
途上国を歩いて考えたこと

バングラディシュのダッカでのことである。プロジェクトの現場視察で堤防沿いを歩いていると、黒いビニールシートとわずかばかりの材料で作った、みすぼらしいテントが立っている。家とはとても呼べないような代物であるが、間違いなくそこには家族が住み生活を営んでいた。そのようなテントが延々と堤防沿いに続いている。数千張りはあるであろう。ということは、日本の町か小さな市ぐらいの人口になる。聞くと洪水で住む所を失って避難してきたが、他にいくあてもなくそのまま住んでいるのだという。密集しているのであたりの状況は劣悪である。排水溝や下水道などあろうはずもない。周りにはごみや汚水が散らばっている。飲み水すら簡単には手に入らない。その時ふと思った。「こりゃ、竪穴式住居よりひどいや」。
すると、どういう事になるのであろう。人類の文明は数千年に渡り進化してきて、人間の生活は豊かになってきた、とこれまで漠然と信じていたのだが、実はそうではないのではないか、と考え始めた。
先日、私の住むマニラではゴミ捨て場が崩れ、数百人がゴミの下敷きになり死亡した。被害者はスカベンジャーと呼ばれ、ゴミ捨て場で金に換えられそうなゴミを拾い集めて生業としている貧困層である。現地を歩いて気づいたのだが、スカベンジャーの中でも貧富の差というか、貧しさの差がある。この被害者はその中でももっとも貧しく、条件の悪いゴミ山のすぐ際に住まざるをえない人々であった。誰がこのような災害が起きると考えただろうか。まさに物質文明のひずみ、といえる災害である。
医療は進んだではないか、という人がいるかもしれない。しかし、山国ネパールでは診療所まで歩いて数日かかるようなヒマラヤの山村は珍しくない。病で倒れたら、山道を病人を担いで医者にみせに行くことは非常に難しい。自然、昔ながらの祈祷師に頼る事になる。そして、ネパールでは11人に1人の子どもが5才までに死ぬ。平均寿命も60歳にも達していない。近代医療の恩恵に与れない人はまだまだ多いのである。
こうしてみると、いろいろな「貧しさ」があるものである。数字で見てみたい。1日を1ドル(約110円)以下で生活する貧困層はアジア全体の人口の3分の1である。30年前に比べ割合でこそ半分から3分の1と改善されたものの、その数はいまだ9億人である。
私や子供たちが豊かな日本に生まれたのは単に運がよかっただけだったのかもしれない。2分の1か、3分の1という極めて高い確率で貧しさに苦しむことになったのであるから。
私が途上国の援助に関わるようになって10年近くになるが、どうも状況がよくなっているようにはみえない。むしろ、悪くなっているケースすらある 。IT技術や生命工学ともてはやされ、爆発的に進歩していく現代文明であるが、実は「貧しさ」という、人間にとって基本的な、大きな問題を積み残したまま、いや、場合によっては悪化させながら、解決の糸口すら見えず、どんどん進んでいるのが実態なのではないだろうか。

