9 、 日 蓮 正 宗 の 信 仰
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折 伏
折伏(しゃくぶく)とは、正法を知らない人や信仰できない人に対して、不幸や苦悩の原因が誤った思想・宗教にあることを教え、日蓮大聖人の仏法こそが真実の幸福を得る道であることを説き示す行為をいいます。
一切の人々に即身成仏という幸福境界をもたらす折伏は、ひいては世を清浄にし安穏ならしめ、真の世界平和を築いていく尊い慈悲の振る舞いなのです。
《 摂 受 と 折 伏 》
仏は、弘教する手段として「摂受」(しょうじゅ)と「折伏」を示されました。
摂受とは摂引容受の義で、衆生の機根に応じて、徐々に誤りを正して真実の法に導く方法をいいます。これに対して折伏とは、破折屈伏(はしゃくくっぷく)の義で、邪義の存在を許さず、ただちに破折し屈伏させて真実の法に導く方法をいいます。大聖人は、
「摂受・折伏時によるべし」(佐渡御書)
「邪智・謗法の者の多き時は折伏を前(さき)とす」(開目抄)
と仰せられているように、謗法の者が多い末法今日には折伏を用いることを定められているのです。
《 法 体 と 化 儀 》
折伏には「法体の折伏」と「化儀の折伏」の二義があります。
法体の折伏とは、大聖人が御一代の御化導において、外道・小乗・大乗・法華経迹門・文上本門を破折し、その終窮究竟(しゅうぐくきょう)の法体として三代秘法総在の本門戒壇の大御本尊を建立されたことをいいます。
化儀の折伏とは、法体の折伏により顕された三大秘法の正法正義を全世界に流布し、多くの人々に受持させることをいいます。
この化儀の折伏に精進していくことが、本宗僧俗の使命なのです。
《 折 伏 の 心 得 》
日蓮大聖人は、数々の法難に遭われながらも折伏弘通の御一生を貫かれました。それは人々の謗法の罪障による苦を取り除き、成仏の大利益を与えようとの大慈大悲の御精神によるものでした。
大聖人は種々の御書において、
「慈なくして詐(いつわ)り親しむは、即ち是彼が怨(あだ)なり、彼が為に悪を除くは、即ち是彼が親なり」(涅槃経疏)
との文を引かれ、相手の不幸の原因を知りながら、それを指摘しないことは無慈悲にあたると教示されています。真の慈悲とは、たとえ相手から誹謗中傷されようとも、その誤りを破折し正法を教えていくことであり、折伏の精神の原点もここにあるのです。この折伏の実践にあたって大聖人は、
「日蓮が弟子等は臆病にては叶ふべからず」(教行証御書)
と誡(いまし)められ、いかなる相手に対しても臆することなく、勇気をもって妙法を説いていくことの大切さを教えられています。
また、法華経『法師品第十』に、
「法華経の、乃至一句を説かん。当に知るべし、是の人は則ち如来の使なり。如来の所遣として、如来の事を行ずるなり」
とあるように、折伏は仏の使いとしての尊い行為です。したがって、これを行ずる人は仏と同じ振る舞いをなす人であり、その功徳も広大であるといえます。
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