5、日 蓮 大 聖 人 の 御 一 生
【 御 誕 生 】
西暦1222年(貞応元年)聖寿1歳〜
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2月16日安房の国(現在の千葉県)長狭郡東条郷小湊に誕生
・父は三国太夫(貫名次郎)重忠で漁夫
・母は梅菊女
・幼名は善日麿→出生の時の母の夢想によって名付けられた
「産湯相承事」によると、懐妊された時母君の夢は
或夜の霊夢に曰く叡山の頂きに腰をかけて近江の湖水を以て手を洗うて富士の山より日輪の出でたもうを懐き奉る
父君の夢は
虚空蔵菩薩みめ吉き児を御肩に立て給う、此の少人は我が為には上行菩提菩薩なり、日の下の人の為には生財摩訶薩なり、亦一切有情の為には行く末三世常恒の大導師なり、是を汝に与えんとのたもう
また大聖人御誕生の時の母君の霊夢は
又産生まるべき夜の夢に富士山の頂きに登って十方を見るに明なる事掌の内を見るが如し三世明白なり、梵天・帝釈・四大天王等の諸天悉く来下して本地自受用報身如来の垂迹・上行菩薩の御身を凡夫地に謙下し給う御誕生は唯今なり(略)人天・竜畜・共に白き蓮を各手に捧げて日に向かって今此三界・皆是我有・其中衆生・悉是吾子・唯我一人・能為救護(今この三界はみは是れ我が有なり、その中の衆生は悉くこれ吾が子なり、ただ我れ一人のみよくきゅうごをなす)と唱え奉ると見て驚けば則聖人出生給えり
伝説によれば、宗祖御誕生のとき砂浜から清水がこんこんと湧き出て、御誕生の数日前より、海上には忽然として青蓮華が生じ、あざやかな花を咲かせたといわれる。
また誕生の日、庭の池に蓮華が開き、海中より五尺ほどもある巨鯛が飛び跳ねて御誕生を祝ったと伝えられている。
○日蓮は日本国・東夷・東条・安房の国・海辺の旃陀羅が子なり(佐渡御勘気抄)
○日蓮今生には貧窮下賤の者と生れ旃陀羅が家より出たり(佐渡御書)
○日蓮は中国都の者にもあらず、辺国の将軍等の子息にもあらず遠国の者民の子にて候(中興入道消息)
○民の家より出でて頭をそり袈裟をきたり(妙法比丘尼御返事)
と、大聖人は自ら「旃陀羅が子」「貧窮下賤の者」「旃陀羅が家」「民の子」と仰せられている。
「旃陀羅」とは、梵語で「チャンダ−ラ」と言い、屠者・殺者等と訳し、猟師とか漁夫など、生き物を殺すことを職業とする屠殺者の名称である。古代インドにおいては、仏教の不殺生の戒律に背く職業として、最も低い身分・階層とされていた。釈尊が国王の子として誕生したことに対して、大聖人が民衆階層より出生された意義は、
○末法の仏とは凡夫なり、凡夫僧なり(御義口伝)
○日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す(法華経神力品)
とあるように、末法の本未有善・三毒強盛の衆生を下種の妙法をもって救済するために、また法華経に「斯の人」と予証されているように一介の凡夫としての御姿のまま、その身のままで等しく成仏できるということを示されるために、示同凡夫の御本仏として出現された。
なお大聖人の生家は、1498年(明応7年)8月25日の大地震と津波によって海中に没し去り、その聖跡は清らかな海水に守られて海底に静かに眠っている。