line2

社会的な配慮を行う日本の機関の能力

line2

 前回に引き続き、環境省・大村卓さんへのインタビューです。

 役人は自分の意見を国民一般や外部に対して述べるのを嫌がります。外に向かって発言するのは、肩書きを付けた上で、組織としてコンセンサスが得られている意見に限られます。そこから外れることは「掟」が許しません。だから、テレビで見る役人のコメントはいつも小難しく、つまらない、ということになります。しかし、この、そつなくこなす、こそ「掟」が求めていることなのです。組織としてのコンセンサスが得られていない意見を、個人として公の場で自由に述べることは、「掟」破り、場合によっては、役人として命取りを意味します。

 もう一つの役人の「掟」に、公の場で、役所の批判をしてはいけない、というものがあります。これは自分の役所はもちろん、他の省に対しても、です。

 メールマガジンという怪しげな媒体で、一連のインタビューに際して、実名で、かなり踏み込んだ意見を述べていただいている大村さんに、改めて感謝いたします。

 環境・社会配慮ガイドラインの改訂に際して、そのプロセスがオープンになっております(*)。ここまで、政策論議のプロセスが公開され、参加が自由になったのはODAでは初めての試みだとおもわれます。ODAに限らず、国内の公共事業も含め、国の政策立案がここまで公開されたのはめずらしいのではないでしょうか。

 今回は、国内のダム事業と環境アセスメントにまで、インタビューの内容は及びます。「日本の社会的な配慮を行う能力」について伺いました。

  ▼ 弱い日本側の調査能力は国内のダム事業の裏返し

 (発行人)プロジェクトの準備段階での疑問です。住民移転の枠組みを作る、確認する、というような社会的な調査を行う能力が、日本側(各省、JICA、JBIC、コンサルタント会社)に十分備わっている、とお考えでしょうか?

 (大村さん)はっきり言って、十分ではありません。つくづく弱いと思っています。

 これは、日本の行政におけるインフラ整備の体質を引きずっているのではないか、と思います。

 つまり、日本での公共工事における社会影響や住民移転は、行政が計画線を決めたあとに、用地買収・用地取得・漁業補償・立木補償などの手続のなかでほとんど処理されます。しかも、一升びんと補償金で個別交渉を行って解決する、といういわばシャドープロセス(外の人間には協議の内容は分からない)が主流ともいわれています。計画の意思決定や環境アセスメントという公のプロセスにおいて、社会影響が評価され、住民移転計画がレビューされることはほとんどありません。このため、このような専門性をもった人や組織が発達してきていなかったのだと思っています。

 (一升びんがわるいと行っているわけではありません。念のため。途上国で行われる社会調査だって、円滑な実施のために、まずは、地域社会の重要人物におみやげもって行くことから始まったりしてますし。)

 (発行人)日本の公共事業の協議がシャドープロセスというのはそのとおりです。たとえ内部の職員でも、担当していないダム事業の補償交渉が、どう行われて−進捗して−いるのか、の情報は入りません。何年もかけた交渉が終結して、調印式のニュースを見て始めて交渉が終わったのを知る、といったのが実状です。

 これは日本の文化である、根回しや、建前と本音の使い分け、公の場では自分の利害についての主張は控える、といったことに根差しているので、一概に悪いとは思いません。更に言えば、これまでは、このプロセスは関係者間ではうまく機能してきた、だからこそ、過去にはこれほど多くのダムが日本国内で建設されてきたのではないでしょうか。日本ほど、それぞれの地域性や社会的な面を承知した上で、公共事業を行ってきた国は少ないのでしょうか。その地域のリーダ、援助の言葉で言うと key stakeholder、との協議は完璧に行われてきました。

 (大村さん)日本社会の文化に根ざしているというのはその通りです。なにも、欧米流の情報公開がすべてではなく、例えば、インドネシアではカンポンでの村人会議でのコンセンサスによる意志決定など、伝統的で民主的な制度もありますから、それぞれの社会にあったスタイルが必要でしょう。日本のやり方がすべてだめとはいいません。

 それでも日本は「key stakeholder との協議は完璧であった」と言い切るのは、ちょっと違和感があります。例えば、川辺川、吉野川などをみると、key stakeholder が限定されてきたのではないか、という気がします。「ボス交」であることに批判が多いと思います。

 もう一点、大規模開発事業は、過疎化と平行して、過疎対策事業とセットになって、進んだことも見逃せません。このあたり、現在の途上国の状況に似ていなくもないですね。

 (発行人)確かに、現在日本国内各地で火を吹いているダム問題は、煎じ詰めれば、どこまでが key stakeholder なのか?という点がまさに焦点になっている、と思います。過去のダム事業での暗黙のうちに行われていたstakeholder analysis (関係者分析)のノウハウが通用しなくなってきています。

