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中欧3ヶ国・ツアー
2007年1月13日〜20日(8日間)
チェコ、オーストリア、ハンガリーのパックツアー

ヴェルヴェデール宮殿(ウィーン)
ツアーレポート
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1月13日 |
晴れ |
関空で、円をユーロに換金。10時40分、LH741で出発。日本アルプス上空を経て、シベリアに。 |
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1月13日 |
曇り |
機内アナウンスによると、ヨーロッパも暖冬。15時、フランクフルトに到着。気温は13℃。昨年のロンドンでのテロ事件以来の液体物等の持込品のチェックが厳重になったので、手荷物検査に時間がかかった。18時30分、チェコのプラハに着く。ライトアップされたプラハ城が、目に飛び込んできた。全然寒くない。スーツケースが2ヵ所破損していた。私たちのグループでも、他に4、5人のスーツケースが破損。ガッゲージクレームで、破損補償書を受け取った。自宅からホテルまで、21時間かかった。 |
2ヵ所壊れたスーツケース
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1月14日 |
曇り一時小雨、のち晴れ |
7時40分、夜明け。持参していった温度計で、外気温を測ったら、10℃。神戸の方が寒い。8時にバスに乗り込む。 ガイドの高橋さんが合流。ボヘミア地方を流れるヴルタヴァ(モルダウ)川沿いのことプラハ。スメタナ、ドボルザークを生んだ町で、京都は姉妹都市。暖冬でいつもより10℃は高いと。観光区域は、バスの進入ができないというので、歩いて観光。まず、カレル橋。14世紀、カレル4世が60年かけて作ったゴシック様式のプラハ最古の橋。フランシスコ。ザビエル等、30体の聖人像が並ぶ。次に旧市庁舎に。有名な天文時計。時雨が降ってきた。 ヴルタヴァ川を渡り、100mの坂をあがるとプラハ城。快晴になってきた。まず、黄金の小道に。作家カフカが執筆した家が。旧王宮から、聖ヴィート大聖堂。10世紀にロマネスク様式の教会として建てられ、14世紀のゴシック様式への大改築を経て、最終的には20世紀に完成した。イタリアミラノのドーモを思い出した。 昼食後、プラハから東方に65km離れたクトナー・ホラに。13世紀に、銀が産出し、王立造幣局が設立される等、栄華を極めた。聖バルバラ大聖堂。そのシンボルの聖バルバラは、坑夫の守護神。プラハ泊。 |
カレル橋 天文時計
聖ヴィート大聖堂 聖バルバラ大聖堂
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1月15日 |
晴れ |
7時半、外気温2℃。これでもいつもより高め。8時に、バスに乗って、南東方向に340kmのオーストリアのウィーンに。12時に国境を越え、13時に、ウィンに着く。OPEC、IAEAの本部がある。あのOPECのビルが予想外に小さいのにビックリ。15時に、バロック様式のヴェルヴェデール宮殿に。そのあと、シェーブルン宮殿に。マリア・テレジアが、ヴェルサイユ宮殿を凌ぐものを目指して、作った宮殿。宮殿内を見学。眩いばかりのロココ装飾の家具、インテリア。ここで、ハイドン、ベートーベン、シューベルトが可愛がられたという。中国の青磁器、日本の伊万里焼もあった。 |
国境オフィス あのOPEC ヴェルヴェデール宮殿 シェーンブルン宮殿
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1月16日 |
霧後晴れ |
今日の朝の気温は、−2℃。中欧に来てはじめての氷点下。9時にバスで、ウィーンの森ツアーに。白い霜がびっしり。高速道路で30分で、まずシューベルトが「菩提樹」を作曲されたといわれるレストランに。そのあと、ハプスブルグ家のオットーが建てたハイデンクロイツ修道院に。1時間見学。さすがに足の底が冷えた。そして、ルドルフ皇太子が自殺したマイヤーリンク(狩の館)に。 ガイドさんから、クーデンホフ・ミツコさんの話。明治時代、オーストリアの外交官に見初められて、その後結婚、こちらで波乱万丈の生涯を送ったという。吉永小百合の主演で映画化された。 昼から、ウィーンの町を、自由散策。オペラ座、聖シュテファン寺院、王宮公園、ネオゴシック様式の市庁舎等。5時には暗くなる。ライトアッフされた王宮、市庁舎は圧巻。 |
