5日目 メリダ チチェンイッツァ遺跡へ

セノーテで泳ぐはずがばててしまってパス

メキシコ…消えた偉大なる文明

北イタリアへ

2014年 3月31日〜4月7日

テオティワカンのカテドラル 左は傾いていて今は使われていない。

プエブラの歴史地区カテドラルはもう・・・駆け足

ウシュマル遺跡 魔法使いのピラミッド 尼僧院 球戯場など  

教会建築を見るのは大好きで、特にヨーロッパでは古い教会ほどうっとりするような魅力を感じる。ロマネスク教会なんかが大好きですが、ここにスペイン人が入ってきてから現地の人々と作った教会というのはいただけない。色彩的にもアンバランスでバロックの過ぎたる過剰な装飾なんか・・・どうも、土着の宗教の影響もあるのか・・・・粗雑な感じがする。内部はかつて、銀を算出して大儲けしたメキシコらしく、金ピカではあるけど・・・

メキシコ・・・ずいぶん長い間気になりながら二の足を踏んでいたのは、垣間見たその文明の血なまぐさだったでしょう。生きた心臓を神に供えてエネルギーをもらおう・・・・とか、彫刻群のその無表情な険悪さとか・・・朗らかさのまるでない息苦しさが,わたしをためらわせていた原因です。今回、思い切って行ってきましたが・・・もう10年早く行くべきでした。ともかく体力が・・・もう・・・限界。時差が15時間。日本より15時間おくれです。日常と真逆です。遺跡はじりじりと太陽に容赦なく焼かれ、その広大な規模に驚きながらついていくのは、ホント、つらいものでした。しかしその驚くべき文化遺産の規模の大きさに圧倒されることになる・・・

シケイロス作 石を張り付けた壁画

千本柱の神殿 この上にいけにえの心臓を供えたという「チャック・モール」の像がある。右下

マヤの祈祷師

征服者モンテホ親子の家

マヤ人のお宅訪問 トルティーヤをやくおばあさんとサイザル麻を作る実演をしてくれるおじいさん

左 死の神の司祭
中 実在した王または神官 ジャガーの頭飾りをつけている
右 ギッシリ刻まれたレリーフ

メキシコシティーから飛行機でメリダに移動。ホテルに着いたのは深夜

太陽の神殿はもう、パス ああ・・シンド
手前の高台で長い一服

4日目 メリダ市内 野口英世博士の像を見てバスでマヤ遺跡へ

メルカード 市場はカテドラルの横

カヴァ遺跡見学   暑いっ!!!熱いっ

スペイン人が破壊する以前のアステカの都浮島であったと本にはありますが・・・???

伊丹から羽田、成田へ移動後、13時間の飛行を経てメキシコシティーのベニト・ファレス国際空港につきました。時差15時間ということはこの1日は39時間あったということですよね。

メキシコシティーのホテルに帰る 夕食時のマリアッチ

2日目 メキシコシティーと世界遺産プエブラ歴史地区見学 

只今 鋭意制作中・・・・

6日目 天下のリゾート地カンクンで泳ぐはずがベッドにダウン。でも・・・今夜は飛行機・・・まああ・・・ゆっくり休みましょう

昼食のレストランでダンス

サント・ドミンゴ教会 内部はき金ピカ

カンクンの夜、強烈な腹痛と下痢になやまされる しかし明日は帰国の日、何とか日本へ・・・

有名なチチェンイッツァの大ピラミッド春分と秋分の日には蛇のうろこが蠢いて現れるという。実際はその前後何日か見られるらしい。

この地は石灰岩の大地で、地表には河がまるでないが、地下には何本も豊かにながれているそうだ。遺跡周辺は灌木の密林で、道は延々とジャングルの中を行く。その流れが時々現れるのがセノーテ・・・泉・・・(右下)です。

魔法使いのピラミッド。左は完成時。こんなにきれいに彩色されていた。そのために必要な石灰を作るために周辺の木々をすっかり伐りつくして自然破壊。農耕が不可能になって、華やかな都をある日忽然と捨てて、部族は立ち去り、何円か後、又、別の種族がやってきて文化に上塗りをしたといいます。

いよいよ、遺跡観光。ここはテオティワカン。まずは月の神殿。のぼりはしたが、えらくしんどい。体が重く、息が苦しい。バテた!!!

