本校での紙漉きの歴史と内容の変遷
1.はじめに
本校〔大阪府立M養護学校〕紙工作業学習の実践は、大阪府立N養護
学校M分教室としての4年間の実践の上に、1998年3月で丸6年を経過
した。最初の4年半については、大阪府に移管されて廃校となった市立養
護学校の中で、ホ−ムル−ム教室を借用して行った実践であった。
1997年9月にようやく大阪府立M養護学校の高等部棟が完成し、その
中に紙漉きのできる専用の作業室が設置された。
2.これまでの紙工作業学習の実践(M分教室「紀要」で報告してきたもの
からまとめると)
1)92(H4)年度取り組み M分教室紀要2号から
高等部作業種目の1つとして、牛乳パックの再生による「はがき作り」を
導入。その試行錯誤の取り組み経過と実践について
2)93(H5)年度取り組み M分教室紀要3号から
本格的和紙製作の取り組みの試行として、牛乳パックと楮の混合による和
紙の開発。作業工程の分析と考察を行い、作業工程表に各作業のねらいをま
とめた。
3)94(H6)年度取り組み M分教室紀要4号から
より和紙に近づけるための材料の割合の模索と漉く方法の検討。重度生徒
から軽度生徒まで、あらゆる障害の生徒に作業内容が提供できるための作業
の精選と確立。より役に立つ和紙製品として、定型封筒及びA4版名刺用紙
の開発。
4)95(H7)年度取り組み M分教室紀要5号から
紙工作業学習の特徴と目指すものを明確化。
@ 紙漉きを通しての和紙製作は、材料作りから完成(製品化)までが早
く、生徒にとって見通しが持ちやすい。
A 作業工程が単純でわかりやすい。
B どのような障害の生徒にも合わせて、いろいろな作業内容が用意でき
る。特に丸太台と木槌を使っての材料作り(楮たたき)は、これまでの
作業学習に入りきらない重度の生徒に対し、体全体を使って常に同じ活
動を繰り返す最適の作業となっている。
C 日常的に役に立つ製品を作りだせる
D ワ−プロ作業学習と協力して、より付加価値の高いものを目指す
大判和紙(定型長3封筒、A4版、B4版)の技術確立、漉くのが不得手な
生徒のための漉き具の開発。紙工作業学習を紹介するためのVTRの作成を
行った。
3.1996年度(平成8年)の紙工作業学習の工夫点
1)材料の一本化
はがきや1枚ものの名刺を作ってきたこれまでの作業に加え、昨年度から技
術の開発に取り組んだ大判和紙(長3封筒用紙、A4版名刺用紙、B4版用紙
)の製作が今年度は軌道に載り、大量の和紙を漉くことができるようになった。
大量の和紙を漉くためには、大量のパルプ材料が必要である。これまで和紙の
材料としては楮と雁皮を1対1で混ぜて使ってきた。和紙作りを始めた経緯の
中で、「和紙でありながら現代の紙使用の目的にかなうためには表面の凹凸が
なく、ワ−プロ印字のできるつるっとした表面の紙である。」ことを目指して
きた。また、牛乳パックを材料として始めたこともあり、〔牛乳パックのパル
プ繊維は短いので〕、〔また、表面をつるっとさせるためにはパルプ繊維の長
い「楮」の間を埋めるものとして短いパルプが必要であると考えていた〕それ
に代わるパルプ材料として本来の和紙材料の中では使いにくいと言われる「雁
皮」を適当と考え敢えて使ってきた。しかし、材料として「楮」と「雁皮」の
2つの材料を使う時、材料供給のためには、それぞれの材料で乾燥樹皮からパ
ルプ材料にするまでの事前準備(水にもどす、長時間炊き込む、黒皮やカスを
取り除く等)が必要となり手間がかかっていた。大量の材料パルプ供給のため
、雁皮をなくしてもつるっとした表面を維持するため、漉き上げた紙の圧縮を
強化するなどの工夫をし、楮の一本化に達することができた。昨年度まで楮と
