トノサマバッタ
この手をすり抜けていったもの
幼い頃から随分多くのものをなくしてきた。お気に入りだったぬいぐるみ、乗り回した三輪車、もらったばかりのお菓子のおまけ、ろくろく使わなかった手袋、川に流されてしまった麦わら帽子、前の年にどこかにしまったままとうとう出てこなかったゴーグル、・・・・etc. 杜氏の住んでいた大きな電機メーカの社員寮に迷い込んできた野良犬に名前をつけて可愛がっていたのに、当時「犬殺し」と呼んでいた保健所の職員達に連れていかれたのは悲しかった。杜氏はものに執着心を示さない子供だった。なくしたものを惜しむなど、女の子(女性の皆さん失礼します。当時の感覚でしたので)みたいで嫌だった。でも、抑制していただけに、これら失ったものへの思いは強かった。
社員寮の前には大きな広場があった。そこで夏休みのラジオ体操もしたし、寮の壁にボールをぶつけて野球の練習もした。自転車も乗り回したし、縄跳びの練習もした。時折、寮の奉仕活動で入居者総出の除草があり、モグラを捕まえて喜んだり気味悪がったりもした。モグラは捕まるとそのショックからか、例外なく死んでしまった。寮の隣には杜氏達の父親が勤務jしている会社とは無関係の人家があり、広場との境は生垣になっていた。そこの家人が生垣のマサキを広場側にずらしながら少しずつ植え替えているとの噂が立ったが、そンなことぐらいでは何の影響もないほど、広場は充分な面積を持っていた。
広場は子供達が常に遊んでいたため、踏み固められて草も生えない部分と、ススキの原っぱになっている部分とにちょうど半々ぐらいに分かれていた。草の生えていない地面で遊ぶのに飽きると、杜氏達は原っぱに足を踏み入れて遊んだ。ススキの原だったので、葉についている刃で手足は切り傷だらけだったが、そんな傷などすぐ癒えることを皆知っていたし、意にも介さなかった。ススキの根元には明らかにススキとは別の奇妙な花をつける植物が生えていた。ススキに寄生するナンバンギセルだった。ナンバンギセルとは南蛮煙管、つまりパイプである。その寄生植物がパイプに似ているかどうかは、パイプを嗜むような父親を誰もが持っていないので知らなかったが、そのミョーチクリンな草がススキに寄生していることなら誰でも理解していた。ススキには杜氏達の手足を傷つけることから好感を持ってはいなかったので、ナンバンギセルが寄生植物だといっても、悪いヤツだとは誰も思わなかった。後日、大きな園芸店でナンバンギセルが庭に植える観賞用の植物として売られているのを見て、少し驚いたことがある。あンなものを喜ぶ人間は物好きに違いない。庭に蔓延るススキをわざわざ植える人がいないのと同じように、あのような寄生植物を植えて何が楽しいのだろうか。
夏から秋にかけて原っぱはバッタの類で賑わうようになった。最も普通だったのが褐色基調で緑が少し入ったさりげない柄のツチイナゴ。子供達が単にバッタといえば、この種だった。漱石の坊ちゃんで、主人公が当直の日に寝床に大量のバッタを忍ばせられるという、教え子達の悪戯の洗礼を受ける。生徒達をバッタなど寝床にいれやがってと問い詰める主人公に対して、こう抗弁される。「それはバッタではのうて、イナゴぞなもし」 このイナゴもしくはバッタはおそらくツチイナゴのことであろう。学名上のイナゴは稲に対する害虫と目され、恨みを覚えた人間に捕まって佃煮にされるという中国の歴史小説さながらの惨い大量虐殺の憂き目に遭うが、ツチイナゴはそのイナゴではない。
次に多いのがショウリョウバッタ。メスは長大で悠然としているが、オスは俊敏で小さめ、キチキチと音を立てて飛ぶので、キチキチバッタと呼ばれる。でも、実は同種である。より小型だがメスが大きく、オスが小さいところが共通しているのがオンブバッタ。メスの背に乗っているのは子供ではなく、伴侶としてのオスだ。一夫一婦制の着実な遵守者であることは間違いない。
草原ではなく地面を好むバッタはその必然として身体に緑を帯びておらず、褐色であるものしかいない。逃げ隠れる草の影を持たないせいか、概して小型である。ヒシバッタやツチバッタ、ノミバッタ。色のせいか、子供達は身もふたもない呼び方をする。クソバッタ。ある種の甲虫のように動物の糞を好む訳でも、野球の打撃が下手で三振ばかりしている訳でもない。子供の感じ方は残酷だが、そのせいで小型の地面に生息するバッタが迷惑を被っている訳でもない。だが、クソバッタを好んで捕まえようとする子供はいない。
原っぱと地面双方に見られるのがクルマバッタ。クルマの名を持つからといって、寅次郎とかだん吉などというサブネームを持っている訳ではない。羽を広げて飛ぶと、普段は隠れている内羽の文様が現れ、車のような円弧を描いて見える。なかなかお洒落っぽいヤツである。基準となるツチイナゴよりはかなり大型だが、ショウリョウバッタのメスに比べれば小さい。
バッタとは違うが、ショウリョウバッタのような三角の頭を持ち、夜になるとギーというあまり美的ではない声で鳴くのがクサキリやヤブキリ。クサキリがツチイナゴのサイズでヤブキリがクルマバッタよりやや大型か。姿はすっきりスマートだが、狂暴な肉食昆虫である。鳴く虫でもあり、バッタよりはキリギリス、クツワムシに近い。ヤブキリはミンミンゼミ、アブラゼミ程度の大型のセミをも平気で捕食する。
