シロオビアワフキ
親はなくとも子は育つ
大概の動物は母子家庭である。子を産むのは当然雌で、出産の時期には雄はとうに雌の許を離れ、単独で行動しているか、群の中のOne of themの雄として行動している。子育ては雌が担当することが殆どである。漁色家の友人がいて、彼は「動物の雄にはなるべく多くの雌と交わって、より生き残りの可能性が高い、バラエティに富んだ遺伝子の組み合わせを実現する義務があり、種蒔き本能はそれに対応するシステムなのだ」などと言う。好都合な理屈だ。ただのスケベなだけなのではないか。そういうところがあるのかもしれないにせよ。多分、人間は生殖の歩留まりが良くなり過ぎたので、このまま行けば個体密度が地球の陸地の面積に較べて過密となる。これは人間という種にとっては不都合だから、少子化現象とか戦争が起きる。(戦争を容認するところでは決してないが) 多分、人間には種蒔き本能も、一夫多妻制も妻妾同居も不要なのだ、残念ながら。
昆虫になると、親が子供を育てることすら殆どない。幼虫が孵化する頃には親は大概生きていない。生物にしては珍しく雄が卵を守るコオイムシ、雌が卵を抱きながら守りやがて力尽く頃に孵化が起き、生まれたばかりの幼虫が母親の身体を最初の餌とするハサミムシなどは例外である。ハチやアリは親である女王が健在なうちに成虫として活動しているが、母親は単なる産卵マシンに過ぎず、幼虫は生殖機能がない雌であるハタラキバチ(アリ)、つまり姉達に育てられる。そこに親子関係は存在しない。
多くの昆虫が卵や幼虫がなるべく敵に害されることのないような配慮を遺して死んでゆく。ハチ、アリを除けば、人間から見て巣と思われるものは、卵、幼虫を育む揺籃に過ぎない。オトシブミ、種々のカリウドバチ、虫瘤を形成するアリマキ、タマバチ、タマバエ、etc. 無力な存在に過ぎぬ幼虫には保護が必要なことが多い。完全変態を辿る昆虫はある程度、身体が大きくなった状態で成虫になる準備をするために蛹という休眠状態に入るが、とても危険なその時期を乗り切るところまでは親の作業は及ばず、幼虫が自力で繭を作って中に隠れたり、地中に潜ったりする。
ところが、幼虫自体が自分を守る仕組みを持っている昆虫も稀にいる。アワフキムシもそのひとつだ。
野山や庭、およそ植物が存在する場所に、白い泡のようなものが付着しているのをしばしば目にすることができる。カッコウの唾などとも呼ばれるが、それはいかなる動物の唾液でもなく、アワフキムシの幼虫の住まいである。アワフキムシは半翅目の昆虫で、ヨコバイやハゴロモに近い。よくよく見るとセミを小さくしたような形態を採っているのがわかる。種類にもよるが5mm〜15mm程度の比較的小さな昆虫だ。
セミなどと同様に、植物の茎に植え付けられたアワフキムシの卵は孵化して地上に潜ったりなどしない。産み付けられた茎から吸液して栄養摂取するのだが、ほどなく泡を形成してその中で暮らし始める。吸液することから吸液害虫などとも呼ばれるが、いつものことながら、人間はあの手この手で昆虫を害虫に仕立て上げたいらしい。たかだかアワフキムシが巣くったぐらいで、植物が枯れるハズもない。枯らしてしまったら一番困るのは人間ではなく当のアワフキムシである。食糧を失うという深刻な事態に陥るのだから。
このアワフキムシ、ただ単に自分の排泄した水分を泡にするのかと思っていたのだが、そうではないらしい。よく化学変化を利用して鮮度を保ちながら使うときに別々の薬(A液、B液)を混ぜる毛染め液がある。アワフキムシもA液、B液方式を用いるというのだ。尻から出る液は単なる植物の液の消化物で水と呼んでもいい。マルピーギ管という昆虫ならではの器官から出る糖分、タンパク質、脂肪などの有機物質を泡の生成過程で混入させるらしい。手順は以下の通りだ。
○排泄した水分を全身に行き渡らせ、ずぶ濡れの状態にする。
○腹部の気門による呼吸で水分に空気を混ぜ、泡にする。
○同時にマルピーギ管から分泌する有機物質を混ぜる。
糖、タンパク質、脂肪が混入することで泡は単なる泡ではなく、石鹸で作ったシャボン玉のように容易に壊れなくなるらしい。いやシャボン玉以上だろう。シャボンの元の液体には石鹸水だけではなく、松ヤニのような泡の保ちをよくする物質が入っている。それに相当するのがマルピーギ管からの分泌物だ。事実、アワフキムシも雨風に容赦なく晒される。だが、泡は容易に壊れたりしない。手の込んだマネをするものである。毛染め液方式にA,B液を泡の製造工程で混ぜるのにも何らかの意味があるのだろう。
カマキリの卵も最初は液体と空気から成る泡の塊である。それがじきに乾燥してスポンジ状の揺籃となる。卵で越冬するカマキリにとって、外気温に影響を受けないスポンジ状のカヴァーは文字通り温床として機能する。それに対して幼虫が泡の中にいるアワフキムシは泡の中で吸液などの活動をしなくてはならない。動けないスポンジに固まってしまっては意味が薄い。
なぜこのような巣を営むのか。おそらく身体を乾燥させてしまうことが、この幼虫にとって致命的なことなのだろう。殆ど水中にいるような環境で、アワフキムシの姿は常に濡れている。もし、人為的に泡を取り除いても、幼虫はすぐに泡を吹き始め、巣を再建してしまうらしい。また、これが天敵から逃れる手段にもなっているらしい。人間の感覚からすれば、泡の巣はかえって外敵にも目立つように感じられるのだが、防御する機能が確かにあるらしい。姿が隠れているだけでもマシであることは容易に想像がつくが。
成虫はスッキリ渇いた姿で生活している。小型だが造形も悪くない。色は地味だが、造形だけでも愛嬌を感じさせる味のある昆虫と言える。成虫に羽化した時点で、発砲機能は消える。成虫の姿なら乾燥にも耐えうるのに違いない。
杜氏が最も頻繁に目にするのはシロオビアワフキだが、ホシアワフキ、マエキアワフキ、ハマベアワフキなど、そこそこ多くのバリエーションを持つようだ。ホストに拘らない印象があるが、やはり種類によって何となくだが決まった植物がお好みらしい。幼虫だけ見ても何の種類だかわからないことが多いので、あらゆる植物に宿っているように感じられるのかもしれない。
個体数が多い場所では、多くのアワフキムシに宿を提供している木の下を通ると、雨に降られたように濡れてしまうらしい。
この昆虫の生態で瞠目すべきは、親のお膳立てなしに防御システムを脆弱な存在に過ぎぬ幼虫が独力で構築することだ。しかも、養分摂取、排泄、呼吸という生命活動そのものを通じて容易にそれが為される点にも魅力を覚える。擬人化は慎むべきだが、正に親はなくとも子は育つ。どこぞの過保護な親達に見習って頂きたいようなよく出来た見事な生態である。