3 、 釈 尊 の 本 意 を 経 文 か ら 探 究 す る 

 

 

  死 に 行 く 人 々 

 

病気等で人生を終えてしまう人がいる一方で、毎年日本では3万人以上の人達が、生きている中で起こる様々な苦悩から逃れるために自らを殺しています。

今日本では、平均して毎日約100人、15分に一人が、現世を悲観して自殺しています。苦悩の業因を持ったまま、来世も同様の業果が待っていることを知らないままで・・・・・。

最近も30代のJRの社員が、よほどJRに恨みがあったのでしょうか、東海道新幹線の線路上に身を横たえて自殺しました。

先頭車両のフロントは衝撃で大きく穴が開いて赤く染まり、JRの職員が、線路上の肉片を拾っている様子が映し出されていました。「悪相」よりももっと悲惨な姿でした。

またある日、NHKの番組『クロ−ズアップ現代』で、「過労自殺」が取り上げられているのを見ました。「過労死」が進化したのでしょうか。

これは中高年がリストラで減らされて、その人たちの仕事や責任が、残された30代の人たちに背負わされたことによる悲劇でした。

番組は過労自殺したある30代の、結婚2年目の男性社員の、生前の様子を知らせていました。

 

過 労 自 殺 し た あ る 男 性 社 員 【NHKの番組『クロ−ズアップ現代』より】

 

男性は自分の家で飼っている犬を見て、

「私も犬のようにゆっくりと休みたい」とつぶやいたり、

「お金はいらないから、休みが欲しい」

と言って出勤していました。

その男性の遺書には、次ぎのような言葉が記されていました。

「ごめんなさい。お誕生日を一緒に祝えずにごめんなさい。ちょっと疲れたので休ませて下さい。」

そして自らの命を絶ったのでした。

また過労死寸前の、あるサラリ−マンが生前、手帳に書き残した覚え書きがありました。広告代理店制作副部長だったその人は、やがて過労のために心筋梗塞で命を落としました。享年43歳の若さでした。

その手帳に記された覚え書きとは、

 

過 労 死 し た あ る サ ラ リ − マ ン の 覚 え 書 き 【『過労死!講談社文庫より】

 

・・・・かつての奴隷たちは奴隷船につながれて新大陸へと運ばれた。超満員の通勤電車の詰め込み方のほうが、もっと非人間的ではないのか。

現代の無数のサラリ−マンたちは、あらゆる意味で奴隷的である。金に飼われている。時間に縛られている。上司に逆らえない。賃金もだいたい一方的に決められる。(中略)かつての奴隷たちは、それでも家族と食事をする時間が持てたはずなのに・・・・

 

この男性は、現代のサラリ−マンの方が、かつての奴隷よりも、もっと悲惨なのではないかと感じながら働いていたのです。家族と食事をする時間が持てた奴隷の方が、まだ自分よりも恵まれているのではと感じながら働き続け命を落としたのでした。

 

《 新 任 女 性 教 諭 の 死 》

 

彼女(新任の小学校教諭)は幼い時から大きな夢を抱き、その夢の実現の為に真面目に努力を重ね、ついに夢を実現させたことでしょう。

しかし、夢を実現させた後に待っていたものは生き地獄でした。抑鬱状態から自殺を図り、帰らぬ人となりました。享年23歳でした。

彼女の新聞記事を見た時、私もかつては同じ職種であっただけに、その苦悩が痛いほどよく理解できました。彼女は、日々の授業や他の公務分掌においては経験が浅いゆえに、負担感やストレスがだれよりも大きく、先生として発展途上にあり、そうした中での悲劇でした。

2年生とはいえ、家庭でのしつけが十分に出来ていない(あるいは育児放棄に等しい扱いを受けている)児童は年々増加し、学校において問題行動を起こす児童は確実に増加しています。

また保護者はといえば、学校や先生に対する許容範囲が狭くなり、児童の言い分のみを聞くか、近年モンスターペアレントと呼ばれている、些細なことで教員にクレ−ムを申し入れる事例が確実に増えています。

さらに校内は、人間相手の仕事にもかかわらず、事務職員顔負けの書類作成に追われ、様々な研修に追われ、様々な会議に追われ、様々な行事に追われ、子ども達と時間を共有するのは、授業時間以外はほとんど取れないほど多忙な状況になっています。

これらの多くは、現場の教員達が必要だと感じて増やしたものではなく、教育委員会や管理職による押しつけによって、増やされていったものが大半です。またマスコミを総動員して教員バッシングをする中で、教員の資質低下を国民に刷り込み、いじめを始め、教育の問題のほとんどが現場の教員に転嫁され、さらに

「指導力不足の先生は教員を辞めていただく」

といった現職総理大臣の国会答弁がなされ、教員免許の更新制が議論されていることでも分かるように教員を萎縮させ、それらを宣伝材料にして教育基本法の改悪を行い、次に憲法の改悪を目指し、戦争ができる国づくりを完成させる動きになっています。

「国旗・国歌法」や教育基本法の改悪によって、国家という抽象的なもの愛する観念を子どものうちに刷り込ませ、教員達をそういう作業に従事させるように従わせ、「愛する国や世界の平和」のためには、喜んで戦場に行く人間の育成、すなわちそのための思想教育が、政府の最大の意図であろうことは明らかです。

