■ 2009年の夏頃から裁判員制度が開始される
2009年の夏頃から裁判員制度が開始される予定になっています。
裁判員制度では、選ばれた国民が裁判員となって、刑事事件について裁判官とともに法廷に立ち会って審理を行い、有罪、無罪の評決及び刑罰を決定することになっています。
裁判員制度では、3人の裁判官と6人の一般国民の裁判員で構成される合計9人で公判に臨むことになっていますが、この裁判員制度の意義について、裁判所のウエブ等で説明されている内容が意味あるものかどうか疑問視されます。
国民の目線で、国民のための司法を目指すので有れば、裁判員制度よりも刑法を見直した方が良いと感じられます。
しかし、ここでは、刑法がいわゆる法律用語でわかりにくくしていることや国民の目線にもとづく内容の議論は扱わないで、現在の裁判員制度に関して筆者の一種の懸念を述べた内容です。
法務省が掲げる裁判員制度の導入については、次のように書いてあります。
◆裁判員制度導入の理由
「国民のみなさんが裁判に参加することによって、国民のみなさんの視点、感覚が、裁判の内容に反映されることになります。
その結果、裁判が身近になり、国民のみなさんの司法に対する理解と信頼が深まることが期待されています。
そして、国民のみなさんが、自分を取り巻く社会について考えることにつながり、より良い社会への第一歩となることが期待されています。
国民が裁判に参加する制度は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど世界の国々で広く行われています。」
裁判所のWEBサイトには次の内容が載せられています。 以下の2つの(問い)及び(回答)は裁判所のWEB(ウエブ)から引用したものです。 それに筆者のコメントを入れました。
個人的には、外国で実施していることが良いとして単純に同じような制度を作り出す官僚が、制度を作り、なんらかの理由をそれに合わせてつけているように思えてなりません。 なぜなら、真剣にその内容を考えてみると、意味するところがおかしいからです。
「(問い): ●どうして裁判員制度を導入したのですか。
(回答): これまでの裁判は、検察官や弁護士、裁判官という法律の専門家が中心となって行われてきました。丁寧で慎重な検討がされ、またその結果詳しい判決が書かれることによって高い評価を受けてきたと思っています。
しかし、その反面、専門的な正確さを重視する余り審理や判決が国民にとって理解しにくいものであったり、一部の事件とはいえ、審理に長期間を要する事件があったりして、そのため、刑事裁判は近寄りがたいという印象を与えてきた面もあったと考えられます。また、現在、多くの国では刑事裁判に直接国民が関わる制度が設けられており、国民の司法への理解を深める上で大きな役割を果たしています。
そこで、この度の司法制度改革の中で、国民の司法参加の制度の導入が検討され,裁判官と国民から選ばれた裁判員が、それぞれの知識経験を生かしつつ一緒に判断すること(これを「裁判員と裁判官の協働」と呼んでいます。)により、より国民の理解しやすい裁判を実現することができるとの考えのもとに裁判員制度が提案されたのです。」
(筆者見解): 正確さを重視するのは当然のことです。 法律が難解と受け止められるのは、専門用語に慣れていないからです。 審理にかかる時間については、証拠内容や被告側から見た原告側が主張する内容、疑問点に対して被告側の調査・立証等の時間が必要となることや裁判員が審理し、疑問点を抱く点に関して法廷で質問するなどの条件が同じであれば、1日に長時間に及ぶ裁判を実施して全体の審理期間を短縮するか、あるいは次回開廷するスケジュールの間隔が開きすぎないように調整して期間を如何に短縮できるかどうかで決まるので、裁判のやり方に影響される項目であると思います。 現在裁判が長期間化するのは、公判間隔や上告を行う間隔があき過ぎるからではないでしょうか。 裁判員制度になっても、裁判員が疑問を抱いたり、徹底的に審理が必要であるとされたり、また、開廷の時間調整がつかない場合には、審理が十分長期間に及ぶことになるのは想像に難くないのです。
「(問い): ●裁判員制度のQ&A:意見が一致しなかったら評決はどうなるのですか。
(回答): 評議を尽くしても、全員の意見が一致しなかったときは,多数決により評決します。この場合、被告人が有罪か無罪か,有罪の場合にどのような刑にするかについての裁判員の意見は、裁判官と同じ重みを持つことになります。ただし、裁判員だけによる意見では,被告人に不利な判断(被告人が有罪か無罪かの評決の場面では,有罪の判断)をすることはできず、裁判官1人以上が多数意見に賛成していることが必要です。
例えば,被告人が犯人かどうかについて、裁判員5人が「犯人である」という意見を述べたのに対し、裁判員1人と裁判官3人が「犯人ではない」という意見を述べた場合には、「犯人である」というのが多数意見ですが、この意見には裁判官が1人も賛成していませんので、裁判官1人以上が多数意見に賛成していることが必要という要件を満たしていないことになります。したがって、この場合は、被告人が「犯人である」とすることはできず、無罪ということになります。」
