アカツメクサ

本当の色は紫


 観音崎は一般に観音崎で通っているが、本当は観音埼と綴る。同じく三浦半島の灯台で知られる剣崎が普通「ケンザキ」と読まれるのに、実は「ツルギザキ」と読むのが正しいのに似ている。灯台は幹線道路から外れた磯伝いの蹊を辿って、更に急な坂を上った場所にある。灯台からの坂を下りてその蹊を更に進むと、ゲジゲジ(これも正式にはゲジ)が天井から落ちて来そうなトンネルを抜けて再び大きな道路へ出て、博物館や公園のある多々羅浜へと続く。ここには昔、牧場があって、公園で寛いでいる観光客の目の前に忽然と牛が現れたりして、意表を衝く演出(?)となっていた。その牧場も随分前に消えた。今となってはあの決して広くはないスペースのどこに牧場があったのか、想像がつかなくなっている。何年か前に杜氏はここでセンチコガネを見たが、牧場があった名残であろうか。
 何でそンなことを知っているのかというと、杜氏はその近辺に何十年も住んでいるからである。もう深酒はあまりしなくなったが、以前はこの周辺は二日酔い覚ましの散歩コースだった。とはいえ、自宅から行って帰って来るだけで5`は歩くことになるが、酔い覚ましには適度な距離だ。「カナダからの手紙」を歌の師の平尾昌晃とデュエットしてヒットさせた畑中葉子が女優に転向したヒット作「後ろから前から」は、横須賀が舞台になっており、有力な暴力団と地元の若者の抗争(というかささやかな抵抗)が骨子になっている。日活ロマンポルノであり、あんまりなタイトルだが、若手監督渾身の力作で、かなりちゃんとした映画だった。杜氏は暇に任せて通っていた大学のあった飯田橋の名画座で休講の時間に観た。併映は高橋恵子(当時、関根恵子)の「(金子光晴の)ラブレター」だったと記憶している。「ラブレター」もちゃんとした映画だった。日活ロマンポルノは、実はあなどれないのだ。脇役で出演していた東京キッド・ブラザーズ所属のマリア茉莉(どういう芸名だ?)が、観音崎の磯でいけないことをする場面で、「オレの散歩道で、何てことするンだ!」と憤慨したことを思い出す。その抗争相手のモデルとなった(に違いない)風見鶏の家として地元では知られている大物組長も今はこの世にない。時の流れは無常だ。
 その灯台の蹊を抜けた多々羅浜の手前に目立つ雑草がある。道端や歩道の路地を覆って夏には毎年花をたくさんつけている。アカツメクサだ。これも正式にはムラサキツメクサと呼ぶ。確かに花の色は赤ではなく、淡い紫だ。クローバーで知られるシロツメクサに極めて近い種でもある。シロツメクサは英語ではホワイト・クローバーであるそうだから、アカツメクサもクローバーであることは確かなのだろう。その葉は三つ葉型の互生でそれぞれにV字型の白っぽい斑が入っており、シロツメクサと共通点が多いが、かなり大きかったりやや形が違ってもいて、クローバーのイメージとはかけ離れている。四葉のアカツメクサが幸運を呼ぶかどうかは知らない。
 ムラサキツメクサの名が一般には定着せずに、なぜアカツメクサと呼ばれるかは、シロツメクサとの対比の関係であろうと思われる。大晦日の「紅勝て白勝て歌合戦」や源平合戦の如く、日本人にとって白と対になるのは赤である。シロツメクサの付属品のような扱いで、アカツメクサが気の毒になる。シロツメクサとはかなり趣きを異にする味がある草なのに。シロツメクサとは当然同じマメ科の植物で、マメ科の植物の多くと同様、根粒に窒素固定作用を持ち、緑肥としても利用されているそうだ。肥料の三大要素は窒素、燐酸、カリ。天然の窒素肥料ということだ。
 杜氏はシロツメクサがマメ科であることは充分に認識していたのだが、アカツメクサをどういうワケかキク科であると思い込んでしまう。花のせいかもしれない。アザミを連想してしまうのだ。シロツメクサもアカツメクサも、マメ科らしい蝶型の小さな花序を無数に固まってつける。キク科もキク、ヒマワリ、タンポポなどを思い浮かべてもらえればわかるように、人間が一つの花と見ているものは、小さな花の集まりである。キク科であるアザミもそうだ。花の色が似ていることもあるのだろうが、どうもアカツメクサとアザミに共通点を見てしまう。本当は同じマメ科のレンゲに色といい、形といい最も近いのは明らかだ。アザミの美しいが刺々しく荒々しいところよりも、同じように女の子が花を摘んで環飾りにするレンゲの可憐さを備えている。だが、どことなくのっぺりとして平和そうなシロツメクサとの対比において、アカツメクサの花の在り方は猛々しさのようなものが感じられるのだ。因みに、アザミとアカツメクサでは、花の形、葉の着き方、形状、すべからく異なっている。客観的にはどう見ても同種とは思えない。
 アカツメクサも帰化植物である。原産地はヨーロッパ。やはりクローバーは日本古来のものではないのだろう。牧草として輸入したものが野生化したらしい。牧草? 疑問が氷解した。杜氏は観音崎の元牧場跡地付近ほど密にアカツメクサが群生しているのを見たことがない。これは牧場の牛に食ませていた草の名残であるに違いない。今、牛は消え、グラウンド・カヴァーの如くアカツメクサが野生化を謳歌しているのだ。しかも緑肥なンだか知らないが、他の植物にも好影響を及ぼす効果を為しているという。大概は在来種の生育の妨げとして忌み嫌われている帰化植物としては、例外的にハッピーな経緯と思われる。残念なのは、牛が消えたことだが、観光地に牛が姿を見せること事態が自然ではない。飼育という不自然な行為が立ち行かなくなっても、アカツメクサが元気に繁殖している環境は望ましいものなのかもしれない。

 この記事をアップするに当たって、調べ直してみて驚いた。杜氏が見た映画が「後ろから前から」ではなく、「モアセクシー 獣のようにもう一度」であり、畑中葉子が演じるヨーコの恋人役(作品では横須賀市・田浦の電話ボックスでヨーコと話しながら、その前に撃たれた傷によって果てる)は、現在も中堅俳優として演技力が光る河西健司氏だったことだ。端役で内藤剛志も出ているらしいが、記憶にはない。そのときは、10秒8の100mの理科大記録を持っていた「足も早いが手も早い」新島惣一郎さん(NHKの陸上競技会TV解説でお馴染みの丸山吉五郎先生から「ソーチャン」と呼ばれる男!)とそっくりだと感じたが、河西氏の後の活躍は、「新島さんとは少し違う」程度には認知度が上がるだけのことはあった。「ラブレター」で金子光晴を演じたのは、最近、怪優・中村獅童の活躍で復興著しい「萬屋」の総帥・錦之介(故人)ではなく、弟の中村嘉葎雄(何か、金子光晴にしては地味)だった。マリア茉莉に至っては、その当時の日活ロマンポルノへ映画の数々の出演と、その後の種々のミュージック・ホールでの活動の軌跡は窺えるが、東京キッドでのキャリアには行き当たらない。
 観音崎と観音埼、ケンザキとツルギザキ、「後ろから前から」と「モアセクシー 獣のようにもう一度」、アカツメクサとアザミ・・・etc. この世は思い込みと誤認識によって、かなりの部分が成り立っている。その思い込みの中から、いまだに牧場の獣糞を漁っていた名残で子孫を留めるセンチコガネ、「牧草から土着したアカツメクサ」のような、明らかに確からしい鮮やかな推定が浮かび上がってくることが不思議である。



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