ディー・ピレネー 南西フランス歴史と自然の旅

教会の高台から村を見下ろす  まっ平らで豊醇な大地

チロル、オーストリアの旅へ

5日目  サルラ〜ラスコーUへ 午後、ドム その後、ラ・ロック・カジャックへ サルラに戻る{泊}

今回のパリ、シテ島をやたら歩き回りたい。バスチーユ広場から、アンリ4世通りを歩いて、サンルイ島へ入り、シテ島へ。そしてシテ島ではコンシェルジュリー宮殿を見学して、マリー・アントワネットの牢獄内の生活の人形を見たり、ギロチンも見たい、という予定です。予習通り、サント・シャペルとサン・ジェルマン・デ・プレ教会も見学したいと歩き始めます。先ずはメトロでバスチーユへ

サンルイ島を抜けてシテ島へ プチ・ポンの後にノートルダムが見えている

2012年10/22〜31

あんまりいい男ばっかりで実に楽しそう。絵になるなあ・・・と眺めていたら若いイケメン男性がグラスを挙げてくれた。その後、みんなで「ラ・マルセイエーズ」をうたいだしたもんだから、私は思わず、「ヴぃーヴ ラ フランス」と云ッたから、みんなはすっかり喜んで抱き合ってしまった。左端のオーナーの旦那はお勘定に必死。マダムが又、粋でねえ!!!

カオールといえば、赤ワインが有名です。ご存知、アレクサンドル・デュマ「モンテ・クリスト伯」に、一言だけこのワインが登場します。自分を陥としいれ、15年間のマルセイユ沖の孤島の牢獄に閉じ込めた3人の悪人達。牢獄の中からできちがい坊主と云われていた老人の死体と入れ替わって脱出。モンテ・クリスト島にわたり、チェーザレ・ボルジアの残した金銀財宝を手にいれます。それから始まる復讐劇。悪者の一人、カドルッスは落ちぶれて、ポン・デュ・ガールでしがない飲み屋をしています。そこへ現れた金持ち紳士、モンテクリスト伯の前に出されたのがたった一本残っていた「カオールの赤ワイン」・・・どうですか・・・嬉しいじゃないの!!!このワインを飲むなんて・・・ね。黒ワインとも云われる濃い赤のワインのお味は濃厚で、おいっしい!!!

この可愛いトラムで丘の上へ

岩山から下の村を見下ろす

美しい赤レンガの町、アルビ・・・ホテルの横を流れるタルン川は水がまっ茶色です。アルビの名門貴族の嫡男としてロートレックは生まれました。1864年のこと

1日目  関空〜アムステルダム〜トゥールーズ

サルラではこのお店で昼食

お店のお隣

両親はいとこ同士。名門ゆえの血の濃さを代々重ねています。財産の散逸も恐れたのでしょう。しかも、もう、彼の時代、貴族社会華やかな時は過ぎ去っていました。父親は狩りと乗馬を好み、時に奇驕な行動にはしり、珍しい衣装に凝ったといいます。「小さな宝石」と呼ばれて、両親の愛を一身に集めて成長していた彼に、やがて・・・悲劇が・・・訪れます

ポン・シャンジュ・・まあ云えば両替橋 昔は橋の上に両替賞の店が並んでいたとか

もう頭の中にはパリの地図はしっかり入っているつもりだったのですが・・・一筋縄ではいかないパリでした。おのぼりさんの弥次喜多は本当に珍道中、何しろ、パリの道は好きな方向に曲がったり、くねったりしてる・・・言葉は通じない・・・で、迷子になることしきり・・・は・は・は・・・
 スケッチはコンコルド広場。マリー・アントワネットやルイ16世が処刑された広場。当時は革命広場とよばれていたが、その前はルイ15世広場で市民の憩いの場だったそうな。コンコルドとは「融和」と云う意味らしい  ブログから
サン・ルイ橋を渡る

暮れてゆくアルビの町

アルビ着(泊)

午後 コルド・シュル・シェルへ  廃墟さながら 村人1000人に足りない

2日目 トゥールーズ〜カルカッソンヌ 午後コルド・シュル・シェル アルビ泊 

3日目  アルビ〜コンク  アルビに戻る(泊)

4日目 アルビ〜カオール   午後ロカマドール  サルラへ(泊)
 

