ナナフシ

か弱き虫達


 ニューミュージックではなくJポップではとてもなく、フォークソング全盛の頃、小室等がカゲロウのことを唄っていた記憶がある。人の世の無常を嘆き、ならば「一日のうちに生きて死んでゆくカゲロウに生まれ変わりたい」という内容だった。小室の言うカゲロウがクサカゲロウなのかウスバカゲロウなのかはわからない。確かにカゲロウには、成虫になってからは飲まず食わずで、一日のうちに生殖、産卵を終えて力尽きるという伝説がある。実際には数日は生き延びると思われる。よく、蝉のことを成虫に羽化してから七日で死んでしまうことから「短命」の象徴に喩える人がいるがトンでもない! 蝉は地中で七年を生き長らえる稀に見る長寿な昆虫である。
 成虫を以て、昆虫本来の姿と捉えるからおかしなことが起きる。多くの昆虫にとって、成虫は生殖を目的とした死装束を纏った姿である。夏の短い時期に華々しく鳴いている蝉ではなく、地中で木の根から樹液を吸っている幼虫こそが蝉本来の姿なのだ。
 ウスバカゲロウは北杜夫氏が「薄馬鹿下郎」とふざけて表記した昆虫だが、幼虫の方が有名かもしれない。彼の土中の吸血鬼、アリジゴクである。クサカゲロウは卵が最も有名かもしれない。仇討ちの口上で有名な、ここで遭ったが「ウドンゲの花」、別名けさらんぱさらんである。ウドンゲは優曇華と表記されるから、仏教的に意味のある言葉なのだろう。クサカゲロウの幼虫も姿はアリジゴクに似た獰猛な肉食昆虫である。待ち伏せ型のアリジゴクに比べてより獰猛かもしれない。彼らは能動的にアリマキを襲い、大量虐殺を行う。
 ところが羽化してみると、それまでの貪欲さがウソのような儚げな姿になる。鎌倉時代前後の坂東の荒武者が横恋慕した同僚の妻を過って殺害してしまい、世を儚んで出家したようなものだろうか。
 これに似て儚げな姿をしているのが、大型の蚊と見間違えられるガガンボの一族である。灯りに引寄せられてフワフワ飛んでいることをよく見かけるが、蚊の雌のように哺乳類の血を吸ったりはしない。蚊や虻と間違えられて退治されてしまうことも多い哀れな昆虫に過ぎない。因みに蚊柱を立てているのは果汁などしか口にしない雄が交配相手を求めて群れているのであって、害はない。

 カゲロウは本来獰猛な種の生殖用の仮の姿で、ガガンボは蚊と間違えられる哀れさであるが、もっと弱々しい外見を持った昆虫がいる。庭の隠遁者、ナナフシである。隣接した種であるカマキリが捕食用の恐ろしげな鎌状の前足を持ち、自分より強大な相手にも臆せず向かってゆく気の強さを「蟷螂の斧」と詠われているのと違い、この草食昆虫はいたって大人しく、その木の枝に似た姿もあって滅多にお目に掛かれない。昆虫が大好きだった杜氏にして、生きて動いているナナフシを見たのは小学校に上がってしばらくしてからだったように記憶している。そもそもが木の枝に似ている以外は特徴も他に及ぼす影響も少なく、陰の薄い感興を刺激しない虫なのだ。
 ただ、隣接種のカマキリも含めて、この類は擬態保護色の代表に挙げられる種が多い。南アジアに生息するコノハムシはナナフシの類であるし、奇妙な花にしか見えないハナカマキリもしかりである。ただ、その擬態が前者にとって隠遁に、後者にとって捕食に機能しているのは対照的である。
 杜氏がナナフシを頻繁に目にするようになったのは、自宅に庭を持つようになったからかもしれない。庭木をいじっていると何かに触れたような気がして、その直後に昆虫の脚が落ちるのを感じることがある。よく見ると、ナナフシに気づくことなく触れてしまっているのを知ることになる。ナナフシの脚の関節はとても外れ易く出来ている。多分、外敵に脚をくれてやり、そのスキに逃げる戦術であろう。当のナナフシは戦術など意識していないが。それもまた儚い印象を与える。人によっては、この脚が容易に外れることを不気味に感じるらしいが、そンなのはナナフシの知ったことではない。
 ナナフシの多くは昆虫の成立要件である頭、胸、腹の三つのパーツと六本の脚しか持たないが、トビナナフシという種は退化していない羽を持つ。実際に飛んでいるところを見たことはない。杜氏が見たトビナナフシは草原を悠長な風情で徘徊していた。このようにナナフシは生息に最低限必要な身体の構造を持つ、杜氏が知る限り最もシンプルな昆虫である。だからこそ、これまで種を永続し得たのかもしれない。

 恐竜を引き合いに出すまでもなく、過剰な器官を持つ動物はその過剰さゆえに隆盛し、過剰さゆえに滅んでしまった。人間は脳という必然的にターミナルアニマルの要件となる器官を以て、生物の頂点に立った。しかし、脳の過剰な発達ゆえにおそらく永続はしないことが運命付けられている種でもある。ガガンボ、ナナフシの儚さを哀れんでいたりすると自分達の方が滅亡していることになるだろう。ナナフシは確実に人間に先立って地球上に現れ、種の継承を順調に継続しているし、人間が滅亡した後も生き長らえるだろう。
 もっとも、人間の脳の発達も、本来獰猛な姿をしているカゲロウを「一日しか生きられない儚い虫」としか見られないようでは多寡が知れている。


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