8 、 創 価 学 会 の 謗 法 ( 現 証 編 ) 

 

 

   創 価 学 会 員 の 仏 罰

 

 日蓮大聖人は、

 

仏 罰 の 現 証 を 仰 せ

 

○日蓮仏法をこゝろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはずぎず

○末法の法華経の行者を軽賤(きょうせん)する王臣・万民、始めは事なきやうにて終にほろびざるは候はず

 

と仰せられ、正法に背く者には、必ず厳しい仏罰の現証があることをお示しくださっています。

さかのぼれば、創価学会は、いわゆる52年度路線(第一次教義逸脱問題)以前から、正法破壊・謗法行為を胚胎させ、平成3年からは表立って日蓮正宗に大反逆。そして同年11月には、日蓮正宗より破門に処され、平成9年には、ついに全学会員が正宗信徒の資格を失うに至りました。

こうした状況下、学会内では、大幹部から末端の会員に至るまで、じつに厳しい仏罰の現証が出続けています。

 

〈 池 田 の 次 男 ・ 城 久 氏 の 不 可 解 な 死 〉 

 

昭和59年10月3日、東京都内の病院で、池田大作の次男・城久氏が29才という若さで亡くなりました。死因は胃せん孔(胃に穴があく病気)でした。

城久氏は、創価大学を卒業後、同大学の職員として勤務し、将来は、池田大作の後継者となる人物と目されていたのです。池田自身、自分に体型もよく似た城久氏を大変かわいがっていた、といいます。その城久氏が、なぜ、手遅れにならない限り死に至ることのない、胃せん孔などという病気で急死したのか・・・・・・

じつは、それを予言したかのような記述が池田大作著『人間革命』第十巻「嶮路の章」に出ているのです。

 

「(ニセ本尊を自ら作った)岡田一哲の父は胃せん孔で悶死した。」

 

池田も、ニセ板本尊を作るという大謗法を犯して、時の御法主日達上人の宸襟(しんきん)を悩まし奉った昭和52年から数えて、まさに7年後に、最愛の後継者を胃せん孔で悶死させてしまったのでした。

 

 

〈 四 代 会 長 ・ 北 條 浩 氏 、 風 呂 場 で 急 死 〉 

 

昭和56年7月、創価学会第四代会長・北條浩氏が、自宅浴室で入浴中、心筋梗塞を起こし、そのまま急死しました。58才でした。

北條氏は、池田が三代会長であった時代に、副会長として池田の手足となって働き、昭和54年に池田が会長を引責辞任した後は、第四代会長となって、池田及び創価学会が起こした数々のスキャンダルの始末を一人で背負い、尻拭いに奔走しました。

池田の腹心として、常に池田の側で仕え、「池田に一番尽くした」と評さていた北條氏・・・・・ 。

その北條氏が58才の若さで急死してしまったのは、やはり池田の謗法行為を支え、これを積極的に進めたが故の仏罰であるとしか、いいようがありません。

 

なお学会員の中には、

「池田が謗法を犯しているというならば、なぜ罰が出ないのか」

と、素朴に感じている人がいます。

「あれほど宗門と猊下を罵っている池田名誉会長に、なぜ罰が出ないのか」

と。

しかしそれをもって池田が正しいと思うのは軽率です。日蓮大聖人は『開目抄』に。

 

順 次 生 に 必 ず 地 獄 に 堕 つ べ き 者

 

○順次生に必ず地獄に堕つべき者は、重罪を造るとも現罰なし一闡提人これなり

○上品の一闡提人になりぬれば、順次生に必ず地獄に堕つべきゆへに現罰なしと

 

仰せられています。ここでいわれる「順次生」とは、今世を終えてのちの「次の世」「次の生」という意味です。すなわち、死後かならず無間地獄に堕ちることが確定している大謗法者は、いかに重罪を繰り返しても、今世での厳罰は現れないとの御教示です。

これについて、第二十六世日寛上人は『開目抄文段』に、

「若し順次生に堕獄不定の者は、或は現罰有り」

と仰せられ、次の世で地獄に堕ちるか否か決定していない者は、現世での罰を受けることもあると、御指南されています。このことからも、今世で受ける現罰は「順次生」に受ける厳罰に比べれば、まだ軽いものであることがわかります。