さて、子供達は結構バッタを捕まえるのが好きだった。トンボは大変に飛翔能力に長け、飛ぶというよりは翔ぶという印象である。留っていても敏捷で容易には捕まらない。カブトムシ、クワガタムシは魅力的だが、特定の場所に足を運ばなくては捕まらない。それに対してバッタは、飛ぶことは飛ぶが能力はさほど高くない。取りあえず生命の危険を免れる場所まで移動する目的で飛ぶ。人間なら子供でも容易に次の回避場所をフォローすることが出来る。人間は一部のイナゴ佃煮製造業者を除き、バッタを捕食する訳ではないから、天敵から逃れるにはこれで充分なのかもしれない。人間の子供の遊び相手としては格好の飛翔能力と言えるのかもしれない。手を伸ばせば捕まえられそうで、適度に逃げて遊んでくれる。
パール・バックの大地に登場するバッタは、作品そのものよりバッタの生態自体の方が有名になってしまった感さえある。群れを成して大移動する「飛蝗」である。蝗の訓読みはイナゴであるが、虫の皇であるのだから、随分尊重したものだ。それもこの飛蝗の現象に敬意を表したものなのだろう。普通のバッタと飛蝗は生物学的には変わりがない。同種なのだ。ある地域で繁殖の条件が良かったか何かで、単位面積当たりのバッタの個体数の密度が一定値を超えたとき、無数のバッタの身体に変化が起きるという。長時間の飛行に耐えうるように羽の機能が強化されるのだ。身体自体も飛び易いものへと変わるのだろう。いかに繁殖の条件が良かったとはいえ、個体数密度が上がれば食糧の絶対量に限りがある以上、そこはバッタにとってのニッチではなくなる。長時間の飛行を大群で行い、新しいニッチを求める必要が生じるのだ。これが飛蝗である。バックの小説のタイトル「大地」から見ても、この大移動はユーラシア大陸を横切る「大陸間弾道弾」の感さえあるスケールの大きさだ。
残念ながら飛蝗は子供の遊び相手には相応しくない。
さて未だ紹介していないバッタがある。しかも日本を代表するものだ。
トノサマバッタ。クルマバッタより大きいがショウリョウバッタほど長大ではない。しかし、体格は充実しており、量感においてショウリョウバッタを凌駕する風格がある。色はツチイナゴ同様、褐色と緑のコンビネーションだが、ツチイナゴより遥かに緑の度合いが強い。飛翔能力はこれまで列挙したどのバッタよりも高い印象がある。つまり、原っぱに棲息するどのバッタよりも捕まえにくいバッタだった。
何しろトノサマなのだ。動物でトノサマを名乗るのは、バッタ以外ではカエルぐらいしかいないであろう。ペンギン? あれは王様か、皇帝。トノサマの持つ一種鷹揚な響きとは異なる。人気コメディアンの当たり芸の影響で、本物のトノサマがいない現代では、人間にトノサマなどと言えば揶揄しているとしか解釈されない。ある大企業のアイデンティティをトノサマになぞらえた時代もあったが、それもストレートな賞賛では決してない。でも、トノサマバッタのトノサマはなぜかこのバッタに相応しい称号のように感じられる。
杜氏達の遊び場であった原っぱにも、このバッタは当然暮らしていた。そもそもがさほど珍しい種類ではなかった。でも、他のバッタと一線を画した位置にいたのは確かなことだった。
それは唐突に現れた。原っぱに出た杜氏の目の前のススキの株の根元に、とてつもなく大きなトノサマバッタが休んでいた。冷静に振り返ればそれはさほど普通のトノサマバッタと変わらぬ大きさでしかなかったのかもしれない。でも、杜氏の視界に映ったそれはとてつもなかったのだ。杜氏は静かに近寄り、ほとんど引き寄せられるように手を伸ばした。それはおそらくとても短い間の出来事だったに違いない。でも、自分の手がスローモーションのように伸びてゆくのと、バッタがゆっくりとその手をかすめるように飛び立ってゆく光景を今でも鮮やかに思い出すことが出来る。もう少しのところだった。でも、バッタは予めそうなるのが当然のように杜氏の手を逃れ、恐るべき飛翔力を発揮して視野から消えていった。ショウリョウバッタでもクルマバッタでも、一度逃れてから降り立った地点を特定するのは比較的容易なのに、そのトノサマバッタは完全に杜氏の死角へと去ってしまったのだ。網膜にとてつもなく大きな姿だけが残った。
理解はしている。「逃した魚は大きかった」の類の話に過ぎない。でも、杜氏にはそうは思えなかった。あれから何度も、記憶の中で刻み付けられている巨大なバッタの夢を見ることがある。バッタの巨大さは失ってきたもの、予め失われたものへの、杜氏の思いの強さを示しているのだろう。あるいはそれらが杜氏に一瞬向けた拒絶の炯烈さを。あれは一種の大人への入り口だったのかもしれない。
社員寮を去って三〇年以上経ってから、杜氏はそれが存在した土地に赴いたことがある。寮は既に跡形もなく取り壊されており、広場だった場所も家がひしめいていた。あれほど広大だと感じていた広場も、意外なほどに狭かった。記憶だけが膨張してしまったようにすら感じた。または自分の身体がスイフトの「ガリバー旅行記」の主人公のように相対的に大きくなったかのような錯覚を覚えた。
物体の物理量は単位系を定めれば普遍的に同じ数値で示される。だが、失ったもの、ついに得ることが出来なかったもの、歳を重ねても尽きることのない憧れ、たとえ儚いものであっても生きるためには追い続けなければ夢への思いは、いつまでも膨らみ続ける。