雁皮を1対1の割合で混ぜた紙であったものから、通常の和紙作りには今年度
100%楮の紙へと転換した。
2)材料パルプの安定供給を目指して
先に述べたように大量の紙を製作するようになり、大量の材料パルプが必要
となった。材料を一本化したこともその理由であるが、次に問題となったのは
乾燥材料を炊き上げ、黒皮やかすを取り除いたあと、パルプ繊維の一本一本に
ばらしていくために叩解(こうかい)という「叩いて解きほぐしていく作業」
が必要である。これが障害の重度の生徒にとっていい作業となっているところ
の「丸太台と木槌」を使ってのこうぞ叩きの作業である。ところが、大量の
パルプ材料が必要だからといって、材料作りの作業を急がせてしまってはこの
じっくり生徒のペ−スでさせる中で、精神の安定を図りその中から自発性、持
続性を形成していこうとするこの作業のねらいを崩してしまうことになる。
そこで現在行っているのが、洗濯機の洗濯で攪拌するしくみを利用すること
である。重度の生徒が丸太台で木槌を使って材料を叩き、パルプ繊維にバラバ
ラに解きほぐしていく代わりに、何回も洗濯機で攪拌することで解きほぐして
いる。しかし、そのためには長時間(6〜8時間)樹皮を炊き込む必要がある。
また、その炊き方の差(特に炊き込む時間が短いと)により解きほぐせる度合
いが異なり、時には攪拌するうちにパルプ繊維同士が絡まり玉(だま)になっ
てしまうこともある。近い将来、備品として「なぎなたビ−タ−」(上記の用
途で開発された機械)を購入してもらえる予定であり、この機械の導入により
安定して均質なバルプ材料が供給できるようになるはずである。
ただ、それでは重度の生徒が行っている材料作りの工程が無駄な作業になる
かというとそうではないと考える。専門の和紙職人でもこのビ−タ−という機
械を併用しながら、やはり木槌で叩く叩解の工程を取り入れており、本来の材
料パルプはやはり人間の手でパルプ繊維を切らずに解きほぐしていく事が必要
である。重度の生徒の作業として、常に供給され、作業内容が変わらず、各自
のペ−スでじっくりと作業態度を作っていくすばらしい(紙漉き作業の中の重
要な1つの)工程として続けていくことになる。
4.専用の作業室でのメリットと設計上の不備
M市立養護学校の教室を借用していたM分教室時代は、アコ−ディオン
カ−テンで仕切られた高等部2年1組と2年2組のHR教室を紙工作業学習の
時間に使用していた。それは開校後の本年度1学期も同じであったが、2学期
にようやく将来の高等部棟が完成し、1階南側の技能訓練室1を紙工作業学習
の専用室として使えるようになった。
・ 専用の作業室ができたことで、常にシンクにパルプ液を入れて置いておく
ことができる。授業の度に漉き桶シンクに水をはり、材料パルプを入れ、適
量の濃度にする手間がなくなり、準備片付けにかかっていた時間を省略する
ことができるようになった。
・ また、漉き桶シンクの濃度が前の授業の引き続きで使えるため、より一定
の厚さの紙が漉けるようになった。
・ コンクリ−トの床のため、水がこぼれても気にしなくていいようになった。
・ 使用する多様な道具(漉き具、網、アクリル板、あて布等)の置き場所を
決めることができ、重度の生徒にとっても準備片付けで流れを作ることがで
きるようになった。
・ 部屋の窓際や壁際に必要な数の水道栓や奥行きのあるシンクを設置したの
で、水が使いやすくなり、使った道具の洗いや材料の処理などが楽にできる
ようになった。
・ 重度の生徒の多い紙工作業学習では、エアコンがついたことで、梅雨時期
から夏場にかけ蒸し暑い等の環境に不適応をおこす生徒の精神的安定をはか