したがって、池田大作の罪の報いは、今世で受けなければすむというものではなく、未来永劫に無間地獄に堕ちて苦しみつづけるものなのです。

また、大聖人は謗法者に従っている者について『開目抄』に、

「悪師につかへては順次生に悪道に堕つ」

と御教示されています。

現在、池田大作に従っている創価学会員の中には、今世で現罰を受けない人がいるかも知れませんが、次の世からは、間違いなく悪道に堕ちて苦しむのです。

 

創 価 学 会 員 の 現 証 の 主 な 概 要

 

婦人部長が大事故で即死(平成3年

 

北九州市で婦人部長をしていたTさんは、娘さんも地区リ−ダ−というバリバリの池田教で、脱会した人とは会っても挨拶もせず、宗門をひどく誹謗していました。ところが平成3年12月23日、Tさんは不倫相手である男性の運転で走行中、大型トラックと正面衝突し、車は大型トラックの前輪に食い込んで大破。二人とも即死でした。

解体作業が何十時間もかかり、遺体の損傷もかなり激しくて、Tさんは上半身、そして相手の男性は下半身しか見つからず、しばらくは身元もわからなかったほどの大事故でした。

 

支部長が電車にはねられ即死(平成3年

 

神奈川県在住の支部長Hさんは、脱会者宅に押しかけては、強引に脱会届けを撤回させて廻っていました。そのような平成3年7月10日、Hさんは新橋駅ホ−ムで、乗車しようと荷物を持ち上げた時に足元がふらつき、線路に転落。ちょうど入ってきた東海道線の通勤快速にはねられて、轢死してしまいました。葬儀は学会葬でした。

 

圏男子部長の長女が誘拐・殺害される(平成4年

 

平成4年2月20日、福岡県の小学校に通う女児二人(AちゃんとYちゃん)が誘拐され、翌日、殺害されて遺体となって見つかる、という事件が発生しました。二人のうち、Aちゃんは、なんと、創価学会の圏男子部長Nさんの長女だったのです。そして、もう一人のYちゃんの家は、創価学会と同じく血脈を否定して破門になった、正信会の信徒でした。

地元新聞には、学会葬で行われたAちゃんの葬儀の写真と、正信会僧侶の導師で行われたYちゃんの葬儀の写真とが、二枚並べて掲載されていましたが、血脈否定の因果の厳しさを思い知らされる事件でした。

 

会合中に死亡した支部指導員/その棺を乗せたリフトが落下(平成4年

 

長崎県で支部指導員をしていたBさんは、古くからの活動家で、「脱会する者は地獄に堕ちる」等と言っては脱会者の引き止めに躍起になっていましたが、平成4年2月、会館での会合中、トイレの中で倒れて非業の死。葬儀は学会葬でしたが、その出棺の際、なんと、棺を降ろすリフトのワイヤ−が切れてしまったのです。

自動停止装置はあったのですが、なぜか作動せず、リフトに乗っていた親族ら六名が、棺と共に三階から落下、重軽傷を負う恐ろしい惨事となりました。

 

会社が倒産行方不明となった副県長(平成5年

 

平成5年当時、福岡の副県長だったTさんは、会合等でも中心になって猊下誹謗を行い、また、会館に訪ねてきた会員達にも、テ−ブルを叩いて宗門誹謗をしていました。

Tさんはクレジット会社の理事をしていましたが、その後、何億円という多額の架空取り引きをデッチ上げていることが発覚して、会社は倒産してしまいました。その支払いのために、Tさんは自らの家屋敷を抵当に取られ、全ての財産も没収され、それでも、まだかなりの借財が残って、その後、行方不明になってしまいました。

 

阪神大震災も、ニセ本尊流布の現証(平成7年

 

平成7年1月17日未明、阪神・淡路地区を突如襲った大地震。震度7の激震と大規模な火災の発生によって死者6436名、負傷者40000人以上、破損した家屋は110000棟にも及ぶという、戦後最大の被害となりました。

もともと神戸近辺は、昔から“まず地震は起きない”といわれていた地域です。そのような場所で、突如、あのような大規模な地震が起きたのは、やはり大きな原因があるはずです。

