
世界ダム委員会は成功したか(その2)
日本での教訓から国際貢献を

前回はダム建設のグローバルスタンダードづくりをめざした、世界ダム委員会
(WCD)の活動について分析した。さて、日本のかかわり方である。
▼ 日本の薄い存在感
WCDは日本抜きで始められ、日本にお金を出してください、と言ってきた時
には、すでに組織の大枠は決まっていた。こうした活動は立ち上げの時に、ど
うリーダーシップを取れるかで、その後のかかわり方が決まってしまう。日本
はお金は出したものの、影響はほとんど与えなかったと言っていい。何で、最
初に声をかけなかったんだ、と後から言っても、もはや手後れである。
日本は、国内でダム建設を積極的に進めている唯一の先進国である。また、
ODA(政府開発援助)の分野では、他の援助機関がインフラプロジェクトの
支援から、貧困対策を目的とするプロジェクトへシフトしている中、途上国の
ダム事業を積極的に支援している唯一といっていいドナーである。本来であれ
ば、WCDで重要な役割が与えられて当然であろう。しかしながら、国際社会
に根回しの文化はない。役割は与えられるものではなくて、みずからつくるも
のである。声を上げないものに出番はない。
ダムマフィアという言葉がある。マフィアのように閉鎖的で、悪いことをしな
がらダム建設を進めている、という、推進派に対する蔑称である。日本にダム
マフィアという、はっきりしたグループや、その意向があるとは思えないが、
日本の“ダムマフィア”に相当する人々は、なぜWCDに参加しなかったので
あろうか。一つの理由は、仕事の中心はもっぱら国内で、しかも十分に忙しい
ので、国際的な出来事には興味が無く、国際社会に人脈や情報源もないからで
ある。
また、外務省やJICAなどODA関連の部局や、ODA業界にしても、どうして
も途上国でダムを造りたい、という明確な政策や意志があるはずも無く、ダム
が造れないのなら、他のプロジェクトをすればいいや、ぐらいの気持ちであろ
う。
こうして、日本の関わりは、限られた受け身のものであった。もっとも、国際
的な舞台での日本の存在感の低さはWCDに限ったことではないが。
▼ 日本での教訓から国際貢献を
日本の世界における地位、そして、ODAにおいて常にトップドナーであること、
また、ダム建設においては、良くも悪くもいろいろな経験を国内外でしてきてい
ること、を考えれば、こうした活動に参加し、これまでの日本の経験、教訓を他
の国々と共有することは、日本の責務と言えよう。
評判の悪い日本のダム事業であるが、今後WCDのような機会が訪れたとしたら、
世界に発信すべき、日本の経験、教訓とは何であろうか。「ダムは造ってはいけ
ない」であろうか。
ダムの技術力は誇るべき点であるが、すでに技術移転はさまざまなプログラムで
行われているし、世の中で、はやっていないのでここでは触れない。
日本のダム事業の特徴として、住民移転対策や地域振興策が非常に手厚いこと
があげられる。ダム本体の建設コストは全体の3割程度にすぎないこともある。
残りは移転地や付近の道路整備といった関連事業のコストである。日本のダム事
業は、「ダム」という言葉が適当ではないかもしれない。地域振興事業にダムが
くっ付いている、というのが実態であるから。
途上国ではダム本体以外のコストをできる限り削ろうとする。限られた予算枠の
中で、事業の効果を最大限にしようとするあまり、移転住民に対する補償や移転
先の整備などは、これまでの実績に基づいて、最低限のレベルで済まそうとする。
日本のダム事業の経験から途上国に言うべきことは、ダム事業というのは、ダム
の本体以外に非常にコストがかかる、また、かけなければならない、という点で
あろう。
もちろん、コストさえかければいいというものではない。計画から完成まで10年、
20年は当たり前という、調査や実施に十分な時間をかけるのも、日本のやり方の
特徴である。
と、誉めてみたところで、日本の各地で火をふいているダム論争も、また現実で
ある。これらの論争に推進派、反対派がかけている労力は、途方もなく大きなも
のである。事業の準備に金、時間をいくらかけても、関係者と十分な協議が行わ
れなければ、事業は行き詰まり、それをときほぐすための、コストや手間、解決
までのあつれきは、受け入れがたいものになる、ということも、苦いながらの教
訓であろう。
ダム事業はその巨大さゆえに、もたらす便益も、周囲に与える影響も大きいもの
がある。関係者との十分な協議や、住民移転などの社会面の影響をどう抑えるの
か、生態系などの環境面の影響をどうなくすのか、といった、複雑な調整能力、
総合的な行政能力が求められる。物を作る「トンカチ」の能力だけではダムはで
きないというのが、日本が他の国と共有すべき、教訓といえよう。
▼ 過去のダムの功罪
今回、日本語のサイトをいくつかあたってみたが、WCDの報告書の内容を正確
に引用していないサイトが多いことに、気がついた。WCD概要報告書の公式の
日本語版の冒頭のポイントと思われる部分を以下に直接引用する。
「2年以上の集中的な調査と、大型ダムに対しての推進論者、反対論者双方との話
し合いを通じて、委員会は以下の5つの点を確信するに至りました。
−ダムは人類発展に重要かつ有意義な貢献をしてきた。また、ダムからの恩恵は
多大なものであった。
−しかし、同時に多くのケースでは、その恩恵のために、移転を強いられた住民、
下流の地域社会、納税者、自然環境に負わされた負担は法外でかつ不必要なもの
であった。
−その恩恵が公平に分配されなかったことから、他の選択肢と比較において、水
資源・エネルギーの確保におけるダムの価値に対して疑問が呈された。
−水とエネルギー資源開発のためのさまざまな選択肢に関して、権利とリスクを
有している人々を明らかにすることにより、対立する利害関係を前向きに解決す
るための条件を作りだすことができる。
−話し合いを通じて、好ましくない計画を初期段階に排除し、問題となっている
ニーズを満たすための最善策として利害関係者の合意を得られる代替案を提示す
ることにより、水とエネルギー開発プロジェクトの開発効果を大幅に向上させる
ことができる。」
(日本語版8ー10ページ)
このように、WCDの基本的な立場は反ダムでもなければ、ダム賛成でもない。
しかしながら、多くの関係者に、WCDの提言はダム反対である、と理解されて
いるようである。それは、提言された革新的なガイドラインにある。次回は個別
に提言をあったってみたい。
次回は「WCDの革新的な提言」を予定しております。