シューベルトと記念写真 ハイデンクロイツ修道院
狩の館 クーデンホフ・ミツコさん
王宮 市庁舎
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1月17日 |
曇り |
9時半に、バスに乗って、南東方向にハンガリーに向けて。11時に国境を越えて、ハンガリーに。昼過ぎに、ベネディクト派の総本山のパノンハルマ修道院に。更に、南東方向に。5時に、ブタペストに着く。早速、ドナウ川のクルーズ。ライトアップされた王宮、国会議事堂、鎖橋。 |
王宮 鎖橋 |
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1月18日 |
霧のち晴れ |
9時に、出発。19世紀に、イギリス人の技術者を呼んで作られた当時世界最長のつり橋である鎖橋。次に、ブタ側の王宮、マチャーシ教会、漁夫の砦、ゲレルトの丘に。また、ドナウ川を渡って、ペスト側のハンガリー最大のイシュートハーン大聖堂に。 昼から、ドナウベントツアーに。ブタペストから北西に50km離れたエステルゴムに。ハンガリーカトリックの総本山の大聖堂に。祭壇の壁画は世界最大。ドナウ川の向こうは、スロバキア。そして、ドナウ川に沿って走り。セルビア商人が作った小さな町センテンドレに。教会としゃれたお土産物の店。猿の腰掛で作った帽子が売られていた。 |
王宮 イシュートハーン大聖堂
エステルゴムの大聖堂 猿の腰掛で作った帽子
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1月19日 |
曇り |
7時に、ホテルを出て、ブタペスト空港に。折りしも北ヨーロッパを襲ったストームの影響で、フランクフルト空港が一時閉鎖されたため、出発が2時間に遅れる。フランクフルト空港では、手続きをしないで、バスで滑走路を移動し、関空行きの飛行機に飛び乗った。 |
緊急搭乗
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1月20日 |
曇り |
8時に、関空に。壊れたスーツケースの修理の確認。やっぱり、日本の方が寒かった。 |
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今回のツアーの感想
暖冬の中欧 |
真冬のヨーロッパも、日本よりも暖冬であった。緯度で言うと、北海道より北に位置しているが、いつもより、10℃以上暖かく、雪は全くなかった。防寒用として準備していった発熱シャツ、携帯カイロ、靴カイロは必要なかった。しかも、ツアー費用は安いし、ちょっと儲かったツアーであった。しかし、最後は、北ヨーロッパを走りぬけたストームで、フランクフルト空港が一時閉鎖され、予定通り帰国できないかも知れないと思ったが、何とか予定通り、関空に着いた。 |
3カ国の印象 |
オーストリアは、まだ知っている方であったが、チェコ、ハンガリーは名前だけ知っている感じであった。ウィーン、プラハ、ブタペストも歴史遺産が豊富で、その維持に努めている姿勢は、日本も見習いたい。歴史的建物のある地域では、高層ビルはなく、また観光バス等の乗り入れも規制されている。また、ヨーロッパ全体が地続きであるため、豪族、皇帝等による戦争による支配関係がヨーロッパ全域に交錯しており、高校時代教わったヨーロッパの歴史を思い出したツアーであった。ひとつ疑問が残った。EU各国の入出国については、極めて簡単であったが、国境たるフェンス等が見当たらなかったのは奇異に感じた。 |
ドライブ事情 |
3カ国とも、大都市近辺では高速道路が整備されている。一部有料の高速道路もあった。料金ゲートはないが、年間契約ステッカー等を貼り付ける方式。制限速度は、チェコ、オーストリアでは100km/Hであったが、ハンガリーでは130km/Hで、観光バスの横を乗用車が、疾風のごとくに走り去っていった。レギュラーガソリン価格は、150円/g近辺であった。車は、圧倒的にドイツ車が多かったが、日本車も勢力を拡大しているように感じた。大手のレンターも進出している。英語も通じるようだし、レンターカーによる個人ドライブツアーも十分に可能だ。 |