創価学会では、平成7年を「関西勝利の年」「兵庫の時代」と銘打っていました。そのせいもあってか、ニセ本尊への交換が急ピッチで進められ、震災直前の15日と16日には、兵庫の各会館でニセ尊が大量に流布されました。このことは、同時に、それまでに各会員に下附されていた日蓮正宗の御本尊が大量御不敬された(学会は正宗の御本尊を回収し、一括焼却しています)とうことでもあります。

日蓮大聖人は、「謗法の法師一閻浮提に充満して、諸天いかりをなし、彗星は一天にわたらせ、大地は大波のごとくをどらむ」と仰せられていますが、まさに、大謗法であるニセ本尊が一気に充満したために、大地が大波のごとく踊った、という現証にほかなりません。

また、この地域に住んでいた会員は、といえば、「『四支部とも焼けてもうたんですわ』。本部長の宮本満さんは語った。(中略)文字通り壊滅状態」(『聖教新聞』平成7年2月15日付)等の報道のとおり、家がつぶれて跡形もなくなったり、圧死や焼死で亡くなった方も非常に多かったのです。

特に一番被害のひどかった長田区一帯は、学会員が一番密集していた地域でした。

 

離陸失敗の飛行機の中で・・・・・(平成8年

 

平成8年6月13日、福岡空港で、ガル−ダ・インドネシア航空機が離陸に失敗し、爆発炎上する、という事故が起きました。大惨事にもかかわらず、乗客・乗員のほとんどが、非常出口や機体に生じた亀裂などから脱出して無事でしたが、不幸にも三名の乗客が亡くなってしまいました。

そのうち。Iさんは、家族と共に熱心な学会員で、とくに父親は「センセ−が地獄に行くなら、自分も行く」と公言していたほどでした。またさんは、娘さんが非常に熱心な学会員でした。

 

ブラジル飛行機墜落で犠牲になったSGI会員(平成8年

 

平成8年10月31日、サンパウロのコンゴニアス空港を飛び立った飛行機が、離陸直後、住宅地に墜落・炎上するという事故が起きました。この事故で、乗客・乗員、そして住民の合わせて98名が犠牲になったのですが、亡くなった乗客の中に、毎年、巨額の財務をしていたことで有名だった、ブラジル創価学会のメンバ−がいました。

また、墜落現場で、左官の仕事をしていたF氏は、墜落した飛行機の燃料を浴びて、全身火だるまになり、助けを求めながら死亡。F氏も熱心な学会員で、地元新聞は、F氏が拝んでいたニセ本尊と共に写真入りで紹介していましたが、何ともお気の毒なかぎりです。

これとは対照的に、ブラジルー乗寺信徒のKさんとAさんは、不思議な形で、この惨事を免れることができました。

 

ノイロ−ゼから焼身自殺した壮年部幹部(平成10年

 

新潟県三条市で学会の壮年部幹部を務めていたKさんは、熱心に学会活動をしており、学会葬の導師もしていました。法華講員に対しても脱講運動をしたりと、そうとうの学会狂信者でしたが、平成10年4月に直腸ガンの手術を受け、その後、しばらくしてからノイロ−ゼ気味になってしまいました。

そして、同年11月21日、Kさんは眠っていた妻の首を包丁で斬りつけて、妻を殺害しようとしたのです。妻は、血を流しながらも助けを求めて外へ出ていったのですが、その間にKさんは、家に灯油を撒いて焼身自殺を図り、自宅は全焼。その焼け跡から発見されたKさんの遺体は、炭化していました。

 

「平和会館」で職員同士の殺人未遂事件(平成11年

 

平成11年5月14日の白昼、東京都立川市の立川平和会館で、とんでもない事件が発生しました。学会女子職員の田代美恵子(女子副本部長・当時)容疑者が、聖教新聞社職員のK(支部長・当時。前年までは男子部全国副書記長)を包丁で刺し、田代容疑者は現行犯逮捕される、という事件でした。

田代容疑者とKは、三年ほどつき合っていたそうですが、別れ話をKから持ちかけられた田代容疑者が、「殺すしかない」と、包丁を用意し、会館内の応接室でKのわき腹を刺した、とのこと。なんでも、二人が交際を始めたときには、すでにKには奥さんも(子供も)いたというのですから驚き、呆れてしまいます。いったい学会の倫理観はどうなっているのでしょうか。

