7 、 創 価 学 会 の 謗 法 ( 現 代 の 一 凶 )
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2 2 0 0 も の 顕 彰 を 持 つ 日 本 人
最近、日蓮仏法を標榜する創価学会の名誉会長である池田大作が、平成18年11月に名誉学術称号が200個に達し、勲章を26個もらったという報道がありました。
この時点では国家勲章、名誉市民、名誉博士、名誉教授、名誉会員をはじめ、国連機関や行政機関、教育機関などから、合計2200もの顕彰が与えられているとのことです。ギネスブックに申請すれば、その名が歴史に刻まれることは疑いないと思われます。
これほど桁違いな数の勲章類をもらっている人物など、過去においていないと思われます。さぞや傑出した人物だろうと期待して、活字ではない生のスピ−チを聞いてみると・・・・・、
池 田 大 作 の 生 の ス ピ − チ 【平成1年3月12日・埼玉指導のスピ−チ】
○全員が「勝つ」と強く決めていけ!勝つか負けるか。やられたらやりかえせ。世間などなんだ!強気、強気、強気・・・・・でいこう。どこまでもしぶとくいくんだ。(中略)なんでもいいから、言い返すんだ。こわがったり、ひるんだりしてはいけない。怒鳴っていけばいいんだ!(中略)反逆者には「この野郎、馬鹿野郎」でいいんだ!【平成2年11月16日・総講頭時代のスピ−チ】
○猊下(日蓮正宗の第六十七世御法主日顕上人猊下)というものは信徒の幸福を考えなきゃいけない。権力じゃありません。
○全然また難しい教義、聞いたって解らないんだ、ドイツ語聞いているみたいにね、それで「俺偉いんだ。お前ども、信徒ども、信者、信者」って。
○「信者、信者」言って、みんな信者だ、御本尊のよ、坊さんだって。違いますか坊さんだけほか拝んでんのかよ。【平成4年4月26日・第八回中部総会でのスピ−チ】
○このあいだ、オバサン、オバサンジョだ。二つ字を加えなきゃオバサンだったが男だったんですよ(ナイジェリアのオバサンジョ元国家元首のこと)。アフリカ全体の中心的人物だ。じつを言えば頭がいいんです。なかなかねエ。アフリカっていうと少しねェ、黒くてねェ。そう、そんなもんじゃない、先入観がよくない。一番バカなのは日顕(上人)!
○皆さん方もねェ、もうションベンしたいから早く(会合)終わりたいな、って思っているよねェ。【平成4年12月13日・全国青年部幹部会でのスピ−チ】
○あの−、まあ日顕(上人)なんか、その(イヤな奴の)代表だっていうんだ。ほんな、針金で結わえて、あの頭、トンカチでぶっ叩いてね(笑い)。【平成5年1月27日・アメリカSGI&関西合同総会でのスピ−チ】
○サンフランシスコの皆さん、今回は関西の交流団がお世話になりました、と、お世辞を使っておいた方が、広布基金がたくさん取れることを、私は声を小さくして申し上げておきます。(中略)ハワイ!(中略)マハロ−!マハロ−!バカヤロ−!バッハロ−!(中略)私の話が高尚で、そしてわかりやすく、そいで哲学的で、そいで文学調で、詩的でそいで会話的である。頭がそうとう聡明でないと、追っついていけないんです。そいで、行き詰まったところで、コ−ラスやって、みんなでウップン晴らしをすると。それが、芸術的、SGIの本当の仏法の行き方なんです。その反対が日顕(上人)の行き方なんです。【平成5年7月7日・第六十六回本部幹部会でのスピ−チ】
○糸満平和会館て、これ名前変えた方がいいんじゃないかな。・・・・・・・・ウ−マンっぽい、ウ−マンっぽい。糸満なんてウ−マンっぽい(会場はあまりウケない)・・・・・・・・・駄目か。もっといいね、いいのは、キンマン、いや、イトマン、キン○○コだよ!(会場爆笑)【平成5年8月8日・第六十九回本部幹部会でのスピ−チ】
○ずごい時代に入りましたね!そのうちデエジン(大臣)も、何人かでるでしょう。もうじきです。明日あたり出るから。みんな、皆さん方の部下だからそのつもりで。日本一の創価学会ですよ。
という信じがたいものでした。これが活字になると別物になってしまうのが実態です。
当時SGI公認通訳として、常に池田大作の側にいることが多かったある女性は、さすがにこうした類のスピ−チに接し、「先生のスピ−チがおかしい」と、苦しい胸の内を家族に明かしていました。
これらの勲章や顕彰の数々は、こうした実像を知る限り、この人物が歴史上、傑出した人物だから授けられたのではなく、歴史上、傑出した前代未聞の名聞名利に執着している人物だからであり、授けられるよう組織を挙げて働きかけたということが真実です。※これらの池田のスピ−チは、こちらからで聞くことができます。
海外に在住している元SGI幹部は、スペインのマドリ−ド大学に対して、図書贈呈と引き替えに池田大作が名誉称号をもらえるよう、創価学会本部の指示によって依頼したことを証言しています。
このように池田大作への称号や勲章は、金品の寄付に対する見返りや返礼の類がほとんどなのです。そしてその金品は、末端の学会員から広布基金(財務)と称して搾り取り、聖教新聞や書籍の出版、墓苑の販売等で学会員から利殖をはかったものなのです。したがって2200もの顕彰類は、池田大作が高潔な人格者であることのあかしにはまったくならないばかりか、池田大作の人間性の浅ましさを示しているものといえます。
