ベダリアテントウ

初めて成功した生物駆除だが・・・


 毒を以て毒を制すという言葉がある。有効な薬剤の多くが本来毒であるものを加工して用いられる。毒草と呼ばれるものも、使い方次第では薬になるものが多い。

 日本の在来種でない生物が何かの拍子に上陸して、大繁殖してしまうことがある。社会的な問題にもなったのが、アメリカシロヒトリというヒトリガの一種で、アメリカから流れ着いて数年の間に、街路樹を丸裸にする現象を巻き起こした。アメリカシロヒトリは悪くない。天敵がいなかったことが問題だった。しかも、アメリカシロヒトリはガであり、幼虫は毛虫だ。大発生すれば幼虫が木から降りてきて、ご婦人の襟などに潜り込んだりする。食害以外にも、こういった嫌がられ方をされていたような記憶がある。昭和三十年代半ばのことだった。だが、最初は未知の昆虫の存在にたじろいだ捕食者達もすぐにこのケムシに慣れ、自ずと天敵が出てくるようになって騒動は沈静化した。

 地中海ミバエが柑橘類に壊滅的な被害を及ぼすとして、上陸が戦々恐々と論じられたことがあった。街路樹などではなく、こちらは産業としての生産性に重大な影響が予測された。詳しいことは憶えていないが、関係者の衆知を絞って上陸を未然に食い止めたのではなかっただろうか。その経緯がNHKのプロジェクトXでも採り上げられていた気がする。

 これらの外来昆虫に対して、農薬は強力な効果を呈するが、人間にとっても無害ではないし、その周囲の生態系にも深刻なダメージを与える。安易な手段はすぐに跳ね返ってくるような副作用を招く。そのために生物駆除という方法が考えられる。作物に被害を及ぼす昆虫を、天敵の移入で駆逐しようという方法だ。

 イセリアカイガラムシは柑橘類と共に日本に渡った帰化昆虫である。カイガラムシはアリマキに近い類で、幼虫のときは移動しながら、成虫になると枝に身体を固定するようにして植物を食糧とする昆虫だ。成虫は一見昆虫とは認識できない。サンゴやイソギンチャクが動物であるようなものと言えばわかりやすいだろうか。ロウやラッカーの原料物質を採取するというような、人間から見て「益虫」と判じられる面もあるのだが、概して作物に壊滅的な被害を及ぼすことから忌み嫌われる。イセリアカイガラムシは潰すと血のような真紅の液を出す。これらコチニールと呼ばれる有機物質の色素で、蒲鉾、ナルト、ウィンターといった赤色の食品に用いられるらしい。赤色一号とかの食品添加物としての人工の色素は妊婦などに悪影響を及ぼすから、コチニールの活用には大いに意味があると感じる。だた、それよりは柑橘類への被害の方が、農家にとっては深刻だったに違いない。

 イセリアカイガラムシはオーストラリアから柑橘類を移入した際に一緒についてきてしまい、そのまま日本に定住したらしい。これにもアメリカシロヒトリ同様、在来種に天敵がなく、農家を悩ませた。そこで着目されたのが同じ豪州で繁殖している日本にはいない昆虫、ベダリアテントウだった。ベダリアは豪州で呼ばれていた名称がそのまま使われたものであるらしい。この戦術が見事に功を奏した。ベダリアテントウは幼虫も成虫も貪るようにイセリアカイガラムシを補食し、逆にイセリアテントウが壊滅的な打撃を受けたらしい。ベダリアテントウが導入された農地では、イセリアカイガラムシが食い尽くされてしまうほどだったらしい。これは日本における生物駆除の最初の成功例であるらしい。その筋の文献には「生物駆除の我が国における嚆矢である」などと誇らしげに書いてあるのを見掛ける。「嚆矢」など、マスコミ就職試験問題の難読漢字以外に滅多に見掛けない。

 ところが、これが効き過ぎてしまった面もある。イセリアカイガラムシが激減したと同時にベダリアテントウもあまり個体数が多くはない昆虫となってしまったのだ。元々が二種とも日本にはいなかった種だ。両方消えれば、生態系に影響を及ぼさないで、元に戻ったとも言える。ゴジラとキングギドラが闘って、引き分けで共に日本から去って行くのご都合主義の図に似ているかもしれない。

