アオカミキリモドキ
触らぬ神に祟りなし
「南カリフォルニアには雨が降らない」と歌ったのは、アルバート・ハモンドで、売れなかった不遇時代の自分を扱った歌詞であるらしい。南カリフォルニアには雨が降りそうにないって、噂に聞いたけど、おねえさん達は降れば土砂降りになるよなンて言ってはくれない。そういう内容だったと思う。仕事もなく、気がおかしくなって、自信喪失の上、食いっぱぐれ。頼むからホントのところは両親には内緒にしておいてくれ。そンな悲惨な状況を、ノーテンキなレイド・バック・サウンドに載せて歌っていた。
この曲がヒットした途端、南カリフォルニアに記録的な集中豪雨が続いたらしく、ハモンドは自分のことを予言者だなどと吹聴していたらしい。そのハモンドの別のヒット曲に「落ち葉のコンチェルト」がある。もっともらしいタイトルだが、原題は”For the Peace of All Mankind”、つまり全人類の平和のためにである。コワク的なおねえさんに対して、「君がこンなに素晴らしいとは思わなかったので、全人類(男性)の心の平和のために、どうか出て行ってくれないか」と最大限のお世辞なのか、体のいいお断りなのかを捧げた一曲であるそうだ。あろうことか、1973年にハモンドは英国のプログレッシヴ・ロックの老舗バンドであるムーディ・ブルースと組んでツアーを行っていたらしく、その楽屋に訪れた女優とのイキサツを歌ったものらしい。一晩掛りの情事がこの場合必要だった、などと仮定法過去で語られているが、実際に何があったのかは歌詞を見る限り微妙なところだ。
微妙なゴシップネタであるために、日本以外ではシングル・カットすら行われなかったらしい。日本人には英語などわからないし、ミョーに日本人ウケしそうなメロディなので日本のレコードの発売元がビジネス上の判断でシングルとして売り出したのだろう。そして、曲は売れた。思う壺だった。
害虫とされているものの中には、自分の死と引き換えに敵に一矢を報い、そのこっぴどい体験から敵がその種への攻撃を手控える効果を呈するという害の及ぼし方をするものがある。代表的なのがミツバチのハタラキバチで、針は生殖機能がない産卵管に過ぎないのだが、外敵を刺したら最後、抜く際には内臓まで引きずり出されてしまい、それ以上生き永らえることが出来なくなる。自分の死を以て、種全体の利益を図っていることになる。当のハタラキバチは、本能の赴くままに攻撃しているだけで、刺したら自分も死ぬなどと考えてはいないのであるが。
驚くべきことに、ミツバチ以外のスズメバチ、アシナガバチなども、刺したら最後落命すると考えている人達もいるらしい。トンでもない。スズメバチ、アシナガバチはおろか、ジガバチ、ベッコウバチ、ツチバチ、etc.皆、何度でも刺すことが出来る。昔、汚職高官の側近の細君が、不正告発の一言を「蜂の一刺し」などとノタまったせいだろうか。その元細君はグラビアで真っ裸になったり、タレント達とスキャンダルを巻き起こしたりと、これまた何度刺しても死なないトンでもない女性であったが。
ハチが部屋に飛び込んでも来ようものなら、女性や子供はワーキャー騒ぎ立てる。それがハチにとってはかえって脅威である。生命の危機を感じたハチは攻撃的な働きかけに出ざるを得なくなる。何のことはない。騒ぐことでハチを刺激し、かえって攻撃されるきっかけを与えているのだ。しかも、スズメバチなどの大型のハチは黙って攻撃を仕掛けるなどというマネはしない。カチッ、カチッという警戒音、つまりこれ以上構うと刺すぞという信号を敵に送って、回避、逃避を促しているのだ。真珠湾攻撃の日本軍、テポドン2号をつきつけてくる某国よりは遥かに紳士的なのだ。全人類の平和とは言わないが、互いの平和のために共存共栄のシグナルを、彼らなりの言語を用いて送っているのに、それを理解することなく被害だけを訴えるのは、いつも人間の側である。
