4 、 仏 法 を 学 ぶ

 

 

          六 根 清 浄 

 

仏法では、衆生の苦悩の原因を迷いの生命の根源である煩悩から引き起こされるものと解明しています。その衆生の迷いの生命を浄化し、悪い性を断ち切るという果報が、まさに「六根清浄」の功徳なのです。

この六根が煩悩に覆われていると、外界の事象を正しく認識できないばかりか、それにともなう行動も誤ったものとなり、苦しみの原因を作ることになるのです。

『法華経功徳品第十九』には、法華経受持の功徳によって、六根それぞれに多くの清浄の果報を得ることが明かされています。これを概説すると、以下のようになります。

 

六 根 清 浄 の 功 徳 (法華経功徳品第十九からの概説)

 

○眼根の功徳→すべての事象が明らかに見え物事の因果を正確に知ることができる。

○耳根の功徳→あらゆる音声から、実・不実を聞き分けることができる。

○鼻根の功徳→あらゆる臭いを嗅ぎ分け、分別を誤ることがなくなる。

○舌根の功徳→勝れた味覚を持ち、さらにその声は深妙となり、聞く者を喜ばせる。

○身根の功徳→穏やかで健全な身体となり、外界の刺激に適合させ、自身を処することができる。

○意根の功徳→心は清らかに、頭脳は明晰となり、智慧が深くなる。

 

すなわち、六根清浄とは六根にそなわる煩悩の汚れが払い落とされ、物事を正しく判断できる智慧を得ることをいうのです。

たとえば目が不自由であったとしても、妙法受持の功徳によって、肉眼以上の慧眼・法眼・仏眼を得ることができるのであり、このような功徳は他の五根にもつうじていえることなのです。

日蓮大聖人は、

 

功徳とは六根清浄の果報なり、所謂今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者は六根清浄なり(御義口伝)

 

と仰せられ、末法の法華経である南無妙法蓮華経を信じ唱える者には、必ず六根清浄の功徳がそなわると御教示されています。