6 、 文 証 ・ 理 証 ・ 現 証 

 

 

          法 華 講 員 の 体 験 談 ( そ の 8 )

 

 

真 っ 暗 な 人 生 を 克 服 ! 今 和 楽 の 家 庭 が (本間秀子さん)

 

 

私は、昭和59年8月、21歳の時、すでに妙観講の講員となっていた友人より折伏を受け、日蓮正宗に入信させていただきました。

それまでの私の人生はメチャクチャで、いつ死んでも悔いはない、とさえ思っていましたので、折伏を受けた時は、何か、光が見えてきたような気がして、これが最後の望みと思い、入信いたしました。

過去を振り返ってみますと、私の不幸は生まれた時から始まりました。私は、赤ん坊の頃より体が弱く、さらには重度の小児喘息にもなり、病院通いの毎日でありました。その上、母が、肝臓ガンのために、33歳の若さで亡くなってしまいました。

当時、2歳だった私は、母との死別後、毎晩のように夜中に、

「ママ、ママ」

とうわごとを言い、泣いてばかりだったそうです。

次第に心身ともにまいってしまい、あらゆる内臓の機能が弱まり、抵抗力も無く、ひとたび風邪をひこうものなら、1〜2週間は寝込んでしまう状態となりました。

さらに小学生の頃には、強度の偏頭痛と、鼠蹊ヘルニアによる激痛が起こり、さらには血液中の血小板が減少して、ひとたび出血すると血が止まりにくく、また、それによる貧血まで起こりはじめました。まさに私の身体は正常なところが皆無に等しい状態となり、少しも休みなく、常に、どこかが痛く、病院へ行っても治療するスベがないという病状でした。

私は、子供心にも、生きるということはなんて辛いことだろうと、感じておりました。

(中略)その当時は

「何も私が悪いことをしたわけではないのに、なぜ、こんなに苦しまなければならないのか」

と、何をうらんでいいのかわからず、友人を誘っては邪宗の寺参りや神社参りに頻繁に行くようになりました。それが高じて、しまいには、お守りを収集するのが趣味となってしまい、今思い出しますと、ゾ−っとしますが、100個近くの邪宗のお守りを持つに至りました。

しかし、邪宗を信仰してよくなるハズがなく、邪宗参りを続けているうちに、体の状態はますます悪くなって、ほとんど薬り漬けになり、いつ、どうなってもおかしくないほどでありました。

そんな日々を続けてきた昭和59年の8月、私は、通っていた音楽の専門学校の友人より、折伏を受け、入信いたしました。当時班長であった佐々木支部長より

「どんなことでも祈りとして叶わざるなしだから」

と励まされ、毎日、お寺に通っては3〜4時間の唱題を続けていきました。また、折伏も必死でやらせていただきました。

すると、不思議なことが次々と起こってきました。あれほど痛かったヘルニアの痛みが消え、15年間悩んでいた偏頭痛がなくなり、また、血液の状態が正常値に戻り、出血しても止血作用が正常に働くようになり、血圧も正常になりました。

勉強にも前向きに取り組めるようになって、成績がどんどん上がりました。そして、折伏をしてクラス内で悪口を言われれば言われるほど、私自身、全てが良い方向へ良い方向へと変化していくのが手に取るように感じられました。

また入信前の私は、体も病弱な上、家庭に多大な問題を抱えておりましたので、結婚する望みさえ捨てておりましたが、御本尊様の功徳によって問題を一つずつ克服できていきましたので、同じ妙観講の先輩であった現在の主人と結婚することができました。

そして結婚3年目に、御本尊様より大功徳を頂戴いたしました。私は、元来、病弱な体であったため、妊娠しても流産する可能性が極めて大でした。その私が、双子を妊娠してしまい、医師からは、とても出産は無理だと言われました。しかし、この時こそ、

「湿れる木より火を出だし、乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」

の思いで、日々真剣に、御本尊様に向かい唱題しぬこう、と決意し、日々祈っていきました。

果たして、8ケ月が経ち出産を控える頃、一人の子供の心拍が停止し、すぐにでも手術しないと、もう一人の子供の命も危なくなり、さらには私の体も、血を固める機能が弱まり、このままだと全身大出血を起こして危なくなるという状態になってしまいました。

何としても子供の命だけは救いたいと思い、手術室に入ってからも、必死で南無妙法蓮華経と唱題していきました。結果、残った子供と私は助かり、無事出産ができました。

本来、私の重き宿業により、出産はおろか、私も含む三人の命が危ないところを、まさに御本尊様の功徳によって、二人の生命を助けていただいたのです。

(中略)今、振り返ってみると、本当にいろいろなことがありましたが、全ては邪宗の害毒と、過去の謗法の宿業のもたらした苦悩であったのです。

私のような者が、この仏法にめぐりあって、救っていただけたことは、本当に有り難いと思っています。(後略)(法華講員の体験集『蒼碧集』4.より)