3 、 釈 尊 の 本 意 を 経 文 か ら 探 究 す る
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末 法 の 法 華 経 の 行 者 ( 上 行 菩 薩 )
滅後末法の時代において、法華経に説かれたとおりの大難に遭われた法華経の行者は、歴史上ただ御一人の人物しか当てはまりません。
その人は日本史の教科書等の書籍を見れば明らかで、経文のとおり法華経の弘通故に、惡口罵詈され、刀杖瓦石を加えられ、弟子檀那を殺害され、ご自身も何度も殺害されそうになります。また伊豆と佐渡の二回にわたって流罪に遭っています。
その人物の名は、“日蓮”(大聖人)といいます。
日蓮大聖人は、法華経(正法)を弘通しようとすれば、このような命に及ぶ大難が起きることが経文によって予めわかっていたましたが、末法の一切衆生の救済の為に、大慈悲を持って行動されました。
御 書 『 開 目 抄 下 』 よ り
○これを一言も申し出だすならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来たるべし。
○そもそも、たれやの人か衆俗に悪口罵詈せらるる、誰の僧か刀杖を加へらるる、誰の僧をか法華経のゆへに公家・武家に奏する、誰の僧か数数見賓出と度度ながさるる。日蓮より外に、日本国に取り出さんとするに人なし(開目抄下)
と、流罪地である極寒の佐渡の地でしたためられています。
日蓮大聖人が受けられた大難の数々や、妙法弘通の様子は、第5章の「日蓮大聖人の御一生」(年表)としてまとめてありますが、法華経の経文に寸分違わぬ御振舞に、そして横死しなかった奇蹟に驚くと共に、名声や肩書き(名聞)、それに富や財産(名利)といった世俗的な事は一切求めず、ただ一途に末法の衆生を救済していこうとする、大慈悲の御振舞があるばかりでした。
