アサギマダラ

謎だらけの生態

 頻繁に耳にするのに実態がよくわからないものが多々ある。

 日本の色に対する概念は緑が青だったり、青が青だったりして不明確だ。古来の呼び方である群青、藍など細やかな色分けがされているのに、新緑の木の葉が青葉だったり、青々とした野菜というような表現が違和感なく通じる。だから信号も青なのか緑なのか判然としない。青と呼ぶのが一般的だが、小学生の登校を安全に導くのは「緑のおばさん」だったりする。
 浅葱という色がある。これも浅葱なのか浅黄なのかはっきりしない。普通、浅葱色といったら淡い緑を帯びた青が支配的な色で、浅葱から来ていると思われる。さだまさしがグレープでデビューした曲、「精霊流し」で「あなたが愛した母さんの今夜の着物は浅葱色」とある。ところが浅黄というのは浅い黄色であるという説や浅葱も浅黄も同じという説も交錯し、ものごとを複雑にしている。語源は葱であり、緑がかった青というふうに定義付けが明確ならわかりやすいのだが。
 浅葱については、イメージが湧かない向きには幕末に京都近辺で暗躍した幕府側のテロ集団の来ていたダンビラ模様のユニフォームを思い浮かべると実感が湧くかもしれない。このテロ集団も、発足当時は清川八郎が幕府を誤魔化して尊皇攘夷集団を作ろうとしたことに端を発しており、清川を倒して軌道を元に戻したものの、似たような主張を持つ攘夷論者の勤王の志士というテロ集団との暴力闘争に陥っている。とても混乱して自分達のやっていることが訳のわからない状況に陥っているように見受ける。その混迷度を浅葱色の羽織が象徴しているように映る。

 ここではあさぎの表記は「浅葱」であり、緑がかった青と明確に定義しよう。

 アサギマダラはタテハチョウに属する大型(翅の開帳4〜5センチ)のチョウである。浅葱色の地に濃褐色の縁取りがスタンド・グラスの様相を思わせる美しさを醸している。比較的どこにでも数多く見られる種であるが、アカタテハ、キタテハなどのありふれたタテハチョウよりは珍しい。その生態は謎の部分が多く、そこに惹きつけられる愛好者も多いらしい。
 杜氏が鱗翅目の昆虫をあまり好まないのは、鱗粉を羽に帯びており、それが手で掴むと簡単に剥げたりすることも一因だ。どこか脆弱な印象が強い。英語でButterflyというのは、Butterを塗りたくった飛ぶ昆虫という意味だろうが、そのバターが剥げるのは具合が良くない。しかし、このアサギマダラには鱗粉がない。このことは次に述べる最初の謎に起因していると思われる。

 アサギマダラの不思議は、まず、渡り鳥のように季節によって長距離を移動する習性を持つことだ。春は北上し、秋には南下するという。しかも集団でそれを行う。何がこの「渡り現象」を誘引しているのかは研究でも特定されていないと聞く。このチョウのことを調べると、必ず「マーキング」の話題が出る。翅に研究者、愛好者がマークを付け、その個体がどこまで移動したのかが移動先の研究者によって確かめられるという試みが頻繁に為される。それによれば数百キロに及ぶ距離を移動するものも少なくないらしい。台湾などの海外に渉るものまで出るという。夏に高山を彷徨する避暑地族まで出現するらしい。鱗粉が剥げ落ちて役割を果たさなくなるのでは、翅の意味がない。鱗粉がないことは、この渡りと無関係ではないという仮説を立てることができる。
 次にこの大移動中にどう栄養補給を行っているのかも不明らしい。チョウの移動速度はせいぜい人間の小走り程度、時速10キロ内外と思われる。不眠不休で飛び続けている訳でもあるまいから、移動には数日を要する計算となる。この間エネルギーを補填しないことは考えにくい。だが、大群が一斉に食糧を確保できるスポットはそう易々とは見つからないだろう。だとすると、修学旅行の自由行動時間然と、個々に別行動で補給と休息を行って、決められた場所、時間に再集合してから目的地へリスタートを切るのだろうか。誰も確かめ得ていないらしい。
 チョウは普通、羽化してから十数日で生命を全うする。鱗粉に被われた翅は非常に弱く、一週間も経てばあちこちに綻びを生じる。アサギマダラや他のマダラチョウの頑健さはそれらと比較すると異常とも呼べる。これもまた謎のひとつである。他のチョウより寧ろ可憐でか弱そうに見える種なのだが。
 また、アサギマダラが印象的な美しい姿をしているのは、警戒色の意味合いが強いらしい。このことから他のチョウに形態を擬せられるモデルとなる。これはマダラチョウ亜科全体の特徴でもあるらしい。幼虫の食草はキジョラン、イケマ、サクララン等のガガイモ類。毒草である。成虫になってからもアルカロイド(主に植物性の、アルカリ金属(Na,Mg,Ca,etc.)イオンを含んだ物質の総称で「アルカリのようなもの」の意)を含んだものを摂取する必要があるらしい。特に雄はアルカロイド含有の花蜜を摂らなくては成熟しないらしい。摂取したアルカロイドを防御物質へと転用する体内システムが生化学的な注目を集めているという。つまり毒を摂取して、それを更に外敵に対する武器としているのだ。一個体が外敵に補食されてもその苦い経験が記憶となり、捕食者は別の個体を襲えなくなる。
 擬態モデルとは、アサギマダラと同種で似た振る舞いをするカバマダラにメスアカムラサキが似ており、メスアカムラサキをカバマダラとご認識した捕食者が避けるようなケースを指す。もっとわかりやすく言えば、昆虫の中で最も危険なハチに似た姿の別の昆虫が非常に多いのと同じ理屈である。
 このアルカロイド転化の体内システムも謎のひとつに数えられる。

 とはいえ、この警戒色は人間の目には可憐で美しく見える。数年前、小田原城の傍にある小田原城山競技場から駅へと降りてゆく長い階段の中腹で、立木に停まっているアサギマダラを見た。アサギマダラがいそうな領域に立ち入らなくなって久しかったので、十年以上ぶりの邂逅だったと思う。とても感動的な思いがした。
 身近でいながらそれほど頻繁に目にするものではなく、ありふれていながら神秘性を帯びたこのチョウは、実態をなかなかに掴めない浅葱を象徴しているような昆虫である。



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