勲章や称号をたくさんもらうことが、イコ−ル宗教の正しさを証明することにならないのは、オウム真理教の浅原彰晃教祖も、外国機関からいろいろな勲章や称号をもらっていたことでも明らかでしょう。
池 田 大 作 の 勲 章 自 慢
○アルゼンチンから五月の大十字勲章をもらったが、これで七つ目である。これが妙法である。信心です。たった五か月の間に三つの勲章(コロンビア・ブラジル)をもらった。(中略)五か月間に世界の勲章をもらえる人は、これまで一人もいなかった。議員でも何でもない私なのにだ。(平成2年5月3日)
○平和・文化・教育の活動に対しては、各界から私にさまざまな顕彰をいただいた。そのまま紹介すると、タイ王国「一等王冠勲章」のほか・・・・・(中略=この間、池田への勲章や賞などを、得々と自慢している)・・・・・。たくさんあると、皆、慣れてしまって、あんまり喜んでくれない(爆笑)。じつは一つ一つが重みをもった意義深き顕彰なのである。(平成3年12月23日)
(同じく池田大作の言葉)同 一 人 物 に よ る 顕 彰 類 拒 否 の 言 葉
○今の政治家は、やれ勲章を貰うとか、金をとるとか、また有名人は利己主義になって、自分の名だけ売って、金儲けをするとか、めちゃくちゃな世界であります。(中略)私ども創価学会員は、位もいらない、名前もいらない、有名でなくてもよい、大臣もいらない、また権力もいらない。(『聖教新聞』昭和38年8月3日付)
○(※ク−デンホ−フ・カレルギ−伯との対談で、“あなたはノ−ベル賞をもらえるでしょう”と激励され)そのような栄誉はほしくもありません。また、くださるといっても、受けることもありません。そのような人間が世界に一人くらい、いてもよいでしょう。(昭和42年10月13日の対談)そもそも志の高い人物は勲章など求めないでしょうし、ましてや自分の言動に責任を持ち、コロコロ変わることはないでしょう。
「虚飾」といって、中身が何もない人間ほど、せめて外見だけでも着飾ろうと腐心する人間がいますが、これほどの数を得るというのは異常であり、滑稽でさえあります。この先、勲章類を2500個、
3000個、3500個、4000個・・・・と、増やせば増やすほど、名聞名利の俗物ぶりを宣伝することになるでしょう。
東北学院大学名誉教授(宗教学)の浅見定雄氏は、
「池田氏は、自分を世界の著名人、偉人と同格と考えている。名誉市民や名誉会員などを含めると世界中から2000以上の勲章、顕彰をもらっているのがその証拠だというわけです。しかし宗教者が世俗の勲章でその権威を裏付けたり宣伝したりするのは、私たち宗教者から見てとても滑稽です。」
と呆れています。
これらが第二代会長であった故戸田城聖の恩に報いる事などと言っているようですが、名聞・名利に堕した俗物であることは日蓮大聖人の御書を隅々まで拝読し、御一生と比べて見れば一目瞭然です。
そもそも日蓮大聖人は名聞・名利に走ることを次のように仰せになっています。
名 聞 ・ 名 利 に 対 す る 大 聖 人 の 御 金 言
○名聞名利は今生のかざり、我慢偏執は後生のほだしなり。嗚呼、恥ずべし恥ずべし恐るべし恐るべし。
○愚人にほめられたるは第一のはぢなり。
このように栄誉栄達を求める名聞名利は仏道修業の敵であり、世間の謗法者からの称賛は第一の恥である、と明確に示されています。このような人物を仏だなどと崇めることは、仏に失礼であり、仏を侮辱する謗法罪に当たるでしょう。
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血 脈 相 承 の 否 定
池 田 大 作 の 著 書 よ り 【広布と人生を語るより】
○日蓮正宗における根本は、唯授一人の血脈である。その血脈相承の御法主上人に随順してゆくことこそ、僧俗の正しいあり方である。この一点を誤れば、すべてが狂ってくるのである。創価学会は、御歴代の御法主上人に随順してきたがゆえに、永遠に栄えていくことはまちがいないと確信する。
○御存じのとおり、私どもは日蓮大聖人の仏法を奉ずる信徒である。その大聖人の仏法は、第二祖日興上人、第三祖日目上人、第四祖日道上人、および御歴代上人、そして現在は第六十七世御法主上人であられる日顕上人猊下まで、法灯連綿と血脈相承されている。ゆえに日顕上人猊下の御指南を仰ぐべきなのである。この一貫した仏法の正しき流れを、いささかなりともたがえてはならない。「日蓮正宗における根本は、血脈相承の御法主上人に随順してゆくことこそ、僧俗の正しいあり方である。この一点を誤れば、すべてが狂ってくる」(池田大作)「現在は第六十七世御法主上人であられる日顕上人猊下まで、法灯連綿と血脈相承されている。ゆえに日顕上人猊下の御指南を仰ぐべきなのである。この一貫した仏法の正しき流れを、いささかなりともたがえてはならない。」(池田大作)
この一点を誤り、いささかなりともたがえたのが、池田大作自身とその取り巻き幹部達なのです。その結果創価学会はすべてが狂っていったのです。
