3 、 釈 尊 の 本 意 を 経 文 か ら 探 究 す る
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末 法 出 現 の 上 行 菩 薩 へ の 付 属
釈尊の教えはあくまでも釈尊在世と滅後2000年までの正法、像法の時代の修業であり、末法(釈尊滅後2000年以後)は白法隠没(五濁悪世の世になり釈尊の法では救えない)の時代になります。
そして法華経の文底において末法五濁の人々の重病を治す大良薬である大白法(妙法)が、釈尊から上行菩薩へ付属されることが説かれます。
釈 尊 か ら 上 行 菩 薩 へ の 付 属
○如来久しからずして、當に涅槃に入るべし。佛此の妙法華経を以て付属して在ること有らしめんと欲す。(見寶塔品第十一)
○是の菩薩衆の中に、四導師あり。一を上行と名づけ、二を無辺行と名づけ、三を浄行と名づけ、四を安立行と名づく。是の四菩薩、其の衆の中に於て、最も為れ上首唱導の師なり。(従地湧出品第十五)
○是の好き良薬を、今留めて此に在く。(如来寿量品第十六)
○惡世末法の時(分別功徳品第十七)
○佛、上行等の菩薩大衆に告げたまわく、要を以て之を言わば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の經に於て宣示顕説す。是の故に汝等、如来の滅後に於て、應當に一心に受持し、読誦し、解説し、書写し、説の如く修業すべし(如来神力品第二十一)
○日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅し(如来神力品第二十一)
○我、無量百千万億阿僧祗劫に於て、是の得難き阿耨多羅三藐三菩提の法を修習せり。今以て汝等に付嘱す。汝等、應當に一心に此の法を流布して、廣く増益せしむべし。(嘱累品第二十二)
そして末法今日ではこの妙法への信行学によって煩悩(無明)を滅して、老死、憂悲、苦悩を滅する煩悩即菩提、生死即涅槃、娑婆即寂光、現世安穏・後生善処の即身
成仏が遂げられることが説かれています。
また釈尊滅後の末法において法華経を修業することは、大変に困難なことが経文に説かれています。
また経文に照らして無量の大難が起きることは必至のことでした。
末 法 に お け る 法 華 経 修 業 の 大 難 【六難九易の一節】
○而も此の經は、如来の現在すら、猶怨嫉多し。況や滅度の後をや(法華経法師品)
○若し此の經を説かん時、人有って惡口し罵詈、刀杖瓦石を加うとも、佛を念ずるが故に應に忍ぶべし(法華経法師品)
○仮使人有って手に虚空を把って以て遊行すとも亦未だ難しと為ず佛の滅後に於て若しは自らも書き持ち若しは人をしても書かしめん是れ則ち難しと為す
○若し大地を以て足の甲の上に置いて梵天に昇らんも亦未だ難しと為ず佛の滅度の後に惡世の中に於て暫くも此の經を読まん是れ則ち難しと為す
○仮使劫焼に乾ける草を担い負いて中に入って焼けざらんも亦未だ難しと為ず我が滅度の後に若し此の經を持って一人の為にも説かん是れ則ち難しと為す
○若し八萬四千の法蔵十二部経を持って人の為に演説して諸の聴かん者をして六神通を得せしめん能く是の如くすと雖も亦未だ難しと為ず我が滅後に於て此の經を聴受して其の義趣を問わん是れ則ち難しと為す
○若し人法を説いて千萬億無量無数恒沙の衆生をして阿羅漢を得六神通を具せしめん是の益有りと雖も亦未だ難しと為ず我が滅後に於て、若し能く、斯の如き經典を奉持せん、是れ則ち難しと為す(以上法華経見寶塔品で説かれた「六難九易」の一節)
○始めより今に至るまで廣く諸經を説く而も其の中に於て此の經第一なり若し能く持つこと有るは則ち佛身を持つなり(法華経見寶塔品)
また釈尊の滅後末法の時代に法華経の修業を行うならば、必ず様々な強敵(三類の強敵)が現れて大難に遭うことを予証されています。