 計画策定の段階がトップダウンであったのはそのとおりです。外から見ると協議の過程が不透明なことも、ご指摘の通りです。公共事業への批判の高まりの中、移転や漁業補償のプロセス−過程−をガラス張りにしろ、全国民がわかるようにすべき、という意見がこれからはさらに強まってくるのかもしれませんね。

 国内に住民移転の専門家はいます。対象となる住民や関係者と交渉を繰り返し、補償や移転の計画を作るノウハウも蓄積されています。ただこれは、ダムに限らず日本ODAの共通の問題ですが、こうしたソフト面での蓄積は官(役所)が持っていて、民間会社にはない。そして、こうしたノウハウは、官の中でも事例集のような形でまとめられているわけではなく、組織の中で上から下の人間に引き継いでいく徒弟制度の様なものです。官側の職員が国内のノウハウをODAや途上国の文脈で翻訳できていない、活用できていない、というところに問題があるのだと思います。

   ▼ 日本と外国の環境アセスメントの違い

 (大村さん)OECD諸国の中で日本は、最後に環境アセスメントの法制化をおこなったわけですが、日本の環境アセスメント法は、社会影響を対象にしていません。 国際協力事業団(JICA)で途上国からの研修生の方々に、臆面もなく日本のアセスメントについて講義する機会が何度かありましたが、社会影響を対象としていないと説明するときの、研修生のあきれ顔に私はいつもやりきれない思いをしていました。

 いくつかの自治体では、道路による地域分断など限られた社会影響を、その条令等に基づくアセスメントの項目として取り上げていますが、このような自治体は、国から、かならずしも好ましい扱いを受けなかったと聞きます。

 本来、環境アセスメントは、個々の事業毎にどのように問題を絞り、計画を工夫するか、という計画作りの醍醐味があるはずです。しかし、国内の制度に基づく環境アセスメントでは、各事業官庁の指導により、社会的関わりは捨象され、コンサルタントの仕事は判で押したように、「環境の影響は軽微である」ことの証明書書きになってしまった。このために、国内のアセスに嫌気がさしたコンサルタントの人は、開発援助のアセスに仕事を変え、そこに意義を見出した人も多いとも聞きました。(だから国内のアセスよりは、まだよいのかもしれません)

 余談ですが、国際社会に目を転じると、アセスでこんな工夫をした、こんな社会調査をしたなど、コンサルタントや行政官やNGOや研究者が活発に議論をしている「IAIA、国際影響評価学会(協会と訳するのが適切とも思われる)」というものがあることに気が付きました。

 そこで日本でも、具体のケースも踏まえて、アセスに関わる、さまざまな立場の人が、ものごとをよくするという方向で、自由に話し合えたらいいなと考えたわけです。このように考えた人たちで集まって、国際影響評価学会の日本支部を作ったわけです。

   ▼ 援助機関の体制の問題

 さて、もう一つの原因としては、日本の援助機関が技術協力を行うJICAと、融資を行う国際協力銀行(JBIC)に分かれていることも、あげられるのではないかと思います。JICAは開発調査により開発案件の準備(計画の策定等)を行うわけですが、社会調査等もふくむことができます。一方、融資機関であるJBICは、すでにできあがって、アセスも終了した計画をとりあげ審査して融資を行い、案件監理・フォローアップを行います。

 したがって、案件の前後で担当の援助機関が異なりますし、両機関間での連携も改善の余地が大きいため、社会影響への配慮や一貫した対策への支援がしにくいのではないでしょうか。

 (発行人)JICAの仕事は、ダムの調査と設計などの計画作りです。JBICが融資を決めて建設が始まってから住民移転が問題になっても、JBICの責任は追及されますが、計画を作ったJICAの責任を問題にすることはあまりありませんね。

 では、それらを踏まえた上で、具体的に、どのように改善すべきでしょうか?

 (大村さん)社会配慮に関するスタッフの充実や、審査の上で役割の位置づけ、途上国内のコンサルタント、大学、NGO等との連携などが考えられます。実際、融資機関での取り組みも始まっていますが、十分かというと、まったく、そうではないですね。

◇----------------------------------------------------------◇

○ 英語一口メモ

rehabilitation 生活再建:移転先での生計や生活、近所付合いなど、生活を再建すること。

文章中に出てきた、stakeholder と stakeholder analysis については第5号で説明しています。

(*)国際協力銀行(JBIC)は、海外経済協力基金(OECF)と、輸出入銀行(輸銀)が統合してできた政府系金融機関、特殊法人です。旧OECFは政府開発援助(ODA)である円借款を、旧輸銀は「その他の公的資金による経済協力」(OOF)と呼ばれる、主に民間向けの融資を担当してきました。これまで、それぞれの機関は、別々の環境・社会配慮ガイドラインを持ってましたが、組織統合を契機に、ガイドラインも統合しようとしています。

 ガイドラインの見直し作業のために、国際協力銀行、関係省、NGO、有識者等からなる研究会が発足し、7月まで約1年間にわたり議論が進められてきました。

nexthome

line2