池田自身の著書でも分かるように、創価学会の誤りは、実は池田自身が一番よく分かっているのです。分かっていながらも前代未聞の名聞・名利に堕し、その大悪知識によって多くの学会員が阿鼻地獄に引きずり込まれていくのです。本当に不憫でなりません。
池田大作の自らのスピ−チ(本音)で招いた破門によって、それまで血脈相承を否定していた正信会を13年間に渡って厳しく糾弾しておきながら、突然手のひらを返したように正信会とまったく同じに血脈相承を否定し、宗門を誹謗中傷した学会のあり方に正義はありません。
「妄語」「綺語」「両舌」「二枚舌」「自語相違」「変節」「無節操」「厚顔無恥」等々の日本語がありますが、適当な言葉が見つかりません。
「脱功徳魔」(功徳をことごとく奪う魔)「脱命魔」(命をことごとく奪う魔)という言葉を聞いたことが有りますが、これが一番しっくり来るかもしれません。真面目な末端の学会員の人達は、池田創価学会の邪教が第七識に強く刷り込まれ、その影響は計り知れません。そして現世で謗法という堕地獄の悪因を、せっせと第八識に刻み込んでいるのです。
日蓮大聖人は、こうした事態を予見していたかのように、文証を残されています。そこには、
『総別の二義少しも相そむけば、成仏思もよらず、輪廻転生のもといたらん』
と御教示されています。そして、
『末代の衆生は法門を少分こころえ僧をあなづり法をいるかせにして悪道におつべし』
と、衆徒が慢心を起こして法華経を説く僧侶を誹謗し、法を粗末にして悪道(堕地獄)に堕ちることを憂いています。
「法華経(正法)を謗ずる罪」、あるいは「臨終に現れる堕地獄の相」を思い出してみて下さい。
日蓮大聖人の御金言及び御歴代御法主上人猊下の御指南(善知識)を信じて、本門戒壇の大御本尊の光明に照らされて、現世安穏・後生善処の大功徳を受けるのか、それともまた、2200もの顕彰を持つ名聞・名利の池田大作及び学会幹部の指導(悪知識)を信じて、誹謗とニセ本尊の悪因とともに悪道に堕ちる道を選ぶのか、その因を決めるのは御自身であることを肝に銘じてほしいと思います。
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信 心 の 血 脈 と 法 体 の 血 脈
「此の経は何なる人の為ぞや、答う此の経は相伝に有らざれば知り難し」(一代聖教大意)
「代代の聖人悉(ことごと)く日蓮なり」(御本尊七箇之相承)
「釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す、(中略)背く在家出家どもの輩(やから)は非法の衆たるべきなり」(池上相承書)
「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」(生死一大事血脈抄)
と仰せのごとく、師弟相対の相伝である血脈相承がなくては、正法の深義は伝えられないし、いかに御本尊を持っても、真の功徳は得られません。
日蓮大聖人は『曾谷殿御返事』に、
総 別 の 二 義 あ り
是れには総別の二義あり。総別の二義少しも相そむけば、成仏思もよらず、輪廻転生のもといたらん
と仰せで、血脈相承には総じて大衆にも広く与えられるもの(信心の血脈)と、別して最も資質の優れた御弟子を後継者として選び、法体を授けられるもの(唯授一人の血脈・法体の血脈)という総別の二義があります。
総じて大衆にも与えられる血脈は、別して御歴代猊下一人に伝わる法体を源として流れるものですから、信心の血脈をもって法体の血脈を否定せんとすることは、悪道に堕する根源になると大聖人は戒められているのです。
だからこそ、この血脈相承を受けられた代々の御法主上人猊下に対しては、日蓮大聖人のごとく拝することが肝要だと説いているのです。
それを「日顕宗」だとか、書くこともはばかられるような悪口雑言を言い立てる学会は、「非法の衆たるべきなり」であり、謗法の罪は免れません。
池田大作及び学会幹部達は、末端の学会員に対して盛んに『大聖人直結』『御書直結』『信心の血脈』と、もっともらしく言っていますが、その意図するところは『唯授一人の血脈・法体の血脈』を否定することにあります。ですから、「この一点を誤れば、すべてが狂ってくる」(池田大作)と名誉会長自らが言うように、血脈を否定し、誹謗中傷する池田創価学会を「悪知識」と断ずるわけです。
そもそも『大聖人直結』『御書直結』『信心の血脈』ならば、日蓮宗と同じではないでしょうか。
大 白 蓮 華 よ り (創価学会機関紙)(掲載論文昭和四十一年九月号)
よく信心の血脈を問題にする者がいる。生死一大事血脈抄に『信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり』とある文をもって、信心さえあればよいとする立場である。誰でも自由に継承できるなどというのはこれだ。(中略)有名無実の信心をふりまわし、付属相承を否定するのは、総別の二義に迷惑し、師弟相対に暗く自ら混乱を好むしわざではないか。
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ニ セ 本 尊
日蓮大聖人は、人をだまして無間地獄におとしめる悪知識は、法華経を説く僧ではなく「僻案せん人」「人のたばかり」であると説いています。
