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| ジャック 元気いっぱい 2005年5月(11ヶ月) |
「ウエスティ」の正確な起源を示す資料は、まだ見付かっていません。
しかし、その起源は1600年代より以前、おそらく1500年代まで時代を遡れると推定されます。
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| スコットランドのアーガイルシャー | |
ローズニーステリア
1800年代、アーガイルシャーのローズニース(Roseneath)で、8代目の「アーガイル公(Duke of Argyll) (注釈2)」 の保護のもとに、「ローズニーステリア(Roseneath Terrier)」という名前で、「ウエスティ」の血統が飼育されていました。
1859年にイギリスで組織化されたドッグショーが開始されて以降、1873年4月4日に「イギリスケネルクラブ(The Kennel Club:KC)」が設立され、犬種の正式な血統制定が進められました。
しかし犬種制定が開始されようとした当初は、まだ犬の繁殖(ブリーディング)の共通規則が色とサイズ(大きさ・体重)のみであるという時代でした。
1899年のクリスタルパレス(Crystal Palace)でのショーで「ローズニーステリア」が「ホワイトスコティシュテリア(White Scottish Terrier) (注釈8)」という名前でも知られるようになりました。
ピトンウィームテリア
「ピトンウィームテリア(Pittenweem Terrier)」は、東海岸で北海に面する地名に因む名前であり「ウエスティ」の血統でした。
ポルタロックテリア
1900年、アーガイルシャーの「ポルタロック(Poltalloch) (注釈3)」に住む「マルコム大佐(Colonel Edward Donald Malcolm) (注釈4)」が、「ポルタロックテリア(Poltalloch Terrier)」という名前で、「ウエスティ」をエジンバラ(Edinburgh)のドッグショーで紹介しました。
この後、「ポルタロックテリア」が現在の「ウエストハイランドホワイトテリア」の正当な血統になりました。
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| マルコム家のウエスティ達(ポルタロックテリア, 11頭) 1906年より以前, 文献 (注釈6)から | |
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| 「ジャック」 いつも行く公園で 2005年12月11日 (1歳5ヶ月) | |
古い歴史を有するウエスティ
「ウエスティ」の祖先は1500年代以前の古い「アースドッグ」であり、スコットランドの西海岸一帯で小害獣の猟犬として何世紀にも渡って飼育されてきました。
「ウエスティ」は「オリジナルワーキングテリア(Original working terrier)」であり、「スコットランドのテリア(ダンディディンモントテリア, ボーダーテリア, スコティッシュテリア, スカイテリア, ケアーンテリア)」の中でも歴史が古い犬種です。
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| マルコム家のサニー(Sonny; オス) 1906年頃, 文献 (注釈6)から | |
在来種(ローズニーステリア, ピトンウィームテリア)とウエスティ
ロバート・レイトン(Robert Leighton)は1910年出版の文献 (注釈7)で、「例えば、ポルタロックあるいはホワイトウエストハイランダー(White West Highlander)としばしば混同されるローズニースのように、ことによっては関係付け
られるワーキングテリアのずっと多くの在来種(地方種)がいます。
そして、ピトンウイームは今ポルタロックテリアと交配されています。」と記述しています。
上の記録では「ポルタロック」と「ローズニース」の違いが不明ですが、推測として「ローズニース」の方が体躯(体重)が大きかった可能性があります。
「ピトンウィームテリア」は上の記録から同種として交配され、「ウエスティ」の血統に吸収されたことになります。
ウエスティはアメリカとカナダへ渡り、そして日本へ
アメリカで1906年に行われたショーで、初めて「ウエスティ」が紹介されました。
「スコットランドの白いテリア」の存在を知ったアメリカとカナダの愛好家が、多くの「ウエスティ」をイギリスから輸入しました。
1908年に「AKC(アメリカケネルクラブ)」に「ローズニーステリア」という名前で初めて登録され、翌1909年に、「ウエストハイランドホワイトテリア」という名前に正式に変更されました。
このことから、「ポルタロックテリア」以外に「ローズニーステリア」も、第一次世界大戦前にアメリカへ渡ったものと考えられます。
日本における「ウエスティ」の歴史は、第二次世界大戦後にアメリカから輸入されたのが始まりとされています。
(注釈1) アーガイルシャー:アーガイル(Argyll)とも呼びます。
(注釈2) 8代目アーガイル公(8th Duke of Argyll)」:ジョージ・ジョン・ダグラス・キャンベル(George John Douglas Campbell:1823-1900)、ローズニースに城を有し、そこでローズニーステリアを飼育していました。
アーガイル公はキャンベル(Campbell)家の一族で、当時から大地主で現存する公爵家です。
(中世、土地と農民を支配した階級)
(注釈3) ポルタロック:ポルタロッホと表記されることもあります。
(注釈4) エドワード・ドナルド・マルコム大佐(Colonel Edward Donald Malcolm:1837年-1930年):アーガイルシャーのポルタロックの名家の出身で、王立陸軍士官学校を卒業し、(当時、反乱中であった)インド、中国、およびカナダで仕事をした軍の技術者でした。
彼が1906年に書いた記録 (注釈6)で、マルコム家のウエスティは少なくても1846年以来の飼育であり、ポルタロックテリアの起源は少なくても1600年代に時代を遡ると推測していました。
1900年代初頭に、ウエスティの血統を制定させた貢献に賞賛が与えられています。
(注釈5) 猟犬への誤射:マルコム大佐自身も、きつね狩りで赤みがかった猟犬を誤射したことがあります。
イングランド国王ジェームズ一世(King James I:1566年-1625年)の時代にも、国王が特別にお気に入りの猟犬を、王妃が鹿を狙って誤射してしまった逸話があります。
(注釈6) The new book of the dog(新・犬の本):1907年出版(イギリス), 著者 Robert Leighton (ロバート・レイトン),
各犬種の専門家が各章を執筆し、マルコム大佐が「ウエストハイランドホワイトテリア」の章を執筆しました。
イギリス原産の犬種を中心に、各犬種の歴史、特徴、スタンダード(犬種標準)を含む標準解説書(624頁)。
... マルコム家が飼育していた複数の「ウエスティ」の写真が掲載されています。
(注釈7) ロバート・レイトン(Robert Leighton:1858-1934):作家, 英国犬種の歴史を含む複数の解説書を出版しました。
ロバート・レイトンは1910年にも, Dogs and all about them (犬達と彼らの全て:344頁) を出版しています。
前作をもとに犬の歴史や法律を含め、主にイギリス原産の47犬種を詳しく解説しています。
「ウエストハイランドホワイトテリアは、当時のスコットランドの西海岸全体に沿って見つけることができ、この時代に新しく作り出された種類ではなく、長く続いた血統を有する犬種です。」と説明しています。
(注釈8) マルコム大佐は文献 (注釈6)の中で、「ウエスティは「ホワイトアバディーン(White Aberdeen:白いスコティッシュテリア)」ではなく、
新しく作り出されたものでなく、独自の立派な祖先を有する。」, 「ウエスティをホワイトスコティシュテリアと判断したのは誤りである。」と記述しています。
スコットランドは、スコッチウィスキー(Scotch whisky)が有名です。
「ブラック & ホワイト(Black & White)」という銘柄のウイスキーのラベルには、二種類の犬が描かれています。
白い犬がウエスティで、黒い犬がスコティッシュテリアです。