- home ->
- Editor's Eyes ->
- No. 004
ウツの時代、五木寛之さんの話から
社会的にも個人的にもうつが身近になってきた今、私たちはこのうつ(鬱)とどう向き合っていけばいいのか作家の五木寛之さんに話を伺ってきました。
五木さん
気分は。私は一貫して暗い作家って言われてきましたから、うつ(鬱)の中で仕事を続けてきてますから。
日本はうつの時代に入っている。
作家、五木寛之さん。75歳。
若くして流行作家となり、直樹賞を受賞するなど文壇の第一線を走り続けてきた五木さんだが、
40代後半から現在に至るまで、うつ(鬱)状態を三度経験しているという。
その当時の状況を綴った「人間の関係」は、先月(2007年11月)出版されて以降25万部を売上げ、注目を集めている。
本の中で五木さんは、「日本はいま、戦後復興のそう(躁)状態に終わりを告げ、うつ(鬱)の時代に入っているのでは」と指摘する。
五木さん
戦後の。1945年からの戦後っていうのは非常に生活が苦しかったですよね。
でもそこには、民主主義とか平和国家とか復興とか経済大国とか、いろんな夢がありましたね。
ですから、私はあの頃の日本人の目は光っていたような気がするんですよ。
子ども達は、みんな生き生きして裸足で走り回っていたし、生活は苦しかったけれども日本人が元気だった。
それから、ずーっと坂の上の雲を目指して私たちは走り続けてきて。
それで高度成長を成し遂げて、東京オリンピックもあった。大阪万博もあった。
いろんな形のなかで、やっぱりバブルの崩壊のあたりから、
坂の上まで上がってきたけれど、雲はつかめなかったな、という感じが出てきて、
ゆっくりと、ある10年くらいの空白期間をおいて、そう(躁)からうつ(鬱)へと静かにいま移りつつある。
躁から鬱へ。
この風潮のなかうつ状態が悪化し精神疾患であるうつ病になる人が多い。 上場企業のうち、心の病で一ヶ月以上の休業者を抱える企業は年々増え、 75%に達するという調査結果も出ている。 また、うつの低年齢化も深刻で、今年小学4年生から中学1年生を対象とした調査では 軽度のものも含めた有病率は4.2%という数字が出された。 果たしてこの蔓延するうつな気配の背景にいったい何があるのだろうか。
五木さん
人間だけを見つめてもどうにもならないっていう、そういう感じが広がっているのではないでしょうか。
親子関係っていうでしょ。親はこうあるべきだとか、子どものこう教えろとかという問題じゃないと思いますよ。
親と子とが切れてる。その関係性が切れてるというのが、いまのうつの大きな原因だろうと思うんです。
私は、この年間3万数千人という自殺はね、弱い心が折れたのではなくて、硬い心が折れんだ
というふうに思っているんです。
ちゃんと「しなる」「ぐっと屈する」ことのできる、「鬱屈する心」はなかなか折れない。
これは老子の考え方でしょうけどね。
真っすぐで、強く硬くって曲がることを拒む心がやっぱりポキンと折れるんだろうな、
これが3万数千人の自殺だろうな。だからうつな気分を抱くこと自体を
逆にちゃんと肯定して、こんな時代にそんなノー天気に明るくいられる訳ないじゃないか、
俺なんか人間的だから憂鬱な気分になるんだ。
新聞を読んでも、テレビをみてもですね。
うつ(鬱)を肯定する。
そもそも「鬱」という漢字には、①草木の茂るさま、②物事の盛んなるさま、という意味があり、 すなわち鬱は、エネルギーが強く生命力に溢れている状態だと五木さんは語る。
五木さん
その中にあるエネルギー、例えば、国を憂えるとか、子ども達の未来を憂えるとか、地球環境の悪化を
憂える、こういう「憂」というものと、
人間存在の本当の死を考えるとか、こういう「愁」という
この二つがうつの背景に大きくある大事なものだと思うんです。
そのことに触れたときに、人はなんとなく深い溜息をついて、或るうつを感じる。
うつを感じる人は、生命力がありエネルギーがあって優しい人間的な心の持ち主だ、というのが僕の持論なんですよ。
そういうふうに考えてみますと、鬱の文化、或いは、鬱に生きる思想というものが当然あってしかるべきだし。
柳田邦夫さんが、昭和16年太平洋戦争が始まる直前ですけど、「涕泣史談」というおもしろい話をしてるんです。
「涕泣」というのは「泣く」ということですね。
最近日本人がどうもあんまり泣くということをしなくなったように見受けられる。
これは果たして良い事であろうか。良くないと言ってることは明らかなんですよ。
泣くというのは大事なことなんだ。
本居宣長っていう人なんかはね、悲しむというのは大事だ、と。
ちゃんと悲しい時に悲しまないといつまでも悲しみが身に纏わりついて離れない。
人は悲しい時に「悲しい悲しい」と言い、そして、それを人にも語り、
