2 、 臨 死 体 験 、 前 世 療 法 

 

 

   教 相 判 釈 ( 教 判 )

 

 しかし困った事に、今日の仏教には、浄土宗、浄土真宗、天台宗、真言宗、禅宗、阿合宗、日蓮宗等々の既成宗派や、創価学会、立正佼成会、霊友会等々の新興宗教団体が種々雑多にあり、何を素直に信じていいか分からないのが実情です。

もともと仏教はインドに誕生した釈尊が、三千年前に真理を悟って説かれたものです。釈尊は、一代五十年にわたり、八万四千法蔵とよばれている膨大な量の教えを説いていますが、それが時代と共に拠り所となる経典や教えが分かれ、多くの宗派となって今日に至っています。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、神が啓示したまえる啓典(最高啓典)を持つ啓典宗教ですが、仏教ではこの啓典が確定していませんでした。もし国に王や大統領や総理大臣が二人も三人もいたら、収拾がつかなくなり大混乱を来すことでしょう。釈尊の教えの真意が二つも三つもあったら、仏教も混乱してしまいます。そこで涅槃経に説かれている

「法(経文)に依って人(人師の解釈)に依らざれ」

「了義経(正法)によって不了義経(正法以外)に依らざれ」の釈尊の教えに基づいて、釈尊の真意を掴むべく仏教の原点に立ち返って、釈尊が説いた経典から釈尊の真実最高の教えである「正法」を探っていく必要がでてきて、仏教の経典の優劣と体系を位置付ける教相判釈(教判)が必要になりました。

そして中国の陳・隋の時代に天台大師(天台宗の開祖)という名僧が出現し、法華経を中心とする一大仏教体系を打ち立て、仏教の意義を全体的に明らかに、南三北七の小乗・権大乗の諸宗を破し、実大乗の法華経を弘めました。

つまりその教判によって釈尊の真実最高の教え(正法)が法華経である事を明らかにしました。(詳細は次章へ)また日本国では桓武天皇の世に伝教大師が現れて、南都六宗(華厳、法相、三論、倶舎成実、律)の義を打ち破って法華一乗を弘通して、比叡山延暦寺に法華の戒壇建立を果たしました。

ただし第三代の座主以降真言の教えに染まり、鎌倉時代にはすでに天台真言宗となり、肉食・女色・僧兵等がまかりとおって堕落し、戦国時代には織田信長によって焼き打ちに合いますが、それまでは仏法の根本道場としての役割を果たしていました。