アオバセセリ

色彩の不思議

 回りくどいことをする人というのはどこにでもいる。一体何を意図しているのか、余人には見当がつかない場合がある。おそらく本人にもよくわかっていないのではないかとすら思われる。
 生物の生態にも似たようなケースがある。生態はその個体の意図に基づくものではないので、人間如きの浅慮では推し量りがたい。もし、推し量ったとしても、それは人間の傲慢でしかない。理解不能な行動が生態に基づいているとしたら、それは偶然ではなく、自然の摂理によって磨かれた法則に裏づけされたものなのだろう。

 セセリチョウの類は地味であり、日本ではチョウとして分類、認識されているが、国によってはガとされているようだ。そもそもチョウとガの識別など、とても曖昧なもので、感覚に負うところが多いような気もする。鱗翅目昆虫ということで、一括りにしても何ら問題ないようにも思える。セセリチョウの類は昼間活発に活動し、花へと吸蜜に訪れる。だが、その生態はスズメガの多くと一致する。
 地味なことが特徴のセセリの中でも、飛び切り美麗で大型で見映えがするのが、アオバセセリである。開帳2331mmにも及ぶ。大型だが飛翔力に長け、敏捷なので採集や撮影が大変困難な昆虫でもある。おまけに個体数もさして多くはない。青みの濃い緑色の翅を振るわせる重量感溢れる飛翔姿は壮観ですらある。後翅の縁のオレンジ色のワンポイント文様も目に鮮やかである。セセリの代表格であるイチモンジセセリなど、子供でも容易に捕らえることが可能だが、このアオバセセリはそう一筋縄ではいかない。蒐集家にとって、幻のチョウと言えるかどうかは、とても微妙なところであるかもしれない。活動する時刻も、イチモンジセセリのように日中ではなく、早朝や夕方が中心となる。越冬は蛹で行われる。
 幼虫の食草はアワブキである。大きな葉にはっきりとして間隔の狭い葉脈が印象的な高さ10mほどになる潅木である。無論フキの一種なのではなく、火にくべると泡を生じながら燃えることからその名があるらしい。れっきとしたひとつの科を持つ植物である。幼虫はこの大きな葉を丸めてオトシブミのように営巣する。オトシブミと違うのは巣を前の世代が編むのではなく、幼虫自身が糸を紡いで拵えるところだ。また、巣は隠れ家とするだけで食用とはしない。
 この幼虫であるが、大変に特徴的な色合いを持つ。太い胴体は黒っぽい群青色とも濃い紫とも言える地に、十本ほどの白い縞が胴囲を取り巻いている。その縞もよく見ると更に四本程度の細い縞が束ねられたようになっている。しかし、いつもは下にしてる腹側は鮮やかな朱色である。頭部も同じ朱色であるが、テントウムシかサッカー・ボールのようなハート型の黒い紋が四つ見られる。巣からこの派手な頭だけ見せて、周囲を窺う姿は異常に見える。美麗化かと問われれば、そう言えなくもないが、むしろ奇抜と呼ぶに相応しい。
 これだけ奇抜なのだから普通は警戒色か、警戒色を呈してる種への擬態が疑われるところだが、そういった種の特徴である体色を捕食者にひけらかすような行為を採らず、巣に身を隠す。だったら、あの目にした途端にギョッとするようなデザインは何なのだろうか。
 蛹の姿も尋常ではない。蛹化した直後は、終令幼虫の奇抜なカラーリングを引きずっているのだが、次第に白く変化する。全体に白いのだが、その在りようが、スプレーをかけたような白さなのである。これもさぞや目立つと思われるのだが・・・。多くは幼虫時の巣とは違って、新たに葉を二枚重ね合わせた巣や、単に葉裏に隠れていることが多い。
 越冬後の春先、盛夏と一年に二回羽化する二化制を採る。
 成虫はウツギやエゴノキといった蜜の多い花を好む。だが、人間の目にはおぞましさしか覚えないが、美しいチョウが概して採るような行動もこのアオバセセリは示す。動物や人間の糞に寄ってきて、水分なんだか養分なんだかを、吸蜜する要領で吸うことが多い。人間にしてみれば興醒めな光景であるのだが、花蜜だけではナトリウム、カルシウム、カリウム、マグネシウム等のミネラル分を摂取することが出来ない。チョウにしてみれば、必要不可欠なサプリメントであるのかもしれない。

 青葉というのは、日本人にとって生命の躍動感、生き生きとした美しさの礼賛の形容であるように思える。青葉城、青葉山、「目には青葉、山不如帰、初鰹」、青葉の笛、「青葉茂れる桜井の・・」、アオバハゴロモ、アオバズク、etc. 台湾料理屋には「青葉」と称する店が多く、杜氏も勤務地の近くの「青葉」で腰を落ち着けて小皿料理を堪能することが多い。台湾でも青葉は特別なニュアンスを持つ言葉なのであろうか。
 アオバセセリもセセリの中では飛び抜けて大きく、美しい。だが、その奇抜さとは矛盾する生態の迂遠な奇妙さは人間の浅薄な考察を拒否しているかのようだ。コメディアンが「カラスの勝手でしょ」と歌うように、アオバセセリの勝手であることは間違いない。



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