アルビを出てコンクへ

カルカッソンヌは雨

二重城壁の中を歩く

カルカッソンヌのカテドラル

村の教会

人影も少ない中世のままみたいな村

村の中心か???商館らしい

狭い中世の道を下る

カルカッソンヌ遠望

途中いくつか丘の上に町がシルエットになって浮かび上がる

コンクのサントフォア教会 ここのタンパンの彫刻がなんとも楽しい。正しくロマネスク、物語的。何しろ、シャルルマーニュ・・・800年ローマ法王から宝冠を戴いた神聖ローマ帝国初代国王。フランク王国をまとめ上げた一大英雄が、神の前に出るのを怖がって、ペテロに手を引かれてるっていううんだから。中央左

右 カテドラル 左は古い民家

教会の中庭 中央は洗礼盤 昔はこの中にジャブンとつけたとか。右、宝物館

教会の裏手  凄く高い城壁の上に巨木が・・・

アルビのロートレック美術館。日本、京都国立近代美術館の「ロートレック展」会場から盗まれ、いまだ未解決。しかし、作品は奇跡的に戻った「マルセル」を見た。高樹のぶ子「マルセル」が面白い

アルビのカテドラル
左下のお店でビールを飲みながらスケッチ

素晴らしく美しいカテドラル内部

再び、夕暮れるアルビ、ホテルに戻る。右新しい橋、左古い橋、奥にもう一つ見えてる古そうな橋

切り立った石灰岩の岩肌 トレッキングコースもあるそうな

村の中央にはやっぱり教会がある

教会の裏手

サンシル・ラポピーの村が見えてきた この辺たり、いくつも丘の岩盤の上に村が点在する

カオールで昼食 ロカマドールへ

想像を絶する岩山に建つノートルダム礼拝堂

カテドラル内部はあまり装飾なし。黒いマリア像が有名

午後 雨。 ドムへ

ドムの大聖堂 この地、旧教の人多くルイ13世に弾圧される

似たような白いトラムで丘の上に上る この町は計画的に再建され通りが碁盤目になっていてわかりやすい

バイキングの襲来や洪水から逃れて、人々は後ろの岩山の洞窟に逃げたという。いくつもの洞窟があるらしいバイキングの襲来や新旧キリスト教・・・・多難な歴史を思ってしまう

サルラの朝市へ旧市街へ・・・サブッ!!!

ホテルはこのお嬢さん一人。物静かだが実にテキパキ・・・とてもお洒落 いい感じ

サルラを出て サンテ・ミリオンへ。一面のワイン畑。キチンと整備されて実に美しい!!!

サンテ・ミリオンの大聖堂

サンテミリオンのワインの試飲と酒蔵見学

ボルドーへ(泊) 左ボルドーの大聖堂

7日目  ボルドーからTGVファーストクラスにてパリへ

ガロンヌ川 月の港の朝焼け  ボルドーとお別れ

ボルドー国鉄駅

パリは何度目になるやろか???でもでも・・・マタマタ迷子になるのよねえ
アンリ4世通りを見つける

8日目 パリ1日徘徊

バスチーユ広場

ラスコーはスケッチなし。2度目の訪問

パリ モンパルナス駅着 11;55


ロカマドールは誰が何時、どうしてこんな所に教会を建てたかはっきりした記録が無いそうです。人間の情念の不思議です

カテドラル内部は案外シンプル

バスは葡萄畑の中を疾走する  フランスの農村は本当に美しい

1901年、37才で亡くなりました。死因は梅毒・・・美術館のガイドは結核といいましたが。下スケッチはロートレック美術館の中庭。説明が長くてスケッチできず・
彼はパリに出て、娼館に入り浸ります。彼の青春を救ったのは絵を描くことでした。ショーのポスターとして、俳優や踊り子を大胆に配置した彼のポスターは人気が出ました。しかし、彼の母親は彼の絵を全部買い取り、売ることは無かったといいます。売らなくても食べていけた・・・からかもしれませんが・・
8才で椅子から立ち上がろうとして転倒、左大腿部を骨折。更に翌年、ピレネーの湯治場で散歩中、今度は左大腿部を骨折。両足の発育は止まりました。胴体は人並みに成長しましたが、顔も変貌し、父親は彼を、家系の恥と扱うようになりました。やがて両親の離婚

朝日の中を北上

途中、トイレで立ち寄った小さい村。おじいさんが案内してくれた。この村もすてき!!!