そのことによって悲しみを「客体化」して自分から引き離すことができる。
そして、それを乗り越えることができる、って言ってるんです。
今にも噴き出しそうなマグマを溜め込んだ休火山。
五木さんはうつ状態を「今にも噴き出しそうなマグマを溜め込んだ休火山のようだった」と振り返る。 悶々とした状態をやり過ごすことができた影には、或るノートの存在があった。
五木さん
最初の時は、嬉しいことを探そうと思って今日はこんな小さな嬉しいことがあったみたいな事を
選び出してメモにしてたんです。これはなかなかよかったんです。30代の頃ですね。
その後にまた気分が鬱々として晴れない時期がありまして、その時分にまた同じ事を
やってみたんですがぴんとこなかったんです。
で、今度は、こういう事があって今日は悲しかったという一行書くように。
一行でないと毎日続きませんから。
それがとても今度はよかったんですね。あーそうか、嬉しいという事も、悲しいという事も両方大事なんだ。
それから最近なんですけども、また或る種の鬱な気分というものに
浸されてどうにもならなくなった時に、嬉しいとか悲しいとか、
やってみたんですが、これはなかなか三度目ですとあんまり効かなくて
そのうちに「ありがたい」という事をしきりに考えるようになったんですね。
こういう事があって今日はありがたかった、という一行を書くようになって、
それがとても効いたんですね。三度目に。
ウツの時代がこの先50年続く。
長年うつの中で仕事を続けてきた五木さん。彼はこのウツの時代が日本でこの先50年続くのでは、と予言する。
五木さん
時代の流れというのは、例えばお天気の具合を自分で左右することはできないと
同じように、晴れの日もあれば曇りの日もあるし。
曇りの日とか雨の日とか、嵐の日に、それなりの生き方をしなければいけない。
ですから、いま、文化全体をみていて、経済学から政治から、或いは、
ありとあらいる表現の現状まで「アッパーの文化」から「ダウナーの文化」へ。
そういう変化がみられるのが特徴ですね。
前へ前へと加速度的に前年比で押していくそれ行けどんどんの時代はもう終わったと。
これからしっかり後ろを振り返って、足元をしっかり見ながら、
ゆっくりゆっくり、質の高いカルチャーっていうものを築いていかなければいけない時代
だと思うんです。ですから、「躁の時代」から「鬱の時代」に私たちは転じる。
その転じるおもしろさっていうものをエンジョイしながら生きていくしかないんじゃないかと
いうのが私の考え方なんですけども。
21th Dec. 2007
Go Report Index
Feel human being この人の生き様 on Web Magazine Waratte ! No Smile No Life
| 2007.12.21 ウツの時代、五木寛之さんの話から |
2007.12.22 走った距離は裏切らない、女子マラソン野口みずきの挑戦 |
| 2008.01.07 あの人からのメッセージ2007、気骨の人たち、城山三郎 |
2008.01.12 パブロ・ピカソ作「ゲルニカ」20世紀の黙示録 |
| 2008.02.11 人権活動の最前線から 女性と子どものいまと未来 |
2008.05.03 「私はダメじゃない」を貫いて、漫画家 一条ゆかりの創作の原点 |
| 2008.05.05 『 カリアティッド 』 アメデオ・モディリアーニ、薔薇色に燃えて散った男の一枚 |
2008.05.15 ドストエフスキー 「白痴」 入り口も出口もない物語 |
| 2008.05.23 オリンピックとわたし 有森裕子 |
2008.06.13 魂の大地 ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」 |
| 2008.06.14 孤高の人、フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』 |
2008.07.13 「山 富士山」片岡球子 |
| 2008.08.13 日本人の心を守れ-岡倉天心、廃仏毀釈からの復興 |
2008.09.17 わたしの ” じいちゃんさま ”-写真家、梅佳代 |
| 2008.10.29 神々のうた、大地にふたたび アイヌ少女・知里幸恵の闘い |
2008.11.12 他人まかせの巻-横尾忠則 「少年」の心得- |
| 2008.11.13 ニッポンを主張せよ アーティスト 村上隆 |
2008.11.15 I Have a Dream キング牧師のアメリカ市民革命 |
| 2008.11.29 漫画家 西原理恵子「トップランナー」での発言集 |
2008.12.08 プロ魂 王監督のメッセージ |
| 2008.12.20 一人、そしてまた一人 マザー・テレサ 平和に捧げた生涯 |


