
て行くであろう。しかるときに現在の過渡期において平和を愛好する各国が自衛のために保有しまた利用する力は、国際的性格のものに徐々に変質してくるのである。
かような性格をもつている力は、憲法九条二項の禁止しているところの戦力とその性質を同じうするものではない。
(筆者:裁判官が、過渡期、うんぬん、を理由に容認することがやむをえないような表現を行っているが、もし、過渡期の状態であって、最初に「定理」した内容が適切でなかったと判断されるならば、国民的な議論と合意のもと、国民の判断を政治に反映させるために、すなわち憲法を改正すれば適切に処理され、誰からも疑義を持たれることは生じないであろう。社会の正義は、司法の正義であって、法的な筋道に沿って事を運ばなければならないのです。)
要するに我々は、憲法の平和主義を、単なる一国家だけの観点からでなく、それを超える立場すなわち世界法的次元に立つて、民主的な平和愛好諸国の法的確信に合致するように解釈しなければならない。自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん、これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる「自国のことのみに専念」する国家的利己主義であつて、真の平和主義に忠実なものとはいえない。
我々は「国際平和を誠実に希求」するが、その平和は「正義と秩序を基調」とするものでなければならぬこと憲法九条が冒頭に宣明するごとくである。平和は正義と秩序の実現すなわち「法の支配」と不可分である。真の自衛のための努力は正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として各国民に課せられているのである。
以上の理由からして、私は本判決理由が、アメリカ合衆国軍隊の駐留を憲法九条二項前段に違反し許すべからざるものと判断した原判決を、同条項および憲法前文の解釈を誤つたものと認めたことは正当であると考える。
(筆者:田中裁判官が法の支配・・・と発言しているが、2003年〜2008年にイラクに派遣した航空自衛隊のイラクでの活動任務ほか、政府は、法に違反して行動を命令しており、この違反の事案に対し、日本の法令に従い適切に処理が為されないで2015年に至っている。そこには「法の支配」は及んでいないのである。平和は正義と秩序の実現すなわち「法の支配」と不可分であるとするなら、平和の実現が損ねられている事に相当するこのような状態で、名目上は自衛力とする軍隊の戦力を保有する日本国と日本政府を、国民は「公正と信義に信頼して」果たして、ウソに染まった政府の言質を鵜呑みにしてこの防衛政策を継続させている合理性が見出せるのであろうか、甚だ疑問である。この疑問と判断は、駐留米軍にも該当する。)
(筆者:尚、馬鹿馬鹿しいので、以下には筆者の考えは省略する。)
裁判官島保の補足意見は次のとおりである。
日本国憲法九条はわが国の自衛権そのものを否定するものではないこと、同条二項にいう戦力とは、わが国の指揮管理下にある戦力を意味し、かかる状況にない外国軍隊の戦力をいうものでないと解すべきことについては、多数意見に同調するものである。
憲法九条二項を以上の趣旨に解する以上、わが国がその指揮管理下に戦力を保有すること以外のいかなる手段方法によつてわが国の存立をまつとうすべきかということ(従つて、わが国の指揮管理下に立たない外国の軍隊に依存してその自衛をまつとうすべきかということ)については、わが憲法は、直接これを規定することなく、政治部門の裁量決定に委ねる趣旨と解さざるを得ない。もとより、わが憲法の基本精神が平和主義・国際協調主義にある以上、政治部門がこのことを決定するに当つては、できるかぎりこの精神に忠実でなければならないことは当然であり、この意味において、平和主義・国際協調主義の精神が政治部門の政策決定の基本方針ないし裁量決定の基準となるものと解さねばならない。
従つて、この点に関する政治部門の裁量権には一定の限界があり、明白に平和主義・国際協調主義の精神を裏切るような決定は許されないものと解すべきであるが、その反面において、いやしくも、政治部門の政策決定が裁量権の限界を超えるものでないと認められる以上、本来政治に関与すべきでない裁判所が、右政策決定の当否に立ち入つてこれを問議すべきでないことは当然である。
そこで、本件の問題は、わが国の政治部門が安全保障条約(以下安保条約という。)を締結してアメリカ合衆国軍隊をわが国に駐留させることによりわが国の存立をまつとうしようと決定したことが、平和主義・国際協調主義の精神に明白に反し、裁量権の限界を超えるものと認められるかどうかということにある。この観点から考えてみるに、この条約は、軍国主義がまだ世界から駆逐されていないのにわが国が武装を解除され、固有の自衛権を行使する有効な手段をもたなくなつたので、その防衛のため暫定措置を講ずる必要があるとの見地に立つて締結されたものであり、同条約は、国際連合軍による日本区域における安全保障措置が効力を生じたと認められた時にその効力を失うものであることは、その明文上明らかである。
