2 、 臨 死 体 験 、 前 世 療 法 

 

 

   臨 死 体 験 

 

一例として、1994年に文藝春秋から出版された立花隆氏の「臨死体験(上下)」という本を取り上げます。

この本はNHK特集で放送された番組の内容を深めたものです。

仏教書以外の書籍に接している時に、仏教に結びつく事がらや深く関連した内容と出合うことがありますが、これなどはその好例といえるでしょう。

その「臨死体験(上下)」から一部抜粋します。

この本によると、臨死によって起きる体外離脱現象を以下のようにまとめています。

 

体 外 離 脱 現 象 の 主 要 な 特 徴

 

体外離脱現象を神経生理学的に研究してるカルフォルニア大学デ−ビス校のC・Tタ−ト教授は、体外離脱現象の主要な特徴として、次の五項目をあげている。

 

(1)浮遊すること

(2)外側から自分の肉体をみること

(3)外側にいて遠く離れた場所を思い浮かべると、即座にそこに移動すること

(4)非物質的な体を作っていること

(5)その体験が夢でないことを確信していること

 

体験者によっては、強い光に包まれたり、三途の河に行き当たったり、お花畑や死んだ親族に出会うという体験をします。

臨死体験は、死後の世界を現実に体験したのだとする「現実体験説」と、脳内に生まれたイメ−ジにすぎないとする「脳内現象説」の二説があります。

次にこの本に書かれている多くの体験例から一例をあげますが、この例は「脳内現象説」では説明がつかない非常に興味深い事例です。

 

臨 死 体 験 (ある救急患者の例)

 

彼女(キンバリ−・クラ−ク・シャ−プ)はワシントン大学医学部に進み、大学院生のときに、付属病院でアルバイトがてら、ソ−シャルワ−カ−の仕事をしていた。

そして1976年の春、臨死体験の患者に出会う。(現在はワシントン大学医学部教授で、ソ−シャルワ−カ−もしている)

患者はマリアという名前の五十代の女性だった。メキシコからやってきた貧しい季節労働者で、シアトルの友人を訪ねてきたときに突然心臓発作に襲われ、救急車で病院の救急救命センタ−にかつぎこまれた。「マリアは貧しかったので、病院に払うお金が全然なく、ソ−シャルワ−カ−の私が全部面倒を見てやらなければなりませんでした。そういうことをしてやったので、マリアはきっとわたしに信頼感をもち、あとで臨死体験を打ち明けてくれたんだと思います。

彼女が入院して三日目のことでした。彼女の心臓が突然停止してしまって、大騒ぎになりました。そのとき彼女は、二階の救急治療室にいました。彼女の体にはいろんなチュ−ブやワイヤ−がつながれて、ベッドのまわりはいろんな装置やモニタ−でいっぱいでした。

心停止の警報とともに沢山の医者や看護婦がかけつけて、心臓マッサ−ジをしたり、酸素を吸わせたり、注射をしたり大騒ぎでした。それをわたしは、入口のところに立って見ていました。しばらくして、マリアは息を吹き返し、意識を回復したので、わたしは安心して自分の部屋に戻りました。

その日の夕方、救急治療室の看護婦から電話がかかってきて、すぐ来てくれというのです。マリアがわたしに会いたがっているというのです。マリアの精神状態が普通じゃなくて、異常に興奮してベッドの上で暴れまわっているというのです。また心臓発作でも起きたら大変だから彼女に会って、気をしずめてやってくれというのです」

マリアのところに行ってみると、マリアはキンバリ−の腕をつかみ、自分のほうに引きよせると、自分は、医者や看護婦が蘇生処置をほどこしているとき、自分の体から抜け出して天井の上の方から一部始終を見ていたと語り始めた。

それは典型的な臨死体験だったが、キンバリ−はまだ臨死体験について何の知識ももっていなかった。ム−ディの本が当時出版されたばかりだったが、彼女はまだ読んでいなかった。

「そのときベッドのまわりに誰と誰がいて、誰は何をやっていたかということを、マリアは正しく語りました。わたしは自分でもその場面を入口のところから見ていたので、マリアのいうことが正しいとわかりました。

しかし、だからといって、マリアが体から抜け出して天井から見ていたとは思いませんでした。

わたしはマリアは耳がきこえていたんだなと思いました。人間が死ぬとき、聴覚は最後まで生き残るといわれていますから、それは十分ありえることです。

マリアはその救急治療室に二日もいたので、救急事態にお医者さんたちがどう行動するかを基本的に知っていたわけです。だから、耳が聞こえていれば、その情報から頭の中でその場面を再構築することが可能だと思ったのです。