(筆者見解): これでは、裁判員の評決の一票の重みが裁判官と同じですという謳い文句と異なることになります。
裁判官と裁判員の人数構成割合が異なっても、あくまでも、同じ一票の重みを有した多数決の原理による評決方式に徹するか、あるいは、裁判官と裁判員の人数構成をそれぞれ同じにして、一票の重みが同じ多数決の原理による評決方式に改定するべきです。
裁判員に選ばれた国民も司法のことを学び、貴重な時間を割いて審判に参加し、審理の評決に関しては納得できるまで議論を詰めます。 裁判は、検察官が犯罪行為であるとし、その被告とされた人間を裁くために開き、今回の制度ではそれを裁判員としての立場の国民が一緒に審理するのですから、単純に裁判官が一人も賛成していないから裁判員のみの審理の結果は採用できないなどという一票の重みが半分未満になる設定が最初からあること自体不可解です。 裁判員は素人で司法のことがわからないから、裁判官の一人以上が評決時に賛成していないと認められないとするなら、最初から素人の国民を評決に加える制度など不要です。 つまり、この裁判員制度は最初から制度内容に問題があるのです。
これを解消するには、裁判官と裁判員の人数を同じ構成にする必要があるのです。 あるいは、あくまでも、多数決の原理を貫くことを容認すべきです。
裁判官3人の意見が同じ場合、裁判員が裁判官と異なる意見を持った場合においては、最初から評決で無視される条件ですので、いくら議論しても意味がないのです。 時間の無駄なのです。 単に、裁判員は、裁判官の意見に従うために裁判所にきて、司法とはこういうものだと説教を受けているのと同じです。 国民が裁判員として評決をして、その評決の一票を正当に評価される時初めて裁判員制度が意味あることになるのです。
合議制だから仕方がないという仕組みを決定した人々は、もっと根本を考えるべきです。 この仕組みを採用した人々の責任問題です。 彼らが裁判員制度を採用した意図は果たして何にあるのでしょうか疑問を抱きます。
また、この裁判員制度が改善されたと仮定して、この改善された状況下で裁判が実施され結審し、この一審の結果を不服とした被告が上告する場合に対しても対応するため、高等裁判所においての審理も裁判員制度を採用しないと制度の意味がないのです。 つまり、一審において完全に多数決の原理を採用する場合、あるいは、裁判官と裁判員の人数が1:1の割合に改定されて審議を行い、評決で裁判員全員と裁判官1人が下した多数決が認められても、高等裁判所が今まで通りであれば、一審の評決結果はほとんどすべて無視されて覆されてしまうであろうことが確実視されるからです。
■ 裁判員制度の前に、終身刑の有期刑を新設するよう刑法改正が望まれる。
法務省の刑法には、次のように示されており、現在の法律では、有期禁固刑は20年以下、加重する場合でも30年までとなっています。
無期懲役と判決が下された殺人犯でも仮釈放により10年で刑務所から出られることは、殺された親族などからはとうてい考えられないことなのです。 また、禁固刑20年であっても同様に、7年程で仮釈放になるかもしれないなど納得できないことだと理解できます。
死刑の量刑が適当と思われても、ある任意の期間選ばれた一般の裁判員が殺人のケースを審理する裁判においては、自身が有罪、死刑判決と評決することを躊躇するであろうことは十分予想されます。 誰しも、自分が人を裁いて死刑と評決すると、将来その被告が絞首される必然性が発生し、いつか刑が執行されることになるので、それを避けたく思う心理が働くことを予期しておいた方がよいでしょう。 おそらく、死刑廃止論者なら無期懲役を選択するでしょう。 しかし、殺人者が無期懲役刑を受け、刑務所で7年程刑に服すると、刑務所から出てきて生涯を全うすることができる場合があるのに、一方殺された者は無念にもそれが叶わないのです。
裁判員制度で予想されるのは、死刑判決を避けた無期刑が上限となる可能性が高くなるのですが、殺人者が短期間に社会に復帰するのは、特別な場合を除外して、殺人という大罪に対して犯罪の処罰の重みが感じられなくなりえます。 ですから、有期刑の最高刑である20年あるいは30年の期間の上限を改め、終身刑の禁錮刑あるいは終身刑の懲役刑、あるいは少なくとも50年以上を新設されるように望みます。
筆者は死刑賛成派ですから殺人者には刑として死刑が適当と思うのです。 しかし、殺された人や親族への償いとして、殺人を犯した犯罪者が刑に服して、刑務所内で税金で生活していけるのを見直し、自分の生涯一生かけて懲役して金を稼ぎ、その金を親族などに補償させればよいのです。 そのためには、刑法を改正して終身刑を定め、殺人者が一生社会に出ることなく労務が強制され、その少ない対価でも償いに回させる仕組みをつくればよい。
また、無差別大量殺人者に対する殺人罪の刑は、絞首ではなく、あらゆる臓器を提供させる刑を新設し、それが可能となる刑の執行方法を定めればよいでしょう。 臓器の再生が可能になるまでの間は、臓器移植を目的として利用できるように今すぐ刑法改正が望まれます。