ドムを後に、ラ・ロック・カジャックの町へ

6日目 サルラの朝市〜サンテ・ミリオン ワイン倉見学  ボルドーへ(泊)

ルーブル宮の大改造、ポン・ヌフ(新橋)、国王広場など、パリの美化に力をつくしました。しかし・・・あ・あ・あ・・・・この王も狂信的なカトリック教徒に暗殺されて、その生涯を終えました  ブログから
ナヴァール王国、ピレネーをはさんで領地を持っていたナヴァール(スペインではナヴァラ)から婿入りしたアンリは、プロテスタントです。カトリックの牙城パリへも入れてもらえず、シャルトル大聖堂でカトリックに改宗しました。「ナント勅令」を出して、新旧両教の平等を認め、これより宗教戦争は終焉に向かいました。彼、アンリ4世から、王朝がヴァロワ家からブルボン家に変わりました。ルイ13世はアンリ4世の息子です
アンリ4世、アンリ・ド・ナヴァールと云う人、フランスでは一番人気のある王様だと云います。
新教と旧教が激しく争っていた時代。「サン・バーテルミの大虐殺」・・・・このことは、もう大分前ですが書きましたけど、もう一度あらましを書きましょう。娘、マルゴの結婚式にと招待されて、パリに集まったプロテスタントの貴族たち。なんと、2日間にわたって3000人が殺された・・・カトリックとプロテスタントの激しい宗教戦争です。黒幕は、マルゴの母親、かのカトリーヌ・ド・メジチとか???婿がこのアンリ・ド・ナヴァールです。セーヌ河の流れが死体でせきとめられるほどに・・・1572年のことです  ブログから
先ず、パリは初めての相棒のために、ホテルからコンコルド広場と凱旋門、ご存知、シャンゼリゼー通りへ。お宿は、サン・ラザレ駅の前、コンコルドオペラ★★★★です。歩いてコンコルド広場へ出て、凱旋門へ・・・・さあ・・・お次・・・エッフェル塔です。
 ももりは「こっち!!」左腕をあげます。相棒は「コッチに見えてた」と、右腕を上げます。大体、ももりは方向感覚ゼロなもんですから「そんなはずない」といいながらも相棒についていくと・・・相棒の指の先に、ちゃあんと立ってるじゃありませんか????  ブログから

サン・ラザレ駅 前この駅からルーアンへ行ったっけ

二つの河にはさまれた岩山に建つ小さな教会とその村

古い民家

真っ白な霧の中 朝日がのぼる

この城塞の中を見学 8.5ユーロ  出口がわからなくてあせった

トゥールーズ空港へは深夜着

窓側の席って大好き 富士山きれい!!!手前は立山らしい。黒部ダムも見える

北極  永久凍土に太陽が降り注ぐ・・・美しい!!!

一枚岩の教会の残骸
古都アルビ、ここは2泊。ロートレック美術館もあって、ロートレックの町として知られています

コンク サントフォア教会

コンク・・・霧晴れ・・・半袖になる

コンクからアルビに戻る  ロートレック美術館とアルビの町見学

今も残る古い木造の民家。2階3階とせりあがっていく。箱を積み重ねるような工法なんだとか

1200年から1300年にかけて、フランスの大きな部分がイギリス領であった地図

 バイキングが毎年のようにやってきて略奪、暴虐の限りを繰り返し、海が荒れる前に引揚げていく・・・やがて、代価を払ってお引取り願うようになり・・・やがて・・居座ってしまったノルマンディー地方のバイキング。そこで力を蓄えてイギリスに進出。イギリス王位を簒奪。やがて、フランス王家とイングランド王家の結婚に至り、フランス王の死に伴う後継者の権利、フランス王位を主張してフランスを席巻したアンジュー(イングランド)家1200年〜1300年頃の地図

サルラに戻る

朝市、土曜市が開かれていたサルラの町 サブッ!!!ブルブル

 下の写真はパリのサント・シャペル教会のガーゴイル。突き出した雨樋の先端をヨックご覧くださいマセ。悪魔が大きな口をあけて、私達を威嚇しています。「悪いことしたら地獄へ墜ちるぞ」って。何となく笑ってしまう悪魔の形相ですが・・・ノートルダム寺院のガーゴイルも有名です。
 神は自分に似せて、人間を造られた。悪魔は天使になれなかった落ちこぼれ・・・つぅ・まぁ・りぃ・・・・天使も悪魔も人間の形をしてっているってことでしょう。悪魔としか思えない人間も、どうやら本当にいるようで、新聞TVを騒がせています。
 現代人よ、ちょっとは悪魔を恐れましょう!!!(ブログから)

憧れのサント・シャペルは1時間並ぶ。1248年完成と言う素晴らしいステンドグラス。これを守る為のセキュリティー検査に1時間並んだのでした。

外観は至って質素

ここ、サン・ジェルマン・デ・プレ教会も中世のもの。中へ入る時間がなかったのが残念

翌日、パリから関空へ