4 、 仏 法 を 学 ぶ

 

 

          煩 悩 

 

一切皆苦の原因となる煩悩については以下のように説かれています。

 

煩 悩 と は 【見惑・思惑・塵沙惑・無明惑】

 

     煩悩とは大別すると見惑・思惑・塵沙惑・無明惑の四つがある。

 

見惑 ⇒  五利使 @身見(我が身について「自我」に堅く執着する思想)   

A辺見(自他の生命を死によって無に帰すと見る断見と死後も霊魂等によって存続するという常見)   

B3邪見(因果の道理を否定する思想)   

C見取見(1〜3に執われて自見を最も勝ると自負するもの)   

D戒禁取見(原因でないものを原因と思い、正道でないものを正道と固執する外道の迷見)  

◆この5つの働きが鋭いところから五利使という       

 

五鈍使 @貧(むさぼる気持ちが強い)煩悩 

A瞋(些細なことでも怒る気持ちが強い) 

B痴(道理を否定し理解しようとしない気持ちが強い) 

C慢(自分が他者よりも優れているという慢心が強い) 

D疑(疑い深く信じる気持ちが薄い) 

◆五利使に関連して貧瞋痴慢疑を起し、その働きが鈍いところから五鈍使という   

 

◎今日の大衆の様々な思想的悪見はすべてこの見惑によって生じている     

 

思惑  ⇒ その体に貧・瞋・痴・慢の四つがある。これは三界(欲界・色  界・無色界)の迷界中の個性にそれぞれ八十一品という形で存在している。

殺生・偸盗・邪淫等による種々の犯罪は、概ねこ  の煩悩に基づいている。

   

   ◎見・思の二惑は、自他一切の存在を実有と執する思想で、空の真理に  対する無知迷妄による思想的偏見     

 

塵沙惑⇒ 塵や沙のような微細な無量の惑のことで、前の見・思の二惑が有に執われ空の真相に暗い惑であるのに対し、これは逆に  偏空(空の片寄った考え)の一辺に執われて、無量の差別のある万物の現実相(仮有)に暗い惑のことで、適切に他を導くことができない迷いのこと。   

 

無明惑⇒ 空・仮の二諦に対する中道実相に暗い惑

いわゆる自他・物心・身土・修性・因果等の而二不二の円融真如を障融し、正しい中道に基づく世界観・人生観を隠蔽する煩悩でありこれに四十二品の重々の累層があるとされる。

 

◎根本無明の煩悩は微細の惑で初めより感知できないから、方便の手段によってまず手近の見・思を、次に塵沙を断じ、最後に無明を断ずることになるが、本源的に見ればこれらは無明煩悩の中の諸惑で、すべて一体である。