以下刑法条文より抜粋。{(明治40年4月24日法律第45号)、最終改正:平成19年5月23日法律第54号}
- 第二章 刑
- (刑の種類)
- 第九条 死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料を主刑とし、没収を付加刑とする。
- (刑の軽重)
- 第十条 主刑の軽重は、前条に規定する順序による。ただし、無期の禁錮と有期の懲役とでは禁錮を重い刑とし、有期の禁錮の長期が有期の懲役の長期の二倍を超えるときも、禁錮を重い刑とする。
- 2 同種の刑は、長期の長いもの又は多額の多いものを重い刑とし、長期又は多額が同じであるときは、短期の長いもの又は寡額の多いものを重い刑とする。
- 3 二個以上の死刑又は長期若しくは多額及び短期若しくは寡額が同じである同種の刑は、犯情によってその軽重を定める。
- (死刑)
- 第十一条 死刑は、刑事施設内において、絞首して執行する。
- 2 死刑の言渡しを受けた者は、その執行に至るまで刑事施設に拘置する。
- (懲役)
- 第十二条 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上二十年以下とする。
- 2 懲役は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる。
- (禁錮)
- 第十三条 禁錮は、無期及び有期とし、有期禁錮は、一月以上二十年以下とする。
- 2 禁錮は、刑事施設に拘置する。
- (有期の懲役及び禁錮の加減の限度)
- 第十四条 死刑又は無期の懲役若しくは禁錮を減軽して有期の懲役又は禁錮とする場合においては、その長期を三十年とする。
- 2 有期の懲役又は禁錮を加重する場合においては三十年にまで上げることができ、これを減軽する場合においては一月未満に下げることができる。
- 第五章 仮釈放
- (仮釈放)
- 第二十八条 懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる。
- 第二十六章 殺人の罪
- (殺人)
- 第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
- 第三十六章 窃盗及び強盗の罪
- (強盗致死傷)
- 第二百四十条 強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。
- (強盗強姦及び同致死)
- 第二百四十一条 強盗が女子を強姦したときは、無期又は七年以上の懲役に処する。よって女子を死亡させたときは、死刑又は無期懲役に処する。
■ 課 題
- 裁判官、裁判員の合議制による多数決の原理で評決が下されたとき、それに反対した裁判員も同様に刑の評決に対する責任を負わなければならないのかどうかの問題。 9人のうち1人だけが無罪を主張するような場合が生じるかもしれない。 この場合、容疑者と見なされている人物を、状況証拠の調書だけで本人は罪状認否において罪を犯していないと否認している事件などについて、評決で、もし有罪と多数決で決められるなどしたら、裁判員としてその責任を拒否したい所です。 はたして、拒否できるのでしょうか疑問です。
恐らくではなくて、確実に拒否できない制度設計になっているであろうと容易に想像できますので、この場合、無罪の意見を表明した裁判員においても、多数決で決まった被告の有罪や量刑の結果に対して連帯責任が発生することになります。
このような考えを持つ裁判員の人格・信念を護るためには、評決において、少なくとも裁判員のうち、自分は反対したという証拠となる公式な記録を残すことを求めます。
- 裁判員の身分の安全の保障は守られるのでしょうか。 殺人犯などが有期刑を評決された場合、お礼参りされると困るので、刑期を終えた後も裁判員に犯罪者の情報が知らされるのかどうかの問題。
裁判員を努めた後、その人や家族が転職、転居で移動し、自分が担当した受刑者が刑期を終えるとか仮釈放されるとかして、日々互いに遭遇する環境に陥る可能性があり、かってのその犯罪者に裁判員のことを良く記憶されているかもしれません。
人には、あまり他人の記憶に残らない風貌の人がいますが、なかには、いつも良く記憶に残ってしまう人がいます。 裁判官よりも裁判員の方が犯罪者の記憶に残ってしまう人がいると容易に想像できます。 かっての犯罪者からの被害を防止するためにも、その受刑者の出所や住所の情報が前もって担当した裁判員に提供される必要があります。
- 公務員の裁判官は通勤中における事故の場合には労災が適用されますが、裁判員に選ばれて通勤とは異なるルートを取った場合の往復の事故での補償。
裁判員に選ばれた人の中には、会社勤務ではなく、傷害・入院・後遺症等を保障する保険に一切未加入な者がいます。 その裁判員が、裁判所への通勤途中の事故により後遺症がでる場合など、国の保険制度による補償が確約される契約締約の履行が必要です。