カミキリモドキという種がある。カミキリムシと同じ鞘翅目昆虫で、体型が小型(10〜16mm)のカミキリムシに似ている。しかも、花の蜜を吸いに来ることも似ている。だが、実際にはジョウカイボンやホタルに近い類であるように見受ける。ジョウカイボンは草食もするが、基本的に他の小昆虫を襲って食べる。それに比べればカミキリモドキは穏便な生態であると言える。カミキリムシの場合、強力な大顎で噛み付くことで知られるが、カミキリモドキにはその武器もない。
その代わり、厄介なことがある。毒虫であるのだ。体液にはカンタリジンが含まれている。カンタリスやゲンセイ(芫青)、つまり日本の在来種ではマメハンミョウ、ツチハンミョウが代表的なカンタリスを持つ毒虫であるのだが、カミキリモドキもそのスマートで繊細な姿に似ず、カンタリジンを持つのだ。古くは薬用に用いられたり、Spanish
flyと呼ばれる媚薬、というよりも催淫剤としていかがわしい用途に用いられていたこともあったようだが、余りに副作用が強く、下手に服用すれば腎障害を起こすために、現在は利用されてはいないようだ。だが、インターネットでSpanish
flyを検索したなら、特殊な活用法がわかるかもしれない。無論、お勧めなどしない。長生きしたいのなら、止めておいた方が得策である。
カンタリジンは皮膚に付着しただけで激しく炎症を起こす。ひどい場合、発泡する。そしてひどい痒みを生じる。飲めば嘔吐、腹痛、下痢を招き、死に至ることもある。人の致死量は30mgだそうだ。物騒な物質である。
だが、カミキリモドキとて害意を以てそれを分泌するワケではない。多くの場合、悪名高いアオバアリガタハネカクシ同様、うっかり気づかずに潰してしまい、毒液が皮膚に付着するケースが殆どだという。また、虫を見ると安易にひねり潰す癖がある人などが被害に遭う。自業自得である。不用意に刺激すれば、他の昆虫と同じく、威嚇目的で吐いた毒液が被害を及ぼすこともあるかもしれない。だがそれとて刺激した方が悪い。生物には生命の危機を避ける本能が備わっているのであるから。
代表的な種はアオカミキリモドキ。他にもキイロカミキリモドキ、モモブトカミキリモドキ、クロカミキリモドキ、ツマグロカミキリモドキなどがあり、比較的容易に見ることが出来る普通種が多い。タンポポなどのキク科の黄色い花に多く見られる。また、灯火にも好んで寄ってくる。この灯火を訪れる種の多くが、カンタリジンによる被害を及ぼす。花に潜っている虫をわざわざ刺激する人もあまりいないせいだろう。アオバアリガタハネカクシの同じように、灯火に寄ってきたものを捻り潰してしまい、後から痛い目を見る人が圧倒的に多い。
幼虫は朽木、ススキの枯葉などを食糧として成長する。羽化後は5〜9月とほぼ半年に渉って成虫で過ごす。アオカミキリモドキの場合、胸から頭部にかけては橙色、上翅は青緑でメタリックな光沢を帯びる。カミキリモドキ全般に言えることだが、なかなかカラフルで美麗である。だが、カミキリムシの立派な形態、ヴァリエーションの豊富さには敵わないものがある。目立たぬことを利点にしてか、世界各国に棲息しているらしい。
杜氏はカミキリモドキに痛い目に遭ったことなどない。触れれば、増してや殺しでもしたら危険であることを、かなり前から知識として知っているからである。見ている分には、カミキリモドキなど綺麗な小昆虫に過ぎない。互いの平和のためには、分限を守り、決して相手のテリトリを侵したり、生命の危機に陥らせたりしてはいけないのである。そのために、触らぬ神に祟りなしなる諺がある。
ただ、不可抗力でうっかり祟るものに触れてしまうことも、世の中には案外頻繁に起こり得る。どうして自分だけにそういった不運が降りかかるのかと嘆きたくもなる。おねえさん方に限らず、降れば土砂降りだなンて教えてくれなかったではないかなどと。そういうときは、土砂降りに打たれるままに、それが通り過ぎるのをじっと耐えるしかないのかもしれない。
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