これによつてみれば、わが国の政治部門は、国際社会になお侵略戦争の危険があるとの認識を基礎として、世界の平和と安全を維持するための機構である国際連合がなお理想的機能を発揮し得ない国際情勢にかんがみ、わが憲法の平和主義・国際協調主義の精神にできるかぎり添いつつわが国の存立をまつとうする手段として、さし当り、安保条約を締結して合衆国軍隊を駐留させることが最も適切な方法であるとの決定に到達したものであることは明らかである。されば、右決定の基礎となつた世界情勢の判断をもつて、明白に誤りであると断定し得ない以上、この判断を基礎としてなされた政治部門の決定が明白に平和主義・国際協調主義の精神に反し裁量権の限界を超えるものと断定し得ないことも当然である。
もとより、世界情勢の認識については、右と異なる判断もあり得ないわけではなく、右と異なる政治的判断を基礎として、わが国にいずれの外国の軍隊をも駐留させないことがかえつてわが国の平和と安全を維持する所以であると説くことは、一の政策論として、必ずしも不可能ではないであろう。しかし、われわれは、世界情勢についての互に相異なる二つの判断のうちいずれか一方が明白に誤りであると断定すべき根拠を発見し得ないし、現下の世界情勢の下で、何人も、わが国にいずれの外国の軍隊をも駐留させないことによつてわが国の平和と安全を保持し得ることを疑を容れないまでに明確に論証することは不可能であろう。問題は、現下の世界情勢の下で、できるかぎり平和主義・国際協調主義の精神に添いつつわが国の平和と安全とをまつとうする方法として、
いずれの外国の軍隊をもわが国に駐留させない方式と、安保条約を締結して合衆国軍隊を駐留させる方式と、いずれの方式がいつそう有効適切であるかということにあり、われわれは、後の方式が前の方式に比して明確に不適切なものであると断定すべき手掛を発見し得ない以上、わが国の政治部門が後の方式を決定したことをもつて、裁量権の限界を超えるものと断定することは許されないものといわねばならない。しかも、この点の決定は、わが国の運命に関する重大な政治的決断を含むものであり、内閣が成規の手続により条約としてこれを締結し、国会の承認を得、さらに数次の選挙を通じて大多数の国民の支持を得ているところである。してみれば、政治部門の右決定は、憲法によつて委された裁量権の範囲内における最終決定として尊重さるべきことは当然であり、
本来政治に関与すべきでない裁判所がかかる政策決定の当否に立ち入つてこれを審査することは、わが憲法の期待しないところと解さざるを得ない。以上の理由により、わが政治部門が安保条約を締結して合衆国軍隊を駐留させたことが違憲といい得ない以上、これが違憲であることを前提として本件刑事特別法二条の規定が無効であると判断した原判決は失当であり、破棄を免れない。
裁判官藤田八郎、同入江俊郎の補足意見は次のとおりである。
われわれは多数意見に同調するものであるけれども、左に補足意見として多数意見に同調する所以を明らかにする。
一、日本国憲法は、立法、行政、司法の三権の分立を確立し、司法権はすべて裁判所の行うところとした(七六条一項)。
また、裁判所法は、裁判所は一切の法律上の争訟を裁判するものと規定し(三条一項)、民事、刑事のみならず行政事件についても、事項を限定せず概括的に司法裁判所の管轄に属するものとせられ、さらに、憲法は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを審査決定する権限を裁判所に与えた(八一条)。これらの結果、国の立法、行政の行為は、それが法律上の争訟となるかぎり、違憲審査を含めて、すべて裁判所の裁判権に服することとなつたのである。これがいわゆる司法権の優位として、司法権に、立法、行政に優越する権力をみとめるものとせられ、日本国憲法の一特徴とされるところである。
しかしながら、司法権の優位にも限度がある。憲法の三権分立の構想において、その根幹を為すものは三権の確たる分立と共に、三権相互のチエツク(check)とバランス(balance)であつて、司法権優位といつても、憲法は決して司法権の万能をみとめたものでないことに深く留意しなければならない。たとえば、直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為は、たとえ、法律上の争訟となる場合においても、従つてこれに対する有効無効の法律判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものといわなければならない。