 ベダリアテントウはイセリアカイガラムシのみならず、在来のカイガラムシも食べるようになったので、イセリアカイガラムシよりは定着に成功した部類らしい。最もイセリアカイガラムシの方も柑橘類以外のホストを何とか見つけているようだが。体長5mm程度の小型のテントウムシだ。赤地に黒い紋がヨシボシテントウに似るが、紋が楕円形で円形の紋を持つヨツボシテントウとは微妙に異なる。幼虫はナナホシテントウやナミテントウと同じような体型をしているが、成虫が小さい分、幼虫も大きくはない。幼虫の外皮を被ったままで蛹化するが、外皮は割れて中の蛹が覗くように見える。蛹はイセリアカイガラムシの真紅の体液に染まったように鮮やかな赤で、木の葉にあしらわれたワンポイントのようだ。

 ライフサイクルは短く、冬でも平気で羽化するらしい。寒さに強いこともあるのだろうが、オーストラリアでもそうなのだろうか。南半球の豪州は日本と全く逆の季節を巡らせている。移入の際の季節感の克服はとっくに済んでいるだろが、本来南半球の生物を北半球へ持ってきたがゆえにライフサイクルに変化を来したということも考えられないだろうか。

 アメリカはホメイニ師のイラン革命によるイランの強大化の抑止を意図して隣国イランのサダム・フセインを強力に援助し、旧ソ連のアフガン侵攻に抗するべく学生運動に過ぎなかったアルカイダを太らせた。生物駆除に似ている行為だった。違うのは現地調達であったことだ。その結果が今の事態を招いた。介入戦争とマッチポンプ現象、アメリカは二重に過ちを犯しているように見える。

フィジー諸島共和国は元々英連邦だったが、英国は同じ英連邦のインドから当地に大勢の労働力を投入した。プランテーションである。フィジー現地人は南太平洋らしい大らかでフレンドリな性格だが、働くよりは休む方を好む。その点、インダス・ガンジス文明の昔から営々と歴史を刻み、ヒンズー教、仏教が勃興し、数々の内戦や抗争に明け暮れてきたインド人は知っての通り、優秀な民族であるし勤勉でもある。英国の統治が終わり、当地に残留したインド系フィジー人の殆どは元来カースト制の最下層から移入された人々であり今更母国に戻ってわざわざ差別を甘受するのを潔しとしなかった。こうして居残ったフィジー・インディアンは産業、政治、経済において、先住民族を押し退けてフィジーを牛耳るに至ってしまった。民族性から言って当然の帰着である。インド系の人々が悪いワケではあるまい。彼らは彼らの心の赴くままに行動したに過ぎない。ただその結果、富の分配に較差が生じ、結果としてインド系の為政者を先住フィジー系の蜂起によるクーデターが勃発してしまった。
 ネイティウのフィジアンは、見知らぬ人に会っても必ず「ブラ」(万能の挨拶の言葉。ハワイの「アロハ」に相当)と微笑を以て接する、愛すべき人達である。身体は一様に巨大だが優しさがその大きな身体中から感じられる。その人達が、史上初めてのフィジー・インディアンの為政者を迎えて、クーデターに走らざるを得なかったことが痛ましい。ハワイのアロハ・スピリットはコマーシャリズムに毒されてしまったが、フィジーでは「ブラ・スピリット」なる言葉など必要としないくらい、「ブラな人々」に溢れている。余談だが、南太平洋諸国の民族に多く見られる男性のスカート姿は、日本で言えば巻きスカートであり、着物のことを思えば違和感がなく、南洋の気候を思えば自然に感じる。
 フィジーを歩いていて随分「富士銀行」が多いなと訝しく思ったが、よく見るとFuji Bankではなく、Fiji Bankだった。閑話休題。


 イセリアカイガラムシとベダリアテントウの関係はこれらの事情に似ているのかもしれない。今のところ、一方が個体数を減らすと、もう一方も同調するというように、この二種だけに着目する限り、ことはうまく運んでいるように思える。だが双方とも本来そこにはいなかったハズの種である。二種同士の相互関係には留まらず、他の周辺の昆虫、生物も巻き込んで生態系に影響を及ぼしているのは確実だ。いつか、イラク、アフガニスタンのような暴走、フィジーのような惨状が、この二種の昆虫周辺に起きなければいいのだが・・・。それともこれらの戦乱は、英米両大国の傲岸さが巻き起こした人間同士のコミュニケーションの拙劣さに起因するのであって、自然の場合は自浄作用が働くのであろうか。



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