教育基本法に「国を愛する態度を育成する」と明記される以上、それは法的拘束力があるとされる学習指導要領によって具体的な記述となって反映され、それに従わない教員は教育基本法及び学習指導要領に違反する問題教員、もしくは指導力不足教員として追放する、という仕組みができ上がるはずです。

教育基本法と憲法はセットですから、次に政府がねらうのは、悲願の憲法改悪です。これで日本の軍隊は晴れて海外に展開できるようになり、他国と共同でいつでも戦闘体制に入れます。

こうした政治の思惑に翻弄されながらも、肝心の教育現場は、大多数の真面目な先生方によって、多くの困難な課題を抱えて心身を消耗しながらも、日々地道な教育活動を積み重ねています。

こうした教育現場を取り巻く厳しい環境の中で、彼女は教員生活を迎えることになりました。

彼女の自殺を報じる新聞記事を紹介します。

 

土 日 勤 務 常 態 化 教 諭 が 過 労 自 殺 【平成18年10月25日の毎日新聞記事より】

 

仕事の過労とストレスで抑うつ状態になり、今年5月に自殺した東京都新宿区立小学校の新任女性教諭(当時23歳)の両親が24日、公務災害認定を申請した。教師の仕事量が近年増加しているとの指摘があり、精神性疾患で休職する教師も増加している。

両親は「職を全うしようとしたからこそ倒れたということを証明したい」とした。弁護士によると今年4月から女性教諭は小学2年(児童22人)のクラスを担任。担任業務のほか、学習指導部など複数の職務を担当。区の新任向けの研修をこなし、授業の準備やリポ−ト提出に追われていた。土日出勤も常態化し、時間外労働が1カ月130時間を超えていたと推定されるという。また4月から5月にかけて、指導方法を巡り保護者とやりとりを繰り返し、対応に悩んでいたという。しかし、1学年1クラスのため、同学年内に新任教師し対する指導担当教員がおらず、十分な指導が受けられないと周囲に漏らしていた。

教諭は5月に抑うつ状態と診断され、同下旬に都内の自宅で自殺未遂を起こした。さらに同31日に自宅で自殺を図り、6月1日に死亡した。自宅に残されたノ−トには「無責任な私をお許しください。全て私の無能さが原因です。家族のみんなごめんなさい」と記されていた。

女性教諭の両親は「誠実さと優しさと使命感に満ちあふれた若い人材が二度と同じ道を歩むことのないことを切に望んでいます」とコメントした。

 

区の新任向けの研修は、リポ−ト提出を伴った長期に及ぶものであり、その内容からして、彼女の悩みには答えられない質のものであったわけです。〔行政サイド〕

仕事量が近年増加している中では、他の教員は自分の仕事だけで精一杯で、彼女の指導にまでは手を差し伸べるゆとりはなかったものと推察されます。〔現場の同僚サイド〕

職員の健康管理に配慮する義務のある管理職としては、彼女が自殺に追い込まれる前にそれを察知し、適切な措置をとる権限と責任があったはずです。〔管理職サイド〕

指導方法を巡り保護者とやりとりを繰り返したとありますが、新任の教員に対しては何故「温かく見守って、先生を育てていこう」という度量がないのだろうかと残念に思います。〔保護者サイド〕

そして過酷な状況から避難する(退職や休職を含めて)ことは無責任だと責任感の強さゆえに自分を責め、たんなる経験不足を無能さゆえだと自分を責め、家族の期待を感じて自分のふがいなさを責めた、彼女自身の誠実さが命取りとなりました。〔彼女サイド〕

彼女を自殺に追い込んだ原因は、表面的には「行政」「同僚」「管理職」「保護者」「家族の期待」「責任感の強さと誠実さ」等が複合したものではなかったかと思われます。

また職場によってはたとえ隣接校であっても、その職場環境はまるで違います。職員も違えば子どもも保護者も違います。彼女にとっては、全てにおいて最悪の職場環境だったかも知れません。また死を選ぶよりは、別の人生を選ぶ生き方をアドバイスできる同僚がいたならば、逆に気持ちが楽になって、自殺が回避できたかもしれませんし、本当に別の職業を選択できたかもしれません。

いずれにしても自殺という最悪の事態は避けられた可能性が大きかったはずです。 

経文から推察して、また私の経験からしても、「過労自殺」や「過労死」といった人生の苦悩や事態を避けるには、正法に巡り合うことで解決できると思っています。

正法によって、例えば自殺以外の別の方法を御仏智(仏の智恵)によって得られたり、あるいは「変化人」の登場によって助けられたり、乗り越えられると考えています。

何故ならば、法華経法師品『則遣変化人為之作衛護』(すなわち変化の人を遣わしてこれが為に衛護となさん)といって、正法を授持する人が窮地に陥った時には、法華守護の諸天善神が守護する人を遣わして(あるいは身近にいる人の中に諸天善神が乗り移り)その人を助けるという事が説かれているからです。

事実、私自身が窮地に陥った時に、何度も御仏智をいただいたり、この「変化人」を遣わされて(あるいは周囲の人が変化人となり)助けられています。

正法に縁しいていたならば、「御仏智(仏の智恵)」や「変化人」の働きによって、こうした苦悩から逃れることができたかもしれないのにと、本当にかわいそうで残念でなりませんでした。