この司法権に対する制約は、結局三権分立の原理に由来し、当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての性格、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ、特定の明文による規定はないけれども、司法権の憲法上の本質に内在する制約と理解すべきである。
そして、このことは、その沿革、理論上の根拠、これが対象となる行為の範囲等については、区々たるを免れないけれども、ひろく欧米諸国において、すなわち、フンスにおいてはアクト・ド・グーベルヌマン(actedegouvernement)、イギリスにおいてはアクト・オブ・ステート(actofstate)又はマター・オブ・ステート(matterofstate)、アメリカ合衆国においてはポリチカル・クエスチヨン(politicalquestion)として古くから判例上みとめられ、戦後西独においてはボン憲法一九条に関連し、レギールングスアクト(Regierungsakt)又はホーハイツアクト(Hoheitsakt)として学説上是認せられるところである。
わが国においても、日本国憲法施行後、多くの公法学者によつて統治行為なる観念の下にみとめられるに至つたことは周知のとおりである。
二、本件において原判決は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法」二条は違憲無効の法律であるとして、これが適用を求める検察官の請求を斥けて被告人等に無罪の言渡をしたのであるが、原判決が刑事特別法二条を無効とする理由を原判文について検討すれば、同法同条は、わが国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の施設又は区域内の平穏に関する法益を保護するために設けられた規定であるが、わが国が「合衆国軍隊の駐留を許容していることは、憲法九条二項前段によつて禁止されている陸海空軍その他の戦力の保持に該当するもの」であつて「わが国に駐留する合衆国軍隊は憲法上その存在を許すべからざるもの」であるから、その施設又は区域内の平穏に関する法益保護のため特に設けられた刑事特別法二条は究極するところ憲法三一条に違反することとなり無効であるというに帰する。
すなわち、原判決はわが国に合衆国軍隊の駐留を許容する行為が憲法違反であることを前提として、刑事特別法二条を無効としているものであることはあきらかである。そして、わが国が合衆国軍隊の駐留を許容する行為として、その基幹を為すものは、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」であつて、合衆国軍隊の駐留は右条約の履行として為されているのであるから、当審において原判決の当否を審査するにあたつては、まず右安全保障条約自体が憲法
に違反するかどうかの点を審査しなければならないものであることは、多数意見の説示するとおりである。
三、日米安全保障条約は、日本国と連合国との間に昭和二六年九月八日調印された「日本国との平和条約」(昭和二七年条約第五号)と同日に署名され、平和条約第六条(a)但書の規定に基いて、平和条約発効後におけるわが国の安全のための措置として、アメリカ合衆国との間に締結されたものであつて、平和条約と不可分の関係に立つものである。そして、この保障条項は、いわゆる対日講和七原則の第四「安全保障」に由来するものであり、武装解除後防衛力をもたぬわが国の真空状態を、いかにしてその安全を保障するかに関して、かねて、アメリカ合衆国政府が来るべき平和条約の一要綱として各連合国と折衝したところにもとづくものであつて、
実質的には平和条約の一内容を為すものといつても必ずしも過言ではないのである。
平和条約は日本国と連合国との間の戦争状態を終了せしめ、日本国の完全な主権を回復し、日本国をして今後独立国として世界各国の間に伍して国際社会において名誉ある地位を占めることを得しめる、わが国にとつて、国の興廃にも関するきわめて重要な条約であることはいうまでもないところであつて、かくの如き条約こそ、国家統治の根本に触れた最も高度の政治性を具有する条約であるといわなければならない。そして、わが国は敗戦国であり、当時なお、被占領の状態にあり、独立の国家間の条約のごとく、自由対等の立場において、平和条約を締結し得る場合でなかつたこともこの条約の性格を検討するにあたつてはとくに考慮すべき事柄である。
変転きわまりなき複雑な国際情勢下において、かかる条約の折衝にあたることは多分に高度の政治的考慮を要するものであることはもとより、いうまでもないところであろう。以上の意味において、平和条約ならびにこれと一体不可分の関係にある日米安全保障条約は、その政治性はきわめて高度であるといわなければならない。