- 過去に、犯罪の加害者の家族の立場になった者が裁判員に選ばれたり、あるいは、犯罪の被害者の家族の立場になった者が多数裁判員に選ばれた場合には、そのような立場にならなかった裁判員のみで構成される裁判と条件が異なり、日本全国の視点で、有罪・無罪の評決や量刑判断に関して一律同じにはならない恐れが予測される問題。
- 6人の裁判員が有罪と判断しても、裁判官3人が無罪判決を下す場合は、被告人は無罪となる。
また、強姦・強盗・殺人の犯罪者の裁判を例にとると、裁判員から見れば当然厳罰に処すべき事件であり、終身刑以上が適当であり、現刑法下では終身刑が存在しないので、死刑判決となるが、裁判員6人が死刑の量刑を下しても、恐らく、ほとんどの裁判官は、殺された者が1人である場合は死刑判決を下さないでしょう。 裁判官は、ほとんどの殺人犯を、通り一遍の形式的な判決で、有期刑の20年程度あるいは無期懲役とする判決で処理してしまう。 下記の 「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」に照らしてみると、裁判員制度が実施されても、恐らく裁判官のみの時に下されていた評決に誘導され、裁判員は裁判官の意見に最後まで徹底的に反対せずに、結局は以前と同じような評決で落ち着くことになるだろうと言うことです。
裁判員がすべて死刑と量刑を下しても、裁判官全員が有期刑の20年程度あるいは無期懲役と量刑を下せば、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」では、単純に多数決の原理が認められない。 恐らく、有期刑の20年程度あるいは無期懲役となり、結審して被告は刑に服し、そして、その殺人犯は7〜10年くらいで仮釈放されることになるだろう。
しかし、このことは、裁判員の評決の一票の重みが裁判官の半分未満の扱いになり不平等となる。 一般国民である選ばれた裁判員が、時間を割いて都合をつけるように義務化されているのに、裁判で審理する意味が全く認められない問題。 これでは、裁判員は裁判官の意見に合わせ、早く審議を終わらせるようになってしまうのです。
(参考) 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律より引用
(評決)
第六十七条 前条第一項の評議における裁判員の関与する判断は、裁判所法第七十七条の規定にかかわらず、構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見による。
2 刑の量定について意見が分かれ、その説が各々、構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見にならないときは、その合議体の判断は、構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見になるまで、被告人に最も不利な意見の数を順次利益な意見の数に加え、その中で最も利益な意見による。
- 死刑反対・撤廃を主張する人を裁判員に選び、対象となる犯罪を裁く事案の評決において、本人を除くすべての裁判官、裁判員が死刑判決を下すような場合のようなケースが生じる可能性が充分あり得ます。 この場合は、本人が反対しても犯罪者を死刑にすることは、その裁判員に選ばれた人の活動している社会的な自由思想信条を根底から崩し、その裁判員の人生に打撃を与え、また、一生の苦しみを与えることになるでしょう。 これは、犯罪者でない国民の思想・信条の権利を保障する憲法の精神に違反することになり、またその国民の尊厳を否定する重大問題です。
ですから、このような国民に対しては、憲法で保障された信条の自由により、本来守られるべきその人の生き方を否定するようなことを強制せずに、棄権できる権利が保障されなければなりません。
- 現在、精神病などで刑事責任能力が問えない犯罪者に対しては、起訴されない状況等あることからして、医者が責任能力を問えないと評価した場合には、医者の診断を受け入れ、殺人犯であっても無罪とするのが理にかなう。 これが通らないと論理体型がおかしい。 あたかも、裁判官が大統領権限で処罰を下すことが起きた判例がありましたが、このようなことを避ける意味でも、法廷での審理のありかたが問われる。 ですから、取り入れた制度は重んじられねばならない。
そうでなければ、医者が刑事責任能力を問えないと評価する精神的な問題を抱えている人物であっても、刑事責任能力が問える者と同様に起訴され、法廷で下された裁きと量刑に服するように法律を改正されなければ論理が通らない問題。
- 国が目論む裁判員制度の発起の意図を、国民が疑問視しないで済むようにすることが必要です。
裁判員制度を採用するなら、それを本当に意義あるものにするための必要十分条件は、高等裁判所においても1審と同じように裁判員制度を採用することにあります。 そうでないと、裁判員制度の真の意義が失われる問題。
- 犯罪被害者の尊厳、その遺族の憤り及び犯罪者の罪の償いのすべてからとらえて、更に現在の世界的な社会通年・法的処罰から見ても、日本に終身刑の有期刑を新設するように刑法改正が必要です。
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