6 、 文 証 ・ 理 証 ・ 現 証
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信 仰 の 実 証 例
人生の救済を説く宗教が、理論どおりの実証をもたないとすれば、何の役にも立たない気休めとなり、かつてマルクスが、
「宗教は、逆境に打ちひしがれた者のため息であり、非情な世界の感傷であり、魂のないところに魂を見るものである。それは民衆の阿片(アヘン)である」(ヘ−ゲル法哲学批判)
と批判した、実社会を逃避するための阿片となってしまいます。
それ故、日蓮大聖人は、『三三蔵祈雨事』の中で、
日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず
といわれ、現実の証拠(現証)というものを重んぜられているのです。
そこで、日蓮正宗を信仰した人々の体験談を紹介して、この仏法によって得た現証の数々を示したいと思います。
なお「法華講」とは、末法の法華経、すなわち日蓮正宗の仏法を信じて実践する人々の集まりをいい、大聖人自らが付けられた名称です。
弘安2年(1279)10月12日、大聖人は熱原法華講衆が日興上人の指導のもと、身命に及ぶ迫害のなか、不退転の信仰を貫いたことに対し、出世の本懐として本門戒壇の大御本尊を建立されました。その脇書には、願主名として「法華講衆敬白」と認められています。また日興上人のお手紙の中にも、「法華講衆」(佐渡国法華講衆御返事)と記されているように、宗門草創の時代から、本宗信徒は「法華講」と呼ばれているのです。
以来、法華講は異体同心の信心を根本とし、正法持・折伏弘通の使命をもって邁進しています。