「故に畏る可きは大毒蛇・悪鬼神よりも弘法・善導・法然等の流れの悪知識を畏るべし」と、“悪像”(悪い猛獣・害虫等)よりも“悪知識”(正法を誹謗する僻見の人)を畏れるべきことを説いています。
現代の畏るべき“悪知識”とは、無知な一般の学会員を、血脈付法の御歴代上人猊下と本門戒壇の大御本尊から遠ざけ、ニセ本尊(魔札)を作成・販売し、それを拝ませるといった大謗法を犯させることをいいます。
本物の日本銀行券(紙幣)を、ある組織がプロの職人に委託して精密複写し、造幣局で使用しているのと同じ機種の印刷機と用紙とインクを使用して作成した紙幣は、日本銀行券として有効でしょうか。社会の常識はそれを「ニセ札」と称し大きな犯罪となります。第二十六世日寛上人の御書写された御本尊がいくら御真筆であっても、それを勝手に精密複写したものは、これも同じく「ニセ本尊」と称し大謗法となります。
ましてや一期一縁の個人授与の御本尊(栃木県・浄圓寺に所蔵の本證房日證師に授与された御本尊。浄圓寺の住職・成田宣道は平成四年に日蓮正宗から離脱し、この御本尊を学会に提供してしまった)を、好き勝手に改ざんした上で、大量にコピ−した、この上なく悪質な「ニセ本尊」であり、仏力法力どころか魔性が入った恐ろしいものになっているのです。(謗法払いをしなくてはならない魔札なのです。)
戸 田 城 聖 の 指 導 よ り (創価学会第二代会長)(大白蓮華昭和34年7月号)
○いわゆる付属のないもの。これは偽札本尊といって、これらを本尊と立てる連中は御本尊は誰が書いてもよいなどと考えているのである。
○ただ、大御本尊だけは、われわれは作るわけにはゆかない。日蓮大聖人様のお悟り唯授一人、代々の法主猊下以外にはどうしようもない(中略)ニセですから、力がぜんぜんない。むしろ魔性が入っている。魔性の力が入っている。だからコワイ。
学会のニセ本尊造りは、今に始まったことではありません。ニセ板本尊の実物調査の結果、昭和54年までに少なくとも七体の板本尊が勝手に模造されていたことが判明しています。これらは総本山で取り上げられました。つまり池田創価学会はニセ本尊造りの常習犯だったのです。
ここに目茶苦茶な例があります。下記の写真(東北総合研修所内の牧口記念館に安置したニセ板本尊)は、昭和26年5月3日、日昇上人がら池田大作個人が賜った紙幅の御守り御本尊を、勝手に写真にとって拡大し、板本尊に造り変えたものです。
そもそも御守り御本尊は、我が身に携帯して御守護申し上げる御本尊であり、拝ませるべきものではありません。ましてや、拡大変造するなどあってはならないことです。
かつて、ニセ板本尊を造った謗法者共ですから、それから十数年後の平成5年、今度は紙幅のニセ本尊を造ったとしても、もはや罪悪感はなかったことでしょう。
御本尊の右肩に、「悩乱する者は頭破れて七分となる」とありますように、大切な御本尊を手放して御不敬され、替わりにこのような悪鬼魔神のニセ本尊を祀っているような人は、頭破七分・堕地獄は疑いないところです。

写真左が、池田大作がお守り御本尊を拡大コピーして造ったニセ板本尊
写真中央が、日寛上人の書写された御本尊で、右がそれを変造してコピーした学会製ニセ本尊
@は、日寛上人が認められた授与書を削り取って、改ざんした箇処
Aは、梵字に加筆して、下の方まで伸ばしている
Bは、題目の「経」の字に加筆して、線を太くし、下の方まで伸ばしている
Cは、大増長天王の「天」の字に加筆して、線を太くしている
(写真等は『創価学会の邪義迷妄を破す』/慧妙編集室編より抜粋いたしました。)
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日 蓮 大 聖 人 が 警 告 し て い る 悪 知 識
悪 知 識 を 畏 る べ し 【人のたばかりは・おそろしき事なれば】
○私ならざる法門を僻案せん人は偏に天魔破旬の其の身に入り替りて人をして自身ともに無間大城に堕つべきにて候つたなしつたなし、(中略)総じて日蓮が弟子となって法華経を修業せん人人は日蓮が如くにし候へ(四菩薩造立抄)
○されば仏になるみちは善知識にすぎず(中略)而るに善知識に値う事が第一のかたき事なり、されば仏は善知識に値う事をば一眼のかめの浮木に入り、梵天よりいとを下て大地のはりのめに入るにたとえ給へり、而るに末代悪世には悪知識は大地微塵よりもをおく善知識は爪上の土よりもすくなし(三三蔵祈雨事)
○人のたばかりは・おそろしき事なれば・一定法華経すて給いなん(上野殿御返事)
○仏の曰く「悪像等に於ては畏るる心なかれ、悪知識に於ては畏るる心をなせ、何を以ての故に悪像は但身をやぶり意をやぶらず・悪知識は二共にやぶる故に、此の悪像等は但一身をやぶる悪知識は無量の身・無量の意をやぶる、悪像等は但不浄の臭き身をやぶる・悪知識は浄身及び浄心をやぶる、悪像等は但肉身をやぶる悪知識は法心をやぶる、悪像の為に・殺されては三悪に至らず・悪知識の為に殺されたるは必ず三悪に至る、此の悪像は但身の為のあだなり、悪知識は善法の為にあだなり」と、故に畏る可きは大毒蛇・悪鬼神よりも弘法・善導・法然等の流の悪知識を畏るべし、略して邪見の先を明かすこと畢んぬ(星名五郎太郎殿御返事)
