5、日 蓮 大 聖 人 の 御 一 生

 

 

【 出 家 ・ 修 業 】

 

西暦1233年(天福元年)聖寿12歳〜

 

◆ 安房の清澄寺(慈覚大師の流れを汲む天台密教の寺)に登り学問す

 

○生年十二、同じ郷の内清澄寺と申す山にまかり(本尊問答抄)

○幼少の時より虚空蔵菩薩に願を立てゝ曰はく、日本第一の智者となし給へと云々(善無畏三蔵抄)

○幼少の時より学文に心をかけし上、大虚空蔵菩薩の御宝前に願を立て、日本第一の智者となし給へ。十二のとしより此の願を立つ(破良観等御書)

 

大聖人はこのとき既に、不思議法師の彫刻と伝える同山の虚空蔵菩薩へ、日本第一の智者となし給へと誓願せられた。

 

西暦1237年(喜禎3年)聖寿16歳〜

 

◆ 道善房を師として出家得度し是聖房蓮長と名乗る

 

○日蓮は日本国安房の国と申す国に生れて候しが、民の家より出でて頭をそり袈裟をきたり、此の度いかにもして仏種をも植へ生死を離るる身とならんと思いて候し程に、皆人の願わせ給う事なれば阿弥陀仏をたのみ奉り幼少より名号を唱え候し程に、いささかの事あり(念仏を唱える人々の臨終の狂乱悶絶の現実をまのあたりにされて)、此の事を疑いし故に(念仏に対する深い疑問を抱かれ)一つの願をおこす(中略)宗宗・枝葉をこまかに習はずとも所詮肝要を知る身とならばやと思いし故(妙法比丘尼御返事)

○日蓮此の事(日本未曾有の大事件であった承久の乱において、天皇方は天台真言等の座主・高僧によって調伏祈祷の秘法秘術をあらん限りしたにもかかわらず惨敗し、三上皇がそれぞれ島流しに処せられたという事実)を疑いしゆへに幼少の比より随分に顕密二道並びに諸宗の一切の経を・或は人に習い・或は我れと開見し勘へ見て候(神国王御書)

○何の経にても・をはせ一経こそ一切経の大王にてははすらめ而るに十宗七宗まで各各諍論して随はず国に七人十人の大王あり万民をだやかならいかんがせんと疑うところに一つの願を立つ(報恩抄)

 

と述べられ、念仏宗等の行者が臨終に悪相を現ずることに対する疑問や、鎮護国家を標榜する真言密教の逆しまな現証への疑い、釈尊一代所説の本意に適う宗旨は一つであり、ただ一経こそ最勝の経であるべきではないかとの疑いを晴らし生死を離るる身となるため、一切の経教の肝要を知り諸宗の子細を究めんと、研鑽を行っていった。生身の虚空蔵菩薩より大智慧を給わりし事ありき、日本第一の智者となし給へと申せし事を不便と思し食しけん明星の如くなる大宝珠を給いて右の袖にうけとり候いし故に一切経を見候いしかば八宗並びに一切経の勝劣粗是を知り(清澄寺大衆中)と仰せられ、この智慧によってその後、一切経を披見して、曇りなく解了することができたと述懐されている。

なお蓮長法師が若年の修学中、清澄寺にあって、ある夜、池の辺にたたずまれるに、不思議にも水に映る我が影は妙法大曼荼羅であったという。

年少よりの疑問や研鑽も、このような自らの妙法境界より生ずる疑問であり、勉学であった。

 

西暦1239年(延応元年)聖寿18歳〜

 

◆ 鎌倉遊学〜叡山遊学〜諸国遊学

 

○(清澄寺は)遠国なるうへ寺とはなづけて候へども修学の人なし然而随分・諸国を修業して学問し候いしほどに我が身不肖なり人おしへず(本尊問答抄)

○日本国に渡れる処の仏教並びに菩薩の論と人師の釈を習い候はばや(略)此等の宗宗・枝葉をこまかに習はずとも所詮肝要を知る身とならばやと思いし故に、随分にはしりまはり十二・十六の年より三十二に至るまで二十余年が間、鎌倉・京・園城寺・高野・天王寺等の国国寺寺あらあら習い回り候し程に(妙法比丘尼御返事)

○法然・善導等が、かきをきて候ほどの法門日蓮ら十七、八の時よりしりて候いき(南条兵衛七郎殿御書)

 

と仰せのように、出家以来の宿願を果たすべく、いちだんと深い研鑽の志をいだき、多くの仏典・書籍を求め、諸国遊学の旅へ発たれた。

鎌倉をはじめ仏法の奥義、法華経の真髄を討究するため、比叡山延暦寺に登り、さらに真言宗の総本山高野山金剛峰寺に滞在して真言の教義を徹底して検討し、他の真言各寺院・各派の教義の通覧、禅宗南都六宗(倶舎・成実・律・法相・三論・華厳)の学派仏教の研鑽等を行い、十二歳より三十二歳に至るまでの二十年間、ひたすら修学研鑽に精励した。

しかし大聖人は生れながらにして既に深く法華経の玄宗の極地を保持されての出現であり、自らの妙法境界より生ずる疑問であり、勉学であった。諸宗遊学は凡夫に示同する立場から現実的確信を深め、その裏付けを得るにすぎなかった。

そしてこうした遊学によって自得された真理は、日蓮こそ法華経において末法出現を予証せられた地誦上行菩薩その人であり、末法万年の衆生救済のため、一身所持の付嘱の妙法を命にかけて弘通すべき大任を持つ者であるとの自覚であった。