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革新的な提言:ダム建設の改革

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世界ダム委員会(WCD)の提言の中核は、悪影響を受ける住民の合意の上で、また、住民も計画と事業決定に参画して、ダム建設を進めよう、というものである。

提言するガイドラインは、詳細にわたる。常識的で、これまで行われてきているものも多いが、中には日本や先進国でも、ダム以外の事業でも、いまだかつて行われていないような、革新的な点が含まれている。ダムのみならず、公共事業を行う上で、現在人類が持つ科学、社会、政治などの分野の最高の知見を組み入れた、理想的な形ではないだろうか。

「ここまでやらねばいけないのか。」というのが一読した時の正直な感想であった。そして、幾重にも張り巡らされた、安全策を見て、「ここまでダム事業は信頼されていないのか。」という思いも持った。これまでダム建設や援助を行ってきた政府機関や企業にとって、提言をこのまま全て実施する事は、大変な改革を意味する。特に人材が乏しく、政府組織が弱体な途上国では重い負担となろう。

革新的とおもえる点を以下に、一つ一つ分析していきたい。

▼ 女性も、先住民も参画したダムづくり

まず、関係者の範囲を広くとっている。生計手段、人権、財産、資源といった権利に、影響が及べば関係者として扱い、計画と事業の決定プロセスに参画させる、としている。このため、関係者会議(フォーラム)を設立する。そして、工事に着手する前、さまざまな重要な場面では、関係者の同意が必要としている。(ガイドライン1、2、3:以下、括弧の中の数字はガイドラインの番号を示す)

ここでの疑問は、一人でも徹底的に反対したらどうなるのか、ということである。その昔、東京都知事が、「一人でも反対したら、橋は造らない」と言ったものだが、「一人でも反対したら、ダムは造ってはならない」とまでは書いてないが、それに近いニュアンスに読める。

関係者の中でも、女性や先住民族(少数民族)については、特別に配慮するよう、繰り返し述べられている。

ジェンダー(女性の参加)の問題は、近年、途上国援助では配慮することが一般的になってきている。これは、女性は村の寄り合いなどに出ることがなかったりして、男性に比べプロジェクトの情報を入手しにくく、不利益を被りがちである。女性も計画に参加できるよう、特別な配慮をしよう、とするものである。

ある途上国でダムプロジェクトの現地調査をしていた時の経験である。ご主人に、「補償金は受け取りましたか?」と尋ねたら、「はい。」と答えた。その途端、横にいた奥さんが「補償金ってなに?!あなた!」と、目の前で夫婦喧嘩が始まったことがあった。どうやらこのお父さん、受け取った補償金を家族に内緒で使って(飲んで?)しまったらしい。お父さんが勝手に補償金を使わないように、家族全員にプロジェクトや補償の情報が、そして補償そのものが、いき渡るようにしなければならない。

先住民族は定義が難しいのだが、近代文明とは一定の距離を置いて、その土地に定住し、独自の文化グループを形成している住民をいう。たとえば、マレー人や中華系民族が移住する前から、マレ−半島に住んでいたオラン・アスリーと呼ばれる民族がこれにあたる。

こうした先住民は、政治や経済の主流であるグループに加わってなっていないため、意見を述べる機会や、プロジェクトへの影響力が制限される。このため、特別な配慮が必要とされる。

▼ 手厚い住民への配慮と、幾重にも張り巡らされた安全策

悪影響を受ける住民に対して、きめ細やかな対策を計画し、確実に実施することを求めている。

1)貧困化リスク分析:土地や仕事、家を持たないような貧しい住民は、ちょっとした事で、より厳しい、貧しい生活に追い込まれてしまう。通常の社会調査とは別に、調査と分析を行い対策をたてよう、というものである。(18)

2)開発利益の分配システム:ダムによる開発の便益を、悪影響を受ける住民に分配するようなシステムである。建設現場での雇用の他、ダムで生ずる利益(例えば電気を売った利益)などまで含め、発生するさまざまな利益を分配する。(20)

3)対策の実施の追跡と監視:住民移転、生態系への影響、社会的な影響への対策や、地域振興策など、計画は立派でも絵に描いた餅では仕方がない。確実に実施されるよう、幾重にも安全策を講じている。実行されているかを監視するため第三者機関の設立する。実施を担保するため、適切に実施されなかった時には、没収される保証金の制度を設立する。対策を実施するための予算を貯えておく信託基金を設立する、としている。(19、21、22、23、24)

▼ 新たな分析

従来行われてきた環境アセスメントや、費用・便益分析に加えて、以下のような新たな分析を提言している。

1)温室効果ガス分析:一般に、水力発電は環境にやさしいと言われてきた。しかし、WCDによれば、必ずしも火力発電と比べて、温室効果ガスの排出が少ないとは限らないらしい。実際の温室効果ガスの排出量を分析する。

2)便益配分分析:これまでは、便益は総量として算出していた。例えば、治水効果は○○億円相当、かんがいの便益は××億円相当、といった具合いである。これをどのグループがいくらの便益を受けるのか、と細分化することになる。

3)戦略環境アセスメント:これまでのプロジェクトごとに行われてきた環境アセスメントに代わり、包括的、総合的なアセスメントを行う。ダムで言うと河川流域全体で他のダムもあわせて環境評価を行う、という事になる。(環境分野では話題になっている問題だと思います。詳しい方がおられたら、解説していただけると助かります。)

次回は、「世界ダム会議は成功したか?(その4:この項終わり)−日本の国内事業とODAに与える影響」を予定しております。その1とその2はホームページでご覧ください。 http://www27.freeweb.ne.jp/business/mishiwa/

◆ 英語一口メモ ◆

stakeholder

利害関係者:プロジェクトにより利益を受ける人、不利益を被る人、関係する団体、官庁、グループなどなど、直接、間接に何らかの形でプロジェクトに係わる人を意味する。日本語で言う「関係者」より幅広い概念で、英語では使っていると思う。

プロジェクトの計画づくりの始めの段階で、誰が利害に関係するのかを分析する(Stakeholder Analsys)必要がある。

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