紀伊




<来栖川”紀伊”綾香>級戦艦 
 
 

  要目(新造時) 
      全長  250メートル  
   機関出力  95000馬力 
      全幅  35メートル 
   最大速力  29ノット 
  基準排水両  51100トン 
       兵装 
   主砲  45口径40センチ連装砲三基六門 
         45口径40センチ三連装砲ニ基六門 
   副砲  50口径14センチ連装砲四基八門 
   高角砲 40口径12.7センチ連装砲12基24門 
   同級艦 〈紀伊〉  
   〈尾張〉 
   〈駿河〉 
   〈近江〉 









 
 八八艦隊の「紀伊」級戦艦といえば、排水量40,000tオーバーの船体に、45口径4
1サンチ砲連装5基10門を備え、30ノット近い速力を誇る、高速戦艦を連想するかと
思います。
 史実の「紀伊」級は、しかし軍縮条約の結果、建造中止され葬りさられました。
 しかし「隆山」世界においては、「紀伊」は史実よりも強力な火力と、より近代的な設
備、そして先進的な思想のもとに生を受けることになりました。
 最大の変更は主砲は連装5基10から、3連装2基・連装3基12門になったことです。
 1・5番砲塔が3連装に改められたのです。
 そして、副砲はケースメイト式から砲塔式に、そして門数を16門から8門に減らしてい
ました。対照的に対空砲は増強され、12.7p高角砲を連装12基24門も備えていまし
た。上構造物は近代的な塔型にされ、均整のとれた船体とあいまって実に優美な姿に
なっています。
彼女達4隻が海上に姿を現したなら、それは太平洋におけるもっとも有力な戦艦戦隊と
して洋上に君臨したことでしょう。
 しかし……。

巨大財閥の令嬢にして、格闘技のチャンピオン「来栖川綾香」嬢に例えられた「紀伊」の
活躍は「皇国水軍隆山鎮守府」様のページにおいて知ることができます。







 この<来栖川”紀伊”綾香>級戦艦は私が初めて制作した架空艦です。
皇国水軍隆山鎮守府」様のサイトにてみかけたその物語と、砲配置の特異
さからいつか立体化してみたいな、などと考えていました。
 そして実際にかたちにできて、その時の感慨は今でも心に残るものでした。
 「どうせ作るなら、他人が思いつかないようなものを」、その私の身上の原点
といえる作品です。とはいえ技術的には未熟で(今も、ですが)いろいろツッコ
ミが(自分でさえ)あるくらいですけど。
  まず、どこからか史実「紀伊」級及び「天城」級巡洋戦艦の図面を入手し、お
おまかとはいえそれを基に簡易な上面図、側面図をつくりました。構造物の
配置は史実「紀伊」とほぼ一緒だったのですが、一番悩んだのが実は高角砲
の配置だったりします。スペースが広いようでいて、12基もの高角砲をのせ
るとなると違和感なくスッキリとなるような配置は考えさせられました。
最終的には写真の様になりましたが、初期では「大和」最終時のような配置を
イメージしていました。
 






私の場合実際の制作にあたっては、架空艦とはいえフルスクラッチなどできる技術など無いので、なにかベースとなるキットが必要になります。

ベースとなったのは、
空母「加賀」
戦艦「長門」及び「大和」
の3キットです。

まず、基本となるのは「加賀」の船体パーツです。
あらゆる突起物を削りとり、図面にそって切り出したプラ板を貼り付け、それにそってパテなどを盛り成形していきます。
木目はエヴァグリーンのプラ板をさらにはりつけました。

艦上の構造物は「長門」のパーツを基にプラ板の積層及び箱組。
2番砲塔から艦橋基部は全く「長門」のまんまです。

主砲は2・3・4は「長門」級のもので、1・5番は「長門」のものを2こいちで組んだものです。

艦橋及び煙突は、プラ版積層で作っていたオリジナルの艦橋は今ひとつ様にならず、結局「大和」のものをそのまま使用しています。

煙突は、実は最大の失敗で、取り付け位置が後ろ過ぎて艦のプロポーションを損なうものとなってしまいました。

後檣は「木曽」の艦橋を流用しています。

全体の小物や武装は、大戦前半の日本艦艇をイメージしてあれこれとりつけました。







トップへ
トップへ
戻る
戻る