このホームページのタイトルです 
 目次へ   前へ   次へ 
 
   ウエスティの起源と歴史 1  ウエストハイランド地方とアースドッグ
 

 ここでは、スコットランドの「ウエストハイランド」地方と、「ウエストハイランドホワイトテリア(ウエスティ)」の祖先と考えられる「アーガイルシャーのアースドッグ」のお話をまとめてみました。

ウエストハイランド地方
 ウエスティの故郷 ウエストハイランド地方 
ウエストハイランド地方
 スコットランドは北緯55度より北に位置し、北海道より更に北の緯度にあります。 メキシコ湾の暖流の影響を受けていますが、日本の京都や東京に比べかなり冷涼で、夏でも長袖の上着やセーターが必需品の土地です。 「スコットランドのテリア」は、そのような冷涼な気候 (注釈1) に馴化してきた犬達で、元来寒さに強く、暑い夏を苦手とするでしょう。
 スコットランドには、渓谷や湖のある「ハイランド(Highland:高原)」と呼ばれる風光明媚で広大な地域があります。 「ハイランド」の西側に位置し、太西洋に面する「ウエストハイランド(West Highland:西高原)」という地域が、「ウエストハイランドホワイトテリア」の名前の由来です。 「ウエスティ」は、日本語で「西高原の白いテリア」という美しい名前です。

アーガイルシャーのアースドッグ
 スコットランドがまだ独立した王国であった1500年代の始めに、「アーガイルシャー (注釈2) のアースドッグ(Earth dog of Argyllshire)」という記録が残されています。 これが「ウエストハイランド」における「アースドッグ」の存在を示す一番古い記録です。
 この「アースドッグ」は、現在の「ウエストハイランドホワイトテリア」の祖先にあたると考えられます。 そして遅くても1500年代には、このテリアの祖先にあたる犬から、「純白のテリア(ウエスティ)」が誕生したか、あるいは既に存在していたものと推定されます。

 公園の草の上で (1歳4ヶ月 2005年11月) 
「ジャック」 2005年11月13日
首に青いバンダナ (1歳4ヶ月)
小さな白いアースドッグ
  1588年にイングランドに破れたスペイン艦隊 (注釈3) の船が、ウエストハイランド地方の海岸に接岸していた際、船上で多くの「小さな白いテリアのような犬(small, white terrier-like dogs )」が、ねずみを捕らえるために使われていたという物語があります。
 記録によれば、1620年代に「スコットランド国王を兼ねたイングランド国王ジェームズ一世(King James I) (注釈4) 」が、フランス国王へ贈るため「アーガイルシャーの数頭のアースドッグ(earth dog)」を要求したとあり、それらの犬は「小さな白いアースドッグ(little white earth dog):ウエスティ」であった可能性があります。
 初代の「ウェリントン公(Duke of Wellington)」である「アーサー・ウェルズリー(Arthur Wellesley:1769-1852) (注釈5)」は、1700年代に「白いテリア(White Terrier:ウエスティ)」を愛犬としました。
 
 Waiting five dogs(待つ5頭の犬達) 
Waiting five dogs(待つ5頭の犬達)
Sir Edward Landseer(1839)

 「エドウィン・ランドシーア卿(Sir Edward Landseer) (注釈6)」の作品である1839年の「Dignity and Impudence(威厳と無遠慮)」という絵の二頭の犬は、一頭が「ブラッドハウンド(bloodhound)」で、もう一頭が「ウエスティ」です。
 文献 (注釈8)によると、左の絵は同じエドウィン・ランドシーア卿の1839年の「Waiting five dogs(待つ5頭の犬達)」という作品です。 この作品は、狩りの開始を待つスポーティングドッグ(狩猟犬)を描いたもので、一番手前の小さな犬がウエスティです。
 1900年に「ポルタロックテリア(Poltalloch Terrier)」という名前で、「ウエスティ」をイギリスのドッグショーで紹介した「マルコム大佐 (注釈7)」 は、文献 (注釈8) の中で「ウエスティの起源を、イングランド国王ジェームズ一世がフランス国王へ、アーガイルシャーから6頭のアースドッグまたはテリアを贈った少なくとも1600年代にまで時代を遡って」解説しています。 また、同じ文献で「ウエスティ」は「アーガイルシャーで何世紀も前からよく知られていた」と記述されています。

