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vol22
神の子が住むゴミの山崩れ
朝日新聞の早野透さんのコラム:「ポリティカにっぽん」に、フィリピンのゴミ処分場で起きた災害のドキュメンタリー映画の紹介があった。
『−ごみ山の「神の子たち」の寓意−
・・・・・・東京都写真美術館ホールで上映中の映画「神の子たち」(四ノ宮浩監督)を見た。すごいドキュメンタリーだな、この映画は(30日まで)。
昨年7月、フィリピンのマニラ首都圏のパヤタスごみ集積場で豪雨のためにごみの山が崩れて、そこで暮らしている500世帯が埋まった。掘り起こされる遺体と人々の嘆き。そこから、撮影カメラは動き始める。
人々はごみ山(尋常じゃない大きさだ)から金目のごみを拾うことで生計を立てていた。 ・・・・・・
アフガニスタンの子どもは戦争しか知らないように、ここの子どもたちはごみ山しか知らない。虫は虫であることを知らない。だけど、子どもたちの目は澄んでいる。「人はみな一粒の種。偶然の土に落ちて芽を出す」。加藤登紀子の歌が流れる。
ごみ捨て場の「神の子」という題名にはどういう気持ちをこめたのだろう。この地上の混とんの中で、なお生き続ける人間への希望という寓意(ぐうい)だろうか。 (2001.11.20)
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私は残念ながらこの映画は見ていないが、この災害の後、まだ建設機械がゴミ山を掘り返す救出作業が続いている中、現場に行ってみたことがある。一年以上前の出来事とは思われないほど、今でもはっきりとその時の様子は記憶に残っている。
▼ ゴミ山に広がる門前町
「豪雨のためにゴミ山が崩れて」とあるが、災害の原因を自然現象だけに求めるのは正しくない。マニラ首都圏には約一千万人が住んでいると言われているが、慢性的にゴミの処分地が不足している。というよりも、行政当局が計画的に処分地を確保していない。日本ではどこの自治体もあと何年で処分地が一杯になるかと、戦々恐々としつつ、必死に新しい処分地を探す綱渡りを続けている。フィリピンでは、こうした努力はあっさり放棄している。昨年、パヤタスの処分地が閉鎖されてからも、未だに代わりとなる処分地は見つかっていない。災害の前も、他に処分地が無いので、無理にパヤタスにゴミを持ち込んでいたのである。砂山に砂を積み上げていくと崩れるように、ゴミを積み上げるだけ積み上げて、とうとう崩れてしまった。
パヤタスはマニラ首都圏に近接している。大通りを走っていて、ちょっと曲がるとそこが処分地である。付近はリサイクル関連の産業が盛んで、というと格好がいいが、要は首都圏中から集まるゴミの中から金目の物を選別して、お金に換えて生活する貧困層が住んでいる。ゴミ山へと続く町並み、というよりスラム街を車で走っていたら、「門前町」という言葉が、なぜか頭に浮
かんだ。ゴミ山へと続く「参道」の入り口では大型の金になるもの、金属類がまず選別される。次にやや小振りのもの、と高価なものから徐々に除かれていって、ゴミを運んできたトラックが「本山」のゴミ山につく頃には、専門業者が相手にする商品はすっかりなくなっている。ゴミ山ではクズの中のクズから、「神の子」がビニールなど、売れそうなものを選んでいる。災害の後、新しいゴミの搬入は止められたのだから、いよいよたいした物などないだろうに。それでも、少しでも収入を得たいということだろうか。通常でも一日ゴミ山を這いずり回っても200ペソ(500円)ぐらいだという。
貧しさの中にも貧富(貧しさ?)の差があることを、この時、実感した。
東京の日ノ出町の処分地を見学したことがあるが、最新鋭の食品工場のような日本の衛生的で清潔な処分地とは大違いである。生ゴミを1週間、ごみ箱にふたをして腐敗させたような匂い(やったことはないが、きっとそんな程度)があたりに充満している。ゴミ山では水はけが悪く、歩くとくるぶしまで足が沈み込む。もちろん土の中ではなく、ゴミの中に沈むのである。ゴミ山のすそ野には水がよどんでいるが、真っ黒である。あたりにいる犬はなぜか皆、皮膚病にかかっていて、まだらに毛が抜け、地肌は赤くなっている。
▼ 貧困層の中でも最も貧しい家族を直撃
災害現場では建設機械を使って、ゴミを掘り起こす救出活動が続いていた。既に作業のピークは過ぎ、緊張感や緊迫感はなく、中だるみ、といったような雰囲気が現場には漂っていた。
「こういう死に方はしたくない」。
まず、第一印象である。寝ている間に裏のゴミ山が崩れてきて生き埋めになる。これに比べれば「畳の上で死ぬ」とは何と贅沢なことなのだろう、と思う。
あたりを見渡すと、被災したのが比較的最近住み着いた人たちであるのが分かる。地方から出てきた人は少しでも条件のいいところに家を構えようとする。廃材をかき集めて作った掘っ建て小屋を、長く住むにつれ、少しづつ改造していく。中にはコンクリートを使った家まである。ゴミ山が崩れてつぶされるような、山のきわは、もちろん最悪の条件である。後からマニラに出てきた人たちは、ゴミ山が家の隣まで押し寄せているような、条件の悪いところしか残されていなかった。この災害はこうした家族を襲ったのである。
近くの小学校が被災者の住宅となっていた。教室の中になん家族も住んでいる。全員が横になるとおそらく足の踏み場もないような状態だろう。話を聞くと、子どものおむつやミルクがなく、困っているという。
神戸の震災でお年寄りや一部の地区に被害は集中したように、社会的な弱者が自然災害にはもっとも弱いといわれている。この災害も例外ではなく、この貧困地区の中でも最も社会的に弱い層を直撃していた。
○ 英語一口メモ
Solid waste landfill site ゴミの埋め立て処分場。dumping siteという言い方もあるが、これは「捨て場」という意味になり、あまり好ましくない言い方。「お宅の隣にゴミ捨て場ができます。」より、「埋め立て処分場ができます。」と言われた方が、抵抗が少ない?
Solid waste ゴミ(固形廃棄物)のこと