アカタテハ

リヴァーシブルなエネルギー充電

 1960年代にピンキーとキラーズが「恋の季節」と歌ったシーズンは、80年代には山口百恵が(?)アン・ルイスに詩を提供したとされる「ラ・セゾン(・ド・アモール)」と姿を変えた。主婦となった百恵がカルチャー・センターで覚えたフランス語の産物だとか。・・・・眉唾である。直訳すれば「愛の季節」だが、発情期という意味合いが強い。人間に発情期などないはずだが・・・。多くの昆虫にとって生殖は生まれ落ちたことの最大の意義を示す。成虫の姿は短い期間に遺伝子を次の世代へ残すための死装束の趣がある。秋になると、めっきり昆虫は姿を消す。直翅目の鳴く虫にとって静かな秋の夜長は異性を呼ぶ声がよく通るベスト・シーズンなのかも知れないが、少数派であることは否めない。地球のエネルギーは太陽に源を発する。愛のシーズンは日差しが強い5〜9月であるのが相応しい。
 杜氏が鱗翅目に今ひとつ興味が湧かない理由は、そのアイデンティティの多くを占める鱗粉が剥がれやすく、翅も脆く弱々しいからである。美しい翅を誇る割には顔が怖いこともあるが・・・。アサギマダラのように翅に鱗粉を持たず、長距離を移動してもびくともしない強さを持つ蝶なら好きである。このアサギマダラ、カバマダラの類に次いで強い鱗翅目の種族がタテハチョウである。

 一口にタテハチョウと言っても、その類がカヴァーする範囲は広い。ジャノメチョウ、ヒカゲチョウ、ヒョウモンチョウ、ミシジチョウ、イチモンジチョウのような地味なものに始まり、キタテハ、アカタテハ、ルリタテハ、シータテハ、ヒオドシチョウのような一目瞭然でタテハとわかるもの、オオムラサキ、コムラサキのような華やかなもの、タテハモドキのようなまがい物扱いのもの、鹿児島の離島や沖縄に住む天然記念物コノハチョウのような変わり種までいる。タテハチョウなら好きだなどとうっかり口走ると種類の上では数多いのでチョウが好きだと思われかねないが、タテハチョウまでは杜氏のストライク・ゾーン入る。で、チョウは決して好きではない。
 タテハチョウの代表格はキタテハかもしれない。個体数、密度の点では断然多いだろう。ルリタテハも鮮やかな瑠璃色が目に眩く、気品のあるチョウだと感じる。ヒオドシチョウの緋威し色も見事だ。だが、杜氏にとってタテハといえばアカタテハである。そもそも杜氏が子供の頃にはキタテハほどではないにせよ、アカタテハも頻繁に見ることが出来た。前翅を彩る赤というよりは朱の地に黒褐色の斑。後翅の地は褐色で縁にやはり朱のアップリケのような斑。後翅は上品なエプロンの様相だ。地上に降りて止まる際にはその魅力的な紋様が見えるように翅を開く。そっと近づいてとらえようとしても、驚くような敏感さで危機を察知し、その姿からは想像もつかないような俊敏さで飛び立つ。飛翔能力にも長け、瞬く間に遙か上空まで飛び去ると言うに相応しい。
 林などで見掛けるときには木の幹に今度は翅を畳んで休んでいる。翅の裏は表とはうって変わった地味さで、枯葉そのものに映る。色や質感もそうだが、翅の縁がちょうど葉のそれのようにギザギザ状になっている点も芸が細かい。これらはアカタテハに限らず、タテハ全般の特徴でもある。テリトリを他の個体に示す場合は鮮やかな表側を誇示し、敵の多い林の中では枯葉に擬した振る舞いで身を隠す。タテハの翅はリヴァーシブルなのだ。ジャノメチョウ、ヒカゲチョウなどの地味なものでも、裏表の差は多少ある。これらの場合、表は敵を惑わす爬虫類の目を想起させる効果を持つ。
 何でも、タテハの類はテリトリ意識が他のチョウと比べて格段と強いらしい。その分翅の色合い、模様が華やかなのだろうか。その反面、せっかくの敏捷さ、高い飛翔能力を有していても、危機回避後暫くすると同じなわばりに戻ってきて、人間に容易にとらわれてしまうケースも多い。そういうあざとい真似をする動物は、人間ぐらいなものなのかもしれない。
 アカタテハの食草はイラクサ類で、ヤブマオ、イラクサ、カラムシといったどこにでも生えていそうな草を好む。これらの葉が主葉脈から半分に折り曲げられてくっついていたとしたら、その中にアカタテハの幼虫がいると見て間違いないだろう。キタテハはカナムグラ、ルリタテハはサリトリイバラ、ホトトギス、ヤマユリなどのユリ類を食草とする。いずれも比較的よく見掛ける植物である。
 タテハは初夏から秋にかけて飛び回るチョウであるイメージが強いが、実はほとんど一年中見ることが出来る。ほとんどの類が成虫で越冬を迎えるのだ。他のチョウは成虫として羽化して十日も経てば翅は傷み、鱗粉はところどころ剥げ落ちてボロボロになる。傷み方を見聞すれば、羽化後何日程度の個体か推定できる。ところがタテハチョウは一ヶ月どころか一冬を持ちこたえてしまうのだ。それだけ翅も身体も頑丈に出来ていることを物語る。越冬中の成虫は、よく日当たりのいい石の上に止まっている。例によって翅を広げてじっとしている。長い冬の間生命を維持してくれる太陽エネルギーを翅から吸収しているようにも見受ける。キタテハなどはさすがに数ヶ月の風雪にヨレヨレのテイで早春から活動を再開するようだが、ルリタテハは越冬した個体でも羽化直後と見分けがつかぬほどの鮮やかさを保つらしい。いずれにせよ、昆虫としては驚異的な耐久力、生命力に崇高なものを感じさせられる。
 越冬成虫から生まれた群が夏型となり、夏型から生まれた群が夏型よりより高精細、明輝度な秋型となる。そして秋型が更に越冬を遂げる。作物に例えると二毛作である。

 一説によれば、羽を広げて止まる性質は蛾へと進化する前段階でもあるという。蛾に近い地味さを持つ、ジャノメチョウ、ヒカゲチョウの方が高等ということか。翅の裏表を巧みに使い分ける習性は二枚舌の人間を想起させるが、タテハチョウが擬態、テリトリ維持、ありふれた食草選択、夏型/秋型の別、越冬といった多種多様な性質によって一年を過ごす様には、敬意を表さずにはいられない。



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