日蓮大聖人は“悪知識”(邪義)は浄身及び浄心をやぶり、法心をやぶり、必ず三悪に至り、善法の為にあだになると、繰り返し“悪知識”を畏るべしとお説きです。
日蓮正宗の御法主上人猊下及び御僧侶方が“悪知識”なのか、それとも池田創価学会が“悪知識”なのか、日蓮大聖人の御金言から拝すべきことを願っています。
ここに創価学会の悪知識の実例の、ほんのごく一部を紹介します。
日蓮正宗においては、僧侶が日蓮大聖人のお遣いとして葬儀を執行し、その際、導師曼陀羅(御本尊)を御安置し、故人に戒名を授けて、懇(ねんごろ)に成仏へと導きます。ところが、昨今の学会は、この日蓮正宗の葬儀を、大聖人の教えとはまったく無縁の邪義であると、誹謗しています。
日蓮正宗の葬儀を誹謗する主な主張は、
日 蓮 正 宗 の 葬 儀 に 対 す る 学 会 の 誹 謗 (創価学会の主な主張)
1大聖人の時代には、宗門僧侶が葬儀を執行した、という事実はない
2戒名は、江戸時代に既成仏教が金儲けのために始めたことで、それを日蓮正宗が取り入れたのだ
3導師曼陀羅は謗法である
4大聖人が塔婆を立てて供養されたこともない
というものです。
1については、『宗祖御遷化記録』にも明らかであり、また日興上人の『曾禰殿御返事』にも、お弟子の僧侶を遣わして、葬儀を行うことを言っておられます。
2の戒名については、日蓮大聖人が自ら、父君は「妙日」、母君は「妙蓮」という法名(=戒名)を授けています。戒名とは本来、仏門に帰依したときに授けられるもので、法名と同義であり、そのことは学会で出している『仏教哲学大辞典』にも出ています。
3の導師曼陀羅については、学会は、「御書にない『五道冥官』等の文が書かれ、大聖人の御本尊と明らかに異なっている」と主張していますが、学会で大聖人直結の方とする二十六世日寛上人の顕わされた御本尊の中にも、やはり「五道冥官」等と書かれた導師御本尊が存し、御書P12の中にも「五道冥官」の語は示されています。
4の塔婆供養については、以下の『中興入道消息』や『上野殿後家尼御返事』『草木成仏口決』の御文を拝読してください。
そ と ば ( 卒 塔 婆 ) の 功 徳 に よ り て
【丈六のそとばをたてて其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕して】
○丈六のそとば(卒塔婆)をたてて其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕して・をはしませば、北風吹けば南海のいろくづ其の風にあたりて大海の苦をはなれ・東風きたれば西山の鳥鹿・其の風を身にふれて畜生道をまぬかれて都率の内院に生まれん、況や・かのそとばに随喜をなし手をふれ眼に見まいらせ候人類をや、過去の父母も彼のそとばの功徳によりて天の日月の如く浄土をてらし、孝養の人並びに妻子は現世には寿(いのち)を百二十年持ちて後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん(中略)此れより後後の御そとばにも法華経の題目を顕し給へ(中興入道消息)
○いかにも、いかにも追善供養を心のをよぶほどはげみ給うべし(上野殿後家尼御返事)
○我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり(草木成仏口決)
このように故人の成仏と後生にとって、重大な意義を有する葬儀でさえ、創価学会は平然と虚偽を説いているのです。そして創価学会の葬儀は、こうした虚偽をもとにして僧侶不在、在家だけで執行される学会葬を行っています。(ニセ僧侶が用意される場合もありますが)
読経・唱題の導師を勤めるのも、僧侶ではなく在家幹部であり、導師曼陀羅はなく、学会製のニセ形木本尊を斎場に持ち出して使用し、位牌には戒名でなく故人の俗名が書かれるという、「学会葬」「友人葬」「同志葬」と称される葬儀です。したがって、これらの学会儀は、故人を堕地獄に引導する最直道となることでしょう。
以上、創価学会の“悪知識”の実例の、ほんのごく一部を紹介しました。
名 利 名 聞 を 捨 て 法 華 経 を 説 か ん 僧 を 敬 ひ
【末代の衆生は僧をあなづり法をいるかせにして悪道におつべし】
何としても此の経の心をしれる僧に近づき、いよいよ法の道理を聴聞して信心の歩を選ぶべし。(中略)地獄に堕ちて炎にむせぶ時は願くは今度人間に生まれて諸事を閣(さいお)ひて三宝を供養し後世菩提をさずからんと願へどもたまたま人間に来る時は名聞名利の風はげしく仏道修業の灯は消えやすし、(中略)末代の衆生は法門を少分こころえ僧をあなづり法をいるかせにして悪道におつべしと説き給へり、法をこころえたる・しるしには僧を敬ひ法をあがめ仏を供養すべし、(中略)後世を願はん者は名利名聞を捨てて何に賎しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬うべし、是れ正く経文なり。(新池御書)
御法主上人猊下及び御僧侶方の御指南、御指導に耳を傾ければ、なお一層宗門が「善知識」であり、創価学会が「悪知識」である事が理解できます。しかし法然の選択集の「捨・閉・閣・抛」さながらに、学会以外の書物及び批判記事類は「捨・閉・閣・抛」せよという指導が徹底しているようで、耳を塞ぐ傾向にあります。