ることができる。
・ 大型冷蔵庫を設置したことで、夏場いつも腐って悪臭をはなっていた材料
パルプを腐らせずに保管できるようになった。その都度ざるにいれ洗う手間
も省けるようになった。
・ 部屋の隅にコンロ台を設置したので、大量に必要になった材料の炊き込み
がいつでもできるようになった。また、専用の部屋であるため、使わない時
間帯を使って頻繁に材料を炊くことができる。
しかし、残念ながら今回のこの紙漉き作業のための専用の作業室を作ることが
府立学校では初めてであったため、設計段階で希望したいろいろな設備やシス
テムは採用されなかった。新たに専用の作業室が今後作られる場合のことを考
、現時点での不備をあげておくと、
床は水を使うので耐水性であると同時に、冬場足元から冷えることを考え
ると、保温効果のある床材が必要。
・ A4・B4版等の大判和紙を漉くための漉き桶シンクは大きなものである
ため、普通の水道栓では水を入れるのに時間がかかってしまう。大口径の水
道栓設置を希望していたがだめであった。
・ 大型漉き桶シンクを置くたたき部分(通常床より10p下げてある)に排
水のための傾斜がつけてないため、水がたまってしまう。
・ 室内が湿気るため、強制排気力のある換気扇を4か所に設置してもらう希
望であったが、2か所に通常の教室用換気扇がついただけである。また、考
えていなかったことではあるが、材料を炊き込む時の悪臭が現状の換気扇で
は排気できず、かえって外から吹き込む風で部屋にたまった匂いが廊下側に
流れ出てしまっている。そういう意味でも強制排気の換気扇が必要であった
と思われる。さらに、脱臭装置が設置されればもっと良いであろう。
・ 大量の漉いた紙を干すと同時に水に濡れた道具や雑巾を干す屋外の屋根付
き温室型乾燥棚または乾燥室を希望したがかなえられなかった。梅雨時期や
冬季において、作品を確実に乾燥させ、道具にカビが生えないようにするた
めに必要なものである。今後冬季乾燥に用いる暖房費との兼ね合いが考えら
れるが、木工の吸埃機と同じように、紙工作業にとって必要なものとして位
置づけられることが望まれる。
5.校章透かし入り卒業証書の製作
開校したM養護学校の第1期卒業生を送りだす今年度3月に向け、是非と
も透かしの入った、それも生徒自らが漉いた和紙で卒業証書が作れないものか
と計画した。
すでに透かし入りの卒業証書を製作している神奈川県の川崎市立養護学校の
佐藤先生にアドバイスを戴き、それでもなかなかうまくいかず、泉佐野市在住
和紙ART作家の明松さんにヒントも戴いて試行を重ね、どうにか校章がうま
く透かしで入れられる技術を得ることができた。また、紙の材料としてはパル
プ繊維の短い雁皮を使用する方が透かしを入れる上で望ましいことを教えても
らった。
技術開発の目処が立ったところで、職員会議に提案し今年度の卒業証書から
採用されることになり、いよいよこの1月に、高等部の卒業生については自分
たちで漉いてみることになっている。また、美術科からの提案で同時に卒業証
書を入れる証書ケ−スについても卒業生自身の手作りで作ることに決まった。
自分の卒業証書の紙を自分で漉き、入れるケ−スも自分で作る「手作り」の
価値ある卒業になることを願っている。
6.1996年度(平成8年)生徒数及び実践
今年度紙工作業学習は、2〜3年生の選択授業として8名(うち1名は1学
期で退学)週3単位時間。1年生は全員(14名)が週1単位時間。但し2学
期途中から作業Bコ−スの生徒3名が抜け、残りの生徒11名。
注:本校1単位時間は70分である
※ 新しい紙工作業室(技能訓練室1)の写真と縮小図(工事中)