有名な太陽の石「アステカの暦」 メキシコシティーで1790年発見され、宇宙の起源以来、未来をも予言するという暦です。

太陽と結びついた金鋼オウムの像 なんとなくぞっとする。

テオティワカン建造物においてもっとも重要な蛇神「ケツアル・コアトル」の神殿のレリーフの複製。翅の生えた蛇神と牙をむく怪物のレリーフが反復する

グアダルーペのカテドラル。黒いマリア様は信仰の対象で、巡礼者が絶えないそうだ。右は内部

メキシコシティーは標高2200メートル。15時間の時差と標高差のなか1日目の市内観光です。
アステカの首都であったテスカカ湖の中の浮島・・・・大きな都が浮き島であった???とはどうも理解できませんが・・・・をスペイン人がやってきてすっかり破壊し、埋め立てたのが、今の首都、メキシコシティーだという

メキシコに人間が現れたのは8万年前。ヴェーリング海峡が凍りついた時、アジアから歩いてアメリカ大陸へ渡り、長い年月をかけて南下したといいます。トウモロコシの栽培は想定以上に早く、BC3400年ころからから始まったらしい。
メキシコの地には、古くはオルメカ文化、マヤ文化、トルテカ文化、アステカ文化など・・・さまざまな文化がお互いに影響しつつ、それぞれ独立した地域に独自の文化を展開したといいます。そして・・・・諸説紛々・・・言いたい放題な現状なんだそうですが・・・膨大な古文書をキリスト教の教義に反すると焼いてしまったスペイン人神父もいて、未だ解明されていないようです。自分たちの繁栄した都を、ある日、こつぜんと捨てた理由も、どこへ去って行ってしまったかもわからない・・・・そこがミステリアスで、不幸の影を感じてしまうのです。そして、やがてある日違う部族がやってきて新しい文化の色を上重ねする・・・・遺跡の実態の解明は実に複雑なようです

メキシコオリンピックのスタジアム、ディエゴ・リベラの壁画

尼僧院 300年〜900年 マヤ最盛期

帰途も美しい富士山 火口まで見えました。

天文台と呼ばれる遺跡

強烈な日差しにじりじり照らされともかくアッツーイ!!!

メリダのカテドラル

メリダのホテル

まずは、その街区のスケールの大きさに驚く。ずーっと向こうに太陽の神殿がみえている。暑い中あそこまであるくのか???

ソカロ広場の国立宮殿

やっとの思いでたどり着いた第一夜のホテルは素晴らしいホテルでした。GARELIA PLAZA

メキシコ国立自治大学の巨大な壁画群をみる。サン・オゴーマン作。スペイン統治時代を表現してる

大宮殿

顔の真ん中にあるのは象の鼻

プエブラの歴史地区

帰途によったウエホツィンゴの修道院

あちこちに薄紫色のジャカランタの花が咲いている。真っ赤なブーゲンビリアやマルガリータが咲いて美しい

メキシコシティーから東へ。古都プエブラに行く

3日目 国立人類学博物館で感動!!!

左 仮面の宮殿
中 くり返されるレリーフの文様
右 顔になっているパターンの繰り返し
古典期 プーク様式というそうだ

復元されている王の墓 高さ7メートル幅4メートル奥行9メートル 翡翠製の男子像は「生命の象徴」の赤い粉で覆われている 

スペイン語の授業で習ったッポポカテペトゥル山とイスカシワトゥル山

日本は快晴。昨日までの荒れ模様は嘘のようで南アルプス、富士山、駿河湾、伊豆半島を楽しむ

メキシコシティのベニト・フアレス・国際空港