3 、 釈 尊 の 本 意 を 経 文 か ら 探 究 す る
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釈 尊 一 代 五 十 年 の 説 法
釈尊はこうして19歳で出家をして苦しい修業と瞑想をくりかえし、深遠の道の探究に努めました。ある日伽耶城(現在のブッダガヤ)の菩提樹の下に端座され、深い深い瞑想に入りました。
瞑想に入ること四十九日、丑寅の時刻(午前三時)に朗然と生命の輪廻を見通せる天眼通と、過去世を知ることができる宿命通などを得るとともに、あらゆる現象には因果の理法が働くことを知り、また生老病死の苦しみの根本原因を喝破し、その原因を克服(解脱)する方法を知り、この宇宙に厳然と存在する絶対的な究極の真理(法)を悟ってついに仏陀となりました。釈尊30歳の時です。
そして釈尊が悟った究極の真理(法)を人々に説いて、人々を苦しみから救済しようと活動を始めました。
しかし究極の真理(法)はあまりにも深遠で難信難解であるため、易から難へ(従浅至深)、方便(権教)から真実の教え(実教)へと一代五十にわたる説法を行いました。そして釈尊七十二歳の時に、ようやく真実の教えである法華経が説かれました。
この釈尊一代五十年の説法を、中国の天台大師が各経々の記事や内容により教相判釈を加えて、法華経を中心とする一大仏教体系を打ち立て五つの説時に区分し配列しました。
釈 尊 の 一 代 聖 教 (天台の教相判釈による仏教体系)
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第一の華厳時→摩訶陀国における三七の説法位法華経に次ぐ権大乗経〔大乗の法を説き、衆生の仏道に対する能力・根力の大小を推し測った〕
【義】・乳味と名づく・釈尊の第一声・大乗の機根を探る・現象即実在観に一歩進めた哲理・頓経
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これを依経とした宗派・・・華厳宗
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第二の阿含時→波羅奈国鹿野苑における十二年間の説法位小乗経〔相手の程度(根力)に応じた教えを説く〕
【義】・酪味と名づく・人間界天上界の因果の理・真寂の深義・一切禅定・色を破折し但空を説く・生滅四諦、誘引の教え・漸経
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これを依経とした宗派・・・倶舎宗、成実宗、律宗
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第三の方等時→各所における十六年間(八年間・時不定説)の説法位権大乗経〔小を恥じ大を慕う心を起させる〕
【義】・生蘇味と名づく・四教を対立比較する・方等の「弾呵」の教え・色即入空・大乗誘引の漸経(秘密、不定教有り)
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これを依経とした宗派・・・法相宗、浄土宗、真宗、禅宗、真言宗
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第四の般若時→摩訶陀国王舎城の霊鷲山、白鷺池、他化自在天宮等の十四年間(二十二年間・三十年間)の説法位権大乗経〔小乗卑劣の見解をより分け、ふるい落として大乗の一法に精選し統一する〕
【義】・熟蘇味と名づく・空、仮、中、三諦の空の一面を主として説く・滅辺入空即辺是空・淘汰の教え・転経付財・秘密、不定教
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これを依経とした宗派・・・三論宗
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第五の法華涅槃時→法華経は霊鷲山における八年の説法、涅槃経は沙羅林おける一日一夜の説法位円経、実大乗経〔二つの開会を表す。すなわち相待開会(爾前経の不真実に対して、法華の真実を表す)と絶待開会(すべてが法華経に帰一して、その体内の方便経である〕涅槃経は後番の五味ともいい、くん拾教と称する〔法華経の開経である無量義経において「四十余年未顕真実」と説き、それ以前の諸経を爾前経(方便の教え)という〕
【義】・醍醐味と名づく・釈尊の本懐(仏教真髄)・二乗作仏、女人成仏・久遠実成を明かす・一念三千を明かす
○ これを依経とした宗派・・・天台宗
