3 、 釈 尊 の 本 意 を 経 文 か ら 探 究 す  

 

 

   四 門 遊 出

 

四門遊出といって、釈尊がある日遊園に赴くために東の門から外出すると、白髪で、杖をつきながらよぼよぼと歩く、腰の曲がった歯抜けのお年寄りを見かけました。

「あれは何か」と従者に尋ねると、

「あれは年寄りというものです。生を受けたものはいつか必ずあのようになるのです。」

と答え、釈尊は衝撃を受けて城に戻ります。

別に日に今度は南の門から外出すると、ひどい病で苦しんでいる病人を見かけました。

「あれは何か」と従者に尋ねると、

「あれは病人というものです。生を受けたものはいつか必ずあのようになるのです。」

と答え、釈尊は衝撃を受けて城に戻ります。

また別に日に今度は西の門から外出すると、路傍で死に絶えている人を見かけました。

「あれは何か」と従者に尋ねると、

「あれは死人というものです。生を受けたものはいつか必ずあのようになるのです。」

と答え、釈尊は衝撃を受けて城に戻ります。

こうした老人、病人、死人と出会った体験はその都度釈尊に大きな衝撃を与えました。生を受けたものはいつか必ずこうした運命になることを知り、人生のはかなさに悩み苦しみました。

こうした中である日北の門から外出すると、道を行く出家した修業者を見かけました。そして悩みや苦しみから解放されているような姿に接して、こうした生活こそ人生の無常を免れ、生老病死の苦痛から逃れられる唯一の方法ではないかと出家を決意しました。