四、われわれは日本国憲法の下においても、司法権の本質に由来する司法権の限界としていわゆる統治行為の観念を是認すべきものと考えるのであるが、統治行為の観念については、これをみとめるべき範囲に関し、諸種の問題はあるとしても、いやしくも統治行為なる観念をみとめる以上、本件日米安全保障条約のごときものこそこれに該当するものと考えざるを得ないのである。もとより政府がかかる条約を締結し、国会がかかる条約を承認するにあたつては、その自らの責任においてこれが合憲性を審査判断すべき国法上の義務あることは勿論であるが、裁判所としては、かくのごとき国家行為については、原則として、これら政治部門の判断を容認すべきであつて、換言すれば、
かかる条約の違憲性のごときは裁判所の審査権の埒外にありと結論せざるを得ないのである。そして、このことは本件におけるがごとく、安全保障条約の有効無効が、直接訴訟の対象として判断をもとめられているのでなく、本件適用法条たる刑事特別法二条の有効無効を判断するにつきその前提問題として取り上げられている場合であつてもその理は同じであつて、ひとしく裁判所の審査の外にあり、その結果、裁判所としては右条約は合憲有効であるとの前提に立つて審理をすすめるほかはないのである。(われわれは安全保障条約は条約なるが故に裁判所の審査権の外にあるというのではない。条約は憲法と並んで、若しくはこれに優位する国の最高法規であるから違憲審査の対象にならないとか、
或は条約はすべて国際的性質を有するものであるから、一国の裁判所の審査権に服さないとかいう説はわれわれの左袒しないところである。条約も、その国内法的効力は原則として裁判所の審査に服するものと考えるのであるが、本件安全保障条約のごとき、前述のごとく最も政治性の高いもの、いわゆる統治行為に属する条約は、統治行為なるの故をもつて、その国内法的効力もまた裁判所の審査権の外にあると考えるものである。)
なお、最後に考えるべき問題がある。統治行為は右に述べたごとく裁判所の審査権の外にあるとしても、問題となる行為がいわゆる統治行為の範疇に属するかどう
かは、もとより裁判所の判断によつて決すべきであるのみならず、当該行為が統治行為の範疇に属するものとせられた場合においても、若しその行為が実は実体上不存在であるとか、またはその行為があきらかに憲法の条章に違反するがごとき、一
見明白にその違憲性が顕著なる場合には、(かくのごときことは実際問題としては、ほとんど考えられないことであろうけれども)例外として、裁判所によつて、その不存在、若しくは違憲を宣明することができるということである。かくのごとき場合にも、尚かつ裁判所の審査を除外すべき何等の合理的理由はないからである。多数意見が本件安全保障条約については原則として裁判所に審査権なしとしながら、以上の限度において、同条約について、右のごとき意味における違憲の点のない旨を判示したのはこの考え方によるものであると理解する。
五、しかるに、原判決は如上説示のごとき裁判所の審査権の範囲を超えて、本件安全保障条約について、その条項に立入つて違憲性を審査し、ひいて同条約にもとづく合衆国軍隊の駐留を違憲なりと断定し、その前提に立つて刑事特別法二条の無効を判示したのは、いわゆる統治行為に対する裁判所の審査権の限界に関する解釈をあやまつたことによるものであつて、原判決はこの点において破棄を免れないものである。
(行政協定の承認について。
「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」が性質上条約であつて憲法七三条三号但書により国会の承認を必要とするものであることは論を待たないところである。そして、これが承認は、事前にせよ事後にせよ、国会において、協定の内容について十分に検討した上でなさるべきことは、まさに憲法の要請するところであると信ずる。―アメリカ合衆国上院が本件安全保障条約を承認するにあたつて、特に右行政協定の内容を検討した上で条約の承認をしたことは、もつて範とすべきであろう。―しかしながら、この行政協定の承認に関しては、政府は行政協定の根拠規定たる安全保障条約が国会の承認を経ている以上、これと
別に行政協定につき国会の承認を経る必要はないといい、国会においては参議院においても、衆議院においても、行政協定は特に国会の承認を経べきものであるとする決議案を否決したことは多数意見の説明するとおりであり、殊に本件において問題とされているのはアメリカ合衆国軍隊駐留の施設、区域に関するものであるが、この事項に関するかぎり行政協定は安全保障条約三条に対する国会の承認によつて包括的に承認されているとの解釈もあながち不当とはいえないのであつて、裁判所としては国会の承認というがごとき国会の行為に関しては、政府および国会の右見解を容認することが結局、三権分立の趣意に沿う所以であると思料する。)
以上の理由によりわれわれは多数意見に同調するものである。
砂川事件の最高裁の裁判長は、係争中の上告審での公判及び評議前に事件の当事者側のアメリカと事前に連絡をとって裁定の捉え方や見通しなどを漏らしていた。
