6 、 文 証 ・ 理 証 ・ 現 証
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法 華 講 員 の 体 験 談 ( そ の 4 )
頭 破 七 分 の 大 苦 か ら 救 わ れ る (山田琢也氏)
私は正しい仏法に背いて罰を受け、それでやっと気が付き入信することができました。
初めて仏法の話を聞いたのは、昭和58年、妙観講・佐々木部長からでした。
宗教なんて今まで関わったことはなかったけれど、話を聞いてみると、道理の通った、すばらしい仏法であり、今までの宗教観が打ち砕かれるようでした。友達と二人で聞きましたが、私は素直に入信することにしました。ところが、その帰り道で、友達から
「あんな話はでたらめだ、だまされるなよ」
と言われ、私の気持ちは翻ってしまったのです。そのときに
「正しい仏法に背いていけば、100日、1年、3年、7年の節目で、必ず罰が現れますよ」
と言われましたが、気にもせず、それっきりでした。
その後、いろいろと神経を使うことが多くなり、私は、もともと、神経が過敏だったせいもあって、うつ病気味になるようになりました。そこで罰と気が付けばよかったのですが、あろうことか、易者が、「般若心経を毎日、1枚ずつ書いたらいい」
と言うので、それに従い、実行しました。
気分の悪いときは、4、5枚書きました。そうしているうちに、だんだんと気分が良くなってきたような気がして、どんなことがあっても、欠かさずに般若心経を書くことにしました。
しかしそんな日は長く続かず、仏法の話を聞いてちょうど3年目に仕事が行き詰まり、そこから、また、うつ病の症状が出てきたのです。
病院に行き、強い薬をもらって飲み、それでも効かないので、もっと強い薬にしてもらいました。そのうえ、胃潰瘍になり、さらには肝臓、のど、目など、身体のいたるところが悪くなり、自分でもいやになるくらい、多くの量の薬を飲まなければならなくなったのです。ついに仕事も休まざるをえなくなりました。
ある朝、目がさめると、じっとしていられなくなり、家中を歩き回りはじめました。勝手に足が動いて、その足がだんだんと速くなっていきます。いつのまにか駆け足になっていて、疲れて休みたくなっても、とにかく足を止められないのです。それが3日も続いたため、こんな状態の自分がいやになり、マンションの屋上から飛び降りようと思い、階段を駆け登りました。
すぐに妻が追ってきて、止めてくれましたが、私は、なんとかして死のうと、ベランダに行ったり、包丁を持ち出したりし、そのたびに妻の強い力で止められました。しばらくして両親が来てくれ、3人で押さえてくれましたが、私は、それ以上の力で外へ出ようと、暴れました。
そんな日が6日間続きました。老いた父が私を止めてくれる細い手、妻や子供、母の泣く顔と声、それを見ながら聞きながら、その悲しみを感じながらも、歩くのをやめられず、自殺したい気持ちを押さえることができないのです。この6日間で体重が5キロ減りました。
両親も、妻もくたくたで、父が
「もう限界だ、もうやめてくれ。入院してもらうしかない」
と私に力尽きた声で言いました。すぐに入院の用意をして、母と妹のすすり泣く声、
「お父さ−ん」
という、何も知らない子供の声を聞きながら、病院へ行きました。
あの、病室のドアの重々しいカギの音を、私は忘れることができません。10日後、私は先生に、二度と自殺など考えないことと、1週間に2回通院することを約束して、退院しました。
退院して3ケ月間、私は毎日、朝から晩まで泣いてばかりいました。わけもなく涙が出続けるのです。そして、再び自殺を決意し、遺書を書きました。
そんな時です。3年ぶりに、突然、佐々木部長から電話がありました。私は今まであったことを全部話しました。すると部長は、すぐにタクシ−で来てくださって、この私の姿こそ、仏法に逆らった罰なんだと、教えてくださったのです。
私はすぐに入信を決意し、信心を始めました。
すると、その日から、わけもなく出続けていた涙がピッタリ止まったのです。次の日、妻も佐々木部長の折伏を受け、子供と共に入信しました。しかし私には、正座して勤行するということができませんでした。というのは、幼い時足をケガし、筋肉に骨がくい込んでしまったため、5分間以上、正座をすることができなかったのです。そこで、
「御本尊様、どうかこの足を治してください。この足を治して、皆と同じように勤行ができるようにしてください」
と必死でお願いしていきました。すると、5分しかできなかった正座が15分になり、15分が30分に、30分が1時間、2時間にと、どんどん長くできるようになっていきました。そして、毎日4時間の正座ができるようになったのです。
不思議に思って、病院に行ってレントゲンを撮ってみると、筋肉にくい込んでいた骨がなんと元どおりに治っているというではないですか。
「一生、治らない」
といわれていたので、本当に自分でも信じられませんでした。そして、入信して3ケ月後、妹を折伏したところ、これまで、私が一生懸命に拝んでいるのを馬鹿にしていた妹が、
「私もやってみたい」
と言ってくれました。
今度は、父と母を折伏しようと実家に行きましたが、母は、30年来の出雲大社の信仰に執着し、父も、先祖代々の浄土真宗を捨てるのはいやだと、相手にしてくれませんでした。私は、それにもめげずに、毎日、雨の日も雪の日もお寺に通い、勤行・折伏に励みました。すると、入信して1年目、ついに社会復帰ができることになったのです。医者には、
「何年かかるかわからない」
と言われたのに、わずか1年で働けるようになったのです。
薬の量も減り、身体も丈夫になり、金銭的にも楽になりました。この現証の前に、母が入信を決意し、出雲大社の神棚を捨てました。その2日後には、父も
「入信したい」
と言ってくれたのです。
私は、入信前と今を比べ、自分が大きく変わったことを感じ、御本尊様の偉大さに心から感謝しております。(『捨邪帰正のすすめ』/暁鐘別冊号より)