(注釈1) 冷涼な気候:ウエストハイランドに近いグラスゴー(Glasgow)の気温で、一番暖かい7月の最高気温が24℃、最低気温が5℃です。 そして、一番寒い1月の最高気温が11度で、最低気温が−8℃です。 最低気温が氷点下に下がらないのは、6月から9月までという冷涼な気候です。
(注釈2) アーガイルシャー(Argyllshire):アーガイル(Argyll)とも呼びます。 元々は州であり、州都はインベラリ(Inveraray)でした。 1971年にストラスクライド州(Strathclyde)と、ハイランド州(Highland)に分割編入されました。
(注釈3) 無敵艦隊(Spanish Armada:スペイン):1588年にスペイン王フェリペ二世(Felipe II:1527-1598)により130隻の大艦隊がイングランドへ侵攻。 英仏海峡でのイングランド艦隊の反撃と嵐(暴風)のため壊滅的な打撃を受けた。
(注釈4) イングランド国王ジェームズ一世:ジェームズ・チャールズ・スチュアート(James Charles Stuart:1566-1625) 在位は1603-1625; スコットランド国王ジェームズ六世として在位は1567-1625, イングランド女王エリザベス一世(Elizabeth I:1533-1603)の後継。
(注釈5) アーサー・ウェルズリー(Arthur Wellesley:1769-1852):陸軍元帥から1814年に初代ウェリントン公(Duke of Wellington)、1828-1830に英国首相。 一頭目の白いテリア(10代の頃)の名前はビク(Vic)、後年のニ頭目の愛犬(白いテリア)の名前はジャック(Jack)でした。 ウェリントン公は現存する公爵家です。
(注釈6) エドウィン・ヘンリー・ランドシーア卿:(Sir Edwin Henry Landseer:1802-1873) ビクトリア女王のお気に入りの画家で、動物画や狩猟の絵などを描きました。
 ビクトリア女王(Queen Victoria:1819-1901):ウィリアム四世(William Henry:1765-1837)の後継で18歳で即位し, イギリスで最も輝かしい大英帝国(The British Empire, 植民地帝国)時代の女王。
(注釈7) エドワード・ドナルド・マルコム大佐:(Colonel Edward Donald Malcolm:1837-1930) アーガイルシャーのポルタロックの名家の出身で、王立陸軍士官学校を卒業し、(当時、反乱中であった)インド、中国、およびカナダで仕事をした軍の技術者でした。 マルコム家では、彼の祖父と父の時代から代々ウエスティの血統を飼育していました。 ウエスティの血統を制定させた貢献に賞賛が与えられています。
(注釈8) The new book of the dog(新・犬の本):1907年出版(イギリス), 著者 Robert Leighton (ロバート・レイトン), 各犬種の専門家が各章を執筆し、マルコム大佐が「ウエストハイランドホワイトテリア」の章を執筆しました。 イギリス原産の犬種を中心に、各犬種の歴史、特徴、スタンダード(犬種標準)を含む標準解説書(624頁)。

 スコットランドの首都はエジンバラ(Edinburgh)です。 この地域で有名なものとして、日本ではスコッチウイスキー、バグパイプ(bagpipe:楽器)、キルト(kilt:男子がはく巻きスカート)、タータン(tartan:毛織布)などがあります。 昔から自分たちの独自の伝統・文化を守り、独立心を大切にする土地柄です。

 目次へ   前へ   上へ   次へ