これも、日蓮大聖人の後継者である御法主上人猊下をゆえなく邪淫呼ばわりしたがための、「還著於本人」の現証でありましょう。

 

わずか3才の娘を餓死させる(平成12年

 

平成12年12月10日、愛知県武豊町に住む谷川千秋容疑者(21)と妻の万里子容疑者(21)が、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕されました。

二人は、自分たちの長女である依織ちゃん(3)を段ボ−ル箱に入れて放置し、食事を十分に与えず餓死させたものです。食事は一日にパン一口という日もあり、おむつもほとんど交換されていなかった、といいます。依織ちゃんは発見時、身長は89センチあったものの体重はたった5キロしかありませんでした。

付近の住人の証言によると、二人とも熱心な学会員でよく会合に出かけたり、“勧誘”に歩いていた、とのことです。

 

「口」を武器にしていた副会長の最期(平成13年

 

創価学会の副会長にして、広報室長だった西口浩氏(53)が亡くなったのは、平成13年5月21日のことでした。原因は、口内にできたガンでした。

西口氏は「池田名誉会長の懐刀」とまで言われた大物幹部であり、学会批判者を猛然と人格攻撃したり、近寄るマスコミに札束攻勢をかけるといった辣腕ぶりは、マスコミ関係者のよく知るところでした。西口氏はテレビ番組にもよく登場し、学会への批判に雄弁に反撃する論客ぶりを見せていましたが、その西口氏が「口」のガンで亡くなるというのは、謗法の果報でなくして、いったい何でありましょうか。 しかも、西口氏は、手術によって顎(あご)の下部を切除し、まったく別人のような風貌と成り果てていた、とのことです。

ちなみに、この大物副会長の訃報が『聖教新聞』に掲載されることはありませんでした。しかもその葬儀は、家族だけで葬儀を済ます「家族葬」という“密葬”でした。むろん、西口氏の死を、会員に知られないようにするための措置でありましょう。

 

手錠をはめられ高速道路で死亡(平成13年

 

平成13年7月24日、中国自動車道で、女子中学生Kさんが手錠をはめられたまま死亡、というショッキングな事件が発生しました。原因は、頭部と足にできた大きな傷による失血死で、Kさんは走行中の自動車から高速道路上に出た後、別の車輛に轢かれたのが目撃されています。Kさんの家は創価学会員で、Kさん自信も学会員でした。

 

あの9・11テロでも(平成13年

 

平成13年9月11日にアメリカで起きた、あの忌まわしい同時多発テロでも、多くの学会員が犠牲になったようです。中でも、世界貿易センタ−ビルに突入したアメリカン航空のボストン発ロサンゼルス行き11便には、ロサンゼルス在住の「アメリカSGI(創価学会インタ−ナショナル)」職員Aさん(48)が搭乗していました。

Aさんは、アメリカSGI本部経理部長をしており、この日は出張を終え、妻子が待つ自宅への帰路でした。何とも不運でお気の毒な出来事ですが、因果を説く仏法の視点からとらえるならば、あらゆる事象は全て、因果によって生ずるわけですから、やはりこれも、起こるべくして起きたこと、と言うしかありません。

 

親子喧嘩の末に殴り殺される(平成13年

 

平成13年9月12日、福岡県京都郡苅田町で建築業を営む上田文昌さん(56)が、自宅で息子の上田将容疑者(28)に殴り殺されました。行橋署の調べでは、上田将容疑者は、口論の末、父・文昌さんの顔を殴り、倒れたところを、さらに胸ぐらを掴んで後頭部を数回、床板に打ち付けた、といいます。文昌さんは意識不明のまま北九州市内の病院に運ばれましたが、翌日、帰らぬ人となってしまいました。

上田さん一家は、聖教新聞を二部購読するほど熱心な学会員でした。

 

創価学会・公明党の“広告塔”である女優も(平成15年

 

平成15年8月9日、公明党参議院議員で女優の沢たまきさん(66)が、虚血性心不全のため、参議院議員宿舎二階の女性共用浴場の中で死亡しているのを、階下の水漏れに気付いた宿直職員によって発見されました。発見時には、すでに死後硬直が始まっていたとのことです。