係争中の事件に関わった当時の最高裁判所田中長官が、上告審での評議・裁定の前であるにも拘らず、控訴側の検察と同じ立場であり、事件の米軍基地を管理する当事者側の当時の駐日米国大使であるマッカーサー氏と非公式に会談を行っていた事実が、米国公文書館の資料で明らかになった。
最高裁のスピード審議について、最高裁は多くの案件を抱えているが、本件を最優先にすること、公判回数を少なくしても、判決の見通しは恐らく12月になるであろうことを伝え、あるときは、裁判として法的な問題で解決したいつもりのこと、担当している各裁判官のこの事件の問題とすべき焦点の捉え方や、田中氏の取り組み方と全員一致の裁定の下し方などを伝えていたこと、そしてこれを聞き出した駐日大使がその内容を連絡電信文で日本時間1959年11月6日に本国に送っている秘密とする公文章を、ジャーナリストの末浪靖司氏が米国公文書館で秘密が解かれて公開された公文書の中に発見して、彼の著書に記載している。(「対米従属の正体」末浪靖司著 高文研 参照)
■ 普天間飛行場の撤去。辺野古沖の米軍飛行場新設反対! 日本国民の人権を蹂躙する米軍は日本国民の敵である!米軍にみかじめ料を支払うな!米軍は日本から出て行け!
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世界一危険な米軍の飛行場が普天間飛行場である。現在普天間飛行場は米軍の海兵隊の基地としての役割であり、その沖縄の米軍の海兵隊は1年の半分は国外で活動している。又、海兵隊は日本を守るために駐留しているのではない。
日本政府が言う抑止力というのは、国外から見ては何等抑止力ではなく、政府が言う抑止力は、基地を必要とする言い訳として、日本国民からの糾弾を抑止し、国民の追及にたいし、丸め込むための戦術でしかないのです。
日米の冷戦期は、万が一にソ連の潜水艦や大陸弾道弾がアメリカに攻撃を行った場合には、アメリカ本土の防衛目的で、日本は西太平洋の前線基地としてソ連との戦いの戦場となる位置づけであった。しかし、ソ連の社会主義体制が崩壊した今、その基地の本来の意義は失われている。
現在、米軍の日本の基地の意味は変容している。日本政府は、わざわざ、北朝鮮や中国、更に韓国との緊張状態を高めるように目論み、日本の軍事装備を強化、そのために税金の無駄遣いで高額な米国の武器装備を購入して、益々財政悪化に取り組んでいるのです。
このように隣国の脅威を日々メディアを通じて国民に煽り、危険な緊張状態があると洗脳し、これを継続させることによってその防衛関係の利権が得られる特別な関係者達の思惑で、日米間の政治が動かされているのです。そして、日本国民は、ちょうど日本が第二次世界大戦に突入して行ったときのように、政府の説明を何の疑いもなく信用して、政府の勝手な行動を放置しておいて、その政府の行為によってわが身に火の粉が降りかかってきて始めて理解するようになるが、その時は手遅れになる事態、これこそ日本の存立の危機なのですが、その危うい方向に進み出しているのが止まらないのです。
米軍の海兵隊は、フィリピンやグアムでの駐留で何等問題ないが、フィリピンは国民が米軍の常時駐留を拒否したこと、グアムは駐留経費を米国が負担しないといけないこと、アジアで中国を除いて一番裕福なのが日本であるから、その駐留にかかわるあらゆる莫大な経費を負担してくれる日本を必要としているのです。日本は米軍に莫大なみかじめ料を払っているのです。 最も、この方針は今に始まったことではなく、戦後直後(朝鮮戦争の軍需特需の日本の頃)のアメリカが将来の日本の復興に対して執っていた基本政策であり、日本に米軍の軍事に関わる費用を負担をさせる方針が示されていたのです。この事実は、沖縄返還に関わる密約関連の実態であきらかであろう。
日本が言うシーレーンの防衛とは、国民騙しの石油輸送ルートに引っ掛けて用いているだけで、実はアメリカが中東のサウジアラビア、イスラエルなどを防衛するため、イランと対峙するため、パキスタンやインドとの関係のため、フィリピン、台湾防衛のため、それらを結ぶ線であり、アメリカ軍の活動を日本の自衛隊が支援するために活動する目的を日本国民用として言い換えたものである。
辺野古に新たな飛行場を面積を拡大して新設しようとしているが、その辺野古の新設飛行場に併設して新たな港湾施設が予定されており、新たに造船された日本のヘリコプター搭載用の巡洋艦が接岸可能となる充分な規模の構造形態のようである。将来、間違いなく、アメリカのために戦闘への参加に向かう姿が筆者の脳裏に浮かび上がってきます。 25年後に詳細が明らかになるでしょう。あるいは、特定秘密を暴露するなどすれば、・・・(予想です)
日本国民は訴える、日本の民主主義の人権を蹂躙する米軍は、日本国民の敵である! 米軍は沖縄から出て行け! 米軍は日本から出て行け!!