創価学会の指導に絶対の自信があるのならば、寺院に来て堂々と宗門の指導にも耳を傾けたり、機関紙に目を通したりすれば、正当性が比較検討出来るのではないでしょうか。
私は「平和と人権」を看板にする団体である聖教新聞も読んでいます。この新聞の“寸鉄”欄には、
「薄汚いドブネズミ」
「人間の皮をかぶった鬼畜」
「衣を着た畜生」
「インチキ坊主」
「暗闇を這い回るどぶ鼠は、社会の害毒」
「「11月3日は『文具の日』。デマを書くペンは魂を腐らす凶器だ。叩き折れ!」
「金金金、嘘嘘嘘、陸士卒も旧制中学卒もデタラメ竹入(元公明党委員長)。お前なんか屑屑屑」
「仏典『愚者は、悪い行いをしながら気づかない』。悪行竹入は人生愚者愚者」
等々の異常な文言が掲載されていますが、この欄は池田大作の肉声に近いものだと言います。
元公明党委員長の竹入義勝に対する異常とも思える誹謗・中傷は、竹入氏が「勲一等」の叙勲を受けたためだとも言われています。つまり池田大作が外国からかき集めた勲章や名誉称号等の2200もの顕彰類は、早い話が「お金さえ積めば誰でも与えられる」たぐいのものばかりのために、池田が嫉妬し、激怒したというのが真相のようです。
「勲一等」ばかりは、さすがの勲章好きの池田大作でさえも、手に入れるのは無理だったようです。
それはともかくとして、聖教新聞記事を冷静に隅々まで読み(ただし異常な文言の数々や教義の誤り等で、精神が破壊されないようにするのが一苦労ですが)、日蓮大聖人の御書及び釈尊の法華経二十八品及び大白法等の内容と比較して、どちらが「善知識」であるかを判断しています。けっして聖教新聞を「捨・閉・閣・抛」などはしていません。
学会員も同じように「大白法」(日蓮正宗法華講連合会の機関紙)等を「捨・閉・閣・抛」せずに、冷静に隅々まで読んでみて下さい。それが公正・公平と言うものでしょう。批判している側の意見に耳を塞いでいて、どうして真実が分かるでしょうか。
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敗 訴 は 絶 対 に 報 道 し な い 学 会 の 機 関 紙
例えば報道にしても、創価学会は聖教新聞や創価新報などで、日蓮正宗が創価学会との訴訟で連戦連敗していると報じています。しかしこれは欺瞞に満ちたものです。
平成16年5月現在までに学会及び学会員からの提訴が約130件、宗門側からの提訴が約40件あり、合わせて約170件の訴訟が起こされています。これらの裁判で和解事案の35件を除いた130数件のうち、宗門側の勝訴率は80%以上にのぼります。それなのに、聖教新聞や創価新報などに創価学会側の敗訴記事が掲載されたのをただの一度も見たことがありません。
創価学会は、数少ない勝訴判決には大騒ぎをする反面、数多い敗訴判決については、まったく会員に知らせてはいないのです。
宗門は、裁判の勝敗にかかわらず、その結果を正直に公表しています。どちらが正直を旨としているかはお分かりでしょう。また相手を攻撃するために訴訟を乱発し、司法制度を悪用しているのはどちらなのかも、合わせて考えて見てください。
詐欺にあう被害者のパタ−ンにはある法則があります。それは都合の良い情報(虚偽の情報を含めて)だけを一方的に知らされ、不都合な情報は一切知らされず、それらを鵜呑にしてしまうことです。その結果、貴重な財産をだまし取られることになり後悔します。
少し賢い人ならば、別の角度から情報を集め、自分の頭で考えて真偽を確かめようとします。そしてそれによって詐欺から自らの財産を守ります。まして仏法は、現世安穏・後生善処の即身成仏にかかわる人生の大事なのですから、財産をだまし取られる比ではないはずです。創価学会側だけの情報で、全てを判断するのは間違っており危険だと知るべきです。
参考までに、平成4年11月4日に創価新報に掲載された合成写真を紹介します。これは「芸者写真事件」とよばれるものですが、二人の宗門僧侶の古稀の祝いに、日顕上人をはじめ僧侶方が婦人同伴で祝宴に招かれた席での写真を、創価学会が故意に偽造し、卑しい言葉をつけて報道して日顕上人を中傷したものです。
当然のことながら、日蓮正宗と大石寺は、これらの行為が名誉毀損に当たるとして、創価学会側を提訴しました。
東京地裁・東京高裁では、創価学会による偽造写真を用いた一連の報道は、日顕上人の名誉を毀損する違法なものであると断定しています。にもかかわらず、東京高裁では、宗門が逆転敗訴しました。理由は、日顕上人個人の名誉を毀損するものではあっても、原告である日蓮正宗と大石寺に対する名誉毀損には当たらないと判断されたからです。おかしな判決と言わざるを得ません。
なお、創価学会では、判決内容を歪曲して、あたかも日顕上人が「芸者遊び」をしていることを裁判所が認めたかのように、「創価学会は勝った、宗門は負けた」と喧伝していますが、そういう認定事実はまったくありません。判決文には、むしろ創価学会こそ卑劣な策謀をろうする「違法集団」である、という認識が示されています。
