
世界ダム委員会は成功したか(その1)
ダム建設のグローバルスタンダードづくり

ダムをめぐる議論は、国内でも海外でも加熱している。
ダム建設推進派、反対派双方の協力で設立された、世界ダム委員会(WCD:
World Commission on Dams http://www.dams.org/ (英語))は、ダム建設の
グローバルスタンダードとすべく、ダム建設の計画(意志)決定のあり方とガ
イドラインを昨年11月に提案した。このWCDとは何者であるか、の公式な説
明は
WCDのホームページ(日本語)
を参照していただくとして、ここではそのアプローチや背景について解説して
みたい。
▼ 推進、反対派の合意で設立
WCDの組織、活動は前例を見ないユニークな試みである。設立には世界銀行
(世銀 http://www.worldbank.or.jp/ )とIUCN(国際自然保護連合
http://www.iucn.org (英語))が中心となり、国際機関、各国政府機関、国際
NGOなどが協力した。反対派、推進派が一同に会し、中立的な権威のある委
員会を設立し、グローバルスタンダードを提案する、これは、世界中で頻発す
る問題に対して、普遍的な解決方法を探る新たな試みと言えよう。IUCNは
絶滅の恐れのある生物の種を掲載しているレッドデータブックを発行し、また、
貴重な種の取り引きを規制するワシントン条約をまとめることで知られている、
有力な国際環境NGOである。
WCDは12人の委員からなる委員会である。関係者の合意の上で選出された
委員の構成は、ダム反対のNGOから産業界、先進国から途上国まで、と微妙
なバランスの上に成り立っている。
設立は1998年5月で、これまで2年間半にわたり、世界各地でヒアリングや会
議を重ねてきた。資金は日本を含む各国政府、アジア開発銀行などの援助機関、
コンサルタント会社や重電メーカーといった民間会社などなど、多彩な顔ぶれ
が負担した。オールスターキャストである。
なぜ、既存の組織を活用せずに、新たな組織をつくる必要があったのであろう
か。国連機関や世銀などの国際機関、学会、NGOといった既存の組織が、も
し、こうした活動をしても、推進派、反対派のいずれかのレッテルを貼られて
いるので、おそらく皆から信頼されることはなかったであろう。どうしても、
WCDのような色のついていない、新しい組織が必要とされたのである。
次に、各国政府やNGOが含まれるのはわかるが、民間企業が財政支援する思
わくを想像してみたい。世界各地でダム建設は問題化している。いさかいが起
きるかどうかは事前に予測しがたく、ひとたび紛争がおきれば、解決に要する
待ち時間や労力のロスは、膨大なものがある。民間企業にとっては、現状は地
雷原を歩くようなもので、おそらく耐え難い、と感じているはずである。今後、
水やダムを商売にしていくには、こじれにこじれたダムの問題をすっきりさせ
て、商売をやりやすくしたい、といったところであろうか。
▼ 提言を生かすも殺すもあなた次第
ただし、WCDはこのように特殊な組織のため、限界もある。WCDは強制力
を持たず、事業を実施せず、個別のプロジェクトにかかわることはない。委員
会の責任において、提言を行っただけである。すでに、役目を終えたWCD事
務局は解散してしまっている。間違ってはいけないのは、WCDは絶対的な権
威を持つ組織ではない点である。提言を生かすも殺すも、各国政府、関係機関、
NGO、そして市民次第なのである。
WCDにしてみれば、いくら立派な提言をしても、教条主義的で、実施不可能
で関係者に受け入れられないようでは、意味が無い。反対に、受け入れやすさ
だけを考えて、あたりまえのことだけを提言するものも、これまた意味が無い、
と非常に難しい立場に置かれていたのである。では出された提言は、ダム反対
なのか、賛成なのか、の分析は、次回以降に行いたい。
▼ 中国の脱退とインドの拒否
この2年半の間、さまざまなことがあった。
推進派や反対派が呉越同舟で、多数参加した国際会議も繰り返し、開催された。
反ダムの立場を取るNGOであるIRN(International Rivers Network
http://www.irn.org/ (英語))の代表が、「推進派は悪魔ではなく、反対
派はエキセントリックではない。お互いそのことがわかるいい機会ではないか。」
と言っていた。そして肝心の議論のほうも、個々のダムについて議論するわけ
ではないので、総論としては議論がうまくかみ合っていた。こうして、推進派、
反対派が一つの土俵で議論ができた、ということはこのWCDの成果の一つに
挙げられよう。
当初、WCDには中国政府の委員が含まれていたが、ある時、健康を理由に辞
任し、WCDからの再三の要請にもかかわらず、後任を派遣しなかった。全世
界の半数近くのダムは中国にある。三峡ダムを始め、今なお、ダムの高さが
100mを超え、貯水量が数億、数十億トン規模の巨大ダムを建設し続けている。
中国政府としては、WCDに委員を置いて、影響力を行使するより、WCDそ
のものを相手にせず、中国には独自のスタンダードがある、という立場を選択
したようである。
インドもダムを建設し続けているダム大国である。インド政府はWCDがイン
ド国内で会議を開くことを拒否した。数万人の住民移転が議論の的となった、
ナルマダダムをめぐる論争が影響しているのは間違いないであろう。
(つづく)
次回は「WCDで薄い日本の存在感」「WCDの提言の分析」「日本への影響」
を予定しています。


