6 、 文 証 ・ 理 証 ・ 現 証 

 

 

          法 華 講 員 の 体 験 談 ( そ の 1 0 )

 

 

折 伏 で 罪 証 消 滅 ! 難 病 ・ 多 病 を 完 治 (二神美保さん)

 

 

私は、子供の頃からたいへん病弱でした。それに加えて、高校一年生の時からアトピ−性皮膚炎を患い、顔が真っ赤に腫れあがってしまったため、いつも大きなマスクをして隠していました。

私は、なんとかこれを治したい、と懸命でしたので、毎日のように病院へ行って、注射をし、薬を塗り、コレクションしているのではないか、と思うほどの多量の薬を飲んでいました。しかしいっこうに良くならず、季節ごとに病状が悪化し、私を苦しめるのです。

そして20歳を過ぎた頃には、顔から背中から、ただれたような肌になり、Tシャツなどを着ていても、黄色い汁のようなものでシャツが皮膚にくっついてしまい、剥すのが大変で、着替えをするたびに悲鳴をあげる状態でした。

「かゆいし、痛いし、夜も眠れない。なぜ私だけがこんな目に会わなくてはいけないんだ、なぜ親は私をこんなふうに生んだんだ」

と、見当違いにも親を恨み、何度、親に罵声を浴びせ、当たりちらしたかわかりません。

医者からは

「喘息やアトピ−はアレルギ−の一種ですから、治すというよりも、いかに仲良くつき合っていくかですね」

などと言われ、私は一生こんなことが続けばしまいには精神的におかしくなってしまうんじゃないか、いつも不安な思いを持ち続けていました。

そのような状況にあった平成5年12月、アトピ−を治そうと思って行ったエステの店長だった青梅班長に、カバンの中に入れてあったお守りをポロッと落としたことがきっかけで折伏され、日蓮正宗に入信することができました。

しかし、ただ何となく、すがるものがほしくて入信した私は、信心をしたり、しなかったり、という状態を長く続けていきました。しかし平成8年8月、私にとって大きな事件が起こったのです。

二週間に一回、アトピ−性皮膚炎の治療のため厚生年金病院の皮膚科に通っていたのですが、以前から関節などに何とも言えない痛みがあったため、整形外科で検査を受けました。二週間後に結果が出たところ、なんと、難病といわれている『膠原病』である、という診断でした。

『膠原病』にかかると、アレルギ−による拒絶反応が起き、ひどい人は生命も落とすということで、この病気は、進行する事はあっても良くなることはない、せめて現状を維持できるように薬を使ったり、生活の中でいろいろな事に気をつけていく他はない、などのお話がありました。また、『膠原病』と一口で言っても、いろいろな病状があり、その中のいくつかが揃ったところで、難病指定されて医療費が免除になる、とのことでした。

私の場合、この時点では、まだ難病指定までにはいかず、医療費がかかる状態でした。

ショックを受けた私は、すぐに原部長に御指導をいただきました。原部長からは、

「今までの二神さんの信仰の姿が果報となって現れたのです。もう覚悟を決め、どんなことがあっても御本尊様から離れてはいけません。そしてこの病気を治すことは、御本尊様のお力でしか叶わないのです」と言われ、私は、本当に申し訳なく、御本尊様に今までの信仰を反省懺悔し、もうどんなことがあっても退転しない、そして『膠原病』をこの信心で治していくんだ、と強く思いました。

それからの私は、これまで怠けてきた信心を、少しでも挽回させていただきたい、という思いが込み上げてきて、1時間の唱題を心がけ、できうる限り本部での会合にも足を運んでいきました。そして、過去から積んできてしまった謗法の罪障は、折伏でしか消し果てることができないことを、心から確信し、学会員に対する折伏へと立ち上がりました。

学会員名簿を頼りに、電話であたっていくと、

「バカヤロ−!」とか

「このアマ!」などと罵倒されました。

ずいぶんひどい事を言うなァと思い、原部長にお話すると、

「それは良かったですね。これで少しずつ二神さんの罪障が消滅されているんです。ありがたいですね」

と励ましていただき、

「そうだ、もう、こうなったらトコトン悪口を言ってもらって、罪証消滅をしよう」

と、さらに名簿をあたっていきました。そして根気強く折伏を続けていく中、一人、二人、三人と、どんどん脱会して移籍する方がでてきました。

そして平成9年6月、『膠原病』の本格的検査の日がきました。今回は、何とか中途半端な状態から、医療費を免除してもらうためにも難病指定にまでもっていけるようにと、検査の項目を増やしてもらいました。ともかく医療費もバカになりませんでしたので、私は、何とか難病指定となって医療費免除になるように、と真剣に御祈念していきました。

そして7月、結果を聞きに行ったところ、検査の項目を増やしたにもかかわらず、なんと、どれ一つとしてひっかかっているものがなかった、というのです、つまり結果は、良くなったどころか、『膠原病』自体が治ってしまったのです。

ドクタ−の驚いた様子で、今度は定期的に行っていた検査も、念のため1年に一回受ければよいこと、また治療の必要も薬も必要ないこと等、うれしいお話でいっぱいでした。そして、医療費免除もなにも、治療そのものが必要なくなったわけですから、経済面でも本当に助けていただきました。御金言に、

「大地はさゝばはづるとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬ事はありとも、日は西より出づるとも、法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」

とあるように、本当に、祈ってかなわざることなしの御本尊様であり、御本尊様のお力は絶対なんだ、と確信いたしました。(中略)

そして10月に受けた健康診断の結果を見て、私はビックリしました。

脂質検査A、レントゲン検査A、尿検査A、血圧A、肝機能検査A、その他問診もありましたが、総合判定がなんとオ−ルAだったのです。『膠原病』が治って、まだ3カ月も経っていないのですが、オ−ルAということは、健康体というよりも、超健康体ということです。その時、御本尊様の御力の偉大さをまた、あらためて実感しました。

思えば、入信以前の私は、自分に健康などという言葉はありえない、みじめで苦しい一生を送るのだ、辛い、辛い・・・・そんなことを背中にしょって生きていました。まったく生きる希望すら持てなかったのです。あの頃の私に、今のこの状態が想像できたでしょうか。すべて御本尊様のおかげです。(後略)(法華講員の体験集『蒼碧集』5.より)