ゴルフもいいが、世界の人たちを知るツアーに !!      

                                            2011年11月5日作成          

  1999年、ロスアンジェルス・サンフランススコツアーに行ったとき、当時、ゴルフに情熱を燃やしていたこともあって、現地で、自分の力で、コースの予約をして、プレーをするというトライをした。忘れもしないRancho Park Golf Clubのパブリックコースであった。広いフェアウエーと大きな木々。これが、パブリックコースかと疑うようなコース。我々夫婦とアメリカ人の2人と、冗談を言いながら、プレーをした。これが、我々にとって、海外での最初のゴルフプレーであった。

 

 また、その時、ヨセミテ・バスツアーに参加したとき、日本にはない地平線が見える見渡す限りの牧場の中を、走って行った。これが、アメリカやと思った。こんな所を、自分が運転して、ドライブしたいという衝動があった。そして、いつか、アメリカ大陸を車で横断しようと思った。

 2001年には、シンガポールで友達に誘われて、名門クラブでプレーし、2002年には、ロンドンで、1日の間に四季があるイギリス特有のコースでプレーした。

 2004年6月に、オーストラリアのゴールドコースト、アメリカのカルフォルニア、アリゾナ・ドライブツアーで、レンタカーでドライブしながら、行き当たりばったりでゴルフをたのしむというツアースタイルにのめり込んでいった。当初は、レンタルクラブであったが、慣れた自分のクラブを持参することにした。ただ、妻の分も含めて、フルセットは、重いので、ハーフセットにした。これで、十分だ。

 

 その後、USA、Canada、Australia、Newzeeland、Malaysia等で、ゴルフを楽しんだ。その中でも、2005年の世界ゴルフ殿堂を見学し、King & Bear GCで、プレーしたこと、さらに、2008年、あのSt.Andrewsで、British Golf Museumを見学し、St.Andrews Golf Linksでプレーしたことが、一番の思い出である。

      

       

      

 このようにゴルフをしながらのドライブツアーを重ねていく中で、その国の歴史、文化、自然に興味を覚え、訪問した国を理解するように努めてきた。また、現地では、できるだけ、その国の人たちに積極的に話しかけ、Communicationをとるように心掛けてきた。また、Hotelではなく、個人が経営するBB(Bed & Breafast)を、できるだけ、利用するようにした。そこのOwnerは、我々と同年代の夫婦が多いので、Communicationがスムーズにできた。

    

 また、2007年、Malaysiaで会ったCanadaのRanyさんが、名詞を持っていて、バスの中でも、ちょっと他人に話しかけたとき、その名刺を渡し、自分をアピールしていた。私たちも、Ranyさんから、名詞をもらった。これはいい。早速、帰国後、自作の名詞を作った。日本語と英語を併記。勿論、Home Pageのアドレスも載せてある。海外に行くときには、20枚以上、持参して、所構わず、会って話した人に渡している。Communicationの道具として、非常に役立っている。

    

 また、2008年には、Canadian Rocky Mountainで、たまたま、同じ赤のFord Focusの乗っていたオランダのManuelさん、Marinekeさん夫婦に出会い、その後、メール交換をして、親交を深め、2010年には 、彼らが来日し、2011年には、オランダの彼らの家を訪問した。まさに、一期一会だ。

 さらに、2010年オーストラリアのキャサリンで、アボリジニの皆さんと、すこしの間、友好を深めたことも、いい思い出になっている。

 一方、以前、YMCAの外国人の日本語研修の中で、我が家を、Home Stayの場に提供し、USA、中国、台湾、シンガポールの人たちを受け入れ、 海外の人たちとの交流を進めてきた。

 現在では、オランダ、USA、インド、シンガポールの友達と、家族付き合いをしている。 

 このような中で、新しい旅の面白さを実感してきた。

1.世界のどこでも、そこには歴史、文化があり、それぞれの価値観がある。私たち日本人との違いを感じることができる。その中で、逆に、今まで気づかなかった日本人の長所、短所を発見できる。

2.海外に友達ができ、彼らの家を訪問、宿泊することにより、彼らの生活を実感することができる。逆に、海外の友達が、我が家で宿泊するときも、同じであると思う。

3.旅とは、その国を訪れ、そこで、そこに住む人たちと、しばらくの間、生活を共にすることであるという思いになってきた。