沢さんは、創価学会芸術部の副部長などを務め、創価学会の広告塔の一人として、選挙支援や日蓮正宗攻撃などに従事していました。特に宗門攻撃に関しては、平成5年6月3日、沢たまきさんをはじめとする関東在住の学会員20名が、大石寺を相手取り、「大石寺墓地は無許可営業の違法墓地である」として、損害賠償を求める裁判を起こしました。(この裁判は、平成13年10月、最高裁が沢さんらの上告を斥け、大石寺の全面勝訴が確定しています。

また沢さんは、平成8年の衆院選で落選後、平成10年に参議院比例代表に鞍替えして当選。以後、今度は公明党の“広告塔”として活躍していました。ある意味、創価学会や公明党に、いいように使われてきた沢さんが、同じく、いいように使われた北條会長と同様、入浴中に急死したのは、やはり厳しい現証といえましょう。

 

創価学会員同士の痛ましい交通事故(平成15年

 

平成15年9月26日午後7時ごろ、岩手県北上市の創価学会北上会館近くの市道で、横断歩道を渡っていた市内に住むKさん(75才・女性)が、同じく市内に住むO(63才・女性)の車にはねられ、意識不明の重体となりましたが、被害者のKさんも、事故を起こしたOも、日蓮正宗攻撃に余念のない、バリバリの学会婦人部でした。

 

( 平 成 1 6 年 〜 平 成 1 8 年 は 略 )

 

兵庫県加古川市の小学2年生の刺殺事件(平成19年

 

平成19年10月16日午後6時ごろ、自宅玄関前で刺殺されまし。この日は5時45分頃まで家の前の道路事件で側溝の設置工事が行われ、7時から町内会の夜間パトロ−ルが行われる予定で、その間隙を縫っての犯行でした。

ちゃんの通夜及び告別式は友人葬で送られましたが祖父母は涙も流さず、手向けの言葉は父親が涙も見せずに淡々と読み、喪主の挨拶どころか、お経の声も一切聞こえてこなかったといいます。

 

ここにあげた現証は、一般紙でも報道されたような、大きな事件・事故ばかりであり、これらは、全国に何百万もいる学会員の身の上に起きていることの、ごくごく一部のことでしかありません。それにしても、なんと不幸で痛ましい事故・事件でありましょうか。

学会員の人達も、何も不幸になりたくて学会活動をしているわけではないでしょう。しかし、時が経てば経つほど、また謗法が重なれば重なるほど、その果報も、大きく、また広範囲におよんでいっていることがわかります。

学会員の人々が、この現実から目を背けることなく、自分自身や周りの方達のためにも一刻も早く、不幸を生み出す学会を脱会し、成仏への正しい道を歩まれんことを、心から念願するものです。

日蓮大聖人は『立正安国論』に、

「何ぞ同じく信心の力を以て妄(みだ)りに邪義の詞を宗(あが)めんや」

と仰せられ、なぜ同じ「信ずる心」を持ちながら、間違った教えを信ずるのか、と戒められています。

また像法時代の妙楽大師は『摩訶止観輔行伝弘決』に、

「師・法の二義は、須く暁らむべし、(中略)此二法に於て若し疑わずんば、或は当に復邪師邪法に雑すべし」

と説いています。

この文は、「仏教を修業するものは、まず師事する師匠と受持する法を疑って、その実態を明らかにしなければいけない。疑わなければ、邪師と邪法にたぶらかされて不純な修業になる」という意味です。この妙楽大師の文について、第二十六世日寛上人は、

「経文と諸師の所立と天地雲泥なり。何ぞ疑わざるを得んや。又蓮師の末流も同じからず」(法華題目抄文段)と仰せられ、「諸宗の教義は経文と大きく異なっており、日蓮大聖人の流れを汲む門流も間違ったものが多い」と御指南されています。

このように、「信順すること」が大切であると説く仏教でも、信仰の道を間違えないために、修業を始める前に師と法を疑うことを教えているのです。すべては現世安穏・後生善処のためなのです。日蓮大聖人の正しい仏法により、真の幸せを築かれることを祈ってやみません。