9 、 日 蓮 正 宗 の 信 仰 

 

 

   信 仰 の 功 徳 

 

 

日蓮正宗の信仰の実践は、人間の生命を根本から浄化し、英知と福徳をそなえた人生を築くとともに、真の平和社会を構築することを目指しています。この実証こそ、御本尊の大功徳力なのであり、信仰実践の利益なのです。

功徳とは、「積功累徳」(しゃっくるいとく)「功能福徳」(こうのうふくとく)の意で、仏道修業という善因を修し、善根を積むことによって得る福徳のことをいいます。すなわち、利益が他から与えられるものに対し、自ら積むことを功徳と称しますが、仏道修業による得益の相からいえば、その意義は功徳も利益も同一です。

功徳について大聖人は、

 

「釈尊の因行果徳の二法、三世十方の諸仏の修因感果、法華経の文々句々の功徳を取り聚(あつ)めて此の南無妙法蓮華経を成し玉へり」(御講聞書)

 

と仰せられ、妙法蓮華経には無量の福徳がそなわっていることを示されています。さらにそのはかり知れない功徳も、

 

「功徳とは即身成仏なり、又六根清浄なり」(御義口伝)

 

と仰せられているように、「即身成仏」「六根清浄」の境界を得ることに極まると教示されています。

すなわち、何ものにも脅(おびや)かされない安心立命の境界の確立と、生命の浄化、そして物心両面にわたって福徳に満ちた人生を築くことが、妙法信仰の功徳なのです。

 

(この第9章は、『日蓮正宗入門』(大石寺)から抜粋いたしました。)

 

もとで、本門戒壇の大御本尊を拝し奉ることができ、大聖人様の仏法を信受していけることこそが、まさしく『一眼の亀の浮木の孔(穴)に値えるが如し』(法華経荘厳王本事品第二十七)なのです。