■ 戦後、昭和天皇と米軍が結んだ密約関係の資料を公開する場合は、特定秘密の罰則規定を除外する法律を作成せよ!
目次の先頭へ
かつての元首である昭和天皇と太平洋戦争直後の当時の米軍とが、天皇本人のやんごとなき個人的理由により秘密とした合意、これに基づいて二国間で結んでいる数々の取り決めにより、戦後以来、日本国民及び法律、日本の制度は、米国の駐留米軍に関わる実際的な占領もどきの政策や特権的に優遇された待遇・自由活動を保障する取極めなどが結ばれ、更にその内容は拡大されていることが原因して、アメリカによる日本の絶対的な支配が強まり、日本国民の基本的人権侵害は一向に改善されないほか、米国による様々な要求に翻弄され続けている。
これらについて、国会は国民のために政府に改善させる努力をやらない。国民目線ではなく、アメリカに従順に日本国民を間接的に支配する官僚の立場と同じ立場にたって政策を承認するのが、一部の例外者を除くが日本の国会議員達である。
よって、国民は自衛の権利として、事実関係を暴露してこの米国に隷属的に占領されている現状を改めさせることを要求する。これを実現させることが可能となる法律的根拠を与えるものである。マス・メディアや国民がそれらの秘密扱いの資料を国民に公表する場合は、日本の未来を左右する全国民的な事案であるから、彼らに対する法的な身辺擁護及び権利の保障が必要になるのです。
これによって、日本が抱える暗部が明らかになるものと筆者は確信する。また、これによって、国民の基本的人権が回復され、国民の意思によって、国民のための本当の民主主義的社会が実現していくことになると信じるものである。
日本国民の人権を守るため、日本の真の独立を勝ち取り、アメリカの奴隷からの開放を目指すため、日米安保条約解約。
日本は、日本国民が無視され続けている不平等の日米安保条約を解約しなければならない。 日本国民が戦わねば、日本の夜明けは訪れない。
昭和天皇が敗戦時に行った米国との自らの護身と引き換える貢献の裏取引で約束した結果、これに起因して、2015年遂に、日本国民が今度はアメリカの戦争にアメリカが支配的に要請する戦争への参加の貢献に突入して行こうと、犯罪者で構成される安倍政権(イラクへの航空自衛隊派遣当時の刑事罰相当の犯罪の指示)が、憲法違反となる諸々の安全保障整備法案を成立させる暴挙に出た。
こうなっては、国民は、平和憲法の戦争放棄の趣旨を更に強固にする目的で、憲法を改正して、日本国内への外国軍の基地・施設の設置の禁止、核兵器・核爆発装置類をもたらすことの禁止(核兵器の製造・貯蔵・持込の禁止などを定めた内容)、軍隊の保持禁止、領海警備のための部隊の設立、憲法裁判所の設立、国会の一院制及び国民参加の議決方式への改定、性同一性障害に関わる人権の保障及び同性婚の権利保障、天皇制廃止、憲法・法秩序及び平和主義を護ることを全うする国民の権利の保障(政府・国会が独裁的に戦争への道を歩む事態に至らしめるような場合に備えて対処できる国民の行動の保障の内容)などの内容に改める。又、これに伴い選挙制度の改革(投票方式の新制度含む)、議員・政党への企業献金禁止、国会法改正(国会は通年国会とする)を行う。
→ (日本国憲法改正案の比較)参照。
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