創価学会の一連の報道だけを、鵜呑にして良いものでしょうか。宗門(法華講)側の意見に耳を塞いでいて、どうして真実が分かるでしょうか。詐欺に合わないためにも、宗門(法華講)側の報道にも目を通して、その上で日蓮大聖人が仰せの
『人のたばかりは・おそろしき事なれば・一定法華経すて給いなん』
『悪知識を畏るべし』
とは、宗門・学会のいずれを指しているのかを、自分の頭で考えて真偽を確かめられることを、心からお勧めします。
ついでに申し添えておきますが、この「芸者写真」と同様にして、御法主日顕上人猊下を誹謗中傷するために大宣伝した「シアトル事件」(アメリカのシアトルで、昭和38年に当時教学部長であった日顕上人が、売春婦と金銭トラブルを起こした等というもので、ヒロエ・クロウという、シアトル在住の学会婦人部幹部を唯一の告発者とし、クロウの口から語られる内容を、学会機関紙に書いて喧伝したのも。宗門側の反論に対して、学会側がクロウの名誉を毀損したとしてアメリカで裁判を起こしたものだが、「フェア・プレイと実質的正義に適合しない」とクロウの訴えを門前払いとした)の学会報道に対して、日本で逆に宗門側が名誉毀損で提訴しました。
高裁からの和解勧告に従って、訴訟法262条第1項の規定により、「裁判(事件)そのものが初めからなかった」こととなり、一審判決もすべて効力を失いました。(実質的には宗門側の勝訴以上の大勝利で終わりました。)創価学会はこの偽造・変造した写真を使い、機関紙で猊下を盛んに攻撃しました。そのすさまじい文言の数々は、そのまま、学会の体質を如実に示しているといえます。これが「平和」「文化」「教育」を称える団体の真の正体を、自ら正直に告白したものとなっています。

この合成した偽造写真に付けられた誹謗中傷の文言
◆「芸者をあげて放蕩三昧」
◆「堕落した行体」
◆「芸者漬け」
◆「芸者遊びにふける日顕」
◆「とどのつまり淫乱」
◆「遊蕩と邪淫の現場」
◆「遊蕩魔の地獄遊びの姿」
◆「一夜、数百万円の戯れ」
◆「骨の髄まで堕落」
◆「はしために酒の相手」
◆「遊び狂っている」
◆「日顕堕落宗」等々
学会は、原版写真(上)をカットしたり、別な背景を合成して、これを“邪淫の現場”“密室での芸者遊び”の証拠写真(下)に仕立て上げました。
(写真等は『創価学会の邪義迷妄を破す』/慧妙編集室編より抜粋いたしました。)
◆
建 物 強 度 偽 装 事 件
何よりも恐ろしいことは、創価学会が三宝(仏・法・僧)を誹謗し、本門戒壇の大御本尊との縁を切り、『ニセ本尊』の作成・販売といった大謗法を犯し、『大聖人との直結』などと血脈を否定し、『戒名は不要』『葬式は友人葬で』『塔婆供養も不要』『勤行の簡略化』『観念文の改ざん』『他宗との協調』等々の謗法集団になり、創価学会員が法華経で説かれている池田大作らの「悪知識」によって、謗法の罪に染まっていくことです。
最近では、身近な人物で「言動や行動が異常」だと思われる人物、イコ−ル「創価学会員」だという場合(割合)が多くなっているのを感じています。
建物強度偽装で逮捕された姉歯秀次元一級建築士や投身自殺したその妻の親族等は、創価学会員だと言うことです。
逮捕以前からマスコミに堂々と出て誠意のない釈明をするなど、今までの犯罪者とはタイプが違っていて非常に奇異に感じていましたが、創価学会と関連があることを知り、さもありなんと妙に納得してしまいました。
東京地裁の被告人質問で、偽装のきっかけについて
「教わったわけではない。何百回もトライして発見した。」
と明言し、偽装した動機が金銭目当ての犯行であったことが明らかになりました。
この偽装によって年間2000万円余を売り上げ、そのお金で高級外車を2台買い、女性(愛人)との交際に月15万円を使っていたことも分かりました。
彼の個人的な欲望の代償として、木村建設の篠塚元東京支店長は一時加害者として断罪され、89kgあった体重は今も62kgにしか戻っていない状態が続いて自宅に引きこもり、ヒュ−ザ−の分譲マンションから退去を受けた住民は、あっけなく数千万円の財産と生活基盤を失いました。ある30代の夫婦は、自己負担1700万円〜1800万円前後の建て替え案をのむか揺れ続けたといいます。
資金計画は崩れ、二重ロ−ンの負担がのしかかります。3年後に二重ロ−ンの返済が始めれば、家計はもたないために、妻は週3〜4回パ−ト勤めに出て月10万円程稼いでしのごうとしています。また交通費を浮かすために30分以上かけて自転車で通う生活が続き、週末に家族3人で外出する楽しみも奪われたといいます。
姉歯秀次というたった一人の人間の悪(煩悩)でさえも、これだけ多くの人々の生活が根底から崩されて、大きな苦悩に引きずり込まれました。ましてや池田大作という創価学会トップの悪(煩悩)によって、多数の学会員が悪に引きずり込まれることの社会的影響は、姉歯秀次の比でないことは明白です。
こうした謗法集団に縁していることで、学会員の不慮の事故や、学会員による事件の多さや、学会員の臨終の相が堕地獄の相であること等の現証が起きていることを、一刻も早く気づいて脱会すべきです。
無間地獄に堕ちるのは、それによって現世で名聞・名利を満喫している幹部だけで十分なはずです。幹部らと一緒に無間地獄の悪業を積む義理はないと気付くべきです。
