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教
え 子 の 死
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島 で の 葬 儀
病院から島に帰るまで身近にいたM君は、島に戻ってきてからは、親族らのもとに引き取られていき、葬儀以外は教職員住宅で一人で過ごす時間が長くなりました。 教職員住宅の賄い(食事)は冬休みのためにお休みで、観光客もいないこの時期は、どこも食堂は閉っていて、3度の食事はカップラ−メンでしのいでいました。
帰省で誰もいなくなった教職員住宅に夜一人でいると、M君の死に装束が浮かんできます。そして 「M君の魂は今どうなっているのか」 等の自問自答が繰り返されます。 「M君に私がしてあげられる事は何かないのであろうか。」
「最高、最上の供養をしてあげられないだろうか。」
「そうした供養があるならば是非してあげたい。」
そのようなことを強く考えるようになりました。
お通夜・告別式と目まぐるしく時間が過ぎていきました。
葬儀が終っていよいよ棺の埋葬(土葬)という段になっても、母親がM君の棺に取り付いて離れようとしない状況で、親族らしい人達によって母親が無理やり棺から引き離されました。 棺を抱きかかえていた両手が空を切り、M君の名前を絶叫し連呼する中で、棺は掘られてあった穴の中へと入れられていきました。 母親の我が子に対する深い愛情と絆の強さを目の当たりにし、それゆえに愛別離苦(愛する者と離別する苦しみ)の悲しさを感じざるを得ませんでした。
「M君の死を無駄にしたくない。短い生涯だったが大きな使命があったと思いたい。今度生まれ変わってきたらもっとずっと長生きできるように祈りたい。」 と心底思いました。 何故ならばM君の命日となった12月27日は、私の23回目の誕生日でもあったからです。 M君の命日と私の誕生日の一致は、私には一段と強い衝撃となりました。
「もしかしたらM君は、私を正しい信仰につかせる使命をもって今世に生まれてきたのではないだろうか。」 あるいは
「私が信仰につくことによって、M君の死は単なる事故死(無駄死に)ではなく、大きな意味のある死に昇華する事につながるのではないか」 「M君の死がきっかけとなって私が正しい信仰に入り、その活動によって他の人達が幸せになっていければ、その功徳はM君にももたらされ、それがM君の善業を積む事になり、輪廻転生後の来世は、後生善処となって幸せな人生を送ることにつながるのではないか」 等々と考えるようになりました。
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