アカウシアブ

モノクロ世界の一点の現実

 巨大な生物にはその大きさ自体が武器になる。草食獣の方がかえって巨大であり、その巨大さゆえに肉食獣も容易に手出しすることができない。ゾウ、キリン、サイ、カバ、バッファロー、etc. 肉食獣とて敵わない気の荒さを持つものも多い。だが、その大きさが威力を発揮するのも、同じ尺度で比較できるレヴェルの動物に対しての優位性しか持ち得ない。カブトムシは樹液バーに寄ってくる昆虫を身体で押しのけ、時には角で相手の身体を木の幹から引き剥がして下へ投げ捨てるが、意外なものに駆逐される。幼虫、蛹時代からその身体に寄生しているダニである。ダニに憑かれたカブトムシはすぐにはやられないものの、生命力を確実に衰えさせられてしまう。
 もっと卑近な動物である牛や馬も人間の数倍の大きさを持ちながら、先進国ではほぼ完全に人間に生殺与奪権を掌握されているし、直接的にはもっと小さな生物に悩まされ、ストレスを受けている。牛や馬は尾を振ってその微小なものからの襲撃から免れようとする。だが、尾の届く範囲など多寡が知れている。襲撃者は人間をも餌食にしようとする。だが、人間には自由に動く手があるので、その被害に遭うことは少ない。その襲撃者とは、吸血性のアブである。咬まれると相当に痛い。家畜も相当なストレスを感じるらしく、生産に支障を来たすほどであるらしい。
 その中でもアカウシアブは25〜33mmと日本のアブでは最大の大きさとなり、家畜に及ぼす影響も大きい。一回り小さいウシアブと並んで畜産業者の大敵である。アカとは言っても、体色はやや赤みを帯びているものの赤くはなく、黄色と黒褐色のおなじみハチに擬せられるツー・トーン・カラー。無数のスズメバチのエピゴーネンのひとつだ。最も哺乳動物にとってはアカウシアブもスズメバチほどではないにせよ、厄介な存在であることに変わりはない。だが、ハチに対する人間の反応は基本的に違う。ハチには無条件で恐怖が湧き、次に事を構えないようにやり過ごそうとする。こちらが害意を持てば、むこうも攻撃でそれに応じる。逆にむこうに害意と解釈されるような動きを見せなければ、安全が保証される。下手に撃退しようなどと考えると、かえて酷い目に遭う。アブの場合、害意は予めむこうにある。それに対して人間側は恐怖よりも警戒を覚える。そして追い払うか撃退しようとする。撃退の代償としてのリスクはない。何の反応も示さなければ、咬まれて血を提供する上に、ヒスタミン系の炎症に甘んじなければならない。手を持たぬ家畜には撃退するという選択がなく、ただひたすら追い払わなくてはならない。ストレスが募るのももっともだ。
 畜産の現場は色に乏しい。草原への放牧でないかぎり、牛舎、厩舎の色合いはモノトーンに近い。家畜の色にしても黒、グレー、白、せいぜいが褐色、飼料の飼葉も褐色。アカウシアブ以外の吸血性アブはウシアブ、シロアブなどやはりモノトーンの体色をした種が多い。モノクロにセピアトーンを刷いたようなものだ。その中に迷い込んだアカウシアブは、目の醒めるような鮮やかな昆虫というワケでもないのに、ヴィヴィッドに見えなくもない。飼いならされた者の悲哀を嘲笑うかのようだ。

 杜氏が小学生の時分には、ウシアブもアカウシアブも珍しくはなく、子供達も皆対処法を心得ていた。きっと畜産と人間の生活が物理的に遠くなかったせいだろう。最近とみに見なくなった気がする。杜氏が最もアカウシアブに悩まされたのは、富士見高原での夏合宿のときだった。八ヶ岳山麓には未だ放牧が盛んに行われているに違いない。追い払っても追い払っても寄って来た。こちらも投てきの練習に集中しなければならないので、無条件で血を提供するワケにはいかなかった。人間が発する二酸化炭素でも察知して寄ってくるのだろうか。普段は林にいるらしいが、練習場近辺に主要な狩場となるべき牧場がある気配はなく、かなりの長距離を飛ぶことは想像に難くない。よくしたもので、一週間、咬まれることなく過ごすことが出来たが、チーム・メイトにはやられた人も出たと思う。
 合宿での練習で、ハンマー投は本練習場ではさせてもらえなかった。車で数キロ原村方面に離れた道の脇を切り拓いた広大な投てき練習場にまで出向く必要があった。ペンションか何かのリゾート施設を建てようとして挫折したと思われるようなスペースだった。ある日の練習をアブの襲撃に耐えながら終え、車に乗り込むと、いつ侵入したのか、アカウシアブが一匹、ダッシュボードで暴れていた。怪物から逃れたと思ったら、車内にも潜り込んで待ち受けていたというホラー映画のありがちな展開を思わせた。ホラー映画と違い、簡単に窓の外へ放り出すことに成功したが。そういえば、放り出した外の道には、「鹿飛び出し注意」の文字と鹿の絵の標識が2〜300m毎に見えた。もしかすると、アカウシアブのメイン・ターゲットは鹿なのかもしれなかった。
 幼虫は湿地に半分水棲しているらしい。牧場そのものでは産卵せず、水辺のイネ科植物やカヤツリグサの茎に多数の卵を産み付ける。ミミズ、淡水貝、他の昆虫などを食べるという。大きいだけあって、幼虫の期間は三年ほどと非常に長く、その代わり蛹の期間が一週間ほどと極端に短い。成虫として活動するのは夏に集中している。なるほど合宿で襲われるワケだ。

 牛、馬から見れば微小なアカウシアブもアブの中では巨大な部類に属する。産卵された500個からの卵は、その殆ど、理論上は一つがいが個体数を維持するだけの2個しか天寿を全うせず、498個は他の捕食者の餌となることを示している。捕食者はヤゴだったり、タガメ、タイコウチ、ミズカマキリだったりするかもしれない。淡水魚かもしれない。いずれも少なくとも牛、馬よりは微小な存在だ。こうすることで自然の営みはゆっくりと、何ごともなかったように歩みを進める。だが、痛いのは嫌だ。アカウシアブは手を自由に扱う人間を獲物にするには大き過ぎるし、目立ち過ぎるのかもしれない。カなら食われていることに気取られぬうちに、人間から血を掠め取ってゆく。アブの大きさゆえ、カ以上、ハチ並みに嫌う人も多いが、それほど嫌がるには当たらないと思うのは杜氏だけだろうか。



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