昨今の日本中に蔓延している偽装のオンパレードも、その源をたどれば、こうした創価学会の偽装(大妄語)から始まっているのではないかと思っています。
◆
“ 自 ・ 公 ” 連 立 が は ら む 危 険 な 兆 候
今や一国の総理大臣が選挙のために、
2003年11月の総選挙では、自民党議員は、小選挙区において、学会票の上積みを得た候補が130人以上にのぼり、しかもそのうち90人は、学会票が無ければ落選していたといいます。つまり学会票がなければ、自民党は、さらに90議席減らしており、反対に民主党は、90議席上乗せして、過半数を制し、政権を奪取していたというのです。
つまり、自民党は、もはや創価学会の支え無くしてはやっていけず、特に、90人の自民党議員は、創価学会によって当選させてもらった以上、池田大作と創価学会に頭が上がらず、支配されるという関係になりました。
創価学会に批判的な候補を中心に、自民党と対立する民主党候補に学会票を与えて支援した他、小選挙区での支援の代償として、比例票の“供出”を要求し、自民党の、比例代表による議席をもぎ取ったのです。これから先、選挙の度に凋落の一途をたどる自民党を、中から喰いつぶし、やがて全議員に創価学会票という義足をはかせることでその死命をにぎり、“隠れ公明党”ができ、批判的な議員は、選挙で対立候補を応援してふるい落としていきます。
この“隠れ公明党”と“公明党”とで政権を握り、創価学会(池田大作)が日本を操るという戦略があります。
この日本を操る(天下を取る)のが、池田創価学会の本質ですから、その学会の政治部にしか過ぎない公明党に、政治的な理念などあろうはずもありません。「反戦・平和」は仮面であり、その後の戦時法案の成立に与したことをみれば理解できると思います。
創価学会と公明党の支配者である池田大作は世間を相手に大見得を切った発言を、後になって都合が悪くなると、コロッとひっくりかえして平然としている人物です。
「何でも有り」
「無原則が原則」
「ウソも方便」
と公言してはばからない勢力が、政権の中枢にいるのです。これで日本が、政治が、社会が良くなるわけが有りません。
公明党・創価学会という“阿片”(アヘン)を吸引してしまった自民党の政治家は、もはやそれなしでは生きていくことができないのはもちろんですが、より恐ろしいのは、そのことによって池田大作と同じ体質がすでに染みついてしまったことです。
2004年1月、民主党大会の際、管直人代表は“自・公”連立政権について、
「人間の体内にほかの生物が入り込んでコントロ−ルしてしまう映画があったが、自民党の内側に公明党が入り込んでコントロ−ルする状況になりつつある。」
「日本の政治が公明党を通じて創価学会という一宗教団体に支配されてはならない。」
と指摘し、批判しました。
1月23日、中曽根康弘元首相は、東京都内で行った講演の中で、“自・公”について
「今が限度で、これ以上深入りすると両方が堕落する。初めから(学会票の)2〜3万票を当てにしては自民党は駄目になる。」
と述べています。
平成18年11月1日付「読売新聞」に掲載された「安倍主義」と題するコラム記事が安倍・池田大作会談の内容を詳報しました。
安倍は総裁当選2日後の9月22日午後、番記者をまいて都内の創価学会施設で、名誉会長の池田大作(78)と1時間を越える会談を行い、その中で
「来月の衆院補選の応援をよろしくお願いします」
と要請したとあります。
もはや自民党の“隠れ公明党”化は、ここまできています。今や、エイリアンとなって自民党を中から思うままにあやつる創価学会・公明党が、日本を思うままにあやつる天下取りが夢物語ではなく、現実味をおびて迫っています。
創価学会は“広宣流布”などと、仏教用語で本質をカモフラ−ジュしていますが、それはあくまでも偽装にすぎず、本質は一貫して“天下取り”のための政治団体であり、集票と無税で金集めをする手段として、日蓮正宗の御本尊と教義を徹底して利用してきたのです。
ですから、日蓮正宗という宗教上の権威を失ってからは、もはや正しい信仰に励み、成仏したいという人達は、学会首脳の中には一人もいないのです。会員にニセの本尊を拝ませ、口から出まかせの支離滅裂な教義をふりまわしながら末端の学会員をたぶらかし、池田大作が日本を支配した暁には、その下で少しでも良い地位を占めようと思い、また、それまでの間、議員や幹部として甘い汁を吸うことだけを願うような幹部達が、創価学会と池田大作を支えています。
こうした創価学会の謗法化と、公明党が与党になってからの悪法成立の数々は、経済の悪化、人心の荒廃と犯罪の増加、そしてそれに連動して起きている自然災害、学会員による重大事件や恐ろしい事故等、数々の現証となって現れています。
「新ガイドライン関連法」「盗聴法(組織的犯罪対策法)」「国民総背番号制(改正住民基本台帳法)」「国旗・国家法」「教育基本法の改悪(平成18年12月15日成立)」「憲法改悪の動き」等々の戦争を行うための法整備及び改悪化を着々と進め、さらに「貧困層(ワ−キングプア)の増大」「凶悪犯罪の増加」「治安の悪化」「自然災害(天変地夭)の続発」等々の国内の悪化現証は、創価学会の謗法とは決して無関係ではないのです。