しかし、そういう解釈では理解できないことをマリアは話はじめたのです」

マリアは医者たちの作業を見ているのにあきて、何か他のことをしようと思った瞬間、今度は救急治療室の窓のすぐ外の、病院の玄関の上のあたりの空間にいたというのである。

救急治療室からそこに移動するというプロセスはなくて、一瞬にしてそちらに移っていたという。

「そしてそこから何を見たかをいろいろと話してくれたのですが、それも現実とよく合っていました。しかし、それは、病室の窓から見れば見えることなので、はじめは何かの機会に窓から外を見たのだろうと考えたのですが、よく考えてみると彼女には外を見る機会は全くなかったのです。

彼女のベッドは二階の救急治療室の真ん中あたりにあって、そこから窓の外の空は見えても地表を見るということは絶対にできません。彼女は入院するとすぐに、チュ−ブやワイヤ−でいろんな機器につながれてしまいましたから、ベッドの上で起き上がったり、立ち上がって歩くなどということはできないのです。

トイレも全部ベッドの上で看護婦さんにやってもらっていました。そして、病院にかつぎこまれたのは夜で、たとえそのとき意識がはっきりしていたとしても、彼女が詳しく話したような周囲の状況はとても見てとれないのです。

さらにマリアの話を聞いていくと、彼女はもっと驚くべきことをいいはじめました。」

マリアはその玄関の上の空間から、もう一度瞬間的に移動した。そこはやはり病院の一画だったが、彼女の病室があるあたりとは別の場所だった。マリアはそこの三階あたりの窓の外側にいた。その窓枠の下のところがちょっと外に張り出していた。そこにブル−のテニス用シュ−ズの片一方だけがのっかっているのをマリアは見た。その靴は小指のところがすり切れていて、靴ひもがほどけて、かかとの下にたぐり入れられているといった細かいところまで見た。それは夢や幻ではなくて、本当にこの目で見たのだから、きっとどこかにあるにちがいない。それを探して取ってきてくれと彼女はキンバリ−に頼んだのである。「そのときは、まさかそんなことがと思いました。しかし、マリアがあんまり真剣に頼むので、それじゃ探してきてあげるといって、まず外に出ました。

三階の窓のところを見あげて病院をグルッとまわってみましたが、そんなものはどこにも見当たりません。やっぱりと思いましたが、念のためと思って、次に三階にあがり、部屋を一つ一つ訪ねて、窓のところをのぞいて歩きました。すると驚いたことには、ある病室の窓のところに、マリアがいった通りのテニスシュ−ズがあったのです。

それは片一方だけで、色はブル−で、小指のところがすり切れていて、靴ひもがかかとの下に入っているのも、マリアのいった通りでした。これはもうショックでした。マリアがこの靴の存在を事前に知るということは絶対にありえないことです。

その窓は三階で、マリアの病室は二階です。その窓は病院の西側に面していて、マリアの病室は北側なのです。マリア以外の人にも、その靴は絶対に見えません。下から見あげても窓枠に邪魔されて見えません。窓を開けるか、窓のすぐそばによって、下を見れば見えますがそれ以外では見えません。近くの建物からなら見えるのではと思われるかもしれませんが、病院の西側は開けた土地でずっと建物がないのです」

− なんでそんなところにそんな靴があったんですか。(質問者)

「それは全くわかりません。謎です。いつからあったのかもわかりません。ただその病室は、精神異常の人が入っていたことがある部屋だったので、そういう人が置いたのかもしれません」(略)

「その靴をマリアのところに持っていくと、マリアはとても喜びました。マリアは自分が見たものが幻覚ではなくて、現実であるということを確かめたかったのです。自分の頭がおかしくなったのではなく、本当にそういう体験をしたのだということを人にも信じてもらいたかったのです。

彼女は、その体験は、人の死後、魂が肉体から抜け出るということなんだと受け取ったようでした。それを魂と名づけるべきがどうかは別として、マリアの体験が示すものは、感覚的な体験をすることができる何らかの主体が、肉体を離れて、自由にどこにでも飛んでいけたということです。

その主体には、肉体の中にあったときと同じ意識が保持されていて、その間の記憶も保持されているのです。肉体から『その人自身』が離れるのです。

臨死体験者はみな体外離脱して自分の肉体を見るときに、肉体はまるでモノのようにそこにころがっていたといいそれを見ていた自分こそが本当の自分だったといいます」

 

以上この書籍から見てきたように臨死体験とそれにともなう体外離脱体験は、「死=無」ではなく、「死=空」、仏教で説くところの「三世の生命」の真理を暗示しているのではないでしょうか。

さらに臨死体験は本当の死ではありませんから、死後の自我(意識)はどうなっていくのかという事は証明のしようがありません。しかし次のような催眠療法を使って、人間の潜在意識という無意識の世界の領域に踏み込んで、過去世を明らかにしていく「前世療法」という分野がありますので大変参考になると思います。